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■ 歌謡(うた)つれづれ−040 2001/10/25
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□□■ 初恋の歌謡史(4) ■□□
小野 恭靖(ono@cc.osaka-kyoiku.ac.jp)
和歌文学において、恋歌が重要な位置を占める歌群であったことは
言うまでもありません。勅撰集の部立のなかにも恋歌の部は複数巻
あります。また、百首歌の構成においても恋歌はかなり多くの歌数
を占めています。ちなみに、勅撰集の代表である八代集で恋歌の部
立の巻数を調査すると次のようになります。
『古今集』巻11〜15(全5巻)、『後撰集』巻9〜14(全6巻)、
『拾遺集』巻11〜15(全5巻、但し巻19にも「雑恋」部があり、こ
れを含めれば全6巻)、『後拾遺集』巻11〜14(全4巻)、『金葉
集』巻7・8(全2巻)、『詞花集』巻巻7・8(全2巻)、『千
載集』巻11〜15(全5巻)、『新古今集』巻11〜15(全5巻)この
うち、『金葉集』と『詞花集』は全部で10巻構成ですから、部立だ
けで単純に言えば、恋歌は全体の20%に相当します。また、他の勅
撰集はいずれも20巻構成です。このなかでは『後撰集』が恋部6巻
ということでもっとも比率が高く、全体の30%を占めます。逆に恋
部の比率が低いのが『後拾遺集』の20%です。平均値としましては
20巻のうち5巻を恋部が占めることとなり、25%となります。
もちろん、各部立ごとに収録歌数が異なりますから、このように単
純化できないことは言うまでもありません。しかし、これによって
おおよその目安とすることはできるでしょうし、何よりひとつの歌
集の骨格を見る際に、撰者の恋歌への思い入れの深さが具体的に知
られるものと思います。
さて、次に百首歌ですが、ここでは後代その規範とされた『堀河百
首』を取りあげたいと思います。この百首には恋歌が10首収録され
ています。これは全体の歌数の10%ということになります。先に見
た部立における調査と比較すると、必ずしも多い数とは言えないで
しょう。しかし、ここで注目したいのは、この恋10首の冒頭の歌題
が「初恋」となっているということに他なりません。そして、その
後「不被知人恋」「不遇恋」「初逢恋」「後朝恋」「会不逢恋」
「旅恋」「思」「片思」「恨」と9題が続きます。このうち、次元
の異なる「旅恋」以下の4題を除く6題は恋の進展順に配列されて
いることになります。
ここで古代和歌において「初恋」の題がどのように詠じられたのか
を具体的に見るために、『堀河百首』所収歌のうちの代表例を概観
しておきたいと思います。
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▼△▼ 『堀河百首 』 ▼△▼
△行きかよふ中人たててけふこそは
思ふ心をほのめかしつれ(源国信)
△まだしらぬ人を始てこふるかな
おもふ心よ道しるべせよ(肥後)
△恋せじとちかひてし身をいかにして
こはこりずまに思ひそむらん(源師頼)
(『新編国歌大観』第4巻・私家集編?定数歌編〔歌集〕角川書店
1986)
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第1首目(国信詠)や第2首目(肥後詠)には、主体(主人公)が
恋しく思い始めた相手に、自分の恋心を伝えようと願う気持ちや、
あまりよく素性を知らない相手に好意を抱き始めた率直な気持ちが
歌われています。
しかし、第3首目(師頼詠)はまず冒頭に、恋をする以前の主体の
気持ち「恋せじ」が表明されています。つまり、槙原敬之の流行歌
のタイトルのように「もう恋なんてしない」と誓った主体が、また
また懲りずに新たな人に恋をしてしまったことが詠じられているの
です。これらの和歌の例から推測できることは、今日私たちが用い
ている初恋の意味と、これらの和歌で詠まれている初恋の意味とは
異なっているのではないかということです。すなわち、今日の初恋
が人生最初の恋愛経験を意味しているのに対して、『堀河百首』で
はあるひとつの恋愛の最初の段階を意味しているという相違がある
のです。
実はこれは『堀河百首』に限らず、古典時代の共通認識でもありま
した。もちろん、古典和歌のなかにも今日の意味と一致する初恋の
歌がまったくなかったわけではありません。しかし、歌題としての
「初恋」はあくまでも恋愛の最初の段階の意味として詠み込むこと
がその本意でした。今日の初恋の概念は古代和歌の世界では認識さ
れていなかったのです。
勅撰集における「初恋」題の和歌の入集例として早いのは、次の
『後拾遺集』及び『金葉集』の例でしょう。
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▼△▼ 『後拾遺集』恋1・613・実源法師 ▼△▼
△なき名立つ人だに世にはあるものを
君恋ふる身と知られぬぞ憂き
○あらぬ噂の立つ人ですら世間にはいるのに、
あなたを恋する身とあなたに知られないのは憂くつらいことです。
▼△▼ 『金葉集』恋下・421・良ぜん法師 ▼△▼
△かすめては思ふ心を知るやとて
春の空にもまかせつるかな
○我が恋心をほのかに言えば、あなたが我が思いを知ってくれるか
と 思って、春の空が霞むのにまかせて言ったことよ。
▼△▼ 『金葉集』恋下・444・源国信 ▼△▼
△色見えぬ心ばかりはしづむれど
涙はえこそしのばざりけれ
○色に出ない心だけは抑えているけれど、
涙はこらえることができないよ。
▼△▼ 『金葉集』恋下・472・源兼昌 ▼△▼
△今日こそはいはせの森の下紅葉
色にいづればちりもしぬらめ
○今日は打ち明けよう。岩瀬の森の下紅葉が色づくように、はっき
りと表にあらわれたなら、人に知られて、紅葉が散るように恋も散
ってしまうだろうが・・・。
(『新日本古典文学大系』岩波書店 1989・1994)
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この後、「初恋」題の和歌は『千載集』恋1の冒頭に『堀河百首』
から三首(源俊頼・肥後・河内)と後二条関白家筑前の詠が置かれ
、数十首隔てて撰者俊成の詠も入集しています。つまり、合計5首
の「初恋」題の和歌が収録されていることになり、現代語で言えば
一気にブレークした観があります。また、俊成が判者を務めた『六
百番歌合』の歌題ともなり、すっかり定着していったのです。
以上のような和歌史における「初恋」題の展開は、歌謡史とも密接
に繋がりを持っており、切っても切れない関係にあります。そして
このような歴史を経て、近代の初恋と青春の日々が始まるのです。
今回は和歌ばかりで、直接歌謡には触れられませんでしたが、次回
は明治時代の初恋にかかわる詩歌(歌謡も含む)を取りあげて紹介
していきたいと考えています。
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/231]
そうかー、古典時代の人は「人生最初の恋愛経験」よりも、「ある
ひとつの恋愛の最初の段階」の方が問題だったんだ。ひよっこの恋
の始まりなんかより、成熟した大人の恋の始まりのほうが、歌のテ
ーマとしてはふさわしいということでしょうか。これは言い過ぎで
しょうか……。
前号でもご紹介しましたが、今月の27日・28日に、甲南大学で日本
歌謡学会の平成13年度秋季大会が開かれます。プログラムは下記の
通りです。公開講演会は一般でも参加できますので、ご関心のある
方は足をお運び下さい。(編)
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平成13年度日本歌謡学会秋季大会
会場 甲南大学(神戸市東灘区岡本8-9-1)
日時 平成13年10月27日(土)18日(日)
【第一日】
公開講演会(13:30-15:40)
『続日本紀』歌謡の表現と伝承 甲南大学教授 宮岡 薫
「口伝」と「秘抄」
―『梁塵秘抄』書名に関連させて―
和洋女子大学教授 鈴木 佐内
シンポジウム「日本歌謡研究の歩み」(15:50-18:00)
國學院大學教授 須藤 豊彦
白百合女子大学教授 外村南都子
奈良教育大学 真鍋 昌弘
司会 杉野女子大学短期大学部教授 馬場 光子
【第二日】
研究発表会
(午前9:00-12:00 )
中国の生産叙事歌 ―長江流域を中心として―
奈良教育大学大学院 牛 承彪
「アジシキタカヒコネノ神」の名を顕わす歌謡をめぐって
大阪成蹊女子短期大学 今井 昌子
仁徳記「おしてるや」歌謡をめぐって
同志社高等学校 藤原 享和
「秋の扇」考 ―謡曲「班女」から「閨の扇」などへ―
大阪大学大学院 福田 寿子
(午後13:00-16:30)
上覧踊歌 甲南大学 佐々木聖佳
各地に伝承した大峰修験の秘歌をめぐって
―葛城修験道・備前後山・三河花祭り―
知辨学園中高等学校 下仲 一巧
山梨県の「粘土節」をめぐる言説
國學院大學大学院 長野 隆之
姫路藩御船手音頭組と御船歌の伝承
國學院大學日本文化研究所 飯島 みほ
御船歌の成長と伝播
―姫路藩御船歌と幕府及び他藩御船歌との関係―
獨協大学 飯島 一彦
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