━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■■■■■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 2003.05.16 ■
■■◇■
◆■■ ---------- ■ 歌謡(うた)つれづれ ■◇
■■
■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 0064 ■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
+++++ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。++++++
+++++ 等幅フォントによってレイアウトされています。++++++
──────────────────────────────
──────────────────────────────
■□「本より末まで縒らればや」
―『梁塵秘抄』歌と西洋の諺(ことわざ)― □■
───────────────────────> 今号の担当 <
森 山 弘 毅
───────────────
数年前、信州を旅した折に、長野の「信濃美術館」を訪ねたことが
ありました。この美術館には隣接して「東山魁夷館」も併設されて
いて、「東山コレクション」が常設で展示されています。彼の代表
作など多くの大作とは別に、小品ばかり並べられたコーナーがあっ
て、私が訪ねたときには、ちょうど雑誌の表紙絵のために描いた原
画が一年分飾られていました。そのうちの一枚に目が止まりました
。
画面の中央に白っぽい大木の幹だけが描かれ、その幹に細い蔦が幾
重にも巻きついています。白っぽい幹に、蔦のつるが強いコントラ
ストで目に入って来ます。全体の構成が実にシンプルで、蔦の絡み
ぐあいが強く印象に残ります。『新潮』の1955年(昭和30
年)10月号の表紙に用いられたものでした。その絵に惹かれたの
は、「表紙に寄せて」という魁夷の小文がそこに添えられていたこ
とにも大いに関わっていたかも知れません。その小文が面白かった
のでメモしてきました。そのはじめのところに、次のように記され
ています。
◆ ────────────────────────── ◆
女は蔦(つた)で、男はこれに絡まれる樫の木だ。(西諺)
◆ ────────────────────────── ◆
大木に蔦の絡まる表紙絵は、この西洋の諺(ことわざ)を描いたも
のなのでした。「西諺」とあるだけで、どこの国の諺なのか分かり
ませんが、魁夷が、ふとモチーフにしたいと思うほどに、よく知ら
れたものなのでしょうね。(どこの国の諺で、原語はどういうので
しょうか?)この諺からすれば、絵の大木は「樫の木」の幹で、「
男」を表わし、絡まる「蔦」は「女」ということになりそうです。
この絵と言葉がとくに印象深かったのは、ご存知『梁塵秘抄』の次
の歌がふと思い浮かんだからでもありました。
◆ ────────────────────────── ◆
○美女(びんでう)うち見れば
一本葛(ひともとかづら)にもなりなばやとぞ思ふ
本(もと)より末まで縒(よ)らればや
切るとも刻むとも 離れがたきはわが宿世(すくせ)
(『梁塵秘抄』四句神歌・雑 342)
(美しい女人を見ると、一本のツタカズラにもなりたいと思う
ことだ。根本から先まで縒り合わされてひとつになりたいもの
よ。たとえ、切られようと、刻まれようとも、離れがたいのは
前世からの我が宿命というものだ)
◆ ────────────────────────── ◆
どこでも、絡まるツタカズラが男女の思いに用いられている、とい
うのが、何より興味深いことですね。ただし、こちらの歌では、カ
ズラになって絡みつきたい、と妄想(?)しているのは、男の方で
す。
「本より末まで縒らればや」と歌うところは、スゴイ情念というほ
かありません。よく注意してみると、「縒(よ)る」というのは、
もちろん一本だけでは成り立たないことで、しかも大木に巻きつく
というよりは、二本が同じような太さで「絡み」あい、「縒り」合
わされて、一本になることなのですね。
同じ太さで、ということは、同じ思いで、ということにもなるにち
がいありません。歌のなかの「なりなば」という言葉に、面白い「
注」をつけてある注釈書もあります(注1)。カズラになるのは「
自分がなりたいのだが、言外に相手もそうなってほしいという気持
が汲みとれよう」とあります。同じ思いで意気投合したい、という
相手への思いが、こういう風に言葉に出して解説されているのは、
実に愉快です。
まったく、このとおりで、「縒らればや」と男が受身で表現してい
るところにも、互いに絡みあってこそ「一本」になれる、という思
いがこもっていそうです。ともあれ、「西諺」の「蔦」は「女」で
、こちらは「男」の願望―、絡まりながら延びていくツタカズラの
つるが、男女の情愛や姿態をも暗示するのが、西であれ、東であれ
、その発想が変らない、というのがオモシロイところですね。
ところで、東山魁夷は「表紙に寄せて」の小文に、上の「西諺」に
続けて次のように書き添えています。
◆ ────────────────────────── ◆
西諺の中には男性と女性の関係を皮肉な譬(たと)へであらは
したものがいくつもある。時計は人に時間を示し、女人はこれ
を忘れさせると云ふのもある。ひどいのになると馬を買ふ時と
妻を娶(めと)る時は、目を閉ぢて運を天にまかせよ(伊太利
古譚)といふ様なのもある。いづれにせよ被害者は男性の様で
ある。
◆ ────────────────────────── ◆
そうだったのかー、「被害者は男性」という思いが、魁夷にこの表
紙絵を描かせた動機だったのか、と気づかされます。そう思ってこ
の絵をあらためて眺めてみてみると、真中の大木が、いかにも不釣
合いな細い蔦に、まるでストーカーのように(?)巻きつかれ、カ
ラマレていて、迷惑そう(?)に見えてきますから、可笑しくもな
ってきます。その可笑しさに、また「西諺」のエスプリが匂うよう
で、不思議なことです。
この『梁塵秘抄』歌よりも古い日本の歌謡にも、蔦のからまる歌が
あったナ、と、あたってみますとこんな一節が見つかりました。
◆ ────────────────────────── ◆
○妹が手を我に纏(ま)かしめ 我が手をば妹に纏(ま)かしめ
真栄蔦(まさきづら)擁(たた)き交(あざ)はり
(日本書紀歌謡 96)
(妻の手を私に巻きつかせ 私の手をば妻に巻きつかせて
マサキノカズラのように抱きもつれあってー)
◆ ────────────────────────── ◆
ながい歌のほんの一節ですが、なかなか官能的な詞句です。「真栄
(まさき)」は讃め言葉で、「葛(づら)」はツタカズラの総称と
いわれています。そのカズラが、「擁(たた)き交(あざ)はり」
(抱きもつれあって)を連想させる比喩に用いられているのが、興
深いところですね。どんなふうに「抱きもつれあって」いるのかが
、前段の「妹が手」と「我が手」の歌いぶりで大変具体的です。
日本の太古には、ツタカズラの延びるさまに、こうして男女が互い
に「もつれあう」連想がはたらいていたのですね。『梁塵秘抄』歌
の「本より末まで縒らればや」の表現もまた、太古から延びて来た
カズラが、「もつれあう」同じ思いで表われたともいえるでしょう
か。「西諺」の「皮肉な譬え」の「蔦」とはちょっとちがうようで
すね。
もうひとつ、「蔓草」についての、次のような言葉に偶然出会い
ましたので紹介します。
◆ ────────────────────────── ◆
○仲むつまじく木にまとう、蔓草(つるくさ)なしてわれを抱け
。
われのみなれ(汝)が恋を得て、あだ(徒)し契(ちぎ)り
は結ばざれ
(岩波文庫『アタルヴァ・ヴェーダ讃歌―古代インドの呪法』
より、「女子の愛を得るための呪文 そのニ」)
◆ ────────────────────────── ◆
『アタルヴァ・ヴェーダ讃歌』は、リグ・ヴェーダなどとともに四
ヴェーダの一つとされている古代インドのバラモン教の経典だそう
です。まったく興味本位にページを繰っているうちに、こんな呪文
に出会いました。BC1000年頃とも、1500年頃ともいわれ
る気の遠くなるほどかなたのものです。そんな彼方の時に、「頭髪
の生長を増進さするための呪文」「性欲を増進さするための呪文」
「嫉妬から開放せらるるための呪文」などの日常の切実な(?)希
いを実現させるための呪文のなかに、この「女子の愛を得るための
呪文」もあったのです。「頭髪」が薄かったり、「性欲」が減退し
たり、「嫉妬」に悩まされる人々は彼方の時代にも居たようでー、
そこから解放されるための呪法が生活のなかで、重い意味をもって
いたようです。
ここに掲げた「女子の愛を得るための呪文」も14章のうちの1章
で、多彩な祈りがあったようです。「仲むつまじく木にまとう、蔓
草なしてわれを抱け」と祈りつづけている男の思いは切実そうで、
その姿を想像するだけでも、愉快ですね。男女の相思の姿を「蔓草
」に託しているのは、わが日本書紀歌謡の「真栄葛(まさきづら)
擁(たた)き交(あざ)はり」にも通ずるものがありそうです。
日本の歌謡の昔々と、はるか太古のインドの呪文とー、遠い時間の
彼方でも、「蔓草」から連想する思いは同じだった、ということが
興味深いことですね。きっと、まだまだ世界には「蔦」のからまる
歌謡があるにちがいありません。ご存知の方はご教示下さい。
ついでながら紹介しますと、日本でも近世になると、女をからかう
ように、ちょっとバレ歌ふうに、女が「からみつく」歌がうたわれ
ています。
◆ ────────────────────────── ◆
○年は十六ささげの蔓木(つるき) からみついたが男竹
(三重県保々村 粉引歌)
○ここら娘たちナ山芋育ち 掘られながらもからみつく
(栃木県芳賀郡 ヤロヤッタネ踊)(注2
)
◆ ────────────────────────── ◆
これらの歌には、女を歌う男の眼差しが、「相思」のものではなく
なっています。歌の場が、そうした歌を必要としたせいなのでしょ
うか。この歌の背後から男たちの哄笑が聞こえてきそうです。
◆ ────────────────────────── ◆
○松になりたや有馬の松に 藤に巻かれて寝とござる
(はやり歌古今集)
◆ ────────────────────────── ◆
元禄年間のこの歌には、むしろ『梁塵秘抄』歌の「一本葛になりな
ばや」の思いが流れていそうです。男の歌としても、女の思いの歌
としても親しまれたものと思われます。『山家鳥虫歌』には伊賀国
と美濃国の両国に重出していますが、美濃では下句が「夫(つま)
にまかれてね(寝)とござる」と歌われたと異本には記されている
といいます(注3)。そこには、あからさまな女の願望が強く表わ
れて歌われているといえます。「ここら娘たちナ山芋育ち」と歌わ
れるようになるよりは、はるかに男女の「相思」の願望が託されて
いるといえそうですね。
◆ ────────────────────────── ◆
注1 新潮日本古典集成『梁塵秘抄』(榎 克明 校注)
注2 この二つの歌は『郷土民謡舞踊辞典』(小寺融吉)に収めら
れているものです。
注3 岩波新日本古典文学大系『田植草紙 山家鳥虫歌 鄙廼一曲
琉歌百控』の山家鳥虫歌(真鍋昌弘 校注)の189歌の注参照
。
──────────────────────────────
>>>>>>>> 前号配信数 / 254 <<<<<<<<<
──────────────────────────────
▼ ひ と こ と ▼
前号でお知らせした、日本歌謡学会の、とくにシンポジウムは面白
いものでした。歌謡とは何か、どの時代も人々の心を捉えてはなさ
い歌謡の面白さを考えさせてくれるものでした。
今回の内容は、東山魁夷の絵に発し、西洋の諺、『梁塵秘抄』、
『日本書紀』歌謡、そして、古代インドの『リグ・ヴェーダ』、
現代の民謡、近世の小唄にいたるまで、時間と空間を旅する、壮
大な内容です。
木々に絡まる蔦が、人類に同じような連想を起こさせるのは、そ
して、それが歌謡(ウタ)や呪文で表現されているのが、たいへ
ん面白いですね。歌謡(ウタ)だからこそ、このような比喩が成
り立つのだという気がします。
でも、うーん、そうか。やはり、男性が被害者なのか。(^_^;)
さて、日本歌謡学会に続き、歌謡研究会が下記の要領で日開かれま
す。発表内容に関心がある方は、ぜひご参加下さい。
また、前号より、マガジンに発行者であるまぐまぐ側から「お知ら
せ」が入るようになりましたが、これは当研究会とは関係ありませ
んので、念のため。(編)
──────────────────────────────
第98回歌謡研究会例会
記
【日時】 2003年5月31日(土)14:00〜
【会場】 名勝大乗院庭園文化館 2階
(電話)0742-24-0808
【輪読】
『鄙廼一曲』越后の国 立臼 並 坐臼唄
65 小宿の軒の夕顔に〜
66 夢に戸たゝき現に明て〜
下川 新
【研究発表】
「うれしや水」のハヤシについて
−『源平盛衰記』を中心に−
西川 学
──────────────────────────────
▼ ご 注 意 ▼
このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい
ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している
つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ
て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら
に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ
ていただくようお願いいたします。
各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者
のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから
引用される場合はその旨お記しください。
また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願
いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに
返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ
れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時
間がかかります。
このメルマガに付される「お知らせ」は、まぐまぐ側が、無料で配
信するすべてのマガジンに付けるもので、当研究会とは関係があり
ません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<■
□------◆ 電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」
□----◆ まぐまぐID:0000054703
□--◆ 発行人:歌謡研究会 (末次 智、編集係)
□◆ E-mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp
■ Home Page:http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/
□◆ 購読の停止、配信先の変更等は、上記Webにて可能です。
□--◆ また、歌謡研究会の例会の案内・これまでの内容、
□----◆ そして、会誌『 歌 謡 ― 研究と資料 ― 』
□------◆ の目次も、上記Webで見ることができます。
■<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
|