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■ 歌謡(うた)つれづれ−043 2001/11/23
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□□■ 招霊供養歌考(2) ■□□
小田 和弘<odakazu@asahi.email.ne.jp>
前回では、『上瑠璃』や『小幸物語』等の古浄瑠璃・奥浄瑠璃の中
から、墓に向かって歌をかけると歌が返されたり亡霊が顕れる場面
を取り上げました。
墓所という現世と他界の交錯する特別な空間において、生者と死者
が交流することを可能にする特別な言語表現としての歌は、その呪
的機能のゆえに呪歌あるいは唱言ということもできるでしょう。そ
れは、恋に焦がれつつ命を落とした恋人との再会において、現世と
他界を隔てて叶わぬ想いを伝えるために歌という表現を用いること
が、その情景をいっそう幻想的にするという文芸的な効果があると
いえるかもしれません。しかし、これらの物語の受容と伝承という
ことを考えると、その土壌には当時の民間信仰・習俗――墓に歌を
かけることで死者を現世に招き寄せ、歌を通じて交流することが出
来るとみなす呪的心性と、それに基づく墓前での供養――の存在が
推測されます。そうした呪的心性は、今に残る各地の民俗儀礼の中
に見いだすことができます。ここではその一例を紹介します。
青森県から岩手県にわたる旧南部領では、盆の間に墓獅子・墓念仏
と称する念仏芸能が広く行なわれてきました。念仏といっても既成
宗教としての仏教ではなく、修験道および陰陽道も含む神仏習合的
な民間仏教といえるもので、これから紹介する青森県八戸市鮫の墓
獅子や階上郡の墓念仏(鶏舞)などは、山伏が行なっていた権現神楽
を近世期に地元の人達が模倣して執り行うようになったものです。
墓獅子は墓前において歌にあわせて獅子が舞うものであり、墓念仏
は獅子をともなわずに墓前でうたうものです。
さて、八戸市鮫の墓獅子は、現在も毎年新暦の8月14〜15日に地区
内の浮木寺墓地で、神楽連中(現在は保存会)によって執り行われて
います。初日は正午に、浮木寺の近隣に位置する金刀比羅宮のお堂
で、権現頭(獅子頭)や衣装、笛・太鼓・手平金などの道具を準備を
し、墓地に向かいます。墓地では盆の墓参りに訪れた人々によって
それぞれの墓前で焚かれる松のたいまつが煙るなかで、特に新仏や
年忌のある家族の依頼によって墓獅子は行なわれます。依頼のあっ
た墓石の前に鮫神楽連中の8人が茣蓙を敷いて座り、依頼した家族
と墓石の間でにぎやかな調子で笛・太鼓・手平鉦による囃子と獅子
の歯打ちがあります。一転して哀調の曲となり、歌い手の「インヨ
ー」の掛声に導かれて、歌を一首ずつゆっくりと合唱します。この
間家族は後ろに控えて合掌しながら一緒にうたっています。そして
一首うたわれる毎に伏せていた獅子が俯いたまま伸び上がり、いか
にも悲しげに頭をもたげます。
では『御神楽掛歌舞詞』から墓獅子の「かけ歌」(○印)から、詞章
の一部を引用しながら行事の内容を追っていきたいと思います。
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▼△▼ 鮫の墓獅子のかけ歌 ▼△▼
○極楽の末木の枝に何がなる 南無阿弥陀仏の六つの字がなる
○東方は薬師の浄土の玉の御搆や 君は開かで誰れかひらかん
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続いて西(弥陀)……、南(観音菩薩)、北(釈迦)、中央(大日)の五方
の仏がうたわれます。
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○茶の木にはいかなる木の葉を取り揃へ 天から落る玉の水かな
○桜木をうち割り見れハ何もなし 花の種とは何にをいふらん
○白銀を柄杓に曲げて水を汲む 水をば汲まぬさよにこそ汲む
○酒呑まは多くは呑むな少し呑め 高天の原の色に出るもの
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歌い手は、「茶の木…」では供えた湯飲みの水を獅子に手向け、
「桜木を…」では献花を、「柄杓に」では柄杓の水を獅子に手向け
ます。「酒呑まは」では柄杓の水を墓石に掛け、獅子は手向けられ
た水を飲み花を噛む所作をします。このような歌と獅子の所作との
連動から、獅子が供物を手向けられる死者を表していることがわか
ります。続いて次の歌がうたわれます。
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○恋しさに恋しき人の墓見れは 涙でかいた石の塔婆よ
○恋しさに我が古里を来て見れは 替らぬものは森と林よ
○恋しさに恋しき人を来て見れは 見るより早くしぼる袖かな
○立つ時は我れ一人とは思ひども 死出の三途の連れは多くぞ
○闇の夜に啼かぬからすの声きけは 生れぬ先の父ぞ恋しき母ぞ恋
しき
○極楽の末木の枝に何がなる 南無阿弥陀仏の六つの字がなる
○我親はいかなる悪非に我れをなす 親をば問はぬ親に問はるゝ
○西見れは紫雲はたなびきて 疑ひなくば弥陀の浄土に
疑ひなくば弥陀の浄土に
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ここで興味深いことは、鮫の墓獅子において「恋しさに恋しき人
の墓見れば…」「恋しさに…見るより早くしぼる袖かな」のように
『上瑠璃』「五りんくたき」の義経の歌と類似する詞章がうたわれ
ていることです。現在なお墓前での供養においてうたわれていると
いったこの歌の伝承性の強さに驚かされます。これは墓前に参った
家族の立場からうたわれていますが、続く「立つ時は我れ一人とは
…三途の連れは多くぞ」の歌では死出の旅路をゆく死者の立場から
うたわれていることがわかります。このように、所作として獅子が
頭をもたげるだけであったり、どの歌も同じ歌い手であったとして
も、歌の配列と歌詞からこれがほぼ生者と死者による歌の掛け合い
になっていることに気付かされます。墓獅子の最後には「西見れば
…弥陀の浄土に」と死者が成仏する様がうたわれ、この供養が果た
されることとなります。ここで囃子が入り、獅子が勢いよく首を振
り上げ歯打ちをして終わります。獅子の動作が急に変わるところは
、まるでこのとき獅子から死者の憑依が解けたかのようです。
歌によって死者を招き、歌によって死者と言葉を交わし、歌によっ
て死者の成仏をあらわす。このように鮫の墓獅子では、歌が生者と
死者による交流の媒介として中心的な呪的機能を果たしていること
がわかります。
〈引用・参考文献〉
□『御神楽掛歌舞詞』(明治34写本).
□阿部達『文化財シリーズNo.16鮫の神楽』八戸教育委員会、1975.
□中川純子「調査報告:青森県八戸市・鮫の墓獅子」『関西外国語
大学大学院論集FONS LINGUAE』15、関西外国語大学大学院、2000.
□小田和弘「招霊の呪歌―絵巻『上瑠璃』「五りんくたき」の歌を
中
心として―」『日本歌謡研究』第40号 日本歌謡学会 2000.
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/235]
生者と死者の掛け合いとしての歌謡(うた)。獅子にのりうつった
死者の魂とのコミュニケーション。今、世の中で持てはやされてい
るデジタル・コミュニケーションは、死者をも視野に入れたもので
しょうか。そういえば、見知らぬ人から入ったメールに怯える学生
を見ながら、他界からの呼びかけに似ているなと思いました。
歌謡研究会の例会が下記の要領で開かれますので、関心のある方は
ぜひご参加下さい。また、本マガジンの、来年度の執筆予定を立て
るにあたり、会員の方々から新しい書き手を募りたいと思います。
一年間購読されて、自分も書いてみたいと思われた方は、編集子ま
でぜひメールを下さい。新しい書き手の出現を心よりお待ちいたし
ております。(編)
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第90回 歌謡研究会例会のお知らせ
下記の通り、歌謡研究会例会を行ないますので、
よろしくご参集ください。
[日時] 2001年12月8日(土) 午後2時〜
[会場] 名勝大乗院庭園文化館 2階
(電話) 0742-24-0808
[輪読] 菅江真澄 「鄙廼一曲」
淡海の国杵唄 臼曳歌にも諷ふ唄
五七 不二の裙野に西行の昼寝…
五八 山本山を山家じやとおしやる…
松村 嘉幸氏
[研究発表]
『日本三代実録』の童謡と識者
宮岡 薫氏
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▼ ご 注 意 ▼
このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい
ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している
つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ
て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら
に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ
ていただくようお願いいたします。
各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者
のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから
引用される場合はその旨お記しください。
また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願
いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに
返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ
れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時
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