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■ 歌謡(うた)つれづれ−026 2001/06/29
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□□■ 恋歌の風 ■□□
小田 和弘<odakazu@asahi.email.ne.jp>
現代歌謡の中で、特にJ-POP(ジャパニーズポップス)へのアプローチ
が、このメールマガジンにおいていくつか試みられています(小野氏
=3,13号 : 佐々木氏=11,21号)。それは、文学としての現代歌謡とい
う問題のみならず、歌謡を手掛かりとした現代文化、特にJ-POPの主
要な受容者層である若者文化の理解を目指すといった文化論でもあ
り、更に言えば、現代の若者達と彼らの文化をそれ以前の世代と断
絶したものだと決めつけるのではなく、史的な流れの中に位置づけ
ようとする文化史としての試みでもあると言えましょう。
J-POPというジャンルが、楽曲としては西洋音楽の影響を受けており
、また個人が作品(商品)として創作したものであって伝承歌謡でな
いことは言うまでもありませんが、歌詞の発想や表現には伝承歌謡
に類するものが多々みられます。しかし、より重要なのは、そうし
た曲を気に入ってCDを購入し、またラジオや有線放送にリクエスト
する受容者層だと思います。そうした若者たちの中に、やはり同じ
ような感性や心情があるといえるのではないかと考えています。
このことは、これから現代歌謡(主としてJ-POP)における発想・表現
が諸氏によって取り上げられるにつれて、いっそう明らかになって
ゆくことでしょう。
さて、今回取り上げる恋歌における「風」は、その一例です。
まず、現在もっとも新しい曲から挙げておきます。
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▼△▼ Skoop on Somebody 「Still」 ▼△▼
○届けてよ 君の声 せめて
届かないよ 僕の元には
聞こえた気がしたら
振り向いた窓に 風が吹いた
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これは、今年の6月上旬にUSEN440(有線放送)のJ-POPヒットチャン
ネルで流れていた、男性3人のバンドである Skoop on Sombody の新
曲「Still」の一節です。失った恋に残る想いを断ち切れないでいる
男の切ない心情をうたいあげたR&B(Rythm & Blues)の名曲です。こ
の曲を含む彼らのファースト・アルバムも下旬に発売され、じわじ
わと人気が高まりつつあります。
さらに、もう2曲あげておきたいと思います。
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▼△▼ GOSPELLERS 「永遠(とわ)に」 ▼△▼
○想いを空にひろげて とんでいくよ
そばにいるよ おなじ気持ちでいるなら
あなたの風になって 全てを包んであげたい
遠く、はるか遠く、それは永遠に届くよ
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これは、「Still」よりも半年ほど先行し、その名の通りゴスペルが
巧みな男性5人のグループによるR&Bの名曲で、いまでもラジオや有
線放送でリクエストが絶えません。
また、かなり以前の曲になりますが、THE BOOMの「島唄(オリジナル
)」(1992)を忘れることはできません。
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▼△▼ THE BOOM 「島唄」 ▼△▼
○島唄よ風に乗り 鳥とともに 海を渡れ
島唄よ風に乗り 届けておくれ 私の愛を
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世界各地のエスニック風の音楽を取り入れたTHE BOOMの曲の中でも
沖縄風(?)のメロディに乗せてうたわれるこの「島唄」は、当時の沖
縄ブームとの相乗効果で大ヒットしました(その後、THE BOOMは「風
になりたい」という曲を発表しますが、恋歌ではないので今回取り
上げません)。
さて、これら現代の恋歌にみえる「風」を歌謡の発想・表現の流れ
の中に捉えることは可能でしょうか。ここで、特に恋歌における風
という視点については、長利清之氏の「誘発者としての風」(『歌謡
研究と資料』第6号、1993)が参考になります。南島歌謡における
風の表現について、それがうたわれる男女の恋の情景から、<人=風
>の同化願望と、人の訪れを予兆する風という二つの側面から分析が
なされています。
前者は、次の歌のような、風になって恋する相手の元へ行く(あるい
は、会いに来て欲しい)とうたう発想・表現です。
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▼△▼ 大島大和村恩勝 忍ぶ縁ナガレ ▼△▼
○ゆわぬかぜつぃれぃてぃ (夜半の風をつれて)
わがしのでぃきゅすが (私が忍んできますが)
ふしぎやとぅおもてぃ (不思議におもって)
たるとぅいぅな (誰かとがめなさるな)
(『南島歌謡大成』第5巻)
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後者は、以下のような、風が待ち人の訪れを予兆するという発想に
基づく歌について考察されています。
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▼△▼ 奄美大島、風ぬナガレ ▼△▼
○まはいうらじろが (真南風のうそつきが)
やどならちふきぃば (屋戸をならして吹くので)
うれぃばかなとぅおもてぃ (それをいとしい人の訪れと思って)
やどばあけてぃ (屋戸をあけたことだ)
(略)
○あくた ざらむぇかし (あくたがざらざらと音を立てる時は)
かぜかわしとぅおもゐ (風変りだと心得よ)
やどぬ がらむぇかし (屋戸がガラッと音立てる時は)
わんとぅおもゐ (私と思いなさい)
(『南島歌謡大成』第5巻)
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南島歌謡だけでなく、万葉集や伊勢物語にみえる歌を参照すること
で、男女の間を結びつける風の機能と呪性の普遍性が窺えます。
そして、それは上代・中古の歌あるいは南島歌謡だけのものではあ
りません。心を風に託すという発想は、『山家鳥虫歌』その他に見
られます。
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▼△▼ 『山家鳥虫歌』巻之上 和泉 ▼△▼
85 風がもの云や言伝しよもの 風は諸国を吹き廻る
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さらに遡れば『梁塵秘抄』にもみえます。
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▼△▼ 『梁塵秘抄』巻第二 四句神歌 ▼△▼
455 吹く風に消息をだに托けばやと思へども、
由無き野辺に落ちもこそすれ、
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これらの例を見ると、どうやらこのような風の発想は THE BOOM 「
島唄」の歌詞にまで通じているといえそうです。愛を込めた島唄が
風に乗り相手に届くことを願う。さらに、心を乗せるにとどまらず
、自らが風となり愛する人の元へ向かうという点において「忍ぶ縁
ナガレ」の詞章は、ゴスペラーズの「永遠に」と同様かと思われま
す。
では、冒頭に掲げた「Still」はどうでしょう。これが他と異なる点
は失恋の歌であるということです。相手の声が風に乗って届けばい
いと願う部分は同じ発想に基づいているのですが、それが風の表す
全てではないようです。もう少し別の側面から見てみましょう。
この歌詞の表現に近いものは、例の中では「奄美大島、風ぬナガレ
」ですが、この歌は忍び逢いを約束するための歌であって、用途と
しては先の論文の通りに男女の恋を結ぶ風だとみてもよいのですが
、一節をみると、風の音を待ち人の訪れと勘違いする場面や、風の
音と待ち人の訪れを間違えないようにと注意する部分があります。
すなわち、この詞章では、風の音によって相手の訪れが予兆される
のではなく、相手が訪れ(てい)ないことが表されているのです。
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▼△▼ 『鄙廼一曲』 越后の国 立臼 並 坐臼唄 ▼△▼
70 風も吹かぬに妻戸の鳴るは わしを殿かとおもはせる
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これは、風も吹いていないのに妻戸が鳴ると、愛しい人が来てくれ
たのかと早とちりしてしまう様をうたっていますが、これも風が戸
を叩くならば相手が訪れ(てい)ないということをふまえています。
風に心を託し、風となって会いに行くとうたうことには、風を媒介
としなければならないような、二人を隔てる距離があります。それ
は地理的な距離もあれば、地位や立場などの状況が二人を隔ててい
ることもあるでしょう(妻あるいは夫がいる相手への恋、片思いなど
も)。風に自分の気持ちを託し、風に相手の心を感じようとすること
によって、実はむしろ相手が側にいないという現実を突きつけられ
ることとなるのです。『鄙廼一曲』70や「Still」における風には、
こうした「不在の実感」が象徴されているように思います。
『鄙廼一曲』70においては、風が戸を叩く音がするたびに、愛しい
人が側にいないことが実感され、「Still」では、窓に吹く風をかつ
ての恋人の気配と錯覚し、それによっていっそう失った恋が実感さ
れることになります。
恋の歌において「風」が示す隔て・距離感、そして恋する相手の不
在の実感は、相思相愛にあってますます想いをつのらせ、失恋にあ
って、一層の愁いをもたらす表現であるといえましょう。
さらに見るべきは、そうした「風」の発想・表現が、いま流行して
いる歌の中に見ることが出来るということです。それは、伝承歌謡
において脈々と受け継がれてきた表現や発想が、今を生きる、ある
いは恋のただ中にある若者たちの中にしっかりと「伝承されている
」ことを示しているのですから。
〈引用・参考文献等〉
□長利清之「誘発者としての風―琉歌に見られる風の歌の断片を拾
って―」『歌謡 研究と資料』第6号 歌謡研究会,1993.
□外間守善他編『南島歌謡大成』? 角川書店,1979.
□真鍋昌弘・森山弘毅他校注『新日本古典文学大系62 田植
草紙 山家鳥虫歌 鄙廼一曲 琉歌百控』岩波書店,1997.
□Skoop on Somebody「Still」(マキシシングル)/2001.5.9/
SRCL-4990.
□GOSPELLERS「永遠に」(マキシシングル)2000.8.23/KSC2-352.
□THE BOOM(宮沢和史)「島唄(オリジナル)」『THE BOOM』
(アルバム) / 1992.9.21.21/SRDL-3685.
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/218]
今号は、歌謡研究会のもっとも若い世代のメンバーがお送りするメ
ルマガです。教員として学生たちに接していると、彼らにとってう
たがたいへん大切なものであることを実感します。若者の文学離れ
などとよく言われますが、うたを切実に求めているそのあり方に、
私などは文学の可能性を感じます。そのような世代から、古典歌謡
を見たらどうなるのか。その一端が今号にあらわれているように思
われます。
J-POPの歌詞にあらわれた、恋人の訪れを「予兆する風」、かたや恋
人「不在の実感」としての風。編集子は、今号に引用されている長
利氏の論文に触発されてライアル・ワトソン『風の博物誌』(河出
文庫)に手をのばしたことがかつてあります。今回の小田氏の内容
、とくに「不在の実感」という風のとらえ方は、「風の博物誌」に
一頁を加えるのではないでしょうか。
それから、021号担当の佐々木氏から、担当号の「文末の『義経記
』の吉野静の箇所は削除してください」との申し出がありました。
旧稿が混じってしまったようです。HPでは、すでに訂正しています
ので、読者の皆さんも、お手元に原稿を残されているのなら、お手
数ですが、訂正をお願いいたします。(編)
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このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい
ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している
つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ
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