『歌謡(うた)つれづれ』020
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■    歌謡(うた)つれづれ−020 2001/05/24 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■  ※まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。※ ******************************************************* □□■ 祭りのうた(2)―久野原の御田―■□□                            福原佐知子<YRY01344@nifty.ne.jp> 今回は、和歌山県有田郡清水町久野原に伝えられている「久野原の 御田」の歌を紹介します。清水町は和歌山県有田郡の東端に位置し 、東は伊都郡花園村になります。高野山を源とする有田川が町の東 西を流れ、その流域に沿って平坦地が形成されている所です。清水 町では毎年交互に、久野原と杉野原が「御田」の祭りを行っていて 、今年は2月11日に「久野原の御田」が行われました。 正午過ぎ、「御田宿」から御田に参加する人達が行列を整えて、御 田の舞台となる岩倉神社境内へ「お渡り」をします。「岩倉大明神 」の幟を先頭に掲げ、次に2人のうたい手が謡囃子を先導しながら、 太鼓打ち2人、舅、聟、早乙女(幼児)5人、座謡衆多数を率いて行 きます。この時の謡囃子は、岩倉神社まで30分以上もかけて歩いて いく間、27首の歌を続けてみんなでうたいながら行くというもので す。 「お渡り」の道は、四方が田んぼに囲まれた平地で、こんもりとし た神社の森まで真っ直ぐに続く道です。お渡りの行列の先頭には赤 い幟、後尾には色とりどりの風船で飾られた大きな作り花が晴天の 青空に映え、27首の短歌体の歌が謡囃子として美しく響き渡り、大 変美しいお渡りでした。 岩倉神社の小さな祠の前に、舞台が設置されていました。舞を演じ る舅と聟は言葉を発することがありません。舅方と聟方に着座した 座謡衆が、舅、聟の台詞もうたい続けます。演目は次のとおりです 1.発端・世の中踊り 2.鍬初め 3.溝浚え 4.水向け  5.牛呼び・田おこし 6.畦ぬり 7.田かき 8.肥もち・田ならし 9.籾もち 10.田常祭 11.籾蒔き 12.縄ない 13.俵編み 14.芋紡ぎ 15.鳥追い 16.聟登場 17.福田  18.拒障合(コセアイ)19.苗取り 20.田植え  21.稲刈り 22.初穂献供 このうち、久野原ならではの面白い歌を紹介します。 ******************************************************* ▼△▼ 17.福田 ▼△▼ ◎〔舅方〕 福田  〔聟方〕 吹かば蓋を取れかし 何やら此のんお僧都       げにや三番僧都とうに参堂へ  〔舅方〕 福田  〔聟方〕 山寺のお僧都 好み物は何なり       一に味噌 二.茄子 三に餅 四.豆腐 五.煎り豆       六にじん 七.老蚌(ロウボウ)は 八.梨        九にたちに 十.牛蒡 かぎわらびも良いなりと       げにや三番僧都とうに参堂へ  〔舅方〕 福田  〔聟方〕 じんだこそん げなもの つかねども かまねども       かいまわいちゃ ぐんじりと       げにや三番僧都とうに参堂へ  〔舅方〕 福田  〔聟方〕 まことまことん 冠者あり うすいのに事多し       蓑を忘れ浚えずと 笠を忘れ浚えずと       さりとては良い笠をつつ 入いん浚えずと       げにや三番僧都とうに参堂へ ○〔舅方〕 福田  〔聟方〕 何やらそこの和尚さん、       鍋が吹いたら蓋を取って下さいよ。        ほんとうに和尚さん、すぐに参堂へ来て下さい。  〔舅方〕 福田  〔聟方〕 山寺の和尚さん、好きな食べ物は何ですか。       一に味噌、二.茄子、三に餅、四.豆腐、五.煎り豆       六にじん(じん豆)、七.老蚌(土負貝)は、八.梨、       九に茎たち菜に、十.牛蒡、       わらびの芽もおいしいそうですね。       ほんとうに和尚さん、すぐに参堂へ来て下さい。  〔舅方〕 福田  〔聟方〕 ぬか味噌こそ、格別な物ですよ。       搗かなくても、噛まなくても、       かき回すとぐんじりと発酵します。       ほんとうに和尚さん、すぐに参堂へ来て下さい。  〔舅方〕 福田  〔聟方〕 それはそうと、みすぼらしいのにする事が       多い若者がいます。       蓑を忘れて溝浚えが出来ない、笠を忘れて溝浚えが出       来ないと言います。       そうかといって、良い笠をかぶったまま、       溝に入って浚え       ることが出来ないと言います。       ほんとうに和尚さん、すぐに参堂へ来て下さい。 ****************************************************** 「17.福田」は、舅と聟の会話のようになっていますが、太鼓を伴っ て、ゆっくりとした曲調で座謡衆によってうたわれます。聟が「げ にや三番僧都とうに参堂へ(ほんとうに和尚さん、こういう状況な のですぐに来て下さいよ)」と言って、三番僧都(和尚)呼びをして いる歌です。 ところで、前の「16.聟登場」は、舅が聟を呼んでいる場面というこ とになっています。  「16.聟登場」     〔舅方〕 オー いかに若前 農五月とこそは申す        戌の手を人の手にして 鍬の柄に笠を着しようぞさ        仕三郎 世の中に 乙前皆具して 早稲蒔いて        田を植えて 食べ候         参々ぶろうあらんか 男の新造参り 本堂参り         又は恵方参りさ   〔舅方〕 オー いかに乙前 農五月とこそは申す        戌の手を人の手にして 鍬の柄に笠を着しようぞさ        仕三郎 世の中に 福太郎皆具して 早稲蒔いて        田を植えて 食べ候に         参々ぶろうあらんか 畔をもって参ろうぞさ        仕三郎 福太郎も畔をもって参ろうぞさ             「16.聟登場」では、この忙しい五月の農繁期に、聟の姿が見当たら ないので舅が1人でぼやき、聟を呼び出している様子です。 「17.福田」では、聟がその舅の呼び出しに対し、自分が農作業に呼 び出されるのが嫌なために、とぼけて「三番僧都よ来い」と三番僧 都をあてにして呼んでいるとも考えられます。 ******************************************************* ▼△▼ 20.田植え ▼△▼ ◎〔舅方〕 福まんごうや 米種(ヨネダネ)植えてよ  〔聟方〕 この御荘はや 作り栄(ザカ)ようや         ≪舅方、聟方続けて9回うたう≫       *以下、曲調が変わりうたい方も変わる   〔舅方〕 神垣 室(ムロ)の山 榊ばんや  〔聟方〕 榊ばんや 斎垣(イガキ)の戸も        生(オ)え茂げのや        ≪舅方、聟方続けて3回うたう≫  〔舅方〕 女子(オナゴ)のや 額の髪 ちじゅんらわいや  〔聟方〕 ちじゅんらわいや 男にあえば 八重髪のや        ≪舅方、聟方続けて3回うたう≫  〔舅方〕 西の海のや 立つ波(ナ)の影 波の間のや  〔聟方〕 波の間のや 乗り静めて かもめ鳥のや        ≪舅方、聟方続けて3回うたう≫  〔舅方〕 西の山のや 青い雲の白い雲 立ちにたわいや  〔聟方〕 立ちにたわいや 四三(シサン)の星は この近いよ        ≪舅方、聟方続けて3回うたう≫ ○〔舅方〕 福万幸の、稲を植えて、  〔聟方〕 この荘園は、豊作になるだろう。    〔舅方〕 神垣の(枕詞)、神の降臨された神聖な山の榊葉は、  〔聟方〕 榊葉は、その神を祭る神聖な垣の戸にも生い茂るよ。     〔舅方〕 女の子の、左右の頬にかかる額髪が、愛らしい。 〔聟方〕 愛らしいよ。年頃になると、       髪を長く伸ばして豊かな髪になるよ。    〔舅方〕 西の海の、立つ波の影、波の間の、  〔聟方〕 波の間の、波に乗って静めている、かもめよ。    〔舅方〕 西の山に、白い雲と青い雲が、立ちたなびいている。  〔聟方〕 立ちたなびいているよ。       北斗七星が、間もなくそのあたり       に現れるだろう。 ******************************************************* 「20.田植え」の歌は、 上の5首が続けてうたわれます。一首の歌 の上の句を舅方が、下の句を聟方がうたいます。1首めの「福まんご うや・・・」の歌のみ、他の4首と違う曲調でうたわれ、2首め「榊 ばんや・・・」から曲調が変わります。また、〔舅方〕の歌詞が、 〔聟方〕の最初に繰り返されます(榊ばんや、ちじゅんらわいや、 波の間のや、立ちにたわいや)。 1首めの「福まんごう」は不明の語。今年植える、福がいっぱい詰ま った稲の苗をさすようです。「福万幸」(福のいっぱい詰まった) 、「福満期」(福に満ちたちょうど時期を得た)、などが考えられ ます。 2首めの「榊ばんや・・・」の歌は、神事に多く用いられる榊の葉を うたっています。「榊ばんや」は「榊葉や」の意味。この歌とよく 似た歌が、『神楽歌』「榊」にあります。     神垣の 御室の山の 榊葉は      神の御前に 茂りあひにけり 茂りあひにけり 「榊ばんや」の歌も、榊の葉が勢いよく茂っているという縁起のよ い歌です。 3首めは女性の豊かな髪をうたいます。「ちじゅんらわいや」は不明 の語。 4首めは西の海の波を静めているカモメ、波に揺られながら浮かんで いるカモメに、穏やかな天候が感じ取れます。また、カモメが海の 天候をも穏やかにしているとうたっているようです。 5首めは西の山に北斗七星(四三の星)が現れることをうたいます。 これによく似た歌が、清水町の隣町、美里町真国「御田春鍬規式」 にもうたわれています。      西山にや 白い雲と青い雲と 立ち寄うたわや      しその星が しでの山に かかるやんや 「四三(しさん、しそう)の星」は北斗七星のこと。 真国「御田春鍬規式」では、稲刈りを終え、蔵に米俵を詰めた場面 の後にこの歌がうたわれます。そして「千秋万財春鍬規式終り」と 唱えて祭りは終了します。おそらく、この歌は、よい天候に恵まれ て北斗七星が見える頃、無事に田仕事が終了することを言うのでし ょう。 5首めの久野原の歌も、よい天候に恵まれて、稲は無事に育つことを うたっていると考えられます。 このように「20.田植え」の歌は、1首めの豊作が現実になるように 、2首めから5首めに縁起のよい平和な内容をうたう事によって、豊 作を祈っているようです。2首めと3首めは稲がよく茂るように、榊 の茂るさまと女性の豊かな髪に縁起をかつぐ歌、4首めと5首めは稲 がよく育つように、穏やかな天候を祈る歌かもしれません。 「久野原の御田」の歌を載せる「御田本」は現在四種あり、その記 録の上限は天正元年(1573年)だそうです。そのうち、現在、御田 でうたわれている歌は「宮田本」を底本としているもので、御田の 会場では、『ようこそ御田へ』という「久野原の御田」の歌詞を載 せた冊子が配られます。 久野原の御田は、座謡衆のゆっくりとうたわれる語りと歌が中心に なっていて、その美しい曲節が印象的でした。舅、聟の動作は歌に 合わせてゆったりしたものでした。また、大勢の久野原の人々が集 まって、御田の舞台を囲んでいる様子が、御田の祭りを庶民的なの どかな雰囲気にしていました。 【引用・参考文献】 □『ようこそ御田へ』久野原の御田保存会、2001 □『春鍬規式の実記』美里町、1992 □『杉野原の御田の舞』杉野原の御田保存会 □『神楽歌 催馬楽 梁塵秘抄 閑吟集』日本古典文学全集、   小学館、1994 ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/216] 「御渡り」も、岩倉神社境内の舞台での舞や芸能も、稲の豊作実現 を予祝滴に表現するもので、いずれも興味深いものですが、こうし て読ませていただくと、やはり実物を見たくなりますね。 日本歌謡学会の今年度春季大会の案内を下に記しておきます。近所 にお住まいで、発表内容にご関心のある読者の方はどうぞ聴講され てください。研究発表会は原則として公開していませんが、聞きた い方が居られれば、学会事務局の受付でその旨申し出てください。 (編) ************************************************************ ■■□ 日本歌謡学会平成13年度春季大会のご案内 □■■ [日時] 2001年5月26日(土)−27日(日) [会場] 和洋女子大学(千葉県市川市国府台2-3-1) ■26日(土) 公開講演会(13:30-15:45)  歌謡と和歌の間      和洋女子大学教授 鈴木幸壽  お伽草紙絵巻に見る歌謡  和洋女子大学教授 緒方惟章 ■27日(日) 研究発表会 (午前の部 10:00-12:00)  記四四・玖賀媛をめぐる歌謡  大阪桐蔭高校 内藤英人  音の潮流 ―厳島内侍考―     聖徳大学 清水真澄  白い砂の正月 ―琉球王府の民俗とうたを中心に―              四條畷学園短期大学 末次 智 (午後の部 13:00-14:30)  おもちゃ絵の歌謡       大阪教育大学 小野恭靖  南宮の今様圏           獨協大学 飯島一彦 ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID:0000054703 □発行人:歌謡研究会 □E-Mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp(末次 智、編集係) □Home Page: http://web.kyoto-inet.or.jp/people/suesato/ ■ ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です ■ ※また、歌謡研究会の例会案内・消息、会誌『歌謡 ― 研究と ■ 資料 ― 』バックナンバーの目次も、ここで見ることができ ■ ます。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



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