『歌謡(うた)つれづれ』029
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■    歌謡(うた)つれづれ−029 2001/08/02 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    ★ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。★ ************************************************************ □□■ 祭りのうた(3)― 高浜町の七年祭り ― ■□□    福原佐知子 今回は、福井県大飯郡高浜町の七年祭りの「お田植」の歌を紹介し ます。七年祭りは6年ごと(巳の年と亥の年)に行われる佐伎治神社 の式年大祭で、旧暦6月の卯の日から酉の日まで7日間とり行われま す。町じゅうを神輿が練り歩き、曳山、太刀振、お田植、神楽など の芸能がくりひろげられ、夜は「にわか」という寸劇も行われます 。その6年に1度のお祭りが、今年の6月21日(木)〜27日(水)にあ り、私は23日(土)〜24日(日)のお祭りを見ることが出来ました 若狭湾に面した高浜の町は、海辺の小さな町ではありますが、町の 道路はどこも七年祭りの曳山が通れる位、広い道路でした。商店街 には昔ながらの駄菓子屋、酒屋、印刷屋、電気屋、文房具屋などが 並んでいて、古い良さを受け継いでいる町という感じがしました。 七年祭りの「お田植」は、8人の青年が演じる「ごよがの」と、神主 と早乙女・おじいさんとの問答「大田植」「小田植」の2つの部分か ら成っています。豊作を祈願する歌をうたいながら、「御世がの」 の青年が鍬で荒起こしをし田をならし、「おじいさん」に引かれた 「早乙女」が苗を植えるという農耕の所作を演じます。 「ごよがの」の歌詞を次に掲げます。以下にあげる歌詞はすべて、 毎回、お田植を担当している事代区所有の稽古用筆記本によるもの です。 ******************************************************** ▼△▼ ごよがの ▼△▼ [音頭取] そろりの このそろり そとの [受取]  このそろり そと あれをさて そろり そとの        ん てをやれば てをやれば [音頭取] いかなの このけんしやもの [受取]  このけんしやも あれをさて けんしやもの        おい よこらいる よこらいの [音頭取] ごよがの この めでたいの  [受取]  このめでたい あれをさて めでたいの        ん よのなかや よのなかや [音頭取] わせがの このはしよすりやの  [受取]  このなかても あれをさて なかてもの        ん とづきする とづきする [音頭取] いちのの このおくてもの [受取]  このおくても あれをさて おくてもの        ん みではかる みてはかる [音頭取] おきをの このはしよるあの [受取]  このはしよるも あれをさて はしよるあの        ん こめぶねか こめふねよ [音頭取] ここいの このおつきやれの [受取]  このおつきやれ あれをさて おつきやれの [音頭取] ここはの このまもよしの [受取]  このまもよし あれをさて まもよしの        おい 女郎もよし 女郎もよし ******************************************************** 「ごよがの」を演じる8人の青年のうちの2人が[音頭取]となり、 1人が[受取]となって掛け合いでうたいます。うたい方は、一同が 円陣を作ってゆるやかに舞いながら、歌詞を長く伸ばしてゆったり うたうというものでした。 それぞれが木製漆塗りのクワやエブリを肩に担ぎます。縞の着物に 角帯をしめ、白タスキ、白鉢巻、黒脚絆、白足袋、下駄履きという いでたちです。8人が円陣を作って、エブリやクワを担ぎ、歌ごとに 足を上げて孤を描くようにしてまわる動作を繰り返すのは、田を耕 す様子を表すといいます。 「ごよがの」の歌の意味は、「そろりそろりと道行きをする、いか なる、権者も道をあけて通す、まことにめでたい世である、早稲も 中稲も豊作で、斗搗きをするほどだ、晩稲も同じである、沖を走る 米船よ、この浜にお着きなさい、ここは船着場もよいし、女郎たち もよいですよ」(新井恒易『農と田遊びの研究』上巻、788ページ) といったものであるといいます。「ごよがの」は、次の「大田植」 「小田植」の歌の、田植に先立つ豊年の祝歌になります。 「ごよがの」の次には、3人の「神主」役の青年と、10数人の「早乙 女」役の子供が問答風にうたう「大田植」になります。 ******************************************************** ▼△▼ 大田植 ▼△▼ [神主]神山の 賀茂の川波 静かにて 賀茂の川波 静かにて      御戸代小田(みとしろおた)を 植んとを       早乙女(そとめ)の袖を連ね 笠の端を並べつれえ      勇み田植を急がん 勇み田植を急がん          苗代を 苗代を      (エブリの歌と所作がはいる) [神主]となら とならせ すませつつ 水も豊かに 水口を      待つに収むる 神の御田  稔るも程なかりける 稔るも程なかりける [神主]神主の幣をとって いきほにむかって 声をあげ       田植早乙女 植え植え早乙女 [子供]目出たし 御田植の 苗代に下りたち [神主]下りたちて 田植ば 早乙女 笠買うて着せよう [子供]笠買うて給ふならば 尚も田を植よう [神主]如何に早乙女 鳥飼山の 白玉椿に       花の咲いたを 見よかし [子供]八千代を重ねて 咲いたるぞ目出度し [神主]早苗取る 山田の案山子(かがし)も守りける [子供]しく(引く) 注連縄に 露のかかりたる [神主]早苗取る手をとるぞおかしける [子供]取った苗が大事か 若い時の習いよ [神主]五月の三余もんと 春のうぐいすると  [子供]声を比べしよや 春のうぐいすると [神主]いかに早乙女 化粧文(懸想文:恋文のこと)がほしいか [子供]化粧文を 賜ふなら さこそ うれしかるべし [神主]化粧文をとりても 苗代のめみ(目見)あり [子供]つらにくい男の 言(ゆ)たことの腹立ち [神主]真に腹が立つならば 水鏡を見よかし [子供]早乙女の顔はすす 苗代の墨染に  水は鏡かいや 水は鏡かいや [神主]鏡は見たれども 顔はよごれたり [子供]顔はよごれたりとも 想う人もうけたり [神主]いかに早乙女 賀茂の神山に 花の咲いた 見よかし [子供]実に実にと 見たれば いの花や      咲き盛り渡った お目出度し [神主]誠に目出度かりける [子供]実に目出度かりける [一同]目出度し御代にも 千歳(せんぞ)や 万歳(まんぞ)の 富より 富より ******************************************************** 神主は烏帽子をかぶり白衣を着て、長さ1メートルくらいの青竹に幣 をつけたものを持ちます。早乙女は4〜8歳くらいの幼児で、揃いの 着物に紅だすきをかけて花笠をかぶり、手には手甲をつけ、扇子を 持ちます。早乙女の指導役であるおじいさんは、裃を着て早乙女の 前に座ります。 神主は正面に向かって1列に並び、自らの歌ごとに幣を右手に持って 左右に振ります。早乙女たちは扇子で拍子を打ちながらうたいます 。小さい子供がよくこんなに覚えてしっかりうたっているなぁと感 心しました。「お田植」も、他の七年祭りの芸能もそうですが、正 月明けから祭りの日まで練習をするという事でした。 歌の内容は、神の御田に早乙女が田植をし、その稲が豊かに稔るよ うに祈るものです。「鳥飼山に花が咲き、山田のかかしも守ってく れる」と歌って豊作を祈り、神主と早乙女が問答しているうちに、 賀茂の神山に花が咲き、稲の花も全て咲いたというおめでたい内容 をうたっています。 「大田植」が終わると、おじいさんが「誠に目出度い大田植りまし た、あとに小田植ションボリ植まする」と言い、「小田植」に移り ます。「小田植」も神主と早乙女の問答形式でうたわれます。 ******************************************************** ▼△▼ 小田植 ▼△▼ [神主]伊勢の国 伊勢の国 二見ヶ浦の あちこちの 在所の      つくし舟の 船頭殿に ことづけ申さん [子供]歌をば うたふとて 田はションボリ ショショラショント      さし植て さいのいた所は [神主]近江早乙女が そっと出て謡ふた       弁財天のまねをして殿の肩へ乗しよう [子供]歌をば うたふとて 田はションボリ ショショラショント      さし植て さしのいた所は [神主]和泉早乙女が そっと出て謡ふた 当年この園に 泉が湧いて候よ [子供]歌をば うたふとて 田はションボリ ショショラショント      さし植て さしのいた所は [神主]播磨早乙女が そっと出て謡ふた      高砂や 高砂や 尾上の松も高らかに  下に住むは何やらんと 幸を受けんとて        御神に参らせんと [子供]歌をば うたふとて 田はションボリ ショショラショント      さし植て さしのいた所は [神主]丹後早乙女が そっと出て謡ふた      久しき人を尋ぬるに 浦島の明神        七百歳をたもち給うとのことなりや         天の橋立 久志の渡(と)          文殊の知恵と才覚をうけとりてや          この君に参らせんと [子供]歌をば うたふとて 田はションボリ ショショラショント      さし植て さしのいた所は [神主]若狭早乙女が そっと出て謡ふた [子供]奥に三反田がある 奥に三反田がある      燕が巣をかけ 今年この稲が        この稲が七穂で八升すりや八穂で ここに廻ると         歌をば うたふとて 田はションボリ         ショショラショント          さし植て さしのいた所は [神主]田の神 御酒参る所は あいや      ひしゃく黄金の お銚子千代の盃 [子供]歌をば うたふとて 田はションボリ ショショラショント      さし植て さしのいた所は [神主]如何に早乙女 明神の神山に 花の咲いた 見よかし [子供]実に実にと 見たれば いの花や       咲き盛り渡った お目出度し [神主]誠に目出度かりける [子供]実に目出度かりける [一同]目出たし御代にも 千歳や 万歳の 富より 富より ******************************************************** 「小田植」は、「大田植」の神の御田の田植に続いて、近江、和泉 、播磨、丹後、若狭の早乙女が集まって、めでたく田を植えるとい う歌です。「大田植」でも、まず稲の花が咲く先触れとして、神山 に花が咲き、そして稲の花が咲き渡るという豊作を表す内容になっ ています。 七年祭りの「お田植」の歌は、楽器は伴わないけれども、きちんと した曲調がある歌でした。「ごよがの」は歌詞を長く伸ばしてうた う、ゆったりとした歌で、「大田植」と「小田植」は同じ曲調でう たわれていました。歌詞も華やかだなぁと思いました。また、早乙 女になっている幼児の歌声がとても可愛かったです。 「お田植」を見てから、町のあちらこちらで行われている芸能を見 てまわっていて、何てにぎやかな祭りなんだろう、と思いました。 この七年祭りでは、曳山も太刀振も神楽も、余興として行われる「 にわか」にも、楽器や掛け声などの囃子が伴っているのです。 曳山では7基の曳山ごとに、曳山を止めて奏する中囃子を10数曲も持 っています。太鼓に笛、掛け声も入り大変にぎやかです。それぞれ が「囃子譜」という冊子を持っていて、これを見て囃子を練習する ということでした。譜を見せていただくと、例えば、中町区の「布 袋(ほてい)」という曲では、「ヒャーブラー ヒャーブラー オ ヒャリツラリウーヒャ ウー兵 ヒャ兵 オ ヒリヒャ兵 オヒヒ ー・・・」などの文字が書かれていました。神楽の囃子や、太刀振 も同様にこのような唱歌で覚えて練習するようです。 町じゅうで、さまざまな祭り囃子が聞こえてくる中、一方で「お田 植」だけ楽器を伴わず、静かにうたわれているのは不思議な気がし ました。七年祭りにおいて「お田植」が神事の中心にあるというこ とかもしれません。 ******************************************************** 【引用・参考文献】 □「事代区稽古用御田本」事代区、1989 □『高浜町の民俗文化』高浜町教育委員会、1995 □『農と田遊びの研究』上巻、新井恒易、1981、明治書院 □「囃子譜」中町区、2001 □『福井県史』資料編15、1984 ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/227] 曳山の「囃子譜」である「唱歌」は、大変興味深いものですね。こ れは、楽器の旋律を口で唱える、いわゆる「口唱歌」だと理解すれ ばよいのでしょうか。でも、太刀振もこれで表現するとなれば、そ うは言い切れないでしょうか。また、「お田植」だけが楽器を伴わ ず、静かにうたわれていたというのも、興味深いですね。神と向き 合うときには、人の声以外には、音は必要なかったということでし ょうか。歌謡(うた)の起源にかかわる重要な問題を含んでいるよ うな気がします。そして、神が現れたあとは、楽器などの音を用い て賑やかにその喜びを表現することなのでしょう。(編) ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい 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