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■ 歌謡(うた)つれづれ−006 2001/02/15
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□□■ 雉子の民謡(1) ■□□
小田 和弘<odakazu@asahi.email.ne.jp>
鶯の初音に春の訪れを感じ、初夏に燕が飛来し、軒に巣を作り雛を
育てる様に豊穣を期待する。鴎など海鳥の群れ飛ぶ様子から漁場を
知る。また、烏の鳴き声に言い知れぬ不安を感じる……わたしたち
日本人の暮らしは鳥と共にあったと言えそうです。
そして、様々な鳥が和歌に好んで詠まれ、歌謡にうたわれてきまし
た。各地の民謡では、人々の生活圏において身近に見られる鳥達の
生態の観察に基づいて、そこに人々の心情が投影されています。
近世期における全国民謡集ともいうべき『山家鳥虫歌』(明和9年,
1772)には、草木、虫、魚、動物と共に鳥がうたわれており、鶯や鶴
、時鳥、烏、鷺、鴛鴦(おしどり)など種類も豊富です。鶯や鶴の予
祝性や烏の予兆、あるいは鴛鴦の夫婦愛など、これら鳥の歌を通し
て、日本人の暮らし(民俗)と心を理解することが出来るように思い
ます。
さて、上記の鳥達については既に多くのことがいわれているのです
が、民謡でよくうたわれていながらあまり触れられていない鳥がい
ます。それが雉子です。キギスとも呼ばれ、全長80cm以上で雄鳥は
孔雀のように鮮やかな体色が特徴で、全国各地に分布しています。
人里付近の野原に棲息し、畑に入る虫や小動物を食べてくれ、その
肉は食用となります。また、古くは記紀の天若日子のくだりに登場
し、昔話「桃太郎」の中で活躍し、「雉子も鳴かずば撃たれまい」
「雉子がくれ」などの諺もあるような、日本人にとって馴染み深い
鳥です。
そこで今回は、『山家鳥虫歌』から雉子の歌を一首とりあげて、雉
子に託した日本人の心情を垣間見たいと思います。
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▼△▼『山家鳥虫歌』 321番 紀伊▼△▼
◎山が焼けるぞ立たぬか雉よ これが立たりよか子を置いて
○「立たりよか」は、「立たりょか」で「立つことができようか」
の意味です。後の解釈は省略します。
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これには、次のような類歌があります。
◎青山が燃えてくるし、やれ立て雉子のめんどり、
青山が燃えてきても、この子をおいて飛ばれよかよ
(『紀州有田民俗誌』)
同じキジ類に属する山鳥(ヤマドリ)の場合もあります。
◎山は焼けても山鳥や立たぬ、子程かわゆきものはない
(福井県三井郡『日本歌謡集成』巻12)
◎わしは山鳥子にこそ迷へ 子が無くば何に迷ふぞ(「淡路農歌」)
春になると、雉子や山鳥は畑や藪で子育てを始めます。そのため、
山焼き・野焼きの際に火に追われる雉子が少なくなかったのでしょ
う。「焼野の雉子夜の鶴」(『俚言集覧』)のことわざがあるように
、雉子はたとえ野火が迫ってきても雛鳥の元を離れることがないと
いわれています。
雛を見捨てることなく共に焼け死ぬ程の母鳥の情愛。これは焼畑の
普及とともに人々が雉子に対して抱いた観念なのかもしれません。
そして、このことは既に和歌に詠まれており、
○はかなしや焼野のきぎす立ちかねて なほ子を思ふ道しばの露
(藤原家隆「類題和歌集」)
また、『連珠合璧集』の「雉トアラバ」では「…子をおもふ…野を
やく煙」とあり、連歌においても雉子が親の慈愛の象徴であったこ
とが知られます。
ところが、先の和歌とこの民謡では、雉子に対する心情の投影の仕
方に違いがあるように思います。和歌では上句が序詞的な一人称の
歌となっているのですが、この民謡の場合、野に火をつけて見張っ
ている農夫でしょうか、上句で「立たぬか雉子よ」という呼びかけ
に対して、下句では「これが立たりよか子を置いて」と雉子の逼迫
した心情に身をおいて叫ぶ母の姿があります。実は、民謡における
様々な鳥と比べても、雉子ほど強く感情移入がなされる鳥は少ない
ようです。
我が子のために命を惜しまぬ母親の愛情を雉子に託してうったえる
この歌は、田植や臼曳きといった共同作業や盆踊りの場において、
これを聴く母親たちの共感を呼んだことでしょう。それは一方で、
子供達に歌を聴かせることで親の思いを伝えるという教訓的な効果
もあったのではないでしょうか。そこには人々の暮らしの中で伝承
されてきた民謡の「いのち」を見いだせるような気がします。
『山家鳥虫歌』には他にも雉子の歌がありますがスペースの都合上
また機会を改めたいと思います。
〈引用・参考文献〉
□太田全斎編『増補俚言集覧』,1899(ことわざ研究会編『俚諺資料
集成』第6-8巻,大空社,1986所収).
□真鍋昌弘(『山家鳥虫歌』)他校注『新日本古典文学大系62 田植
草紙 山家鳥虫歌 鄙廼一曲 琉歌百控』岩波書店,1997.
□高野辰之編『日本歌謡集成』巻12,東京堂出版,1961.
□笠松彬雄『紀州有田民俗誌』,郷土研究社,1927(『日本民俗誌大
系』第4巻,角川書店,1975所収).
□「淡路農歌」(浅野健二編『続日本歌謡集成』巻3,東京堂出版,
1961所収.
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▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/188]
自然が身近だった時代、今回の雉子のように、自然の生き物の生態
に例えて人々は自己の生をうたったのですね。今だったら、母親の
愛情を例えるべきものは何でしょうか。
次回の研究会の内容は下記の通りです。興味がおありの方は、ぜひ
ご参加下さい。会で輪読している『鄙廼一曲(ひなのひとふし)』は
、江戸時代後半の傑出した旅行家・菅江真澄(すがえ ますみ)が各地
で集めた民謡を記録した書物で、1809年(文化6)ころの成立だとされ
ます。(編)
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■■□ 次回の歌謡研究会 □■■
▽第88回 平成12年02月17日(土)午後2時より
ならまちセンター会議室(和室) tel0742-27-1151
1.輪読・菅江真澄『鄙廼一曲』
「淡海の国麦舂唄 臼曳歌にも諷ふ唄(48)(49)」 米山敬子
2.研究発表「中国の民歌とその分類について」 牛 承彪氏
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