『歌謡(うた)つれづれ』039
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■    歌謡(うた)つれづれ−039 2001/10/18 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    ★ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。★ ************************************************************ □□■ 『国民歌謡』ってご存知ですか? ■□□              佐々木聖佳                       9月、米国テロ襲撃事件の翌日、TVニュースを見ているところに 、三重県上野市にある芭蕉翁記念館のM氏から、突然電話がかかっ てきました。Mさんとは、以前ご一緒にお仕事をしたことがありま す。Mさんは、「国民歌謡ってご存知ですか?」とおっしゃいます 。話の経緯はこうです。 上野市では、毎年、芭蕉の命日、時雨忌にちなんで、10月12日 に芭蕉祭が行われます。俳聖殿の前で、法要、献花と献茶の後、全 国から公募した献詠俳句の特選入賞者を表彰します。この時に、歌 が四曲歌われます。小学生の歌う「芭蕉さん」、中学生の「芭蕉翁 讃歌」、市民コーラスの方の「芭蕉」「奥の細道」です。問題は、 この「奥の細道」なのです。「奥の細道」は、1番から4番まであ る合唱曲で、上野市では、作詞は斎藤四郎氏、作曲は栗田三郎氏に よるといわれています。上野市で現在歌われている歌の一番の歌詞 だけあげてみます。 ************************************************************   あらとうと 旅をすみかと草深き、奥の細道たどり行く   おきなが肩の痩骨に振分けの荷の痛々し    杖にすがりてわけ入らん   山は二荒(ふたら)か卯月なる青葉若葉の日の光 ************************************************************ この、「奥の細道」、実は元歌があって、初出は「国民歌謡」、作 曲は内田元(うちだはじめ)だ、という人がいるというのです。も し、そうだとすると、今までの印刷物をすべて訂正しなければなら ないので、ぜひ調べたい、とのことでした。 さて、突然聞かれて、私も困りました。本? 聞かないなあ。雑誌 ?ありそうな気はするけど、「歌謡」というからには明治、大正と いうことはないだろう。「国民歌謡」という響きから戦前の軍国主 義のにおいがする。そのようなことをモゴモゴ答えて、調べておき ますととりあえずお返事をしました。 調べるといっても、手元にある辞典類には全く項目がありません。 近代歌謡史、ことに昭和前期の歌謡研究は手薄だなあとつくづく思 いました。それで、ダメもとのつもりで、インターネットのヤフー の検索をかけてみました。でてくるでてくる、253件がヒットし ました。いろいろなHPで、様々なことを教えていただきました。 国民歌謡というのは、昭和11(1936)年6月から16(1941 )年1月にかけて、NHKの前身である日本放送協会がラジオで流し た新曲の歌のことです。楽しく歌いやすい、よき流行歌を創造しよ うとの意図で、独自に委嘱したり公募したりして新しい曲を次々に 発表、ラジオに流したのでした。 第1回は、「日本よい国」でした。 ************************************************************   日本よい国み神の国よ、何を荒波いはほは不動   どんとうつ波さつとうち返す 意気だ豪気だ久遠の国だ   ここに日が照る月も照る ************************************************************ 今中楓渓作詞、服部良一の作曲です。人気が高かったのは「隣組」。 ************************************************************   とんとんからりと隣組、格子を開ければ顔なじみ   廻して頂戴回覧版、知らせられたり知らせたり ************************************************************ 昭和15年に10戸程度を単位として、隣組が組織されたのを機に歌 われました。岡本一平作詞、飯田信夫作曲、徳山たまきが歌って人 気がでたそうです。 また、友人だった柳田國男から、三河湾の伊良湖岬に南洋から黒潮 にのって椰子の実が流れ着いたことを聞いて着想を得、島崎藤村が 詩を書いた、というあの有名なエピソードをもつ「椰子の実」。大 中寅二が曲をつけました。 ************************************************************   名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ   故郷の岸を離れて汝(なれ)はそも波に幾月 ************************************************************ 北原白秋の詞に長村金二が曲をつけた「落葉松」も国民歌謡です。 ************************************************************   からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き   からまつはさびしかりけり たびゆくはさびしかりけり ************************************************************ 200を超える国民歌謡がつくられ、その中から多くの名曲も生み 出されましたが、次第に、国民教化の軍事目的として利用されるよ うになっていきました。 内田元についてもわかりました。内田元は東京生まれで、東京音楽 大学をでたあと東京シンフォニーを主宰していましたが、楽器の購 入などで経済的にいきづまり、関西へとやってきて、国民歌謡の作 曲の仕事をするようになったということです。 また、国民歌謡に「奥の細道」があったことも確認できました。東 京工業大学吹奏楽部のHPに、定期演奏会の曲目があがっていて第 18回、昭和13年5月29日の定演で、国民歌謡「日本よい国」 「奥の細道」「防人の歌」が演奏されたことがわかりました。 パソコン初心者の私にとって、いながらにして、知りたいことが調 べられることに感激しました。もっと早くにパソコンの勉強をし活 用するんだったと悔やみました。が、インターネットで調べられる ことはここまで。あとは人の力をつかわないと進めません。私はM さんに、調べたことを話しNHK博物館の連絡先(もちろんインタ ーネットで調べました)をお伝えして、直接問い合わせていただく よう連絡しました。 歌謡を研究しているといいながら,恥ずかしいことに、国民歌謡って 何ですか、と聞かれて私は答えられませんでした。70歳以上の方 なら誰でもごく常識的にご存知だったはずです。たった65年前の ことです。されど、65年前。終戦後、戦前に用いられた教科書が 墨塗りされたように、後半には戦争色の濃くなってきた国民歌謡も 、自然に記憶の中に封印されてきたのでしょう。しかし、明るさと 希望と元気を当時の人々に与えてきた名曲も、まちがいなくこの中 から生まれてきたのです。 「奥の細道」問題はどうなったかって? そちらは、M氏が調べて くださり、無事結論がでました。国民歌謡「奥の細道」は、まちが いなく、斎藤四郎作詞、内田元作曲です。そして、上野市の「奥の 細道」は同じ斎藤四郎の詞に、栗田三郎があらたに曲をつけたもの でした。芭蕉祭の企画者だった、元上野市長の奥瀬平七郎氏が、芭 蕉祭のために「奥の細道」の作曲を、戦時中に上野へ疎開してきて 上野合唱団の指導をしていた栗田三郎氏に依頼した、とはっきり新 聞にも書いています(サンケイ新聞伊賀版、平成2年7月1日、「 風土記伊賀」芭蕉祭の成り立ち)。 めでたしめでたし ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/229] ここ数年の世間の動きを「戦前」のようだという評論家が居ました が、そうこうするうちに「戦争」が始まりました。 佐々木氏が関心を寄せる昭和初期は、歌謡・民謡研究が盛んになっ た時期だと、編集子も考えていました。これは、森本氏が連載して いる、『朝鮮民謡集』の成立などとも通じているように思われます さて、今が戦前(戦中)だとすると、「国民歌謡」っていったい何 なのでしょう。 また、今月末に甲南大学で日本歌謡学会の平成13年度秋季大会が開 かれます。プログラムは下記の通りです。今号の担当である佐々木 氏も、歌謡研究会でのご発表にさらに手を入れて発表されます。 シンポジウムも、今号との関わりもある、興味深いテーマです。公 開講演会は一般でも参加できますので、ご関心のある方はぜひどう ぞ。(編) ************************************************************ 平成13年度日本歌謡学会秋季大会 会場 甲南大学(神戸市東灘区岡本8-9-1) 日時 平成13年10月27日(土)18日(日) 【第一日】 公開講演会(13:30-15:40) 『続日本紀』歌謡の表現と伝承     甲南大学教授 宮岡 薫 「口伝」と「秘抄」  ―『梁塵秘抄』書名に関連させて―                 和洋女子大学教授 鈴木 佐内 シンポジウム「日本歌謡研究の歩み」(15:50-18:00)                  國學院大學教授 須藤 豊彦                白百合女子大学教授 外村南都子                   奈良教育大学 真鍋 昌弘         司会 杉野女子大学短期大学部教授 馬場 光子 【第二日】 研究発表会 (午前9:00-12:00 ) 中国の生産叙事歌 ―長江流域を中心として―                 奈良教育大学大学院 牛 承彪 「アジシキタカヒコネノ神」の名を顕わす歌謡をめぐって               大阪成蹊女子短期大学 今井 昌子 仁徳記「おしてるや」歌謡をめぐって                  同志社高等学校 藤原 享和 「秋の扇」考 ―謡曲「班女」から「閨の扇」などへ―                  大阪大学大学院 福田 寿子 (午後13:00-16:30) 上覧踊歌                甲南大学 佐々木聖佳 各地に伝承した大峰修験の秘歌をめぐって   ―葛城修験道・備前後山・三河花祭り―                 知辨学園中高等学校 下仲 一巧 山梨県の「粘土節」をめぐる言説                 國學院大學大学院 長野 隆之 姫路藩御船手音頭組と御船歌の伝承             國學院大学日本文化研究所 飯島 みほ 御船歌の成長と伝播   ―姫路藩御船歌と幕府及び他藩御船歌との関係―                     獨協大学 飯島 一彦 ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID: 0000054703 □発行人: 歌謡研究会 □E-Mail: suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp (末次 智、編集係) □Home Page: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/ ■ ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です。 ■ ※また、歌謡研究会の例会案内・消息、それに研究会の会誌 ■  『 歌 謡 ― 研究と資料 ― 』のバックナンバーの目次も、 ■  ここで見ることができます。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



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