○再び宇月の住むマンション。その渡り廊下。宇月の家の玄関前。
 佐竹汐子と相川菜摘。帰宅するところ。

菜摘 「じゃあ帰るけど。無理しないでね」
汐子 「また何かあったら教えるから。気になって仕方ないんでしょ? あの三人はともかく
    宮っちのことは。さっきのこともあるし」
宇月 「……うん。でも、佐竹さんも忘れないでよ」
汐子 「あ、うん。あんたの見たっていう予知のことでしょ。もち、分かってますとも」
菜摘 「ああ、そうだ、忘れるところだった。ねえ、そのことなんだけどさ」

 宇月が、はっと顔を上げると同時に身構える。
 汐子はちょっぴり心配げに、かつ怪訝な顔して、宇月と菜摘と見比べる。

宇月 「……何かな?」
菜摘 「(にっこり笑って)うん。あくまで、部外者としての忠告ね。……宇月、あんた
    『マクベス』って読んだことある? シェイクスピアの超有名作品」
宇月 「いや。……読んだことないけど。それが何なの?」
菜摘 「んー、べつにあんたのチカラを疑って……いや、疑う気持ちもちょっとはあるかな。
    でも今こういう状況だし、あいつらは何しでかすか分からない奴らだし。汐は猪突猛進で、
    あいつらに目を付けられているかもだし。それで、あたしなりにいろいろと考えたんだけど
    さ、その結果、やっぱり早いうちに読ませておこうと思ってね」

 カバンの中をがさごそとかき混ぜて、黄ばんだ文庫本を取り出す菜摘。

菜摘 「はいこれ。とにかく読んでね。そしたら分かるから」
汐子 「……菜摘、それもう、あたしにもさっぱり分かんないんだけど」
菜摘 「(苦笑して)でしょうねえ。でもホント、読めば分かると思うのよ。某有名推理アニメの
    決め台詞じゃないんだけどさ、事実は一つだけど、真実は一つだけじゃないってことよ。
    それに予想通りに事が起きたとしても、全ての責任を一人の人間が背負うのは無理だ
    と思うの。つまり世の中、ケセラセラってことね」
汐子 「何それ。……余計ワケ分かんなくなったんだけど」

 無理やり宇月に本を持たせる菜摘。宇月、文庫本を受け取ってしまう。
 菜摘をしばらく見つめて、本の表紙に視線を落とす。

宇月 「……相川さんって、リアリストだよね。でも無責任じゃないかな、それって」
菜摘 「そうかな? まあ、宇月は前向きよね、基本的に。でも考えすぎだと思うわ。そうゆう
    ところは、汐とは正反対だね。あんたは考えなしだからさ」
汐子 「ふん。どうせあたしは、猪突猛進だよ」

 汐子の拗ねる様子に、微苦笑する菜摘。また肩をすくめる。

菜摘 「さしずめ、あたしはただのエゴイストね。今日あたしがここに来たのは、汐一人に行か
    せるのは不安だったからだし、汐を心配するのは自分のため。情けは人のためならず。
    ――だから、あんなバレバレの嘘を吐いたりして、自分を追いつめてしまうあんたは、
    あたしに言わせればただのバカだわ」
汐子 「(非難と困惑の入り混じった声色で)……菜摘」

 宇月は眉間に皺を寄せて、もう一度、手の中の本に視線を落とす。
 何かを悟ったように、ふいに苦笑いを浮かべて顔を上げ、嫌味でやり返す。

宇月 「……僕も実は、相川さんが来てくれるのは変だなーとは、思っていたんだよね」
菜摘 「でっしょう。じゃ、今日はこれで帰るね。汐、あんた今日、塾があるんでしょ」
汐子 「……ああっ!? しまった! 忘れてた!」

 菜摘に言われて、はっと我に返る汐子。慌てて携帯電話で時間を確認する。

汐子 「げげ。やばっ! もうこんな時間。急がなきゃ遅刻だ!」

 じゃあね、と手を振って慌ただしく廊下を走り去ろうとする二人。
 宇月が二人を追って、慌てて玄関から飛び出す。

宇月 「あ、あのさ!」
 
 振り返る汐子と菜摘。宇月が言いにくそうに、うつむき加減で。

宇月 「……その、今日は、来てくれてありがとう。本当は家でじっとしていられなくて出かけ
    てたんだ。でも歩くのが辛くってさ。だから、ちょっとだけ助かった」

 汐子と菜摘、顔を見合わせて、くすくす笑う。

汐子 「ばっかねえ。一人でうじうじ悩んでいるから、苦しいんだよ」

○人気のない駐車場。すぐ裏には竹林が迫っており、ちいさな納屋がある。
 日がとっぷりと暮れていて、辺りはすでに闇の中。
 街灯の小さな光に照らされて、4つの人影が蠢いている。
 畑中、木島、久須木が宮本を取り囲んでいる。詰問調の声。険悪な空気。

久須木 「――おい待てよ。そりゃ、どういう意味だよ?」
宮本 「どうもこうもねえよ。同じこと何度も言わせるなよな。宇月のこと抜きにしてもさ、お前ら
    とはもう、付き合い切れねえって言ってるんだよ」
畑中 「自分勝手な物言いだな。やばそうだから、逃げるってわけか」
宮本 「バカ言うなよ。逃げられるなんて思っちゃいないよ。あいつには恨まれることいっぱい
    したからな。俺に言わせればおあいこだけど、あいつはそうは思っちゃいないことくらい、
    分かってるさ。聞いただろ、畑中。俺たちは泥棒だってさ。別に否定しないよ俺は。
    内申書に傷ついたって、怖くないし。――でも畑中、お前怖いんだろ?」
久須木 「はあ? 怖いって、何言ってんだよお前?」
木島 「いきなり落語でも始める気? まんじゅう怖いって」
畑中 「うるせえよ、木島、久須木。……お前らは黙ってろよ」

 いきなり畑中に咎められて、口を閉ざす木島と久須木。
 木島はこれから何が始まるのかと、楽しそうな興味津々の顔。
 久須木はいつもと少し違う様子に、不服かつ怪訝な顔。

畑中 「ずいぶん面白いこと言うじゃねえか。なあ宮本、俺が何を、怖がってるって?」
宮本 「そりゃもちろん、俺に指摘されることを、だよ。お前がこの間、宇月を気絶させたとき、
    あいつ死んだと思っただろう? だからお前、怖くなって逃げ出したんだ。俺はあの時、
    はっきり聞かせてもらったからな。お前は『俺のせいじゃない』て言ったんだ。それだけ
    じゃない、こうも言ったよな。『元はと言えば、お前が始めたことだからな』って。宇月が
    死んだって勘違いしたお前はさ、あん時俺に責任押しつけるつもり満々だったんだろう?
    ……なあ、なんとか言えよ、畑中」

 思わず、と言った感じで、畑中が拳を突き出す。ストレートパンチ。
 宮本がまともに食らって、背中から転倒する
 木島と久須木、目を見開く。驚きのあまり動けない。
 畑中は呼吸を荒くして、肩を怒らせている。
 宮本が地面に手をつき身を起こす。手の甲で口元を拭って。

宮本 「痛ってえ。……やっぱり図星だったんだな。だから最近、学校も休んでたんだろ。
    そんなに俺と、顔合わせるのが怖かったのかよ。そんなに本当のことバラされるのが
    怖かったのかよ。……全く、人のこと言えた面かよ、腰抜け野郎が。口止めしたければ
    一人で来いってんだ。あー情けね。誰が裏切り者だよ。裏切ったのは、テメエの方が先
    じゃんか。それを忘れて、変な言いがかりつけんじゃねえよ」
畑中 「言いたいことはそれだけか?」
宮本 「……ああ?」
畑中 「(薄ら笑いを浮かべて)腰抜けだと? よくもンなこと、人に言えたもんだよな。俺たちが
    いなければ、何もできないくせによ。悔しかったら今からでも遅くねえ、宇月やってこいよ。
    それができないからこそ、俺らをアテにしたんだろうが」

 呼気を吸い込み、畑中を睨みながら、立ち上がる宮本。
 身構え、じりじりと間合いを計り、ファイティングポーズを取る。
 その様子に木島と久須木は目配せする。宮本に逃げられない位置に移動する。

宮本 「あのなあ。それはさっきから違うって言ってんだろ、しつこいなあ。しかも話を混ぜ返し
    やがって。俺は始めっから、お前ら利用しようなんて考えたこともなかったんだよ。全く、
    俺はオウムか? お前何度同じこと言や分かるんだよ!?」
畑中 「話を混ぜ返しているのは、お前の方だろうが!」
宮本 「ふざけんな! ……テメエのしたこと棚に上げて、偉そうに」
木島 「ええ、それは違うでしょ? 偉そうなのはさ、むしろ宮ちゃんの方じゃないの?」

 場違いに明るい声に、宮本ははっと顔を上げる。
 畑中も二人を見る。アイコンタクトで、畑中はふと、薄ら笑いを浮かべる。
 それは仲間の存在に気がついて、自らの優位を確信した者の顔である。

木島 「だって畑中はさ、嘘は言ってないもんね。もとはと言えばいいカモがいるって、そっちが
    宇月のこと言い出したんだから。そうやって、俺たちをけしかけたんだろ?」
久須木 「そういや確か、気味悪いって言ってたよな、宮本。お前ン家が火事になるのも予め
     分かっていたんだろ、あいつ。そういうの、まるで死に神みたいだって、あいつにじっと
     見られるのが我慢ならないって、言ってたよな?」
宮本 「……ああ。そう言ったよ。だけどお前らだって、楽しげに乗って来たじゃん」
木島 「まあね。でもそのきっかけ作ったのは宮ちゃんだってこと、忘れないで欲しいんだよね。
    恐喝も暴行もぜーんぶ、そっちが唆したんだ。……それをさァ、今さら『一抜けた』はない
    んじゃないの? 俺たちと付き合いきれないって、どういうことだよ? (くすくす笑って)
    やっぱり責任はさ、宮ちゃんに取ってもらわなきゃ」
久須木 「そうだよな。俺たちにだけ疑いがかかるなんて、絶対おかしいもんな」

 三人は、宮本を取り囲む輪を、じりじりと狭めていく。
 逃げ道を横目で探りつつ、鼻で笑う宮本。自嘲するように。

宮本 「なるほど。お前らの言い分はよーく分かった。それでどうするつもりだよ? 何を企んで
   いるのか知らないけど、冷静に考えろよ。俺に全部の責任押しつけるのは先ず無理だろ。
   お前ら山口に目つけられてんだ、そっちはどう言い逃れする気だよ?」
畑中 「ンなもん、適当に考えるさ」
木島 「だいたい山口のどこが怖いんだよ。たかが学校の先生じゃん」
久須木 「宮本〜。お前もうちょっと空気読めっての」

 ケラケラと嘲笑する三人。
 突然、久須木の腕が宮本に伸びてきて、宮本がそれを乱暴に払う。
 それを合図に、逃げようとする宮本と、押さえにかかる木島と久須木。
 宮本に拳を突くのは畑中。乱戦。4つの影が入り乱れる。
 気がつけば宮本は地面にうつぶせになり、久須木に押さえつけられている。
 手足をばたつかせて逃げようともがくが、全く効果はない。
 たかが外れたように笑う木島。一方的に畑中に蹴られる宮本。

宮本 「くっそ! やっぱり、お前らが裏切り者だよ。このくそったれが!」
 
 がつんともう一発蹴り上げられて、暗転。


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