『歌謡(うた)つれづれ』003
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■ ■     歌謡(うた)つれづれ−003 2001/01/25 ■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    ★ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。★ ************************************************************ □□■ 古今東西の類歌 ■□□            小野 恭靖(ono@cc.osaka-kyoiku.ac.jp) 私がビートルズの『Let it be』を初めて聞いたのは、確か小学校の 高学年だった昭和43〜44年頃のことと思います。その時には歌詞の 意味など何も考えず、そのメロディーラインの素晴らしさに、心惹 かれるだけでした。 その後、『Let it be』の歌詞の意味を理解したのは、中学生時代の ことだったと記憶します。今では名前も忘れたあるラジオ番組で、 パーソナリティーが解説していたのを聞いたのでした。 ************************************************************ ▼△▼『Let it be』 ▼△▼ ◇When I find myself in times of trouble Mother Mary comes to me speaking words of wisdom Let it be ○苦しみ悩んでいるときには、聖母マリアが私のところへ来て、  知恵ある言葉を伝えてくれる、Let it be  (ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、片岡義男訳『ビート  ルズ詩集2』角川文庫  1973) ************************************************************ 歌詞中の“Let it be”は通常、“すべてなすがままに”と訳されま す。最初にこの歌詞の意味を知った時、特段の印象も持ちませんで した。ただ、日本とは異なる、いかにもクリスチャンらしい世界観 が示されているのではないか、という感想を持っただけでした。 ところが、後年高等学校に入って、古典の授業で『梁塵秘抄』の今 様を習うこととなり、日本の平安時代に、次のような法文歌(仏教 歌謡)があることを知りました。 ************************************************************ ▼△▼『梁塵秘抄』巻第二・法文歌・仏歌・26番歌▼△▼ △仏は常にいませども 現(うつつ)ならぬぞあはれなる  人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたまふ ○ほとけはお亡くなりになることなく、常にいらっしゃるのだが、 お姿を拝することができない。それが尊く思われる。 しかし、人の物音のしない静かな暁には、かすかに夢の中にお姿  を現わされる。 (新間進一『梁塵秘抄〔日本古典文学全集25〕』小学館 1976) ************************************************************ 仏様が人々の夢の中に立ち現れることは、平安時代においてはさし て珍しいことではありませんでした。女流日記の『蜻蛉日記』や『 更級日記』を読めば、そのような場面にいくつも出くわすことがで きます。 ところで、この『梁塵秘抄』所収の歌謡を読んで、まず最初に思い 出したのが他ならぬ『Let it be』でした。キリスト教と仏教の違い はあるものの、ともに宗教に根を持つ歌謡で、片やマリア様、片や 仏様が現われる内容です。イギリスの現代の歌謡と、日本の平安時 代後期の歌謡の思いもよらない類似に驚いたことでした。 同様の感慨は「隆達節歌謡」の次の一首と最初に出会った時にも抱 きました。 ************************************************************ ▼△▼「隆達節歌謡(小歌)」248番歌▼△▼ △種取りて植ゑし植ゑなば武蔵野も、  狭(せば)くやあらん、  我が 思ひ草 ○私の胸中のあなたへの恋心の種をとって植えたならば、あの広い  と評判の武蔵野も きっと狭く感じられることであろうよ。 (小野恭靖『「隆達節歌謡」全歌集 本文と総索引』笠間書院  1998 但し、現代語訳は不掲載) ************************************************************ 「隆達節歌謡」には比較的伝来の古い「草歌(そうが)」と呼ばれ る歌謡群と、伝来の新しい「小歌」と呼ばれる歌謡群の二種があり ますが、この歌謡は新しい方の「小歌」に属する一首です。最初に この歌を知った時に、眼前には辺り一面に花を付ける名もない草の 壮大な野原がイメージされました。と、その瞬間、思わず口を衝い て出た歌謡曲がありました。それは森山良子の『この広い野原いっ ぱい』でした。 「この広い野原いっぱい咲く花を、ひとつ残らずあなたにあげる」 というあの歌です。よく考えると「隆達節歌謡」の一首とはだいぶ 内容が異るのですが、その表現の類似には瞠目すべきものがあると 思います。 この他にも類歌関係にある歌謡の例は多々あるでしょう。人間の思 考回路や感情は、古今東西そう大きな変化はなかったはずです。だ からこそ現代を生きる我々にとっても、古典は糧となるのであり、 人生の先達に学ぶ意義も生じてくると言えると思います。 読者の皆様で、古典歌謡に限らず、現代の歌謡同士でも、表現上か なり密接な類歌関係、もしくは影響関係があると思われる例をご存 知の方は、是非ともご教示ください。                ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼[前号配信数/171] 編集子にとっても"let it be"はベストワンのうたです。でも、それ が『梁塵秘抄』につながるとは……。(編) ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、最後に記される執筆担当の アドレスにお願いいたします。アドレスが記されていない場合は、 このマガジンに返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝 えられます。それへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事す るまでに若干時間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID:0000054703 □発行人:歌謡研究会 □E-Mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp(末次 智、編集係) □Home Page: ■ http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ ■ suesato/kayouken_hp/kayoukenhp.htm ■ ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です ■ ※また、歌謡研究会の例会案内・消息、会誌『歌謡 ― 研究と ■ 資料 ― 』バックナンバーの目次も、ここで見ることができ ■ ます。 □Back Number:http://www.mag2.com/ ■ ※検索欄にID番号を打てば、そこから見ることができます。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



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