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■ 歌謡(うた)つれづれ−050 2002/03/25
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□□■ 歌謡、私のベスト3 ■□□
小田 和弘
□◆□ 卒業の歌 □◆□
春三月といえば卒業シーズン。夕方のニュース番組では、各地の小
中学校や高校、大学の卒業式の様子が放送されたりしています。画
面に映る卒業生たちの表情にあらわれる喜び、解放感、とまどい、
寂しさ。その様子を見て私は大学卒業の頃を思い出しましたが、誰
しも卒業には感慨を覚え、懐かしい思い出があることでしょう。
ところで、懐かしい卒業の思い出や感慨が、ある歌を聴くことで心
に蘇ってくることがありませんか。それは卒業式にうたったことの
ある歌かもしれませんし、あるいは卒業の情景をうたっている歌か
もしれません。「蛍の光」や「仰げば尊し」などは卒業式でよくう
たわれており、誰もが思いつく卒業の歌といえるでしょう。他にも
、現代歌謡(いわゆるジャパニーズ・ポップス)の中には卒業式の当
日の様子をうたうものから、歌の中で過去の卒業のころを振り返る
ものまでうたうものがあります。これらの歌も卒業の思い出を呼び
起こしてくれるという点では、十分に卒業の歌に含むことができる
と思います。そこで、今回の「歌謡、わたしのベスト3」では、現
代歌謡における卒業の歌を取り上げたいと思います。
ちなみに、インターネットで検索すると、思い出の卒業歌ランキン
グを掲載したウェブページや掲示板がいくらでも見つけられます。
なかでもスマオ氏による"卒業掲示板「SAKURAKEI 2000」 SONG LIS
T"(http://www.ne.jp/asahi/mcb/shiga/sakuralist1.htm)では、20
00年3月31日までですが195曲も挙げられており、卒業の歌が現代歌
謡において主要な題材であることがわかります。これらの歌の中に
は、ほんのいっとき卒業シーズンにテレビやラジオで流れて、その
のち消え去った歌もあれば、定番化して世代を越えて毎年カラオケ
や卒業式でうたわれている歌もあります。
数多ある卒業の歌は、それぞれ一人ひとりの卒業の思い出を呼び起
こすものであり、それは、各人にとってかけがえのないベスト1な
のでしょう。人によっては他に知っている人がいないようなマイナ
ーな曲がベスト1となるかもしれません。あまり知られていない歌
だけを挙げてもわかりにくいので、今回は、現代歌謡の中でも卒業
の歌として比較的よく知られているものを例に挙げながら、卒業に
関わる三つの情景を眺めることでベスト(?)3としたいと思います
。
(1)卒業式の後で
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▼△▼ 春なのに ▼△▼
柏原芳恵(作詞・作曲/中島みゆき)
卒業だけが理由でしょうか
会えなくなるねと 右手を出して
さみしくなるよ それだけですか
むこうで友だち 呼んでますね
流れる季節たちを 微笑みで送りたいけれど
春なのに お別れですか 春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに ため息 またひとつ
卒業しても白い喫茶店 今までどおりに会えますねと
君の話はなんだったのと きかれるまでは言う気でした
記念にくださいボタンをひとつ 青い空に捨てます
春なのに お別れですか 春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに ため息 またひとつ
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「春なのに お別れですか」とうたうサビの部分には、卒業という
学校生活の最後の行事によってもたらされた現代特有の春のイメー
ジが表されています。先生、友達、クラブ・サークルの仲間や後輩
たち、そして好きな人と一緒に過ごした毎日が、卒業とともに終わ
りを迎え、それぞれ離ればなれになってしまう。その別れの寂しさ
は卒業生だけではなく、教え子を送り出す先生、先輩を送り出す後
輩たちにもあることでしょう。現代では、卒業式が春に行われるた
めに、暖かな陽気に浮き立つ気持ちと卒業式の別れの寂しさが綯い
交ぜになった不安定な心情が春のイメージを変えてしまったように
思われます。「春なのに ため息 またひとつ」などは近世以前に
おけるうららかな春(晩春)の予祝的なイメージとは全く対照的です
。
ところで、この歌が流行った当時、中学校・高校の卒業式の日に、
女生徒が想いを寄せる男子生徒やあこがれの先輩から制服(いわゆる
詰襟、学ラン)の胸ボタンを貰うということが流行していました。こ
の歌はそうした学校での流行が取り入れられ、当時の生徒(特に女生
徒)たちの共感をよんだものでした。次の歌も同様です。
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▼△▼ 卒業 ▼△▼
斉藤由貴(作詞/松本隆、作曲/筒見京平)
制服の胸のボタンを 下級生たちにねだられ
頭をかきながら 逃げるのね 本当は嬉しいくせして
(後略)
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制服のボタンならどれでもよいというわけではなく、第二ボタンを
貰うことが大事だとされていました。心臓に一番近いところにある
ボタンだから、相手の心を受け取ることになるともいわれています
。ちなみにブレザーの場合だとボタンではなくネクタイを記念に貰
うそうです。ずっと片思いをし続けてきたのなら、卒業式当日が告
白する最後のチャンスかもしれません。そもそも一体いつ頃からこ
の風習が始まったのか詳しいことは分かりませんが、学校生活の中
で生まれた新しい民俗といえるでしょう。しかしながらその背景に
は、想う相手の心を繋ぎ止めておくために、その人が身につけてい
る物を形見にするという古来からの感染呪術的な発想が窺えます。
ただし『春なのに』では「記念にくださいボタンをひとつ 青い空
に捨てます」とうたっており、それはむしろ相手の魂がこもったボ
タンを捨てることで、思い切ろうとするようです。
さて、『卒業』の後半部にはもう一つ興味深い部分があります。
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(前略)
セーラーの薄いスカーフで 止まった時間を結びたい
だけど東京で変わってく あなたの未来は縛れない
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離れていくことを予感しているから、二人で今過ごしているこの最
後の時間を「スカーフ」で結び留めておきたいと願う。このことに
は、衣服の一部を結ぶことで、そこに心(魂)を込めて相手をつなぎ
止めようとする古くからの「結び」の呪性が窺えます。
(2) 帰郷あるいは旅立ちの時
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▼△▼ なごり雪 ▼△▼
イルカ(作詞・作曲/伊勢正三)
汽車を待つ君の横で 僕は時計を気にしてる
季節はずれの 雪が降ってる 東京で見る雪は これが最後ねと
さみしそうに 君がつぶやく なごり雪も ふるときを知り
ふざけすぎた 季節の後で 今 春が来て 君はきれいになった
去年よりずっと きれいになった
(後略)
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想いを寄せている女性が汽車に乗って遠くへ帰郷するのを駅で見送
る場面。このような別れの場面は必ずしも卒業後とは限りませんが
、今まで付き合ってきた二人が卒業後の進学、就職あるいは帰郷の
ために離ればなれになることもあったことでしょう。この歌は卒業
自体をうたわなくても卒業の歌とみなされて、卒業シーズンになる
とカラオケ等で今でもよくうたわれています。
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▼△▼ 心の旅 ▼△▼
チューリップ(作詞・作曲/財津和夫)
ああだから今夜だけは 君を抱いていたい
ああ明日の今頃は 僕は汽車の中
旅立つ僕の心を知っていたのか
遠く離れてしまえば 愛は終るといった
もしも許されるなら 眠りについた君を
ポケットにつめこんで そのままつれ去りたい
(後略)
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汽車に乗って去っていくのを見送る歌もあれば、このように汽車に
乗って自分が遙か遠くへ旅立ってゆく歌もあります。汽車に乗るほ
どの距離感は、二人の仲をあきらめさせてしまう。このように汽車
で旅立つ、あるいは駅で見送るといった情景が、現代歌謡の別れ歌
において特徴的なモチーフのひとつとなっています。
(3)新しい生活の中で
卒業後、進学あるいは就職してから、五月病などのある種のアパシ
ー(無気力・無感動な状態)に陥る人があるようです。それは単に新
しい環境になかなか馴染めないからでしょうか。もしかすると、そ
れは卒業による別れがもたらした寂しさ、切なさ、そして喪失感が
尾を曳いているようにも思います。
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▼△▼ 卒業写真 ▼△▼
(荒井(松任谷)由美/作詞・作曲)
悲しい事があると 開く皮の表紙
卒業写真のあの人は やさしい目をしてる
町で見かけた時 何も言えなかった
卒業写真の面影が そのままだったから
人ごみに流されて 変わってゆく私を
あなたは ときどき 遠くでしかって
話しかけるように 揺れる柳の下を
通った道さえ今はもう 電車から見るだけ
あの頃の生き方を あなたは忘れないで
あなたは 私の 青春 そのもの
人ごみに流されて 変わってゆく私を
あなたは ときどき 遠くでしかって
あなたは私の青春そのもの
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新しい生活の日々、卒業アルバムを開くのは当時を懐かしむためで
はなく、不安に惑い立ち止まった時。大切な人は過去の面影そのま
まなのに、めまぐるしく変わる日々の生活に追われる「私」は変わ
ってゆく。卒業によって青春の日々の展開は終わりを迎え、思い出
として印画紙に焼き付けられてしまう。この歌では、卒業後の生活
のなかで、卒業までの日々を懐かしい思い出として描いている歌と
なっています。その意味では何年たっても、春になってこの歌が流
れると卒業の頃を思い出させてくれる定番の歌となっています。
さて、今回取り上げた歌を含む現代歌謡は資料に示した様に、作詞
家や歌手自身(あるいはバンドとして)によって創られた固有の作品
であって、多くの民謡のように名も知らぬ誰かがうたい始めうたい
継ぐといった伝承歌謡とは性格が異なっています。そのため、歌謡
研究において現代歌謡を扱うための視点や方法については、まだこ
れから検討する必要があると思います。
ただ、そのひとつの手掛かりとして、歌の受容の問題があると考え
ています。歌の流行には、ラジオやテレビといったメディアの影響
力が大きいのですが、基本的にはその歌を耳にする多くの人に共感
されるかどうかが問題であり、それは生活、世代、学校、仕事、趣
味、関心や考え方などのいわば現代の民俗あるいは世相が大きく関
わっていると思われます。その意味では現代歌謡における固有の作
品であったとしても、それが流行するには現代の民俗・世相を反映
することによって人々に共感されることが必要なのだと思います。
このことは逆に言えば流行歌の分析を通じて、その時代が見えてく
るということでもあります。
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・柏原芳恵『春なのに』1983.1.11/ 1994.2.24(CD) PHILIPS。
・斉藤由貴『卒業』1985.2.21 CANYON。
・イルカ『夢の人』1975.12.5 クラウン。
・チューリップ『心の旅』1973.4.20/ 2001.6.27(CD) 東芝EMI。
・松任谷由美『COBALT HOUR』1975.6.20 東芝EMI。
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/246]
先日23日の土曜日、編集子の職場でも卒業式を迎えました。学友会
顧問というのを職場で担当している編集子は、そのあとに行なわれ
る卒業パーティを、役員をしていた卒業生たちと計画します。その
さいに、なくてはならないのがうたです。ウチの場合多くは、パー
ティの最後に卒業生全員でしんみりとうたって、パーティを、学生
生活を静かに終えます。今年は、NHKの朝の連続テレビ小説「ちゅら
さん」の主題歌で、kiroroがうたう「Best Friend」でしたが、これ
を「自分を支えてくれたクラスの仲間とうたいたかった」と、涙な
がらに語っていた学友会会長の姿が印象的でした。
歌謡研究会のもっとも若い世代を代表する、今回の担当者・小田氏
は、現代の歌謡から卒業から、新しい生活へ進む学生(生徒)たち
の心象風景を、歌謡の歌詞で追いかけてくれました。このなかの多
くをリアルタイムで聴いた世代の編集子には、なにがしらの感慨を
起こさせる歌ばかりです。わたしなどより一世代若い小田氏が、こ
のようなうたを取り上げるのが少し意外でした。
上記には、卒業を直接のテーマとしたものから、もっと広く別れを
テーマにしたうたまでが並んでいます。これは、卒業式が現代にお
ける別れの重要な場であるからですが、そういう意味で卒業のうた
は別れのうたの系譜を引きます。が、一方で、小田氏は「春なのに
」を取り上げながら、「近世以前におけるうららかな春(晩春)の予
祝的なイメージとは全く対照的です」と興味深いことを述べていま
す。伝統的な表現類型と同時代的な表現、おそらくどちらが欠落し
て、もうたい継がれる名曲とはならないのに違いありません。
あと、卒業式という制度の成立について、歌謡との関わりで考えて
みるのも面白いな、などと勝手に考えました。読者の皆さんそれぞ
れにとっての卒業のうたは、どのようなものなのでしょうか。
当マガジンも50号となりました。これも、執筆者の皆さん、そして
なによりも読者の皆さんのおかげです。ほんとうにありがとうござ
います。今後とも、当マガジンをよろしくお願いいたします。
(編)
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このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい
ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している
つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ
て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら
に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ
ていただくようお願いいたします。
各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者
のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから
引用される場合はその旨お記しください。
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