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■ 歌謡(うた)つれづれ−009 2001/03/08
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□□■ 私の歌修行記(1) ■□□
手塚恵子 <tezuka@kyotogakuen.ac.jp>
読者のみなさま、こんにちは。今日は、いつもと少し趣向を変えて
、中国の少数民族の歌の話をしてみたいと思います。私は1986
年から、中華人民共和国の広西壮族自治区というところで、口承文
芸の調査をやっています。ここ5年ぐらいは、どちらかというと、
シャーマニズムについて、調べていたのですが、やはり、なんとい
っても、土地のみなさんと、歌をめぐって、あれこれおしゃべりし
ている時が、楽しいですね。
私の調査地の人たちは、春と秋に歌の懸け合い祭を開きます。男の
人と女の人が、即興で作った歌を贈り合うという、対の幻想を背景
にした、要するに、詩のバトルなのですが、これが、なかなかすご
いんです。まず、夜を徹して、150ぐらいの歌を、即興で作って
しまう、知的な体力の高さ。それもほぼ休みなしなんですから。さ
らに、素朴とか、素直とか、いわゆる「歌垣」の歌に期待されてい
るものを裏切る、表現のレベルの高さ。
私から見れば、彼らはとても、歌的能力に優れた人たちに、見える
のですが、彼らにとって、どうやら、それが普通であるらしく、私
がなかなか、歌の勘所を押さえきれないことが、じれったかったよ
うです。
そこで、1990年からしばらくの間、彼らが私に、歌のレッスン
をしてくれました。手の内を見せながら、歌をつくるなどという、
多分に評論家的な行為を、天然のクリエーターが、できるだろうか
という、私の不安をよそに、レッスンは進みました。
これから、しばらくの間、そのときのノートから、歌を紹介してみ
たいと思います。世界初、大公開です。
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▼△▼ 布 ▼△▼
小さな布で、ズボンを縫ったら、
どうにか、膝小僧が、隠れただけ
立ち上ってみたら、見られたものじゃなかった
しゃがんでみても、なおさら、見られたものじゃない
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もしも、歌の掛け合いの最中に、このような歌を、相手から贈られ
たなら、あなたは、ギアを入れ替えなければ、なりません。この歌
は、布を題材に使って、あなたの歌が相手方の歌よりも、少ない、
と言っているのです。
あなたの歌は、少なすぎる
わたしたちは、掛け歌をするに、及ばない
このようにうたっても、だめ
あのようにうたっても、だめ
このような言い回しは、相手方の歌を作るペースが、遅いときに、
うたいます。実際の歌の掛け合いでは、歌と歌の間が、あくことは
、ほとんどありません。三分も無音が続けば、空気がヒリヒリして
きます。
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▼△▼ 新妻 ▼△▼
嫁さん、初めの二、三日
(足を洗う)水を、運んでくれたけれど
嫁いで、一年たった後では
毎朝、寝坊で、仕事もせず
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この歌をうたった人は、相手方の歌に、相当不満を持っています。
この歌は、新妻を題材にして、相手方の歌は、手抜きだといってい
るのです。
あなたたち、うたいはじめは、とてもよかった
うたが、輝いていた
しばらくすると、
だんだん、ダメになってきた
このような言い回しは、歌の掛け合いの中盤以降に、うたわれます
。歌の掛け合いは、だいたい夜の9時か10時頃に始まって、翌朝
、陽が昇る頃に、終わります。夜はバスも動いていないし、街灯も
ないので、掛け歌をうたっている人も、それを聴いている人も、朝
まで、自分の村へ帰ることが、できません。皆、一晩中、いい歌で
、気持ちよく過ごしたいと思っています。しかし、どのようなエキ
サイティングな、歌の掛け合いであっても、ダレる時間帯があるも
のです。そういった時に、相手方に奮起を促すことは、大切です。
たいていの場合は、しきり直した後、歌はぐっと良くなって、明け
方に向かって、上昇ラインを描いていきます。ここで、失敗すれば
、歌を聴いていた人が、ひとり減り、ふたり減って、やがて、誰も
いなくなります。
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/189]
いやー、面白い。こういうのを読ませていただくと、私などは、う
たについての考え方が変わるような気がしますね。次回が楽しみで
す。
上記で触れられている古代の歌垣ですが、最近今号のような視点か
ら捉えられてきています。詳しくは、猪股ときわ『歌の王と風流の
宮』(森話社)をご覧下さい。これが面倒くさければ、つい先日まで
書店に並んでいた『ダ・ヴィンチ』3月号(メディアファクトリー)の
p40-41をご覧下さい。猪股氏がわかりやすく自己の著書の内容を語
っています。ちなみに、偶然ですが、そのページには、編集子のコ
メントが少しと写真(ちょっと恥ずかしいのですが)も掲載されて
います。(編)
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