『歌謡(うた)つれづれ』002
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■ ■    歌謡(うた)つれづれ−002 2001/01/18 ■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■    ★ まぐまぐで読者登録された方へ送信しています。★ ************************************************************ □□■ 歌のある風景(1) 峠にひびく歌声 ■□□ 永池健二 夜ふけに、最終バスをまつ停留所で、ふと気が付くと、隣にいるお じさんが鼻歌を口ずさんでいる。こんな体験をしたことがありませ んか。今も、私たちのまわりには、こんな何気ない歌の風景が生き ています。 今はもうほとんど見ることができなくなりましたが、かつては、人 が集まって共に何かをするような場所には、きまって歌がありまし た。苗取り、田植、臼ひきなどの農作業、あるいは地つき、木遣な どの厳しい肉体労働の現場。子供たちの遊びの中にも歌は無くては ならないものでした。歌は、そうした私たちの生の具体的な場面の 中で生み出され、育まれてきたのであり、そうした具体的な風景の 中でこそ、その生命を輝かしてきたのです。私は、これから、そう した古今の歌の風景をたずねて、そこに息付いている歌の魅力を皆 さんと共に味わっていきたいと思います。 そこで本日の一首。最初はなじみ深い旅の歌からです。 ************************************************************ ▼△▼ 催馬楽・我が駒 ▼△▼ ◎催馬楽・我が駒   いで我が駒 早く行きこせ 待乳山(まつちやま)   あはれ 待乳山 はれ 待乳山   待つらむ人を 行きてはや あはれ   行きてはや見む   (土橋寛・小西甚一校注 日本古典文学大系『古代歌謡集』                       岩波書店 1957)  ○さあわが馬よ。早く行き越しておくれ、この険しい待乳山を。   早く行き越して 待っているあの娘に早く逢いたいものだよ。 ************************************************************ 今からおよそ一千年程前、すなわちちょうど前回のミレニアムの頃 に、宮廷の貴族たちの間で盛んに愛唱された歌の一つです。この歌 を読むと、解説の言葉など何もなくても、険しい山坂を馬を駆り催 しながら路を急ぐ旅人の姿が鮮やかに浮かび上がってきます。 大陸から伝来した新しい音楽である雅楽の魅力に捉えられた王朝の 貴族たちは、さらに深くそれを楽しむために、雅楽の楽律にのせて 歌うことのできる自分たちの歌を創り出しました。それが催馬楽(さ いばら)と名付けられた宮廷歌謡群です。『源氏物語』には、当時の 宮廷生活のあり様を描写するのに、この催馬楽の曲が至る所で効果 的に使われていますので、ご存じの方も多いと思います。 今日、催馬楽の曲は、六十余首程が伝えられていますが、その多く は、畿内に近い各地の民人が口ずさんだ民謡―当時はこれを「風俗 歌」(ふぞくうた・くにぶりうた)あるいは単に「風俗」と呼んでい ました―が宮廷に取り入れられ、雅楽の楽律にのせて歌うことがで きるように整えられたものと考えられています。この「我が駒」も 、もとはそうした風俗歌であったことが、次のような万葉歌の存在 からも窺えるでしょう。 ************************************************************ ▼△▼ 『万葉集』巻三3145番歌 ▼△▼   いで吾が駒早く行きこそ真土山        待つらむ妹を行きて早見む (万葉集巻十二、3154日本古典文学大系 『万葉集』三) ************************************************************ ここには、はっきりと「待つらむ妹を」とある所から(この「妹」は 、肉親の妹の意ではなく、自分の妻や恋人を指す言葉です)、これら の歌を愛しい想い人の下に通う男の恋歌と解する見方もありますが 、私は、歌謡研究の立場から、この歌を、険しい山坂を馬を催しな がら繰り返し越えて旅した人たちのものと見ます。旅する人びとが 故郷を想って歌う望郷の歌が残してきた妻や恋人を想う恋歌の表現 をとることは、日本の民謡に広く見られる類型でもあるからです。 「箱根八里は歌でも越すが」と有名な箱根道中歌の替歌にも歌われ ているように、かつて険しい山坂や峠道を登り降りする人びとにと って、歌はなくてはならないものでした。車や列車がまだ今日のよ うに普及していなかった時代、峠にひびきわたる歌声は、旅人にと って最もなじみの深い歌の風景であったのです。そうした体験の繰 り返しが小諸馬子歌や南部牛追歌など、諸国の民謡の数かずの名曲 を生み出したことは改めて言うまでもありません。 いわば、この「我が駒」の歌は、そうした諸国の道中歌の、はるか 遠くの御祖(みおや)でもあるのです。険しい山道を旅したこともな い平安時代の貴族たちが、そうした馬子歌の御祖を、当時の最もモ ダンな楽曲であった雅楽のリズムにのせて楽しんだと思うと、この 歌にもまた格別の味わいが加わってくるような気がします。 ************************************************************ ▼ ひ と こ と ▼ [ 前号配信数/166 ] 先の創刊号に続き、研究会メンバーによる「歌謡(うた)つれづれ」 の配信が始まりました。永池健二氏による今号は、歌謡がうたわれ る一風景を照らし出しています。みなさんは、どんなときにうたを 口ずさむのでしょうか。(編) ************************************************************ ■■□ 次回の歌謡研究会 □■■ 2月17日(土曜)14:00より 奈良市ならまちセンター(JR・近鉄奈良駅下車、猿沢池近く) 具体的な内容は、決まり次第お伝えいたします。 ************************************************************ ▼ ご 注 意 ▼ このメールマガジンは、歌謡研究会のメンバーが交替で執筆してい ます。よって、できる限り学問的な厳密さを前提として記している つもりですが、メールマガジンという媒体の性質上、かなり端折っ て記さざるを得ません。ここでの記述に興味をお持ちになり、さら に深く追求なさりたい場合は、その方面の学術書などに直接当たっ ていただくようお願いいたします。 各号の執筆は、各担当者の責任においてなされます。よって、筆者 のオリジナルな考えが記されていることもありますので、ここから 引用される場合はその旨お記しください。 また、内容についてのお問い合わせは、最後に記される執筆担当の アドレスにお願いいたします。アドレスが記されていない場合は、 このマガジンに返信すれば編集係にまず届き、次に執筆担当者に伝 えられます。それへの返答は逆の経路をたどりますので、ご返事す るまでに若干時間がかかります。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ □電子メールマガジン:「歌謡(うた)つれづれ」 □まぐまぐID:0000054703 □発行人:歌謡研究会 □E-Mail:suesato@mbox.kyoto-inet.or.jp(末次 智、編集係) □Home Page: ■ http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ ■ suesato/kayouken_hp/kayoukenhp.htm ■ ※購読の中止、配信先の変更は上記Webから可能です ■ ※また、歌謡研究会の例会案内・消息、会誌『歌謡 ― 研究と ■ 資料 ― 』バックナンバーの目次も、ここで見ることができ ■ ます。 □Back Number:http://www.mag2.com/ ■ ※検索欄にID番号を打てば、そこから見ることができます。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



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