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21 暴力を是認する人の行動

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幼い子供はこの世の中では新参の客のようなものです。
親に誕生を歓迎され、自分の欲求を受けとめてかなえてもらうことで、子供は自分が「この世の中に歓迎されている」と感じ、「自分はこの世の中に存在するに足る」と自信をもつことができます。
逆に言えば、たたかれて育つ子供は世の中が自分を歓迎していない、世の中は自分に敵意をいだいている、と感じています。
歓迎されざる客がとる行動は、さっさとその場から退場するか、周囲の反応を無視してひらきなおるか、先客をおとしめて自分が優位に立つか、あるいは縮こまって息をひそめるか。
いずれにしても、今のありのままの自分が「OK」ではないのですから、どうにかして自分を変えるか、違うようにみせかけるかしなければどんどんつらくなってしまいます。
たとえ表面上社会に適応しているように見えても、このような人たちは自分が「ダメなやつ」だと、いつ指さされるかとひやひやしながら、自分の価値を誇示することに躍起になります。
役に立つ、人より秀でていると証明し続けないことには、いつけ落とされるか排除されるかわかったものではない。そう感じています。

能力のある人は、がむしゃらに上を目指します。周囲はすべてライバルですから、機会があれば蹴落とします。協定を結ぶのは条件がそろっているときだけですし、自分の欲求が言葉で通らなければ暴力をふるえばよい、相手もそのつもりだと思っているわけですから、本気で他人を信用するわけがありません。弱者には冷淡です。努力するものだけが成功すると主張することで、自分が価値ある人間だと思いこめるからです。

そこまで上に行けない、社会生活で自己顕示できない人たちは自分より劣る存在を傍においておきたがります。上司には従順で派遣社員に威張り散らす会社員。職場ではものわかりよくふるまうのに、家では妻に暴力をふるう夫。
人間関係を支配被支配関係でしか理解できない人は、目下と思っている人に意見されたり反発されたりすると過敏に怒ります。隠している劣等感をあばかれると思うからです。このような人たちがよく使う言いまわしがあります。「あまやかすと、つけあがる」「なめているのか」「おもいしらせてやる」「誰に向かっていっているんだ」などなど。立場の弱いものの発言をはなから認めない態度がありありとでています。

さらに自分が無力で誰にも勝てないと思いこむ人たちは自己破壊的な暴力に陥っていきます。自傷や自殺は価値のない弱者である自分自身に向けられた暴力です。自傷の方法はリストカットだけではありません。アルコール依存や万引きの常習も自己を破滅させる手段と考えられます。夫に暴力を振るわれるとわかっていて離婚できない妻も、底にある特徴は似通ったものです。

外から見える行動のタイプはさまざまですが、自己不全感をごまかすために自己顕示に走るところは共通です。こういった人たちは「他の人を頼ろうとしない」「誰かに相談することをよしとしない、相談しているようでもなかなか言うことを聞かない」ところが似通っています。
他人は皆、敵なのですから、弱みをみせたり借りをつくったりしたら、いいようにつけこまれてしまうと考えます。そこでトラブルが生じてもこっそり自力で解決しようとします。たとえば病気の自覚症状があっても、出世にひびくなどと気にして仕事を休みません。周囲に隠しきれなくなる頃には、こじれきって手遅れになっていたりします。
どんなに強い人でもいつかは年老い、衰えます。権勢を誇り、周囲に尊敬されていると思いこんでいた人たちも、いずれ自分が手に入れたのは恐れと嫌悪でしかないことに気づく頃には、同じような信念を持った子孫に蹴落とされ、孤独な終末を迎えることになるでしょう。

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