『歌謡(うた)つれづれ』016
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■ ■    歌謡(うた)つれづれ−016 2001/04/26 ■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    ★ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。★ ************************************************************ □□■ 雉子の民謡(2) ■□□  小田 和弘<odakazu@asahi.email.ne.jp> 前回は、親子の情愛の姿を雉子の民謡から眺めてみました。我が子 のためなら命を捨てるほどの深い慈愛が、焼け野で雛鳥をかばう母 雉子(山鳥)の姿に投影されていました。 鳥に託される情愛の姿には、親子の慈愛とは別に男女の恋愛もあり ます。それには相手を求める恋と夫婦の変わらぬ愛が鳥の生態に反 映されています。たとえば相手を求めて鳴き競う鶯や、雌雄のつが いが連れだって静かに池に浮かぶ鴛鴦(おしどり)があります。仲の よい夫婦を「おしどり夫婦」というように、生涯を通じて連れ添う 習性をもつ鳥がいることはよく知られています。しかしここでは、 それがうたとして表現されていたことに注目してみましょう。 ************************************************************ ▼△▼『山家鳥虫歌』 79番 和泉▼△▼ ◎ひよひよと鳴くは鵯 鳴かぬは池の友におし鳥連れて行 ************************************************************ これに先立つ『田植草紙』昼歌二番では、 ◎京へのぼれば 室の林にな    なく鵯鳥よ たれを恋ひになくやろ  ひよひよと鳴くはひよ鳥 小池にすむはおし鳥  池のをし鳥 おもふをつれてたゝいで  おしの思羽 壱すげゑたや たのみに(39) とうたわれており、鶯ではありませんが、恋の相手を求めて声を限 りに鳴く鵯鳥の恋と、静かに仲睦まじく夫婦が連れ立って泳ぐ鴛鴦 の愛を対比しながら、そこに歌い手自身の恋に焦がれる今と、その 未来での成就の願いを投影しており、「おしの思羽 壱すげゑたや  たのみに」という、鴛鴦の思い羽に願いを託す恋のまじないへと 展開してゆきます。最近では鴛鴦を見かけることもほとんど無くな りましたが、冬に飛来する鴨のつがいに同じ情景を見ることができ ます。 さて、雉子の場合はどうでしょうか。次のうたをみてみましょう。 ************************************************************ ▼△▼『山家鳥虫歌』 42番 大和▼△▼ ◎雉子の雌鳥薄(すすき)のもとで 夫(つま)を尋ねてほろゝ打つ ************************************************************ 〈類歌〉 ◎雉子のめんどりや躑躅(つつじ)がもとで、  妻よ恋ひしとほろゝうつ。……     (大分県玖珠郡、雑謡、ちりりん節『日本歌謡集成』巻12) ◎雉子はけんけん躑躅の下で妻を恋しうてほろゝうつ          (和歌山県清川、子守歌『日本歌謡集成』巻12) 「ほろゝうつ」は、「けんけん、ほろろ」という雉子の鳴き声を表 しているのですが「けんけんばたばた」ともいわれることから、元 来「ほろろ」とは雉子がひと鳴きないて羽ばたく際の羽音を表して いたのかもしれません。「雉子の雌鳥」がつまを待つとみるならば 、「つま」は雌鳥ではなく雄鳥を指すことになり、約束の場所で雄 鳥の訪れを待って「ほろろ打つ」(鳴く)様子をうたっていることに なります。それは男を待つ女のうたとみることが出来るでしょう。 一方で「つま」を雌鳥とみるならば、薄あるいは躑躅のもとで雌鳥 が待っているので、それが恋しくて雄鳥が鳴いているのだというこ とになり、それは待っている女を想う男のうたということになって きます。このような見方は難しそうですが、ここで、待つ場所につ いて見ると、薄のもとで雌鳥が待つことには、東北地方の鹿踊りに みえる、 ◎何とめじしを隠しても一群薄。わけて尋ねそ。わけて尋ねそ                    (「陸中岩泉のしし踊り」) のような、薄にかくされた(隠れた)雌鹿(しし)とそれを探す雄鹿た ちの姿との発想や表現上の関連が窺えます。躑躅のもとで待つこと は雉子の繁殖期である春とあい、またそこには山入りして躑躅を折 り採る早乙女の姿を重ね合わせることも可能かもしれません。雉子 のうたには、恋する若い男女の姿が、豊穣予祝的な意味をもって映 し出されているようです。もちろん具体的な民俗の事例の収集と検 討が課題としてあります。 このことと若干関係するのですが、『伊賀上野・諏訪の民俗』の総 説において野本寛一氏の興味深い報告があります。三重県伊賀上野 市諏訪では婚礼の際に縁起物として雉子のつがいが使われます。雉 子が祝いの場に相応しい上等な食材であることも確かですが、むし ろ雉子がつがいで用いられることに重要な意味があると思います。 雉子のつがいは、夫婦の愛情と共に、子に対する慈愛の象徴として 扱われているようです。そして、婚礼に用いる器に雉子のつがいが 描かれている例は各地にみることができます。また、次のうたをみ ると、 ◎雉子の、めんどり、小松の下で、つまを呼ぶとて、千代千代と。          (福島県安達郡、婚礼唄『日本歌謡集成』巻12) のように、婚礼にふさわしく「小松」「千代」とめでたい表現へと 変えながらも、雉子の愛情をうたいあげています。 ところで、諏訪では婚礼に際して雉子のかわりに山鳥が用いられる ことはないといいます。それは、山鳥の雌雄が谷ちがいに別れて住 むからだということです。雉子とよく似ている山鳥にも雛を慈しむ うたがあることは前回述べたとおりですが、雌雄の恋愛の情につい ては、その生態の違いから雉子と山鳥は区別されているのです。 さて、2回にわたって雉子の民謡をざっと眺めてきました。親子の 慈愛と男女の恋愛は、それぞれ様々な動植物や鳥に託して表現され ているのですが、両方の心情がそれぞれうたわれ伝承されているこ とに雉子の特徴があります。 国鳥に指定され、紙幣にも描かれている雉子ですが、民謡において は、よく日本人の心情を表現していることに気付かされます。こう したことからも雉子は日本を代表する鳥だと言えるでしょう。 日本人と鳥。私達はかつて、そして今まで様々な鳥たちとどのよう な交渉をもち、鳥に対してどのような思いを抱いてきたのでしょう か。これに答えようとすることは、日本人を理解するうえでとても 興味深いテーマだと思います。その際に、うたを手がかりにするこ とによって、鳥に託した日本人の様々な心情を読みとることができ るのではないかと考えています。 〈引用・参考文献〉 □真鍋昌弘(『山家鳥虫歌』)他校注『新日本古典文学大系62 田植  草紙 山家鳥虫歌 鄙廼一曲 琉歌百控』岩波書店,1997. □高野辰之編『日本歌謡集成』巻12,東京堂出版,1961. □波田郁太郎・池田弥三郎「陸中岩泉のしし踊り」(『日本民俗誌大  系』第12巻,角川書店,1976所収). □近畿大学文芸学部編『伊賀上野・諏訪の民俗』,1993. ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/190] 雉のうたが、一方でさらに広い鳥のうたの表現に包まれながら、も う一方で雉のうたとしての特殊性を持つことがよくわかります。そ れは、人々が日々の生活のなかで雉とどのように関係してきたかを 示しています。だから、歌謡を読み解くのは楽しいのです。(編) ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願 いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに 返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時 間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID:0000054703 □発行人:歌謡研究会 □E-Mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp(末次 智、編集係) □Home Page: ■ http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ ■ suesato/kayouken_hp/kayoukenhp.htm ■ ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です ■ ※また、歌謡研究会の例会案内・消息、会誌『歌謡 ― 研究と ■ 資料 ― 』バックナンバーの目次も、ここで見ることができ ■ ます。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



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