耳の穴がカユクなる恋愛絵巻

「アウトドアな恋」その1

 もう10何年も昔の大学4年の頃、ある女の子と付き合うことになった。
彼女とは同じキャンプ場のボランティア同士で、いわゆる「同じ釜の飯を食った仲間」としての認識の方が当時は強かったのだが。

 山のキャンプ場には珍しく、華奢な体つきで色白だった。
 顔はほわっとした感じの、美人、と言うよりも可愛い感じ。
 浪人していたため同学年だが年は一つ上だった。

 2年生の頃から、業務連絡にこと寄せては長電話を何度も繰り返したりして、お互いそれなり以上の興味を感じあってはいたモノの、むこうに全く別の彼氏がいたことと、同じチームのもう一人の男がその娘に僕よりも強い興味を抱いていたこともあり、そういう感情にすぐには発展しなかった。
 いや、より正しくは感情の芽を摘み取っていた、のだろう。

 そんなこんなで1年あまり。4年生になって初めての夏休みシーズンの直前だった。山のキャンプ場に登ったボランティアスタッフは、たまたま僕と彼女の二人きり。明日から子どもたちがキャンプにやってくる、その準備のためローテに入った二人だったが、準備と言ってもそんなにたいそうなことはない。すぐに仕事は終わってしまった。

 それよりもどうも気になる。
 彼女の雰囲気がいつもと違う。
 堅さ、というか、緊張感が彼女を包んでいる気がした。
 何を問いかけても生返事で話を聞いているのかどうかすらおぼつかない。

夕食の後、薪で熾した火を二人きりで囲みながらぽつぽつと話す。
「どないしたん? なんか、あったんか?」
「ううん…別に…なにも」
「そんな言い方したら、ありますって言うてるようなもんやろ?」
「う、うん。まあね」

炎に照らし出された彼女の横顔が風とともに揺らいで見えた。
「言うてみいや。金以外やったら力になるで」
「う、うん。3太郎やから言うけど…」
「お、うれしいこと言うてくれるなぁ」
「こないだ彼氏と、別れてん…」

風で炎があおられ、視界が赤く染まる。さっ、と顔が火照る。
「え。え? そうなんか? こないだって、ほんまに最近?」
「うん。先週、のこと」
「そ、そうか。まあ、何があったか、は聞かへんけどな」
「いや。聞いて」

いつにない彼女の迫力にもう気圧されている自分を感じる。
「あのね。あのね。他に好きな人ができてん」

パチッ! っと火の粉が舞った。
「ホンマにスキやと思ったから、前の人とは別れたの」
「そ、そしたら何でそんなに苦しそうな顔するねん?」
「…3太郎は、彼女、できたの?」

意を決したようにこちらに向き直る彼女。視線を合わせることができず、ただ火を見つめる。緊張感と期待感が相まって気がおかしくなりそうだった…





…若い頃はなんて純情だったんだ、と今これを書いていて思う。

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