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■ 歌謡(うた)つれづれ−014 2001/04/12
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□□■ 芥川龍之介の実験
− 古代歌謡へのアプローチ−その2 − ■□□
米山 敬子
□「旋頭歌」の中に眠れる王女 □
今回わたしたちが逢うのは、古代歌謡の中でも古い歌体である旋頭
歌(せどうか)の中に眠っている王女です。
ここでまず、「旋頭歌」という歌体について説明しておきます。
この歌体は、五七七の三句を繰り返して、五七七・五七七の唱和形
式で歌ううたをいいます。古くは、記紀歌謡、そして万葉集に見ら
れますが、その後はほとんど歌われなくなりました。有名なところ
では、『古事記』景行記の倭健命(やまとたけるのみこと)と御火
焼翁(みひたきのおきな)との間で交わされた、こんな唱和があり
ます。
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▼△▼ 旋頭歌の例(1) ▼△▼
新治(にひばり) 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる(25)
日日並(かがな)べて 夜には九夜(ここのよ)
日には十日を (26)
〈倭健命〉東征の旅に出て、もう新治、筑波と過ぎて、幾夜過
ごしたことだろう。
〈御火焼翁〉何日も経て、夜では九夜、日では十日を過ごして
こられました。
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『万葉集』にも、のように、二人で唱和・問答したと思われるもの
があります。ちなみに、この唱和の半分、五七七の句を「片歌(か
たうた)」といいます。
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▼△▼ 旋頭歌の例(2) ▼△▼
住吉(すみのえ)の 小田を刈らす児 奴かもなき、
奴あれど 妹(いも)がみためと
私田(わたくしだ)刈る(巻七・1275)
住吉の田を刈っていらっしゃる方、召使はいないのですか。
召使はいるが、愛しい妹のためにと、
みずから自分の田を刈っているのだ。
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また、このような唱和・問答形式とは別に、といった、一人で一首
を完結させる唱法もあったようです。
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▼△▼ 旋頭歌の例(3) ▼△▼
夏影の 妻屋の下に 衣(きぬ)裁つ我妹(わぎも)、
裏設(ま)けて 我がため裁たば やや大(おほ)に裁て
(巻七・1278)
夏の日差しを避ける妻屋の中で衣服の布を裁断している我が
妹よ、心をこめてわたしのために裁ってくれるなら、少し大
きめに裁っておくれ(近ごろちょっと太ってきたから……
)
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さて、芥川は、この王女を「越(こし)びと」(『明星』大正14年
3月)という作品に生かしました。「越びと」は、旋頭歌25首から
成っています。その25首を、第1聯3首、第2聯13首、第3聯9首
の三部構成にしています。吉田精一氏は、「身辺の叙景に、恋しき
人の面影をまじえたもので、私は芥川の詩歌を通じて最高のもので
はないかと思う。」(前掲書)と評しています。
芥川は、この前年、7月22日から約一ヵ月にわたって、軽井沢の鶴
屋に滞在しています。そこで、歌人でアイルランド戯曲の翻訳家で
もある年上の女性と、大変親しく交わりました。芥川は、この女性
への恋愛感情を「越びと」に托して完結させたのではないかと考え
られています。
では、「越びと」を見ていきましょう。(『全集』第九巻、「詩歌
一」)
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▼△▼ 「越人」より ▼△▼
あぶら火のひかりに見つつこころ悲しも、
み雪ふる越路のひとの年ほぎのふみ。
むらぎものわがこころ知る人の恋しも。
み雪ふる越路のひとはわがこころ知る。
現し身を歎けるふみの稀になりつつ、
み雪ふる越路のひとも老いむとすあはれ。
(説明の便宜のため、仮に、前半の五七七句を本(もと)、後
半の五七七句を末(すえ)と呼ぶことにします)
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「越びと」は、この三首から始まります。ほの暗いランプの灯りに
投影されているのは、愛しい人から届いた年賀状、というよりも、
みずからのこころのように思わせるオープニングです。そして、末
句に繰り返される「み雪ふる越路のひと」。「み雪ふる」がまるで
枕詞のように「越路のひと」を包み込んでいます。深雪に閉じこめ
られた越路とは、現実の土地ではなく、芥川の心のなかに棲みつい
た女人の居場所を称しての比喩でしょう。
第2聯では、時間が昨夏へともどっています。何首か抜き出してみ
ましょう。
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▼△▼ 「越人」より ▼△▼
うち日さす都を出でていく夜ねにけむ。
この山の硫黄の湯にもなれそめにけり。
朝曇りすずしき店に来よや君が子、
玉くしげ箱根細工をわが買ふらくに。
腹立たし君と語れる医者の笑顔は。
馬じもの嘶(いば)ひわらへる医者の歯ぐきは。
たまきはるわが現し身ぞおのづからなる。
赤らひく肌(はだへ)をわれの思(も)はずと言はめや。
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先ほど紹介した倭健命の歌を思わせる「いく夜ねにけむ」は、みず
からのこころに気付いてから過ごした夜の長さにため息をついてい
るようです。。また、「うち日さす」「玉くしげ」「たまきはる」
「赤らひく」といった枕詞の用い方のたくみさには驚いてしまいま
す。そして、「馬じもの嘶(いば)ひわらへる」という下品で痛烈
な比喩さえも、『万葉集』巻十六にある数々の嗤笑(わら)う歌に
酷似したおもしろさがあります。
第3聯は、昨秋からの東京での寂寥を綴っています。
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▼△▼ 「越人」より ▼△▼
秋づける夜を赤赤(あかあか)と天づたふ星、
東京にわが見る星のまうら寂しも。
ひたぶるに昔くやしも、わがまかずして、
垂乳根の母となりけむ、昔くやしも。
曇り夜のたどきも知らず歩みてや来し。
火ともれる自動電話に人こもる見ゆ。
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このような新古織り交ぜた歌ことばの用い方は、斎藤茂吉の影響下
にあるものといえますが、音声にしてみると、発声器官を無理なく
移していける音の連続が作られていると感じられます。そうして、
「越びと」は、
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▼△▼ 「越人」より ▼△▼
門のべの笹吹きすぐる夕風の音、
み雪ふる越路のひともあはれとは聞け。
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この一首で終わっています。ふたたび繰り返される「み雪ふる越路
のひと」。そして、「あはれ」は、第1聯の3首め末句に用いられ
ていたことばです。このような連環する構造にも、周到な工夫が凝
らされているといえるでしょう。
芥川は、前回紹介した「文芸的な、余りに文芸的な」〈二十六、詩
形〉において、面白いことを言っています。
光は――少くとも日本では東よりも西から来るかも知れない。が、
過去からも来る訳である。
アポリネエルたちの連作体の詩は元禄時代の連句に近いものである
。のみならず数等完成しないものである。この王女を目醒ませるこ
とは勿論誰にも出来ることではない。が、一人のスウィンバアンさ
へ出れば――と云ふよりも更に大力量の一人の「片歌(かたうた)
の道守(みちも)り」さへ出れば……(『全集』第九巻)
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長くなりました。退屈しないでお読みいただけたでしょうか、心配
です。「越びと」のモデルとなった女性について興味のある方は、
桜楓社刊『吉田精一著作集』第二巻「芥川龍之介U」所収の、「芥
川龍之介の恋人」(p.245〜266)をご参照ください。
次回は、「催馬楽」のなかに眠れる王女をとりあげます。
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/187]
よく言われることですが、近代人は個を表現するの対し、歌謡は共
同の心を表現します。芥川が、旋頭歌に惹かれたのは、表現の共同
性に何かを感じたからかも知れないな、などと勝手に思いながら読
みました。
下記の日時で例会が開かれます。発表テーマに関心が湧きましたら
、ご参加下さい。編集子の発表は、琉球王府の民俗を中心にした内
容です。でも、準備が……。(編)
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■■□ 次回の歌謡研究会 □■■
▽第87回 歌謡研究会例会
[日時] 2001年4月14日(土) 午後2時〜
[会場] ならまちセンター 会議室(電話) 0742-27-1151
[輪読] 菅江真澄 「鄙廼一曲」
淡海の国杵唄 臼曳歌にも諷ふ唄
51 とんと戸扣き現にあけて…
52 ねたか寝ぬのは枕が証拠…
木葉 海月氏
[研究発表]
白い砂の正月 末次 智氏
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▼ ご 注 意 ▼
このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい
ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している
つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ
て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら
に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ
ていただくようお願いいたします。
各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者
のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから
引用される場合はその旨お記しください。
また、内容についてのお問い合わせは、執筆担当のアドレスにお願
いいたします。アドレスが記されていない場合は、このマガジンに
返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝えられます。そ
れへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事するまでに若干時
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