『歌謡(うた)つれづれ』054
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 2002.05.20 ■ ■■◇■ ◆■■ ---------- ■ 歌謡(うた)つれづれ ■◇ ■■ ■>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>◆ 0054 ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ +++++ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。++++++ +++++ 等幅フォントによってレイアウトされています。++++++ ────────────────────────────── ────────────────────────────── ■□■ 歌謡、わたしのベスト3 ■□■ ───────────────────────> 今号の担当 < 小野 恭靖 ono@cc.osaka-kyoiku.ac.jp  ─────────────── □◆□ 失恋の歌謡 □◆□ 筆者は日本古典時代の流行歌謡の歌詞研究を専門にしています。中 でも、室町時代の小歌と称される流行歌謡を中心テーマとして取り あげています。それらの歌謡群にもっとも多い、というよりも圧倒 的多数を占めるテーマは恋歌です。そこには伝統和歌の脈流をひく 内省的な「待つ恋」の歌もあれば、うまく進展しない恋愛に対して 毒づいたようないかにも民間歌謡的な歌、さらには性愛を賛美する ようなあけすけの愛欲歌謡まで、種々雑多な恋歌が目白押しです。 まったく恋歌には飽きというものがきません。 そんな恋歌の中でも筆者にとってもっとも興味深いものは、失恋の 歌です。このテーマは今日の流行歌謡にも多く見られますので、古 今の失恋歌謡相互の相違点と共通点には教えられることが多々あり ます。 そこで、今回の「歌謡、わたしのベスト3」では、日本の古今歌謡 における失恋の歌を取りあげたいと思います。 まず最初に、平安時代後期に流行した今様雑芸歌謡から、『梁塵秘 抄』所収の楽しくも、また逞しい歌を紹介します。 ◆ ────────────────────────── ◆   ▼△▼ 『梁塵秘抄』339番歌 ▼△▼ ○われを頼めて来ぬ男、角三つ生ひたる鬼になれ、さて人に疎まれ よ、霜雪霰降る水田の鳥となれ、さて足冷たかれ、池の浮草となり ねかし、と揺りかう揺り揺られ歩け  ◎わたしを頼みに思わせておきながら通ってこぬ憎い男よ。角が三 本生えた醜い鬼になれ。そして人にいやがられよ。霜や雪や霰の降 る水田に立つ鳥となれ。そして足の冷たいままでいるんだよ。池の 浮草となってしまえ。あちらに揺られこちらに揺られ、定めなく回 り歩け。 (『梁塵秘抄〔完訳日本の古典34〕』小学館 1989) ◆ ────────────────────────── ◆ この歌謡は愛人に裏切られ失恋した女が、相手の男に悪態の限りを 尽くした歌です。角が三本生えた鬼、水鳥、浮草と畳み掛ける叫び の中にも何か諦めに似た響きが感じ取れるでしょう。平安時代を代 表する愛すべき失恋の歌と言ってよいでしょう。 次に筆者の専門中の専門、室町小歌を代表する失恋の歌を紹介した いと思います。 ◆ ────────────────────────── ◆  ▼△▼ 「隆達節歌謡(小歌)」219番歌  ▼△▼ ○笑止や、うき世や、恨めしや、思ふ人には添ひもせで ◎情けないことよ、辛いことよ、恨めしいことよ、ああこんなにも 愛しく思うあの娘と結ばれないなんて。 (小野恭靖『「隆達節歌謡」全歌集 本文と総索引』                      笠間書院1998) ◆ ────────────────────────── ◆ 人は恋に破れたとき、思わず悲しみの声を発します。それはことば にならない声でもあります。あえてことばにしようとすればするほ ど、自分の抱く感情とはズレが生じてしまいます。その場で本当の 力をもつ語は、「ああ」とか「おお」という溜息以外ないのです。 それを「隆達節歌謡」では、「笑止や、うき世や、恨めしや」とし ています。現代語訳には文字通り「情けないことよ、辛いことよ、 恨めしいことよ」としましたが、もっとも真に迫る訳は「ああ、お お、さてさて」あたりかもしれません。 現代歌謡曲の圧倒的多数を占めるテーマは言うまでもなく恋愛です したがって、必然的に失恋の歌も多く作られ、歌われています。失 恋の歌謡には同じ立場となった人ならば、誰でも共感でき、その世 界に浸り込めるような重い歌も何曲か指摘できます。そんな中から 筆者にとって最高の失恋ソングを次に紹介します。 ◆ ────────────────────────── ◆  ▼△▼ ごみ ▼△▼  夜空を見上げて 名前を呼んだ  大きな声で叫んだ  遠くの街から あなたの名前  声を枯らして何度も  捨てられてもいい だから一度だけ  その手で拾ってくれませんか  ここからどこへも 進めないから  あなたがいないと歩けない  たとえば私が 生まれてなくて  この世に生きてなくても  あなたは一人で 生きてたでしょう  私のことを知らずに  泣いてもいいですか あなたのことだけ  考えて泣いててもいいですか  私じゃなければ 駄目なことなど  何ひとつない 何ひとつ  捨てられてもいい だから一度だけ  その手で拾ってくれませんか  何を見ていても 涙が出ます  あなたのそばで生きたい     (歌/橘いずみ、作詞・作曲/橘いずみ) ◆ ────────────────────────── ◆ この歌にはタイトルからして圧倒されます。たった二音節の単語「 ごみ」です。失恋した我が身を街中に捨てられてしまった「ごみ」 に喩えるのです。そして、「捨てられてもいい、だから一度だけ、 その手で拾ってくれませんか」と訴えかけています。これは恋を失 くした人の痛切な叫びです。その叫びはけっして相手には届かない 「遠くの街から」の空しい叫びなのですから、よりいっそう胸に迫 ってきます。この歌とある意味でよく似た歌に、中島みゆき「わか れうた」があります。「途(みち)に倒れて、だれかの名を、呼び 続けたことがありますか」というフレーズが語る状況は、「ごみ」 の冒頭部分に近接しています。 ところで「ごみ」ですが、もっとも共感できるフレーズは、哀切な メロディーにのせて歌われる「たとえば私が、生まれてなくて、こ の世に生きてなくても、あなたは一人で、生きてたでしょう、私の ことを知らずに」「私じゃなければ、駄目なことなど、何ひとつな い、何ひとつ」でしょう。恋愛は人として生まれた喜びを教えてく れるものですが、同時にその哀しみも目の前に突きつける曲者に他 なりません。『閑吟集』295番歌の一節に「来し方より今の世までも 、絶えせぬものは、恋といへる曲者、げに恋は曲者、曲者かな」と あるのは、まさにこのことでしょう。 次に、この原稿の4曲目、すなわちベスト3の番外とはなりますが 、現代の流行歌からもう1曲紹介します。 ◆ ────────────────────────── ◆   ▼△▼ さよなら大好きな人  ▼△▼  さよなら 大好きな人 さよなら 大好きな人     まだ 大好きな人  くやしよ とても  悲しいよ とても  もう かえってこない  それでも私の 大好きな人  何もかも忘れられない  何もかも捨てきれない  こんな自分がみじめで  弱くてかわいそうで大きらい  さよなら 大好きな人   さよなら 大好きな人  ずっと 大好きな人  ずっとずっと 大好きな人  泣かないよ 今は  泣かないで 今は  心 はなれていく  それでも私の 大好きな人  最後だと言いきかせて  最後まで言いきかせて  涙よ 止まれ  さいごに笑顔を  覚えておくため(以下、省略)  (歌/花☆花、作詞・作曲/こじまいづみ) ◆ ────────────────────────── ◆ この歌に関して多くを語る必要はないでしょう。先日のニュースで 、ある出版社の高等学校の音楽教科書にこの歌が採用されることに 決まったと聞きました。テンポのよいメロディーの中で繰り返され る「さよなら大好きな人」というフレーズは、この歌のタイトルに も選ばれています。失恋しても、その相手に「さよなら」を言える ことは素晴らしいことです。たとえそれが、面と向かってでなく、 自分の心の中にいる相手に対してだけであっても。 それにしても、恋を失った人の心の寂しさが「みじめで、弱くてか わいそうで大きらい」という自己否定の形でしか語られないとは、 何と切ないことでしょうか。筆者がこの歌の歌詞で一番好きなのは 「涙よ止まれ、さいごに笑顔を、覚えておくため」という部分です 。しばらく笑顔には戻れそうもない自分の心を、涙に託して歌うと いう気の利いた表現だと思います。 失恋の歌は今後も大量に生み出されることと思いますが、古典歌謡 に見られるような伸び伸びと明るい歌詞のリバイバルはあり得るの でしょうか。 ────────────────────────────── >>>>>>>> 前号配信数 / 242 <<<<<<<<< ────────────────────────────── ▼ ひ と こ と ▼ 「恋」は、否定的な形でもウタ(歌謡)の中心的なテーマであり続 けることを、今回の内容が教えてくれました。でも、なぜ「恋」な のでしょう。これは、歌謡を研究する者の、いや、ウタをうたい、 聴く者にとって永遠のテーマなのです。 それにしても、『梁塵秘抄』の339番は凄すぎる。「悪態の限りを尽 した歌」だと、小野氏は述べていますが、編集子には、ブラックマ ジックの呪文のように見えてしまいます。つまり、自分をフった男 を呪っているのです。できれば、その女の手にわら人形でもあれば 、もってこい……、スミマセン、悪のりしすぎました。 夏が近づいているせいでしょうか、ついこういうホラー系の話題に 引き込みたくなったようです。『梁塵秘抄』のウタに比べれば、現 在のウタは表現が、小野氏も述べるように「自己否定」に向かって おり、迫力に欠けるような気もします。(編) ────────────────────────────── ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<■ □------◆ 電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □----◆ まぐまぐID:0000054703 □--◆ 発行人:歌謡研究会 (末次 智、編集係) □◆ E-mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp ■ Home 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