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■ 歌謡(うた)つれづれ−008 2001/03/01
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□□■ 歌謡と作詞家 ―兵庫口説きのこと― ■□□
黒木祥子 <kuroki@human.kobegakuin.ac.jp>
摂津・播磨地方では、江戸時代後期から昭和初期まで、盆踊りに兵
庫口説きが盛んに歌われていたようです。
歌詞は七七調を連ね、心中物語・地名や物尽くし・浄瑠璃の筋書き
や景事の抜き書きなどで、浄瑠璃との関係が深いです。これらは板
本として出版されていました。半紙2枚を二つ折りにして、一枚目
の表を表紙に、残り3ページ分を本文とする形式が多いです。板元
は多くは大坂ですが、姫路・兵庫・広島でも発行されています。兵
庫口説きというからには兵庫が発祥地のようですが、現在残ってい
る板本では、大坂の方が古く、兵庫版は江戸時代末期のものしかあ
りません。
淡路島出身の神戸の貿易商、忍頂寺務氏は兵庫口説きの板本の多く
を蒐集していますが、その一部が神戸市立中央図書館に寄贈されて
います。それを閲覧したおりのことを書いてみます。
これらは三種にわかれ、一は、半紙2枚を二つ折りにして、茶色の
表紙を掛けて綴じたタイプのものが13冊。これは全て姫路で出版
されたものです。このような装丁は大坂大学蔵の忍頂寺文庫にも多
く見られ、忍頂寺務氏の手によると思われます。二は、半紙2枚二
つ折りのもの17種を合せて1冊にしたもの、これは大坂版を集め
ています。三は写本1冊で、23種の口説きを集めています。これ
には板元名もなく丁数も不定ではあるが、板本の写しでしょう。
一の姫路の板元では、灰屋輔二が9種で最も多く、灰屋長平が2種
、灰屋又市が1種、岡野屋平兵衛と問屋治三郎の合板が1種です。
灰屋輔二は、『近世書林板元総覧』によれば、『随一小謡摩訶大成
』(文化2刊)や『貞享武海印録』(安政6序)等を出版し、明治
初年まで活動していた本屋のようです。
その灰屋輔二板の中に、巻雄作とある『播磨名所尽し』と、若柳作
とある姫路の『町尽し』があります。兵庫口説きでは、「〜尽し」
とあっても浄瑠璃の一部である場合が多いが、この2作は純粋な地
名尽しの新作のようです。巻雄作の『新板 播磨名所つくし/ひょ
うごくどき』は、
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♪播磨名所を 巡りてみれば その名たかさご あいおいの松
鐘はあかつき おのへの松に 霜はおけども 葉は深緑〜
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と続きますが、道行としては地名があちこちとんでいます。普通こ
の手の本は浄瑠璃本によく見られる、くねくねとして上から押しつ
ぶしたような窮屈な字体が多いのですが、これは片面10行で木活
字風に字間が開いており少し変わった感じがします。文句はほぼ完
全な七七調で節付けや囃子言葉もなく上品です。本には「奥野長太
郎」という落書きがあったり、汚れや手擦れがひどく、よほど使い
込んだ様子で、稽古本として使われたのかもしれません。
作者の巻雄は、三木氏で通称伝右衛門。播磨の歌人だが寧ろ狂歌を
得意としました。天保11年に『播磨名所略記』を著し、播磨名所
古歌25首に自身の狂歌を1首加えているようです。播磨名所つく
しの歌謡を新作するには、相応しい人物かもしれません。彼は他に
も兵庫口説きを新作しているが、全て灰屋輔二板で、書店から新作
を依頼されたのでしょうか。
もう一人の若柳については未詳。こちらの作文はかなり自由で、
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♪とみにさかへる 姫路の御城下。町の名寄せを あら/\申そ。
御門はいれば 内新町の。茶屋の仲居が 赤いたすきに 赤前垂れ
て。これ申たび人さん 泊まりじやないかとまらんせと。招きいれ
たか 福中町よ〜
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とセリフ的な部分や、
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♪銘をくはしく 尋ねてみれば ヲクリ 播州手柄山のふもと 藤原
のうぢしけとて 名作じやけな〜
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荘重な箇所や軽妙な箇所が入り交じっていて変化に富み、よほど浄
瑠璃風で、若柳の方が歌謡には馴れているのかもしれません。名前
からして、芸事の専門家の可能性もあるでしょうか。板面は片面1
0行でやや混んでいるが、浄瑠璃本風の字体です。
始めに述べましたように、兵庫口説きの内容は、浄瑠璃の道行など
の景事の部分や筋書きが最も多く、その外は心中事件や殺人事件な
どニュース的なもので、作者名が記されることはあまりありません
。どこの地方の踊歌でも古いものの利用が殆どでしょう。その中で
新作、それもその土地のインテリに、その土地の書店が依頼する御
当地ソングみたいなのがあったのかな、と思います。
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(1)巻雄作/新板 播磨名所つくし/ひょうごくどき
ひめぢせんば御堂前筋 米田町 灰屋輔二板」(一オ(表紙))
はりまめいしよを めくりてみれは その名たかさこ あいおいの
松
かねハあかつき おのへの松に しもハおけども はハふかみどり
曽根(そね)の天神 ひかたの山の 松にちとせの 世に名をのこ
す かたいちかいの 石(いし)のほでんは。よそにきこゑて 名も
たつがはな 国もゆたかな 太平(たいへい)のよに。ふかくねいり
し たまくらの松。朝(あさ)日かゝやく 二見のうらに。二見かき
とて 名物ござる 加古の渡(わた)りの 舟こき出て。音(をと)に
きこゑし ひゞきのなだや。印南(いなみ) 大塩(をふしほ) うらく
こへて 八家の地蔵の 仏(ほとけ) をたのみ あふの松原 神風
(かみかぜ)つよく。恋(こい)のはまべに たつみのつらさ かちん
ぞめなる 鹿間(しかま) のうらや 塩屋(しほや) たるみの 磯(い
そ)つたいきて。杖(つえ)ハさくらぎ 花さきそめて。目をバあかし
の 人丸の神。きりの中ごく 漁(いさり) の舟ハ。はるかあわぢの
島がくれゆく 廿五ばんの 清水(きよみづ)寺ハ。千手くわんお
ん 其みたけさん。法(のり)の花山 はるあきごとに ゑだ葉さか
へて 谷間(たにま) ハ茂る 廿七番札うつ書写の 松のみとりに
ふく山おろし 五穀成就 まもらせ玉ふ 神のお庭(には)の 廣峯
山(ひろみねさん)を いのりますゐの 其山つゞき 月もてりそふ
有明(ありあけ)の松。裾(すそ)に風羅堂(ふうらどう) 翁(をきな
)の塚(つか)へ つゆをたむける やれみのと笠 男山から 姫山見
れば 空(そら)にかゝやく 白鷺の城(しろ) 皿(さら)は九つ お
きくの屋敷。かづをよむたび のふなさけなや 主(しう)に忠義(ち
うぎ) の ほまれも高く。四十七人 木像(もくぞう)をならべ。室
(むろ)□明神 小五月(こさつき)まつり□に二度さく□□藤ハ□
(2)若柳作 ひめぢせんば御堂まへ
灰屋輔二板/新板 町つくし/ひやうこくどき
とみにさかへる ひめちの御城下(ごぢよか)。町のなよせを あら
/\申そ。ごもんはいれバ 内しん町の。茶やのなかゐが あかい
たすきに あかまへたれて。これ申たび人さん とまりじやないか
とまらんせと。まねきいれたか ふくなか町よ。のほりくだりの
坂元町の。かたなかしやも まゝあるなかに あらみ町かハ わし
やしらねとも めいをくはしく たつねてみれバ ヲクリ ばんしう
てから山のふもと ふちはらのうぢしけとて めいさくじやけな。
それをしあげるのはとぎやまち。さやにおさめて しうもつとなる
。西の塩町 みちくるときは。ゑみす町こそ たゞにこ/\と。つ
りのひまさへ なきさへいでゝ。なんそつりましよ つりあけまし
よと ひよいとつれたる そのうを町ハ。ころもやよいの 花さく
らたい またも福神 大こく町ハ。しやんとふまへた 福たはら町
ほんに本町 ふたつめのつち。少シ みんなみ その西がハに。人
をたすけの それこねいそう。こゝに立町 けんごにござる。とひ
らひらいて 白かね町を。かみよしもよと つみかさねつゝ。それ
にあらゆる ます物までも。くわへおさめるソレヤ かのふまち 南
まちから 花さきそめて。もはやさかりハ 十七八よ。はてにきな
せし 西こふく町。 おもい/\の 大ふりそでよ。中のこふく町
みなこしつくり。さみとたいこで さやらてこさる。東こふく町
八百よろづよの 神のあつまる といやがござる 米のそふはの
大引きけは。あかりさがりの 西二かい町。中カ と東ハ 日本ぶ
そう。ひめぢかわとて めいふつこさる。秋もなかばと はやくれ
竹を そへしきくにも きせわた町よ てはうろくずそれかざらね
と。ほんにひれある 中カ うを町よ 西と東の その紺屋町。おと
にきこへし あいそめ川に。きよくながるゝ その水なわを 引や
大工町 とうりよのしこと。はなれさしきや こ二かい町に。四し
よう半とて むつかしふしん いつみ町から くみこむ水や。わし
がてまへの そのこい茶町 本に元塩まち あいなこゝにしりこん
たる馬やの小ちこきに十郎兵衛一とさしまふと。鶴と亀井町わか松
ハサア
(上記二つの「口説き」につきまして、担当者から送られたファイル
にテキストファイルでは表現しきれない表記があり、これを編者の
都合で書き換えた箇所があります。)
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【参考文献】
○『近世書林板元総覧』(日本書誌学大系14 青裳堂書店)
○川島禾舟『近世播磨歌壇の一瞥』(神戸史談)
宇都宮大潔『播磨奇人伝』からの引用
○忍頂寺務『味噌屋板の兵庫節』(神戸史談復刊3号)
○村上省吾『兵庫口説』(弓立社)
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/188]
「口説き」は「江戸時代の叙事的な長編歌謡」を指します。一般に
は、黒木氏も書いておられるように、盆踊りなどでうたわれ、広が
りました。口から口へ伝えられる歌謡にも、江戸時代にもなると出
版と深い関係にあり、これを前提に新作が登場したりしたのですね
。(編)
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▼ ご 注 意 ▼
このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい
ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している
つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ
て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら
に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ
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のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから
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