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■ 歌謡(うた)つれづれ−036 2001/09/27
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□□■湖西、比良の山と歌謡■□□
米山 敬子
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▽▽▼『梁塵秘抄』巻第二(466)▼▽▽
高砂(たかさご)の高かるべきは高からで など比良(ひら)の山
高々高(たかだかたか)と高く見ゆらん(『梁塵秘抄』466)
( 「高砂」と名は高いのに、目に見える高砂は高くなくて、どうし
て「ひら」と平たい名前の「比良の山」が、高々と、さらに高々と
高いのだろう。)
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滋賀県、琵琶湖の西、和迩川をへだてて比叡山脈の北側に位置する
大きな山脈が比良山脈です。比叡山脈の最高峰大比叡が標高848m
なのに対して、比良の最高峰武奈ケ岳は1214m。琵琶湖側から眺め
るいくつかの前衛峰もことごとく1000mを超える高さの山々です。
この歌は、そんな比良の山の高さへの驚きを、言葉遊び的に歌って
いますが、高砂は姫路の東側に位置し、播磨灘に面する臨海の土地
で、比良も東の麓は琵琶湖に面していますので、歌い手は、この二
つの地をいずれも水上から舟で眺めたことがあるのでしょう。その
視点から見上げた高さに対する驚きが、「たかたかたかとたかく」
という言葉に表現されているようです。
さる7月15日、歌謡研究の友人数人と比良の山に行きました。目的
は、『梁塵秘抄』に歌われている「比良の明神」にお参りすること
でした。今回は、その比良山行からのご報告をします。
比良リフト・ロープウェーの山麓駅から、まず全長1000mの一人乗
りリフトで標高750mのシャカ岳駅まで一気に登ります。次にロー
プウェーに乗り換えて標高980mの山上駅に降り立ちました。ここ
から比良明神までは、徒歩わずか10分ばかりの距離です。読者の皆
さん、この安易なアプローチになんだか拍子抜けしてしまったので
はありませんか。
さて、その比良明神を歌った歌。
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▽▽▼『梁塵秘抄』巻第二(248)▼▽▽
関より東の軍神(いくさがみ) 鹿島(かしま)・香取(かんどり)・
諏訪の宮 また比良の明神 安房(あは)の洲(す)瀧(たい)の口や
小鷹(をたか)明神 熱田(あつた)に八剣(やつるぎ)伊勢には多度
(たど)の宮
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『梁塵秘抄』には、逢坂の関をはさんで西日本と東日本のそれぞれ
の軍神(いくさがみ)が列挙される歌が並んでいます(248.249)。ここ
に歌われている「比良の明神」は、小学館の「日本古典文学全集」
の注には、滋賀県高島郡高島町の白髭神社であるとされています。
白髭神社由緒記によれば、遥か古代に創建されており、天武天皇の
白鳳二年(674)勅使を以て比良明神の号を賜ったそうです。
確かに白髭神社は、別社名を「白髭明神」また「比良明神」といい
、比良山脈が北方に尽きる辺りの琵琶湖岸にあり、朱の大鳥居が湖
水の中にすっくと建っている姿は、「比良」の名を冠せられるに相
応しいお宮さんです。JR湖西線も高島トンネルとして神社の背後
の地中を通っていて、社叢を汚さない配慮がなされているようです
。
また、康安二年(1362)年に酷い日照りがあり琵琶湖の水位が下がっ
た時、桧の橋脚が200mにわたって水面に突き出しているのが見ら
れたという言い伝えがあります(昭文社『エアリアマップ 山と高
原地図48 比良山系』解説より要約)。安芸の宮島、厳島神社のよ
うな美しい光景が遥か昔の琵琶湖岸にはあったようです。
今回、私たちが訪れた比良明神は、この白髭神社とは異なり、比良
の山中に鎮座する、いわば分霊社のような位置にあるものと思われ
ます。ところが、リフトに乗る直前にリフトの係員さんに聞いたと
ころでは、今の比良明神は移されたもので、昔は別の場所にあった
とのことです。では、その場所とは?
私たちの乗る比良登山リフトは、釈迦岳という山へ登る南の尾根筋
に設置されているのですが、その左側(西側)には、神爾谷(しんじ
だに)という深い谷が走っています。中腹には神爾の滝という滝が
あり、この山麓駅からだと徒歩40分程のところです。この滝からす
ぐのところに比良明神の灯篭が残されているそうです(山と高原地
図 48 「比良山系」登山コースガイド〈田中亘執筆〉による)。
この神爾谷の比良明神がいつごろ建てられ、いつ今の場所に移され
たのか。詳しいことについては、今のところ筆者には資料が全くあ
りません。『梁塵秘抄』に記される以前、現に人々に歌われていた
頃の空気を、ほんの少しでも感じたい、想像したいと思います。
そのためには一度登ってみたいと、そそられるのですが、この神爾
谷ルートは熟練者向きのコースです。神爾の滝までは安全ですが、
そこから上は難路になりますので、もし、この文章を読んで行って
みようという気を起こされたなら、十分に備えをして行ってくださ
い。登山の未経験者がスニーカー履きで入れる道ではありません。
急傾斜の山や谷、岩を伝い木の枝にすがって登ったり沢を水につか
って渡ったり、そんなふうにして登っていく道は、山人や修験者達
の道でした。修験者は、また「聖(ひじり)」と呼ばれました。
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▽▽▼『梁塵秘抄』巻第二(425)▼▽▽
聖の好むもの 比良の山をこそ尋ぬなれ 弟子やりて 松茸(ま
つたけ)平茸(ひらたけ)滑薄(なめすすき) さては池に宿る蓮の
這根(はひね)芹根(せりね)蓴菜(ぬなは) 牛蒡(ごんばう)河骨(
かはほね)独活(うど)蕨(わらび)土筆(つくづくし)
(聖の好物は、比良の山を探すといいらしい、弟子を遣わして採っ
てこよう。松茸・平茸・榎茸(えのきたけ)、それから池に生えてい
る蓮根・セリ・ジュンサイ、草地や湿地の牛蒡・河骨・ウド・ワラ
ビ・ツクシ……)
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聖でなくても山歩きをしていますと、季節季節に自然がもたらして
くれる山の恵みには、思わず手が伸びてしまいます。この歌を見て
、「おいしそう…」とため息を洩らすのは、私だけでしょうか。
ここに歌われたキノコ達は、松林や榎、コナラといった広葉樹の林
のなかに生えます。西日本の1000m程度の低山なら、かつては珍し
くなかったでしょう。他の山菜類も、山のなかの草地や湿地、山道
の土手などにいくらも見付けることのできるものばかりです。
ただ、「蓴菜(ぬなは)」(ジュンサイ)だけは、ちょっと違います。
マツタケと同様、今や貴重種となってしまいました。ジュンサイは
、水底に有機質の多い古くからある池や沼に生えますが、そんな池
や沼は現在では皆、持ち主がいて自由に採取することはできません
。
そのジュンサイが比良の山中、さきにお話ししたリフト山麓駅より
少し下ったイン谷口から登っていくルートの途中にある、ノタノホ
リという池に生えています。千年変わらずここにあるということに
驚きを感じずにはいられません。
観光地化してしまった八雲ケ原周辺を離れて比良の山中をのんびり
と辿ると、千年昔の歌声が聞こえてくるような気がしてなりません
。
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/228]
「芥川龍之介の実験」を連載中の米山氏が、歌謡にかかわる土地に
ついてのエッセイを送って下さいました(原稿の配信が遅れ、すで
に秋になってしまいました。スミマセンm(_ _)m)。ご存じのように、
和歌には歌枕というのがありますが、歌謡の場合は、歌枕のように
規範として地名を読み込むのではなく、もっと自由に土地を表現す
ることができます。今回引用されている二つのうたは、歌謡のその
ような性格をよく伝えているように思います。関西では、秋の深ま
りを感じることができるようになった今日この頃ですが、このうた
に導かれて、秋の比良山近辺を文庫本の『梁塵秘抄』片手に散策さ
れるというのは、いかがでしょうか。(編)
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