『歌謡(うた)つれづれ』047
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■    歌謡(うた)つれづれ−047 2002/02/04 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    ★ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。★ ************************************************************ □□■ 歌謡、私のベスト3 ■□□ 2002年度の「歌謡つれづれ」は、「歌謡、私のベスト3」と題 して、執筆者それぞれの独断と偏好のアンソロジーをお届けするこ とになりました。各自、趣向を凝らして、読者の皆さんに楽しんで いただけるようなものにできればと思っております。 ◇◇◆女の歌謡浪曲、ベスト3◆◇◇                         米山 敬子 初回から配信予定日に間に合わず、1週間遅れでスタートさせてし まいました。この企画の前途に暗雲が垂れ篭めなければいいのです が……。編集子からは「得意なジャンルで」という要望がありまし たが、私の研究対象は「神楽歌」でして、これって正直言って、あ んまり面白くないんですよね。ベストもなにも、優劣なんてつけた ことがないので、選びようがないのです。 そこで、全くの趣味のジャンルでベスト3を選んでみました。 浪曲(浪花節)は、今や化石のように思われているかも知れません が、明治、大正、そして昭和の20年代まで大衆芸能として民衆に幅 広い愛好者を持つジャンルでした。三味線の伴奏で、長時間に渡り 一つの物語をフシ(旋律)とタンカ(せりふ)で語るもので、浪曲 の語り手には歌唱と語りと演技の総合的な技量が要求されます。 戦後、歌謡曲の台頭で振るわなくなり、有望な後継者であった三波 晴夫や村田英雄が歌謡界へ転向し、その後の音楽界の目まぐるしい 変遷の中で、片隅に追いやられている感がありましたが、近ごろの 邦楽ブームで、少し盛り返してきたようです。 そんな中で、最近、歌謡界、特に演歌の世界で実力派の女性歌手が 、次々と「歌謡浪曲」に挑戦しています。 それでは、「女の歌謡浪曲、ベスト3」にまいりましょう。 ************************************************************ 第3位 「王将一代・小春しぐれ(浪曲歌謡編)」            吉岡治作詞/市川昭介作曲 (フシ)  紅い灯青い灯通天閣の、此処は浪花の天王寺。  女房子どもを質入れしても将棋さしたい阿呆なやつ。  貧乏手づまり千日手、それでも惚れてついてゆく、  小春三吉の物語……。 (歌)略 (セリフ)  「小春、ほんまに死ぬ気やったんか? ……  すまなんだ、わいはほんまに悪い亭主やった。  大阪の素人名人やらおだてられてのぼせていたんや。  もう今日から、一生将棋はささへん。女房子どもにひもじいめ  さすようなこと、金輪際しやへん。」  「あんた、つろうおっしゃろ。  あれだけ好きで好きでたまらん将棋をやめなはれ言うんが無理や  ……おさしやす、おさしやす、かましまへんがな。  そのかわり、そのかわり、さすからには日本一の将棋さしに  なって欲しい…」  「小春……わい、今日から命がけや!」 (フシ)  空を仰いだ三吉の、背に回ってそっと拭く、  頬の涙かはた露か、小春しぐれを誰が知ろ……。 (歌)  女房子どもを 泣かせた罰は  あの世でわたしが かわって受ける  さしてください 気のすむように  将棋極道 えやないの  そばに寄り添う 駒がいる ************************************************************ 物語は、この後、東京での関根金次郎との対局に勝った三吉が、死 の床についている大阪の小春のもとへ駆け付けるところで終わりま すが、通しで歌うと9分近くになる長編で、テレビの歌番組では決 して聞けない曲です。 坂田三吉をモデルにした曲には、村田英雄の「王将」(西條八十作 詞/船村徹作曲)があります。こちらでは小春のことは、  愚痴も言わずに 女房の小春  つくる笑顔が いじらしい と、ごくサラリと触れる程度で、あくまでも一筋に道を貫く男気を 表現することに重点が置かれています。 それに対して、「王将一代・小春しぐれ」のほうは、小春に十分に 語らせることによって、妻として支えることを選んで励ましながら も、なお影でそのつらさに泣く女を描くことで、女性演歌歌手の真 骨頂を聞かせる作品になっていると思います。 今、この歌を歌っているのは、都はるみと神野美伽の二人です。男 歌の表現力では、神野美伽には定評がありますが、三吉のセリフに 彼女得意の「浪花しぐれ『桂春団治』」(渋谷郁男作詞/村沢良介 作曲)のような舌のまわりの良すぎる軽さが見え隠れしていて(但 し、93年8月録音。今なら、また違ってきているでしょう)、不満 が残ります。都はるみは、「北の宿から」(阿久悠作詞/小林亜星 作曲)以来、「泣き」のしぼるような声で女心を表現してきました し、最近では、それが「うなり」に深みを加えていると思います。 いずれにしても、関西の女性演歌歌手にとって大切な作品であるこ とは、まちがいないでしょう。 ************************************************************ 2位 「瞼の母」       長谷川伸/原作、坂口ふみ緒/作詞、不祥/台詞       沢しげと/作曲、春野百合子/節付け (歌)  軒下三寸 借りうけまして  申しあげます おっ母さん  たった一言 忠太郎と  呼んで下せえ呼んで下せえ たのみやす (セリフ)  「それじゃ おかみさん、どうあっても おぼえがねェと  御云るんでござんすかい」  「うるさいね! どこの風来坊かしらないが、  やけに芝居がうまいじゃないか。そりゃあ 私もね、  番場の宿に 忠太郎という子供を残しちゃあ来たよ。  だが、その忠太郎は、かわいそうにまぁ五つの年に  病で死んだと聞いてるんだ。死んだ子供が今頃になって  ここへ たずねてくるわけがあるもんかね。」 ************************************************************ 長谷川伸の戯曲『瞼の母』(1930年〔昭和5〕)は、発表の翌年に 明治座で十三世守田勘弥等によって初演され、その後、新国劇の代 表的な演目として、また股旅物芝居の代表としても、盛んに上演さ れました。 その『瞼の母』を歌謡浪曲にうつしたものですが、女性演歌歌手で は中村美律子が持ち歌としています。全編通しで歌うと19分以上か かる長いものですが、彼女は、コンサートでもしばしば通しで歌う など、実にきめ細かく歌い込んでいます。その声は、母と子、それ ぞれの情愛を切々と訴える張りと潤いがあって、この古びた物語に 、なお聞くものの涙を誘う名作としての命を与えています。 彼女自身がかつて浪曲師を志したという経歴にもよるのでしょうが 、『歌謡浪曲集』と題するCD(東芝EMI TOCT-24205)も出し ています。この中には、文楽人形浄瑠璃に原作があり、本家本元の 浪曲にも「壷坂霊験記」(浪花亭綾太郎)のある、『壷坂情話』( たかたかし・中村美律子/作詞、富田梓仁・春野百合子/作曲)も 収められています。関西弁のアクセントが板についた彼女の語り口 は、さながら義太夫節を聞くような楽しさがあります。 ************************************************************ 第1位 「岸壁の母」       藤田まさと/作詞、平川浪竜/作曲、       室町京之介/浪曲構成 (フシ)  昭和25年1月の半ばも やがて過ぎる頃、  雪と氷に閉ざされた ソ連の港ナホートカから  祖国のために命をかけた 同胞を乗せ、  第一次引き揚げ船 高砂丸が帰ってくる。  父が夫が兄弟が 舞鶴の港に帰ってくる。  日本中の神経は この港に注がれた。  狂わんばかりの喜びは るつぼのように 沸き返った。 (歌)  母は来ました 今日も来た この岸壁に 今日も来た  とどかぬ願いと 知りながら もしやもしやに  もしやもしやに ひかされて (セリフ)  「又引き揚げ船が帰ってきたのに、今度もあの子は帰らない。  この岸壁で待っているわしの姿が見えぬのか……。  港の名前は舞鶴なのに、何故飛んで来てはくれぬのじゃ。  帰れないなら大きな声で…… (歌)  呼んでください おがみます ああ おっ母さん よく来たと  海山千里と言うけれど なんで遠かろ  なんで遠かろ 母と子に ************************************************************ 「岸壁の母」は、1976(昭和51)年に発売され、翌77年にかけて大 ヒットしました。歌い手の二葉百合子は浪曲師であり、歌謡浪曲を 歌謡曲界に広めた功労者の一人でもあります。平成の今日まで、こ の曲は繰り返し歌われて来ました。筆者など、浪曲にも演歌にも興 味のなかった間は、二葉百合子にはこの曲しかないものと、思って いました。無知ほど失礼なことはないと反省しています。 さて、ここに挙げたのは、昨年(2001年)12月14日に放送された、 NHKの「ふたりのビッグショー」で二葉百合子と石川さゆりが共 演したスペシャル・バージョンです。歴史的な背景や当時の世相が 語られることで、常々聞いている母のセリフだけが入ったものより 、今日的に、むしろ届きやすいものになっているのではないでしょ うか。 石川さゆりは、デビュー間もない頃から二葉百合子に師事して浪曲 の稽古を積んできたそうで、ここ数年、彼女の芸域の広さに感心し ていた筆者としては、なるほどと納得しました。それでも、二葉百 合子が彼女の何十歩も前を歩いていることは、共演によって却って 歴然と見えました。こういう発見って、とても楽しいものですね。 ************************************************************ 文楽の義太夫語りの人間国宝、竹本越路太夫は、芸の絶頂期に突然 引退しましたが、彼は、引き際に、「義太夫の修業は一生では足り なかった。もう一生欲しかった。」と言ったそうです。「高い技術 と表現力に裏打ちされた作品が、見るものの心を打つのだ」という 言葉を残して、不慮の事故で亡くなった日本画家もいます。 歌謡界でも、最近は、猛スピードでペラペラとまくしたてるばかり の浮ついた口先だけの、軽い歌ばかりが流れているようです。もと より、「流行」とは、そうしたものなのでしょうが、人の心に届き 励ましになり、また歌い手自身もその歌によって成長していくよう な、本当の技量が要求される歌を大切にしていきたいと思います。 ************************************************************ 参考資料 ・『二葉百合子全曲集』(KITX 2418 キングレコード、'98.9.18) ・『中村美律子「歌謡浪曲集」』(TOCT-24205 東芝EMI '99.9.29) ・『都はるみ「邪宗門」ツインパック』 (COCP-30024→25 日本コロンビア '98.8. 21) ・『演歌の真髄 神野美伽』 (KITX 498 キングレコード、'99.10.8) 筆者は、この分野については自分の楽しみとして聞いているだけで 、「歌謡浪曲」の萌芽期の歴史などの詳細については知りません。 「女の歌謡浪曲」と銘打ちましたが、浪曲界の女性で二葉百合子以 外に知っておくべき人がいるかもしれません。「この人が漏れてい る」「この曲をあげるべきだ」などとお気付きのことがありました ら、どうかご教示をお願いいたします。 ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/238] ついに始りました、「歌謡、私のベスト3」!!! 米山氏は、ご自身も書かれているように、神楽歌を中心に研究なさ っている方ですが、このような趣味がおありとは。編集子がなによ りも驚きました。 演歌はほとんど聞かない編集子ですが、この3曲は耳にしたことが あります。そうかー、あの台詞は浪曲からきているのか……、など と脳天気に関心している場合ではありませんね。浪曲(浪花節)は 明治に大発展した語りの芸でした。その一つの確かな流れが「歌謡 浪曲」だったのですね。 演歌はほとんど聴かないと書いた編集子ですが、昨年末の紅白歌合 戦で、森進一などの演歌を聴きながら、ふと「演歌もいいな」と思 ってしまいました。最近、たとえば楽器無しでうたう曲が若者の間 で流行っていますが、そこに声だけの歌の良さを感じていて、どう もその流れとして、米山氏が言われるように、口先だけではなく、 歌詞の内容をじっくりと聴かせる演歌に惹かれるものを感じたよう なのです。 のっけから意外なベスト3が飛び出しました。このあと、どのよう に続くか楽しみです。                            (編) ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID: 0000054703 □発行人: 歌謡研究会 □E-Mail: suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp (末次 智、編集係) □Home Page: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/ ■ ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です。 ■ ※また、歌謡研究会の例会案内・消息、それに研究会の会誌 ■  『 歌 謡 ― 研究と資料 ― 』のバックナンバーの目次も、 ■  ここで見ることができます。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



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