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■ 歌謡(うた)つれづれ−042 2001/11/15
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□□■ 天神林のこと(3) ■□□
宮崎 隆<fwic7430@mb.infoweb.ne.jp>
これまで「天神林」の分布は、小千谷市の高梨辺りまでが北限とさ
れてきたのですが、前出の小国町の友人大久保茂さんが、長岡市蓬
平辺りにも分布していることを知らせてくれたのです。で、今回は
、その調査に行ったときのお話をしましょう。平成11年(1999)5
月4日、まだ山に残雪がある山古志村では、ちょうど伝統の「闘牛
」が開催されていました。その振興会会長の広井利信さん(79歳
)をまず訪ねたのです。山古志村竹沢地区にも、「天神林」が伝承
されていることを『新潟県の民謡』で知っていたからです。大久保
さんの同行で。
広井さんのお話は、唄がどのように継承されていくかについて、非
常に示唆深いものでした。実は、広井さんは、現在地の旧竹沢村桂
谷の下の小千谷市小栗山の在住だったのですが、トンネル工事を請
け負って、昭和37年に桂谷に引っ越してきたのだと言われるので
す。そして、この竹沢と虫亀にも「天神林」は伝承されていたのだ
が、小栗山のとはまた違う感じもし、(小栗山のは、また小千谷の
とも違う、小千谷のは唄の上げ下げが簡単)ここのも残したいと思
って、芸能保存会を作り、踊りの振りまで付けてもらって保存に努
めたのだと言われる。そもそも氏の父上(広井房吉、昭和19年、
72歳で死去)が、近隣に聞こえた音頭取りで、盆踊りなど、すべ
てを取り仕切っていたとのことで、今の虫亀の盆踊りも、かれの伝
授によるのだそうです。その血を継いだ広井さんならではの活躍で
、たとえば、「古志の火祭り」(塞の神)のときは、火をつけると同
時に「天神林」を唄うようにされたそうです。ただ、自分は、あく
まで小栗山の「天神林」でないとなじめないと笑われるのでした。
だから、『新潟県の民謡』に載っている広井さん演唱の「天神林」
は、山古志村のものではなく、小千谷市小栗山のそれなのです。
ともあれ、山古志村の「天神林」も祝い唄で、どうやら広神村の方
から入ってきたらしいと房吉老は話されていたとのこと。また、氏
の母上が昔、竹沢の富農の家に奉公に行き、「広大寺」など覚えて
きて、筵が擦り減るまで踊って教えていたことを思い出すと話され
ていたことからも、小栗山の民謡は、小千谷からの直接の伝播でな
いらしいことなどもわかって面白いと思うのです。
この「天神林」は、以下に書きます三つの歌詞を、祝宴の最初と、
真中(ナカンザシ)と、最後に唄うのだそうです。最初のは、広井
さんが実際に唄ってくださったのを書き留めてみました。
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めでたいゃ これのゃお台所 お釜が七つ八つ うしろには
倉が九つ 七つ八つ うしろには 倉が九つ
めでたいものには大根種 花が咲いて実れば 俵が重なる
ゆんべ生まれた鴨の子が 今朝這いずり出して池に住む
池はささら波 立つ鳥あとを濁さず
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「ナカンザシ」には、「米山薬師の鐘の音は」という文句のも唄う
場合があるとか。そして、実際には、二人以上で掛け合いで唄うと
のことでした。そこでも「天神ばやし」は、元気に生きていました
。
この旧竹沢村桂谷から虫亀を経て6キロほど北上し、濁沢という集
落に出るのですが、そこはもう長岡市。そして、その手前の分岐か
ら2キロほど入った所に蓬平温泉があるのです。“フォ−クランド
”という神社があるのでビックリしましたが、「蓬倉人」と書くの
だそうです。とにかくわたしにはとんでもない僻地に思えました。
もとは、古志郡太田村(虫亀から)で、「天神ばやし」は、ここに
古くから伝わる祝い唄だというのです。闘牛を見てから、たずねて
みました。
中村芳郎さん(昭和6年生、70歳)という保存会の人を訪ねると
、なんと「思出の古里唄集」(1972年発行)というパンフレッ
トを出してこられたのです。そこには、「蓬平盆踊り唄」「松坂」
「はねおけさ」などと「天神ばやし」の12曲が記載されていまし
た。それを紹介します。紙幅の関係で一部省略しています。なお、
下線部は、最初に唄う人のパ−ト。掛け合いの録音を聴きました。
蓬平では、祝宴の最後に、「総上げ」と称して、掛け合いで合唱す
る場合と、1月15日の「塞の神」祭りのとき、大きな人形に火を
つけながら斉唱するとのことでした。中村さんの生れるずっと以前
からのことです。
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目出度いや 高令(こうれい)の間 イヤ お台所 イヤ お台所
お釜がや 七つでそうろ− イヤ うしろには 倉が七つ
おしやればや 返します うしろには 倉が七つ
米山薬師の鐘の声 いつもチンコロリント 打たれては
殊勝の音を出す おしやれば返します 打たれては〜
天神ばやしの梅の花 一枝折りてはそうらい 笠にさす 笠にさ
そうよりそうらい 島崎の女郎の手にさす おしやれば返します
公箱公箱闇の夜に いつも月出て来て たつ蔭を 親に見せるな
おしやれば返します たつ蔭を 親に見せるな
夕んべ生れた 鴨の子が 今朝早く はいづる出て 池にすむ
池はささ波そうろ 立つ鳥も 後を濁すな おしやれば返します
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この5つがあり、「天神ばやしの〜」の文句があるのに、まずびっ
くりしました。中村さんによると、十日町や新保広大寺のあたりか
ら起こった唄だそうで、長岡よりの「溝橋」(長岡市宮内7丁目辺り
)付近まで伝播したと、これまた新事実を語ってくれるのでした。や
はり、信濃川の運航が、この唄の拡がりに濃密に関係していると思
いました。先の山古志村の場合とは、別の経路を考えるべきでしょ
うか。
さらに、面白いことがあります。三つ目の「公箱〜」の唄なのです
が、これを解説して、中村さんは、「来うば来い」(来るなら来い)
の意味で、実は色の唄なのですよと笑われる。唄は聞くもの、書承
されてしまうととんでもないことになるかもわかりません。それは
ともかく、わたしは、ハッとしました。前に、川西町の鈴木義一さ
んから、「今、川西町天神ばやし保存会で唄う13章のほかに、昔
からあった船唄や信濃川流域で唄われたものなど58章あったが、
その中の記録したもの」と見せてもらった紙片の10章の中に、
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来ば来い 闇の夜に 月の夜に来て 立ちゃ影 親に見せるな
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とあったのを思い出したからです。「天神ばやし」が祝い唄になる
前は、夜這いの唄だったと言えるのかも知れません。「公箱」から
「香箱」と文字を変えて上品に装ったのでしょうか。
さらに、鈴木さんのメモの中には、「昨夜生れた鴨の子が」も、「
米山薬師の」もあり、「今夜ここに明日の夜は新潟女郎の腕枕」と
いう詞章も見られます。これなぞまさに船唄で、船で運ばれてきた
唄が定着し、さまざまに唄われ、別の祝い唄(「大根種」など)な
どと合流していったのではないかという展望が持てます。
【01.11.14.記】
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/233]
「天神林」のルーツを探る宮崎氏の旅は、まだまだ続きそうです。
祝い唄?、夜這いの唄??、船歌???、まるでタマネギを剥いているか
のようです。でも、同じ歌謡(うた)が、こうして次々に場を替え
て歌い継がれるところに、歌謡(うた)の生命力といったものを感
じます。(編)
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