『歌謡(うた)つれづれ』056
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 2002.06.24 ■ ■■◇■ ◆■■ ---------- ■ 歌謡(うた)つれづれ ■◇ ■■ ■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 0056 ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ +++++ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。++++++ +++++ 等幅フォントによってレイアウトされています。++++++ ────────────────────────────── ────────────────────────────── ■□■ 天神林のこと(4) ■□□ ■□■ ───────────────────────> 今号の担当 <            宮崎 隆   ─────────────── 民謡についての伝承が、どんどん忘却のかなたに行ってしまうのを 、日常の多事多忙の中で、いかんともしがたく眺めているのは、つ らいことでもあります。貴重な伝承者は亡くなり、資料は散逸して 、唄はうたわれる機会をなくしていくのです。新潟県中魚沼郡中心 にうたわれていた祝い唄「天神林」の伝播と変容を追って、もう5 年になりますが、この間に、わからなくなってしまったことも多く 、なぜもっと早く調査しておかなかったかと思うこともあります。 ただ、わたしのような遠隔地に住む民謡愛好家、研究者でないと、 見えてこないものもあって、結構興味深く、忘れることなく、飽き ることなく係わり続けていきたいと思っています。ただ、一般の読 者には、退屈極まりないことかもしれませんので、今回で「天神林 」については終わっておきます。 前々回に報告しました、去年8月に開催された川西町「越後天神ば やしワールド」に出演しなかった二つの地区の「天神林」について 、報告しておきます。なぜなら、この二つの地区の伝承を見ている と、この唄の本質が見えてくるように感じられるからです。 まず、北魚沼郡堀之内町の「天神林」です。堀之内町は、川西、十 日町からは丘陵一つ越えたところにある、魚沼川流域の古い町で、 いま少し上流には、この唄のひとつの発祥地といわれる塩沢町もあ ります。また、「大のさか」という古謡をめぐって、川西、十日町 地区との関連も濃厚な興味深いところです。つまり、藩政時代、紬 を中心とする織物産業の展開に関連して、二つの地区の人々の交流 や、大阪方面との文化的交流も十分に考えられるところなのです。 (ちなみに、「天神林」と「だいのさか」とが、意外に近い位置に ある唄であることも発見でした。両者に同じ歌詞もあるのです。)  そこの保存会会長の阪西省吾氏からの丁寧な手紙と、町史編纂室 発行の『堀之内町の風俗余禄』(平成9年)とによりますと、堀之 内周辺の祝い歌には、「天神ばやし」「石場かち」「松坂」などあ りますが、堀之内町ほど祝宴には、必ず最初の“一番どり”が「天 神ばやし」で、最後の“シメ”が「石場かち」と決まってうたわれ るところはまずないとのことです。その“一番どり”は、頭格の人 、たとえば、新築祝いでは棟梁、結婚式では、地域の顔役、重立ち といった人が指名されます。そして、うたい方は、 ◆ ────────────────────────── ◆   音頭:めでたいこれのお台所   合唱:ヤ、お台所 お台所      ヤ、お釜七つ八つ 後ろに蔵が九つ   音頭:七つ八つ    合唱:後ろに蔵が九つ   《手締め》 ◆ ────────────────────────── ◆ となります。なお、阪西氏は、手拍子はつけないでうたい、この一 つの歌詞以外にはうたわないが、在方のほうでは、「おんべ松坂」 を古老はうたうのだ、と書いています。(なぜ、「おんべ」という かは、凧の下につける足をこの地方では、「おんべ」と言い、ここ から「後に続くもの」という意味で、そう呼ぶらしい。)しかるに 、資料のほうでは、歌詞として、 ◆ ────────────────────────── ◆   ご門の上の鶯がこれのだんな様知行や増やせと囀る   めでたいものに大根種花が咲いてまた実りて俵重なる   めでたいものには芋の種ずいき長うて葉が広うて孫子さかゆる ◆ ────────────────────────── ◆ が記録されています。なお、少し北の竜光地区の「天神ばやし」と して、 ◆ ────────────────────────── ◆   前橋様は伊達の殿前は橋だもの向こうにたけし利根川 ◆ ────────────────────────── ◆ という歌詞が採録されていて、この祝い歌の文句のルーツを関東と する大島伊一氏の見解に沿うようなものも興味深いのですが、同時 に、 ◆ ────────────────────────── ◆   天神林の梅の花一枝折るて笠にさす笠にさすより   島崎女郎の手にあげよう ◆ ────────────────────────── ◆ というのもあって、川口からの流入も当然物語っています。 つまり、この「天神林」は、どうやら相当古くから、この地方でう たわれていた祝い唄で、格式の高いものであったのが、次第に川口 方面からの流行によって変化していったのではないかというふうに 考えることが出来ます。「松坂」という祝い唄が越後で盛んにうた われたのは、文化文政期ごろなので、それより前にあった祝い唄で ありましょうし、  「目出度いものは大根種花咲いて実生りて俵重なる」 の文句は、千葉県香取郡多古町あたりにも伝承されていますし、全 国に類歌がありますので、流布の時期は大分古いと見るべきでしょ う。 この唄が、川口方面の信濃川流域から各地に伝播していったことを うかがわせるのが、小国町法末(ほっせ)に残る「天神林」です。 法末は、小国町といっても、小千谷市に近い地区で、どちらかと言 うと、信濃川流域になるところです。そこの大橋直平さん(大正3 年生まれ)にたずねました。(99年5月) ここの天神林は、独特の節回しでうたうもので、「田打ち唄」とも 言い、百姓が「一反ぶつ」とかいって、農作業のときに、にぎやか に歌うものであったとか。かつて戦国時代、上杉氏のころ、時水城 の殿様が凱旋した際、奥方がそれを祝ってうたいだしたという伝承 があるらしいのですが、それを書き残した大橋儀郎氏の由来書が小 国町に届けられてあるはずと言われたので、探しましたが見つかり ませんでした。まあ、この発祥については、『小千谷市史』にも記 述があります。 文句は二つだけ(「めでたいこれの台所」と、「しろがね銚子に黄 金台」とで、酒が回って調子よくなったところで、「田んぼを打つ 」「田を打つ」と言って、“田頭”(音頭とり)に上手な人を指名 してうたうのだそうです。はじめは静かに、次第に声を張り上げて うたうのだということでした。それから、どうやらもう少し信濃川 に近い真人(まっと)地区の方から伝わってきたとのだと言ってま した。 この大橋さんの話と、『小千谷市史』の中の記述、「かつては信濃 川を上下する船頭の舟唄として歌われたこともあった」という点を 考え合わせますと、はじめ、稲作の際の神事歌(田の神を祭る)だ ったものが、祝宴などの祝い唄として広くうたわれるようになり、 つぎに、舟唄として、さかんに新しい文句でうたわれ、人気を集め ていったのではないかという経過がたどれるようです。 このように見れば、伝承の各地に伝わる話ともだいたいのところ整 合するようです。前回の最後に書きました「明日の夜は新潟女郎の 腕枕」についてもわかりますし、「夜這い唄」として転用されたの も不思議ではありますまい。十日町市中条地区に伝わる盆踊り唄「 大の坂」の文句と混合してうたわれるのもりかいできます。だから 、この唄の源流は、日本海沿岸の漁村の祝唄「まだら」であるとす る、『復刻民謡大観』の解説にはしたがいがたいものを感じます。 これで「天神林」については終わりです。研究ノートは2冊になり 、収録テープも20巻以上ありますが、ほんのさわりだけを紹介し ました。最後に、地元の歌い手である水落忠夫氏(大和町在住)は 、平成11年12月、この「天神林」(舟唄風の)を歌って、日本 民謡名人撰で名人になられたそうです。戦後すぐ、15歳のときに 、戦死した父の名代として、村の祭礼に参加してであった思い出深 い唄とのことでした。「天神林」は、まだまだ歌い継がれ変化して いくのかもしれません。 ────────────────────────────── >>>>>>>> 前号配信数 / 247 <<<<<<<<< ────────────────────────────── ▼ ひ と こ と ▼ 前回の配信から、1ヶ月余り経ってしまいました。読者の皆さん、 申し訳ありませんでした。隔月配信になってから、1号抜けると、 1ヶ月の間隔があいてしまいます。読者の皆さんには、気長にお待 ち下さるようにお願いいたします。 さて、続けて参りました「歌謡、私のベスト3」がいちおう終了い たしましたので、今回から、通常の内容に戻ります。機会があれば 、また特集を組みたいと思います。 今号は、宮崎氏が連載を続けてきた「天神林のこと」の完結編です 。一つの民謡を追い続けることで、いかにさまざまなことが見えて くるか。また、民謡を追い続けることの難しさといったものを、こ の連載は教えてくれたような気がします。 これまでの研究成果を、まとまった形で見ることができるようにな ることを、編集子は期待いたします。 さて、今週の土曜日に、歌謡研究会の例会が、下記の要領で開かれ ます。内容に興味を持たれたら、ぜひご参加下さい。(編) ────────────────────────────── [日時] 2002年6月29日(土) 午後2時〜 [会場] 名勝大乗院庭園文化館 2階           (電話) 0742-24-0808 [研究発表]    韓国の兎の生き肝譚をめぐって                許 玩鐘氏  松の神子(みこ)考    ―梁塵秘抄巻二、二四五番歌をめぐって―                永池 健二氏   李 (リイク)詞 一斛珠異考                碇 豊長氏 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<■ □------◆ 電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □----◆ まぐまぐID:0000054703 □--◆ 発行人:歌謡研究会 (末次 智、編集係) □◆ E-mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp ■ Home Page:http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/ □◆ 購読の停止、配信先の変更等は、上記Webにて可能です。 □--◆ また、歌謡研究会の例会の案内・これまでの内容、 □----◆ そして、会誌『 歌 謡 ― 研究と資料 ― 』 □------◆ の目次も、上記Webで見ることができます。 ■<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



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