『歌謡(うた)つれづれ』010
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■    歌謡(うた)つれづれ−010 2001/03/15 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    ★ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。★ ******************************************************* □□■ 祭りのうた(1) ― 花園の御田の舞 ― ■□□ 福原佐知子<YRY01344@nifty.ne.jp> 今回は、私が見て来た和歌山県伊都郡花園村梁瀬に伝えられている 「花園の御田の舞」の歌を紹介します。この祭りは、現在は隔年の 旧正月八日に行われていて、今年は1月28日でした。昭和56年に国の 重要無形文化財に指定された古式ゆかしい祭りです。御田の舞は、 その詞章などから、鎌倉時代ごろから行われていたと言われていま す。歌詞の意味もはっきりと分からないものが多いようですが、今 回、私なりに歌を解釈してみたいと思います。 花園村は、高野山の南ふもと、有田川の峡谷に沿った山村です。11 50年弘法大師の高野山開創とともに拓かれ、その寺領として保護を 受けてきました。花園村の名は、高野山の寺院へ花を奉献する土地 であったところから起こったと言われています。 JR藤並駅より花園行きのバスに乗り、有田川に沿って上流に向かう こと1時間30分。御田の舞が行われる遍照寺は、村の集落が見渡せる 山の中腹にありました。遍照寺の御堂(大日堂)は華やかに飾り付け られていました。五穀を材料にして毎回作られる干支の絵が飾られ 、「柳」という竹を細く割った造花が天井に下げられ、山椿の造花 があしらわれていました。 午後1時(もとは午後6時)、舞が始まりました。主役となって演じ るのは、黒シラゲ(舅)、福太郎(婿)、昼飯持(娘)、百太郎、徳太 郎などです。上座と下座に座った座唄連中が、交互に歌を分けてう たい、はやします。手には各自が叩き棒を持ち、床をたたいて拍子 をとり、太鼓や笛も伴って演じられていく、「田遊び」です。「田 遊び」とは、その年の豊作を予祝するために、田の耕作から刈上げ までの過程を模擬的に演じて見せる行事です。 「花園の御田の舞」の演目は次のとおりです。 1.初夜の舞 2.榊ばんや 3.廻り鍬 4.春鍬 5.田打 6.かりむけ (仮水迎え) 7.溝かすり 8.田打 9.水迎え 10.牛呼び 11.苗 代 12.種おろし 13.祝詞 14.種蒔 15.婿呼び 16.婿舅名乗り  17.にしゃも踊 18.苗取り 19.昼飯持〔オンナリモチ〕 20.苗持 ち 21.田植 22.神子〔ミコ〕の舞 23.植田の見廻り 24.田刈(稲 刈) 25.籾供え 26.籾摺り 祭りの進行に伴い、歌も舞も熱気を帯びてきます。歌は「14.種蒔」 あたりから、同じ歌詞が何度も繰り返されてうたわれるようになり ます。黒シラゲ(舅)が「種だての残りも候 神々初めて参らせ候  皆若衆立ち囃して給れ」と言うと、「14.種蒔」の歌が始まります。 黒シラゲは、種籾鉢を持ち、白米と五色の紙を混ぜた種籾を、囃し に合わせて次々と蒔いていきます。 ******************************************************** ▼△▼ 14. 種蒔 ▼△▼ ◇[上][下]は上座、下座の座唄を示す。―は「まいたり」を示す。 「まいたり」はおもに上座がうたい、下座が「福の種を」と唱えた 後の―【蒔く】で実際に黒しらげが種籾を蒔く。 ◎[上]まーいたーり[下] ― [上] ― [下] 参らせっと [上] ― [下] 此の所は [上] ― [下] 高野の [上] ― [下] 御庄にて [上] ― [下] 候へんば [上] ― [下] 弘法   [上] ― [下] 大師の [上] ― [下] 御方へも [上] ― [下] 福の種を [上] ― ―【蒔く】        [下] 参らせっと             ≪ 中  略 ≫  [上] ― [下] 扨は又  [上] ― [下] 此の御堂に [上] ― [下] 御遊参 [上] ― [下] 参らせ詣たる [上] ― [下] 大旦那達 [上] ― [下] 小旦那達  [上] ― [下] 一切諸人 [上] ― [下] 嫌わず [上] ― [下] 幼き   [上] ― [下] 稚児達にも [上] ― [下] 至るまんで [上] ― [下] 福の種を [上] ― [下] ―【蒔く】[上] ― [下] ―【蒔く】 [上] ― [下] ―【蒔く】[上] ― [下] ―【蒔く】 [上] ― [上][下] 合せ蒔     ○(福の種を)まいてさし上げます。 この土地は高野山の荘園ですので、弘法大師の御方へも福の種を さし上げます。≪ 中略 ≫ そしてまた、この御堂に、参詣されている大旦那達、小旦那達、 すべての人、幼い稚児達に至るまで、みんなに福の種をさし上げ ます。 ******************************************************** * このように最初は弘法大師に始まり、村の神々や、最後にはこの祭 りの場に集っているすべての人に福の種がまかれるのです。外陣で 座って見ていた私も、頭から福の種をかぶりました。 種蒔が終わり、次の歌は、田へ苗取りに歩いて行く場面の歌「17.に しゃも踊」になります。「17.にしゃも踊」は次の「18.苗取り歌」 と連続して歌われます。黒シラゲ(舅)、福太郎(婿)、百太郎、 徳太郎の4人と田植子5人の9人が2列になって踊ります。 ******************************************************** ▲▽▲ 17.にしゃも踊 ▲▽▲   ◇<は繰り返し。 ◎[上] ああにしゃもによー < 青い雲に白い雲に白い玉によー  [下] ああ白い玉によー < 二三の星が立ちやしげもよしよー      ≪上、下続けて3回うたう≫ [上] ああこぞにもよー < 年よし世よし期がよしよー [下] ああ期がよしよー < 早稲にはびん田 中稲にとうどは                    奥の町にこぎやれ ≪上、下続けて3回うたう≫ ▲▽▲ 18.苗取り ▲▽▲ ◎[上] 我採苗は三つ葉咲いたりや [下] よう咲いたりやは作り栄えようや    ≪上、下続けて3回うたう≫ ○ああ、にしゃもによ、青い雲に白い雲に白い玉によ 二三の星が出れば苗もよく育つよ。 去年にもまして、今年は良い年で良い植え時であるよ 早稲は貧田(やせた田)に、中稲はとう土(肥えた田)の奥の田 (「町」は田のこと)に植えなさい。 ○私が取る苗は3枚葉が出たよ こんな立派な苗を植えたら、豊作になるだろう。 ****************************************************** 「にしゃも踊」は、手と足を反対に動かして踊ります。田へ苗取り に、元気に歩いて行く様子を表現しています。歌い方にも特徴がみ られます。上座の歌詞が下座の最初に繰り返されます(「白い玉に よ」「期がよしよ」「咲いたりや」)。 「青い雲」は「白い雲」と同じ意味。「白い玉」は太陽のこと。「 青い雲に白い雲に白い玉によ」で、晴天のことをいうものと思われ ます。そして「二三の星が立ちやしげもよしよ」で、二三の星が見 えるほどの天気であれば、苗もよく茂るよ、という意味になるので はないかと思います。 よく似た歌が、花園村の隣町の清水町「久野原の御田」にあります 。その「田植え」の歌、  西の山のや 青い雲の白い雲 立ちにたわいや  立ちにたわいや 四三の星は このちかいよ 「四三の星」は北斗七星のことで、ここでも田植えにふさわしく、 朝から夕方まで晴天の1日であることをいうものではないでしょうか 「18.苗取り」が終わると、男性が女装して飯櫃を持った「昼飯持〔 オンナリモチ〕」が登場します。「昼飯持」は雇っている田植子に 昼食を運ぶ女性。この昼飯持は、黒シラゲ(舅)の娘に相当します 。飯櫃から、お歯黒、おしろい、鏡を取り出して、化粧直しをし、 田植子に向かって暑かろうと団扇で仰いでやります。そして、幸い 袋を観衆に向かって投げ、歌に合わせて踊りながら退場します。そ の時の歌が「19.昼飯持」です。 ******************************************************* ▼△▼19.昼飯持 ▼△▼ ◎[上] オンナリ持ちや世よしなー [下] さちや又おめし       ≪上、下続けて3回うたう≫  ○オンナリ持ちは良い女性だなあ、それではご飯を食べよう ******************************************************** 御田の舞が終了すると同時に、遍照寺の庭の鐘がゴーンゴーンと打 ち鳴らされ、役者は松明を持って走り去ります。 山間の静かな村に、村中の人が多く見守る中で、高らかに歌声が響 き、熱演される、素晴らしいお祭りでした。読者のみなさんも、機 会がありましたら、いにしえより歌い継がれているうたの場を共有 しに、お祭りを見に出かけてみてください。 ******************************************************** 【引用・参考文献】 □花園村古典芸能保存会『花園の御田の舞』 □久野原の御田保存会『ようこそ御田へ』 □斎藤和枝『高野山麓の民俗』名著出版、1985 □新井恒易「紀州花園の御田」『祭りと芸能の旅』4近畿、ぎょう せい、1978 ******************************************************** ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/193] ずっと繰り返されてきたお祭りの場で、歌謡表現が育まれてきたの ですね。その背後には、その年が豊作であるようにとの、幸せを願 う人々の強い想いがあるのでしょうね。それが見事なお祭りとして 表現されている様が思い浮かびます。 今回、配信が少し遅れましたのは、ひとえに編集子の都合によるこ とをお断りしておきます。(編) ******************************************************** ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、最後に記される執筆担当の アドレスにお願いいたします。アドレスが記されていない場合は、 このマガジンに返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝 えられます。それへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事す るまでに若干時間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID:0000054703 □発行人:歌謡研究会 □E-Mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp(末次 智、編集係) □Home Page: ■ http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ ■ 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