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■ 歌謡(うた)つれづれ−015 2001/04/19
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□□■ 庄内節のこと(2) ■□□
宮崎 隆(fwic7430@mb.infoweb.ne.jp)
新潟県小国町の友人大久保茂さんが奔走してくださり、「庄内節」
の伝承者故永見恒太さんのことが、今少し分かりましたので、その
ことからご報告します。
故永見恒太(「つねた」)老は、明治43年12月22日に代々の百
姓永見家の長男(7人兄妹の4番目)として生まれました尋常小学校
を終え、農業に従事しつつ、昭和5年、20才で結婚。昭和19年
丙種合格で軍役に付き山形県へ。この間、朝鮮へ寒天作りの出稼ぎ
にも行ったりしたそうです。戦後は、田中角栄の越山会に没頭し、
養鯉組合長を勤めたり、盆栽教室を開催したりしたそうですが、昭
和43年から町議会員を計3期やりました。晩年は、小国文化協会
会長に就任し、民謡教室などを開催し、地域文化民俗の保護継承に
努力しました。しかし、平成5年、妻が死去してからは、寂しく暮
らしたとのこと。
何でものめりこむ性格だった由で、金にはならんことを夢中でやっ
ては失敗し、日々の暮らしも楽ではないのに、いつでも鼻唄まじり
で、ひとには“道楽もん"と思われもしていたらしいと、長女のミヨ
さんが語っています。ベッドの中でも民謡教室のことを言うくらい
の歌好きで、唯一の遺稿に「新小国音頭誕生まで」(郷土雑誌『へん
なか』11号)があります。それに関して、いつか佐渡へ出かけ、松
本丈一さんから「佐渡おけさ」を習い、柏崎での「のど自慢」に出
て鐘二つだったのだが、あとで審査員から発音以外悪いところはな
いと言われた、とうれしそうに話しておられた(98.10.10.)を思い出
します。しかし、晩年の好好爺ぶりとは違って、かなり「おっかな
い」親父だった由です。
前回書きましたように、永見老が「庄内節」を覚えたのは、「子ど
ものとき、田掻きでマンガを押しながら大人がうたっているので覚
えた」とあるので、大正10年ころのことになります。しかも、老
が成人されたころには、もうだれも歌う人がいなかったということ
ですから、明治年間に流行した「庄内節」の最後の姿を老は習得さ
れたのであり、それから80年経って、その事実をわたしが関知し
たということになりましょう。
しかるに、「庄内節」の流行の記録は、あまり見つかりません。こ
れが「磯節」とか、あるいは「さのさ節」とかならいろいろ記録が
あるのですが、わずかに前回触れた『東北の民謡』くらいで、これ
には、多分木村弦三の記載だと思われるのですが、「津軽盆唄」の
項に、 「天保頃になると彼の庄内節が盛に流入して来て津軽唄界
に一大革命を起した。その大部分は卑俗極まるものであるけれども
一年中の最大歓楽として夜明けまで毎夜踊り抜く男女に興奮を与へ
たのはこの卑俗の歌詞であり素晴らしく歓迎せられたのである。現
在伝わる津軽盆踊の歌詞がかうした傾向を持って居るのは庄内節の
影響である。」とあり、この唄が相当卑俗な歌詞を持つ騒ぎ唄であ
ったことが忍ばれます。
木村弦三は、その郷土音楽研究の集大成として、『奥々民族旋律集
成』(昭和52年)という本を残していますが、その中でも、「どだ
ればち」(津軽盆唄)の元唄として、「庄内節」をあげ、「庄内節は
、大の坂の流れをくむもの」とも書いているのです。
話は複雑になりますが、この「大の坂」というのは、秋田県鹿角地
方に伝わる「毛馬内盆踊り」の古曲でもあり、何と新潟県南魚沼郡
堀之内町の盆踊り「大の阪」でもあるのです。そして、この堀之内
町の「大の阪」は、小国の隣り、十日町市の信濃川流域にも「ダイ
ノシャカ」として伝承されているのですから、研究者ならずとも、
その伝播のありよう、関連の仕方に興味をもたれると思います。
しかるに、木村弦三は、天保の頃の「庄内節」の流行を裏付けるよ
うな資料についてはなにも書いていませんし、また、なぜ「庄内節
」が「大の坂」の影響下にあるといえるのか、についてはなんの論
証も示していません。この辺が前回冒頭で申した点なのです。どこ
までが論理的に追求できることなのか、単なる思いつき、思い込み
にすぎないのか、わからないのです。これをなんとかしたい。読者
の示唆を期待しています。
ところで、『東北の民謡』の総括執筆者と思われています武田忠一
郎の主著『東北民謡集』(昭和35年)には、「庄内節」が二か所出
てきます。ひとつは、山形篇「庄内ハエヤ節」の項で、その解説に
、“ハイヤ節”が(中略)加茂の船着場の騒ぎ唄としてうたわれて
居た。津軽方面では之を“庄内節”と呼んでいる。“津軽よしゃれ
節”に変化し(以下略)とあります。これによれば、「庄内節」は
、あの有名な「ハンヤ節」大流行の一変形ということになりましょ
うか。
しかし、これもはっきりしません。「ハンヤ節」系の唄なら、どこ
かに「ハンヤ」という言葉が挿入されていたり、リズムに似たとこ
ろがあるはずです。しかるに、「庄内ハエヤ節」は、「アエヤ出羽
の三山宝の山よ」と唄い出したりしますので、明らかに「ハンヤ節
」系のものですが、「庄内節」でそう歌ったという確証が示されて
いないからです。わたしは、「庄内節」と「庄内ハエヤ節」は、別
の流行になるのではないかと思っています。
もうひとつは、福島篇の会津地方の祝儀唄「庄内節」で、出羽で庄
内、最上じゃ上の山、此処は会津の東山と、うたうところから「庄
内節」と言われたのであって、「庄内地方から移入されたのでこの
ながあるわけでは」ないとの解説がついています。しかし、ここで
もなぜそう言えるのかの論証がありません。もし歌い出しの名称な
ら、「出羽節」ではないのでしょうか。
最後に、新潟県魚沼郡の民謡歌手であり、研究者でもある水落忠夫
氏のご教示では、この「庄内節」の元は、新潟県岩船郡朝日村の「
はごね節」ではないか、とのことでした。その伝承者高橋直喜老は
、すでに死去されてしまったが、「はごね節」は、山形県との県境
での「うるしかき」の労作唄だった由で、これがあの有名な祝い唄
「松坂」を生む母体だったとのことです。そして、その流れで「魚
沼松坂」があるとのことで、これは永見老の唄う「庄内節」と類同
性があるといわれます。
比較の基準が明らかでないので、わたしには何とも言えませんが、
一方では、夜這いに適した粋な文句の恋唄、単純な田かき等の農作
業を癒す作業唄だったのに、もう一方では、めでたい座敷の祝い唄
であることが、面白く思われるのです。色恋の唄が即ち祝い唄であ
ることは、民謡の世界ではごく普通のことなのです。次回は、「天
神林」でそのことを。
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/188]
民謡の伝承は普通の人によって生活のなかでなにげなくなされると
いう側面がありますが、それと同時にウタに憑かれたともいうべき
人たちが継承の節目に登場することがあります。永見恒太老はそん
な人だったのですね。このようなお年寄りが世の中からほとんど消
えかかっています。
また、「****節」という民謡の曲名の由来は、歌詞の言葉にあると
ふつうは考えますが、なかなかそのように一筋縄ではいかないとこ
ろが、難しいところのようですね。長い間歌い継がれてきた歴史を
明らかにするのは、文字に記された歴史をひもとくようには簡単に
はいきません。(編)
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