『歌謡(うた)つれづれ』031
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■    歌謡(うた)つれづれ−031 2001/08/23 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    ★ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。★ ************************************************************ □□■ 初恋の歌謡史(3) ■□□           小野 恭靖(ono@cc.osaka-kyoiku.ac.jp) 前回は日本古典の初恋の歌として、恋の思いのために、二重の帯が 三重に回ってしまうくらいに痩せ衰えてしまったと歌う例を紹介し ました。この歌の系譜は近代・現代にまで至り、美空ひばりの『み だれ髪』(星野哲郎作詞)の二番の歌詞にも「二重の帯が三重に巻 いてもまだ余る」という一節があることを付け加えておきます。 ところで、初恋を歌った古典歌謡作品の最高峰はどの歌でしょうか 。それは人それぞれの好みに違いありません。筆者としては三首を 挙げたいと思います。まず『古今集』の次の一首から紹介しましょ う。 ************************************************************ ▼△▼『古今和歌集』巻11・469 番歌・読人しらず ▼△▼ △郭公(ほととぎす)なくや五月のあやめぐさ   あやめも知らぬ恋もするかな  ○ほととぎすの鳴く五月となり、家々には菖蒲が飾られている。 私は恋のために理性が暗くなり、 ただ情熱に流されるばかりである。  (小沢正夫・松田成穂『古今和歌集〔完訳日本の古典9〕』                       小学館 1983) ************************************************************ この『古今集』所収歌は、郭公・あやめといった五月の清新な景物 を背景に菖蒲と同音の「あやめ」も知らない(理性の働かない)恋に 迷ったことを歌っています。前半の「あやめぐさ」の「あやめ」は 後半の「あやめも知らぬ」を導き出すための和歌技巧の一種で、序 詞(じょことば)または単に序(じょ)と呼ばれ、解釈の際にも無 視されることが多いのです。 しかし、この歌では「あやめぐさ」を含む前半部分の清新な初夏の イメージこそが、初恋の持つ初々しさとオーバーラップしています 。その意味で前半部分の役割は単なる技巧としてだけの序詞を超え た重さを持っていると思います。 そして、そんな初々しさを起点として異性を乞い求める盲目的な激 しさが一気に始まるのです。それが初恋というものでしょう。この 歌はそこまでもしっかりと歌い込んでいます。すなわち、清新さの 中に恋歌としての激しさも込められているわけです。次々回以降に 述べるつもりですが、現代の初恋の歌謡が基本的に淡さを強調して いることと対照的と考えます。 筆者が初恋を歌った古典歌謡の最高峰と考えたい第二首目は次の歌 です。 ************************************************************ ▼△▼ 『閑吟集』235番歌・狭義小歌 ▼△▼ △あまり言葉のかけたさに、    あれ見さいなう、空行く雲の早さよ ○ただもう声をかけたいばっかりに、    「ほらごらんよ、空を翔る雲の速いこと」。  (北川忠彦『閑吟集 宗安小歌集』        〔新潮日本古典集成〕新潮社 1982) ************************************************************ この歌謡は若く初々しい男女の初恋を歌ったものです。なんとかし て、話題を作って話をしたいという気持ちが溢れているのですが、 適当な話題がなにも見つからない。そこで、とっさに目に付いた空 を翔ける雲の速さを口にしたのです。わたしたち誰もがかつて経験 したことがあるような懐かしい恋の風景ではないでしょうか。 ここには恋歌の故郷とでも呼べるものがあります。その故郷への郷 愁が室町の時代に、この歌を流行させたと言えましょう。そして、 その郷愁は今も変わらずにわたしたちの胸の中に確かにあるのです 。『閑吟集』所収の歌謡には、会話文をそのまま歌詞の中に折り込 んだ例が多く見られます。 ご存知のように、現代の流行歌にもこれは頻出しています。その意 味で『閑吟集』235番歌は今日の先駆的な側面を見せてくれますが、 この歌も初恋中の恋人たちの歌にふさわしい、きらっと光る会話文 が挿入されていると言ってよいでしょう。 初恋の秀歌として最後に紹介したいのは次の歌です。 ************************************************************ ▼△▼ 「隆達節歌謡(小歌)」62番歌 ▼△▼ △生まるるも育ちも知らぬ人の子を、 いとほしいは何の因果ぞの ○生まれも育ちも知らない赤の他人だったあの娘を、 こんなにいとしく思ってしまうのは、 いったい前世からのどんな因果のためなのか。 (小野恭靖『「隆達節歌謡」全歌集 本文と総索引』    笠間書院1998) ************************************************************ ある日突然、恋に取りつかれ、一人の人に心を奪われ、盲目的に恋 い慕う、そんな人間の不条理を、やや理詰めに表現しようとしてい る歌です。しかし、当然ながらその答えを導き出すことは誰にもで きないのです。初恋の本質を歌い上げた傑作歌謡と思います。 次号は初恋の古典歌謡の総まとめとして、歌謡とかかわりの深い和 歌の題詠「初恋」について考えてみたいと思います。 ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/226] 台風11号が去って秋の気配を急に感じたのは、私だけでしょうか。 さて、毎回楽しい内容の「初恋の歌謡史」も第三回目、筆者にとっ ての初恋の歌謡ベスト3が登場しました。どれもなるぼとと思わせ るものです。三番目の歌の引用文献は著者の最近の仕事ですが、こ れ以外にも、中世、近世歌謡の研究を中心に大きな仕事を次々と刊 行してこられた著者のベスト3だけに、説得力があります。 著者のみならず、このマガジンの担当者全員が、一つのテーマでベ スト3を挙げてみるというのも楽しいかも知れません。配信が一年 間続いたら、そのような企画モノにも挑戦したいと考えています。 (編) ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID:0000054703 □発行人:歌謡研究会 □E-Mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp(末次 智、編集係) □Home Page: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/ ■ ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です ■ ※また、歌謡研究会の例会案内・消息、会誌『歌謡 ― 研究と ■ 資料 ― 』バックナンバーの目次も、ここで見ることができ ■ ます。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



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