『歌謡(うた)つれづれ』037
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■    歌謡(うた)つれづれ−037 2001/10/04 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    ★ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。★ ************************************************************ □□■ 私の歌修行記 (4) ■□□            手塚恵子 <tezuka@kyotogakuen.ac.jp> 読者のみなさま、こんにちは。「私の歌修行記4」ということで、 前回に引き続いて、中国の少数民族の歌について、取り上げたいと 思います。 秋の訪れはつるべ落とし、もう中秋の名月も終わってしまいました 。中国では今年の「八月一五日」は国慶節と重なっていて、10月1日 から7連休となりました。以前は中秋の名月というのは、親しい人 と共に満月を愛でる節日だと考えられていて、家族や親族が集まっ て食事をすることが多く(そのため田舎への帰省バスのチケットの 価格が跳ね上がる)、毎年この時期を中国で過ごす私に「さびしく ないのー」と声をかけてくれたものなのですが、街では最近、ちょ い豪華めな夕ご飯のあと、ほんの少しだけ月餅を食べて(以前は飽 きるほど食べたものです)、ベランダから月見ておしまいという人 も増えてきました。 それでは、今日は中秋の名月にちなんで、中秋の名月にだけおこな われる、特別な歌掛けについて、お話ししたいと思います。この歌 の掛け合いは、現在では広西壮族自治区の南の端と東の一部でしか 見られませんが、分布の状況から判断すると、その昔にはかなり広 い範囲で行われていたと思われます。私はそれに羅城モーラオ族自 治県で出会いました。正確にいうと、必ずしも「八月一五日」でな くてもよく、透き通った月夜であればいいのです。だいたい「八月 一五日」の前後一ヶ月と考えられています。夜空に透き通った月が かかる季節が近づくと、この村にもあの村にも、心穏やかでなくな る女性がひとり、ふたり現れます。この月夜にしようと村人が決め た夜、件の女性は誰かの家の軒先か村の広場に連れ出されます。村 の女性たちは彼女に頭から布をかぶせ、さらに彼女を取り囲んでう たいます。  ************************************************************  三ヶ月間、ヤーキンになります   七ヶ月間、ヤーキンをします   月を祀りにいきましょう   皇帝のお供をしに行きましよう  どのような階段があるのか覚えています  はるかまで水が流れていたのを覚えています  青い雲をぐるぐる回りましょう  白い霧をぐるりと回りましょう  霧はまるで生木を燃やしたように  大股で歩いていきましょう  まっすぐ真ん中を  メータンはヤーキンになろうとしています  なるなら本当になりなさい   行くなら本当に行きなさい  いくつも階段を上ります  遠くまで踵をあげます  すぐに戻ります  男の人のところにいってすぐに戻ります  女の人のところにいってすぐに戻ります  妹の顔が白ければすぐに戻ります  妹が美しければすぐに戻ります  あなたは後の巣に行ってはいけません  後の巣には足長バチがいます  あなたは石ころの後に行っていけません  石ころの後にはスズメバチがいます  道の真ん中をまっすぐに行きましょう  妹は時が来れば戻ります  椅子を手にしたらすぐに戻ります  大股は震え  身体は眠る場所を求めています  何を祀っているのか、はっきりしない  何を思っているかは、はつきりしている  父母を思うのは此処  兄嫁を思うのは此処  鉄の心であなたが思うならいきなさい  今夜行ってすぐに戻りなさい  男の人のところに行って、すぐに戻ります  女の人のところに行って、すぐに戻ります ************************************************************ 歌がうたわれるにつれて、彼女の身体が小刻みに震えだし、やがて 大きく手を降り始めます。このとき、彼女はぐんぐんと天をのぼっ ているらしいのです。のぼっていくと橋があって、そのたもとに白 髪のおばあさんがいて、向こうから若い女の子をひとり手招きして 呼ぶのだそうです。その瞬間、件の女性はその女の子になるのだそ うです。それからその女性は、集まって来ている村の男性のなかの ひとりを指名して、皆の前に呼び出します。女の子は彼の若い頃の 恋人の若い頃の姿なのです。(ややこしいですね〜) そしてこのふたりで歌の掛け合いが始まります。 ************************************************************  男 いくつもの山や水を越えて    いくつもの峰や川を越えて    道はもうろうとして歩きにくいだろう    かわいそうな妹    あなたは私の村にやって来た  女 ふたつの山と水を越え    ふたつの峰と川を越えました    思いさえあれば    道が遠いことなど恐れはしません     恋人を思ってあなたの村まで来たのです  ・・・・・ややあって・・・・・・・  男 私たちが別れてから長い間     ふたりになることはなかったね     別れてから6年になるよ    今僕が君に聞いてみたいのは    (きみの)気持ちは以前のようには       いかないのかなということなんだ  女 確かに別れてから長い間    ふたりになることはなかったけれど    感情は今でもサトウキビのように甘いわ    いっしょに東屋に行ってサトウキビを食べない    根元まで食べれば食べるほど、サトウキビは甘くてよ  ・・・・ややあって・・・・・・・  男 一緒になろう    一緒になろう    山の上の花がきれいに咲かなくとも    僕たちふたりは黄花樹よりも美しい    一年また一年と美しくなるのだ  女 山中の木がすべて枯れても    梧桐の木だけ    さらに生き続けるのかしら    世間の恋人が次々別れているのに    あなたは捨てないなんていうのね  ・・・・ややあって・・・・・・・  男 さよならにしよう    人がさよならしなくても、天がさよならだ    昔から3年にひとぬれっていうのに    寅の刻だというのに    どうしてしっぽりいかないのさ  女 さよならなんてしない    あなたは奥さんの側に戻ろうと思っているんでしょう    (家)に戻れば    あなたには愛しい連れ合いがいる    私を此処にひとりぼっちにするのね  男 納得できないとしても    納得してもらわないと    別れられないとしても、別れないとね    鶏がアヒルの卵を抱いたとしても    アヒルが生まれたら追い出すように  女 戻りましょう    それぞれの家に戻りましょう    家に戻れば、それぞれの家族がいる    私も家に帰って    父母のお供をしましょう ************************************************************ 中秋の名月の夜には、こういうコワーイ遊びをして、楽しみます。 いかがでしたか。 注 すべての歌の掛け合いがこのように予定調和的ではありません (笑い)。 ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/226] 歌の力によってある女性に別の女性を憑依させ、憑依した女性と男 性がさらに歌でやり取りをするという、ほんとに「コワーイ」お話 ですね。ここのところ、月の美しさに惹かれて、夜空をながめなが ら、月にはなにかマジカルなものを感じていたのですが、その怪し さが歌の力でパワーアップしているように思います。「鶏がアヒル の卵を抱いたとしても/アヒルが生まれたら追い出すように」とい う表現が、私には面白かったです。(編) ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID: 0000054703 □発行人: 歌謡研究会 □E-Mail: suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp (末次 智、編集係) □Home Page: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/ ■ ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です。 ■ ※また、歌謡研究会の例会案内・消息、それに研究会の会誌 ■  『 歌 謡 ― 研究と資料 ― 』のバックナンバーの目次も、 ■  ここで見ることができます。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



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