ホーム :


28 職業と暴力

前へ 次へ

このシリーズの最初のほうで「誰もが多かれ少なかれ、子供を虐待するリスクをかかえている」ことを書きました。

実際、子供を蹴ったり殴ったりする親の、職業、社会的地位、経済力などはとくに決まっていません。
(庭付き一戸建の室内では子供が泣き叫んでもアパートほど周囲に音が聞こえないとか、経済的に安定した生活を守りたいがために母親が父親の仕打ちを黙認しているとか、親が言葉巧みに子供が悪いせいにしてしまうとかいったことがあるので、社会的に安定した階層の虐待のほうが発見されにくい傾向はありそうです。)

たとえば医師、看護師、薬剤師、保健師、介護士など人命や健康を守るべき立場の人たち。教師、保育士、福祉施設職員、弁護士、消防士、電車バスの運転手など生活の安心安全を守るべき立場の人たち。美容師、調理師、大工、重機オペレーターなど刃物や危険物を扱う職業の人たち。そして警察官、自衛官、検事など法的に暴力を行使したり、それを許可したりすることを認められている人たち。どこにも100%の例外はありません。

もちろん、職業人としても家庭人としても暴力とは無縁の生活を送っている人が大多数だという前提で話をしています。それでも一定の条件がそろえば暴力をふるってしまう危険性を、たいていの人がかかえているし、他の人よりも暴力的になりやすい人たちがどこの業界にもいるということです。

体罰はいけないと頭でわかっていても、ついかっとなってしまって、という人もいれば、悪さをする子供は叩いてしからないとわからない、と未だに信じて公言している人もいるようです。

ほんの十数年前までは、職業場面できちんと行動できている人なら家庭で多少の横暴を働いていても深く追求しない、という風潮がありました。その結果がいろいろまずいかたちで社会にも影響を残すと知られるようになってきたのは最近のことです。

頭に血がのぼると子供をはりたおす外科医師。子供の前でハサミを振りかざして脅す美容師。反抗的な子供を蹴飛ばしてしつけだと言い張る警察官。私ならそんな人たちに手術やヘアカットや取り調べを安心してまかせられるとは思えません。

家庭という他者の目の届きにくい場面での行状を知れば、その人たちが(第三者の見ていない)他の場面でもルールを守って行動してくれそうかどうか想像がつくというものです。
職業上、他者に影響力をおよぼすことを認められている人ほど、委託された範囲を越えて行動しないようにしっかりしてもらわなければ、立場の弱い人間は安心して暮らすことができません。

人間の自制心なんて完璧とはほど遠いものです。
立場の強い人たちの自制心を応援するためには、お互いの見守り、風通しのよいオープンな職業環境がどうしても必要だと思います。

前へ 次へ
目次に戻る