○五日後(平日)。夕方。学校帰りの佐竹汐子と相川菜摘。
 汐子と菜摘、学生カバンを提げ、二人で買い物袋を持ち合っている。
 買い物袋の中身は、漫画雑誌やお菓子など。お見舞いの品々。
 これから二人は、宇月の自宅に訪問するところである。

汐子 「(怒った口調で)――それにしても、階段落ちはないわよね」
菜摘 「肋骨にヒビが入って、頭も怪我して検査入院だもんね。どんな派手な落ち方したんだか
    (肩をすくめる)。……それにしても酷いね、入院だなんて」
汐子 「ホントだよ。全く、検査だけで済んで良かったよ。でもサルもバカサルよ、どうしてそんな
    嘘吐くんだろう。それに肋骨にヒビが入ったくらいで休んでいたら、本当に学校に来れなく
    なるよ。なんてヘタレなのよ、あいつは!」
菜摘 「(ぼそっと)肋骨にヒビが入ったら、普通痛くて動けないと思うけど……。はいはい、
    分かったからもう怒るのは止めなさい。だからこうして会いに行くんじゃない」
汐子 「うん、まあ……そうなんだけどさ。(溜め息)……何だか責任感じちゃって」
菜摘 「あのねえ。どうして汐が責任感じなくちゃいけないのよ? 階段落ちにしろ、あのバカども
    がやったにしろ、どっちが事実だとしても、あんたには関係ないじゃない」
汐子 「うん。……それはよく、分かっているんだけどね(ぎこちない微笑)」
菜摘 「(溜め息を吐いて)……あのサンバカも、宇月に休まれちゃって、学校に来る目的
    なくなったのかもしれないね。最近あいつら、学校に来てないじゃん。人に嫌がらせする
    ような情熱があるのなら、もっとそれを学業の方に傾ければいいのに」
汐子 「全くだよ。……でもそういえば、宮っちだけは、ちゃんと学校に来てるよね」
菜摘 「うん、そうだね。体育の時間に見た。(首を傾げて)……こっちもなんか、変な感じよね。
    いつもサンバカと一緒だったのに、どうしたんだろ」
汐子 「さあ、どうもしないんじゃないの。あのサンバカは根っからの不良だけど、宮っちは……」

 ふいに汐子の足が止まる。菜摘も遅れて足を止める。
 二人の視線の先には、畑中・木島・久須木。私服で道の端っこでタムロしている。
 大慌てで二人、一つ前の角に戻って、こっそりサンバカを観察する。

汐子 「うっわ、ヤダヤダ。何であいつらがこんなところに……」
菜摘 「この道をまっすぐ行けば宇月の家なんだけど、これってもちろん偶然よね?」
汐子 「……偶然でなければ、何なのよ?」

 困惑顔で顔を見合わせる二人。思い出すのは宇月の予言。

宇月 (それじゃ一つ、忠告してあげるよ。宮本はともかく、あいつらを敵に回すような真似は
    これ以上しない方がいい。でないときみ、後悔することになるよ)

汐子・菜摘 「……まさか、ねえ?」
汐子 「大体、今日あたしらが宇月の家に行くって、あいつらが知ってるはずないんだし」
菜摘 「そうだよね。まさかそんなこと、ないわよね。あはははは(乾いた笑い声)。でもさあ、
    あいつらの前を通って宇月の家に行くのって、ちょっとねえ……」
汐子 「なによ菜摘。今さら情けないこと言わないでよ」
菜摘 「なによ、汐だってびびってるくせに」
 
 小声で騒いでいるところに近づいてくる人影は、宮本青司。
 制服姿で、帰宅途中。唇に切り傷、頬のあたりには殴られた痣がある。

菜摘 「(宮本に気がついて)……あ」
汐子 「え?(振り返って驚いた顔になる)やだ、宮っちじゃん……」

 なんとなく気まずい雰囲気。電柱の影でこそこそする二人(←バレバレ)
 二人に気がついて立ち止まる宮本、二人の持つ見舞い品の入った荷物に注目。
 しかし宮本、何も言わずにそのまま通りすぎようとする。

汐子 「あっ。――ね、ちょっと待って!」
宮本 「……わっ!(つんのめりそうになって)何だよ、いきなり!」
汐子 「いいからこっち!」

 汐子、宮本の制服の裾を掴んで引き留める。驚く菜摘。
 わけが分からず慌てる宮本を、汐子は畑中らから見えない場所に連行する。

菜摘 「(追いついてきて)いきなりどうしたのよ、汐!?」
汐子 「(宮本の頬を指して)この顔の傷、どうしたの? まさかサルにやられたの?」
宮本 「……は?(狼狽して)何言ってんの? つーか何なの、お前らいきなり」
汐子 「そうね、まさかあのヘタレ小僧に、そんな真似できるわけないわよね。しかも相手が
    あんたじゃね。――じゃあ単刀直入に聞くわ。あんたサルに何したの?」
宮本 「……はあ? 何って、何だよ?」
汐子 「何だよじゃないわよ。サルがもうずっと学校休んでるの、知ってるでしょ。
    とぼけてないで、やったならやったって男らしく認めなさいよ。情けないわね!」
宮本 「情けないって……。ええと、佐竹さんだっけ。あんた、アイツの何なわけ?」
汐子 「(とまどう)……え?」
宮本 「何でそうオレらのことに、首を突っ込みたがるんだよ?」

 汐子が返答に詰まる。それを見て宮本、にやりと笑う。

宮本 「へええ。佐竹さんって、あいつに惚れてんだ? もしかして初恋?」
汐子 「(一瞬瞠目するが、きっと睨んで冷ややかに)悪いけど、喧嘩買うほど暇じゃないの。
    そんなことより、あたしの質問に答えなさいよ。あんた宇月に何をしたの?」
菜摘 「……ちょっと汐、落ち着きなよ。喧嘩売ってるのは、むしろあんたじゃない」

 おろおろする菜摘を、汐子は徹底して無視をする。睨む相手は宮本だけ。

宮本 「(薄く笑って)――畑中と二人がかりで、あいつをボコッたんだよ」

 沈黙。間。目を見開く汐子と菜摘。菜摘が間抜けな顔で呟く。

菜摘 「…………わお。意外にあっさり白状したわね」
汐子 「(菜摘に)感心してんじゃないわよっ!(宮本に)あんた何考えてんのよ、肋骨にヒビ
    入れるなんてやりすぎよ! しかもあいつ、階段落ちだなんて嘘吐いたのよ!」
宮本 「(無表情で)ふうん。階段落ち、ねえ。……だから?」
汐子 「……え? ……だ、だからって、その……」
宮本 「言っとくけど、別にオレ、本当のこと言うななんて口止めした覚えないぜ。嘘を吐くの
    はあっちの勝手だろ。何考えてんのかさっぱりだけど。……まあ、救急車は俺が呼んで
    やったからな。それで感謝して、そう言ったのかも知れないけど」

 汐子、カッとなって手を振り上げる。
 宮本、避けずに歯を食いしばる。頬を叩く、小気味のいい音がする。

汐子 「感謝ですって? あんたなんて、やっぱり最低最悪の肥溜め男よ。サルがあんたを
    庇うから、酷いことするあんたをそれでも庇うから、だからもしかしたらって思っていた
    けど、今のあんたは、ただのいじめっ子よ。何が感謝してほしいくらいよ。あんたなんて
    うんと卑怯なサディストよ。相手の一番弱いところを攻撃していびり倒して。そんなの、
    サルを生殺しにしているのと同じじゃない!」
宮本 「いいね、それ。ホントに死んでくれたら、二度と顔を見ないで済むもんな」
汐子 「(愕然として)……あんた、それ……本気で言ってるの……?」
宮本 「当たり前だろ。お前らなんかに嘘吐いてどーすんだよ。バカじゃねえの?」

 一歩踏み出す汐子。顔を赤くして怒りの形相。薄く笑う宮本。
 二人の間に割って入って、汐子を慌てて押し戻す菜摘。

菜摘 「こらこらこらこらこら! 落ち着けってば。簡単に挑発されるんじゃない!」
汐子 「――挑発? だってこいつ、あんなこと言って」

 汐子に背中を向けて、宮本と正対する菜摘。深く息を吸って吐く。
 言いたいことを言うために、勇気を溜め込んで。そして口を開く。

菜摘 「とにかく、宮本が救急車を呼んだのね?」
宮本 「……ああ、そうだけど。……それが何? 何が言いたいんだよ?」
菜摘 「べつに何も。……ただその時、畑中はどうしていたのかなって思って」

 すっと目を細める宮本。鋭い目つき。剣呑な雰囲気。だが何も言わない。
 沈黙を怖れながらも、宮本の反応に満足する菜摘。
 菜摘の背後で怪訝な顔をする汐子。まだ、話が飲み込めていない様子。

菜摘 「……さっき、汐も訊いていたけど、まだ答えてもらってなかったわよね、その顔の怪我
    のこと。……改めて聞くけど、どうしたの? まさか、仲間割れした?」

 ぴくりと宮本の眉が動く。微かな反応。だがそれが雄弁に、事実を伝えた。

汐子 「……嘘。本当に? あいつらにやられたの?」
宮本 「……はっ。(鼻で笑って)お前らめちゃくちゃウザってえ。……この怪我は、自転車で
    転んだときのものだよ。ったく、仲間割れって何だよ。何でお前らにいちいち怪我した
    理由、話してやらなくちゃいけないんだよ。アホらしい」
菜摘 「……そういうことにしておきたいなら、そういうことにしといてあげてもいいよ。宇月が
    本当は誰にやられたかなんて、本人に吐かせれば済むことだし。それにあんたらの友情
    なんて、確かに私らには、どうでもいいことだしね」
汐子 「でも、サルは気にするわ、絶対。……だってあいつ、まだ諦めてないもん。あんたと
    ちゃんと仲直りできるって、きっとあんたにいつか許してもらえるって、信じているもの。
    だからあんたには元通りになってもらいたいのよ、あのバカサルは!」

 束の間の沈黙。いきなり宮本が高笑いを始める。乾いた笑い声。

宮本 「アホ臭。よく素面でそんな恥ずかしい台詞言えるよな。友情ごっこやりたきゃ、他で
    やってくれよ。オレのいないところでさ。だいたいお前らもあいつも、なーんも分かっちゃ
    いねえよ。オレの気持ちなんか、ちっとも考えようとしないんだから」
汐子 「何よそれ? 何言ってるのよ? 宇月はあんたのことを思って」
宮本 「もうオレらの言うことは聞かないって、あいつが言ったんだ。 ……ったく、アホくさくて
    付き合ってらんねえよ。 仲直りだの、許すだのってさ。 なあ、あんたからも、あいつに
    言っといてくれよ。どうせお前ら、これからあいつの見舞いに行くんだろ? だったら
    ちょうどいいじゃん、伝言の一つくらい、荷物にもならないだろ?」

 汐子が宮本の頬めがけて掌を振り下ろす。
 しかし今度は当たらない。宮本が汐子の腕を、手で受け止めたからだ。

宮本 「(嘲笑して)そう何度も、殴られてやらないよ。悪いけど」
汐子 「バカ言ってんのは、なんにも分かってないのは、あんたの方よ……!」

 腕を掴まれたまま俯いて、片手で顔を覆う汐子。
 泣き声は上げないが、嗚咽が漏れる。

宮本 「(驚いて目を瞬かせる)……まさかお前、泣いてんの? なんで赤の他人のことで、
    そんな簡単に泣けるの? まさかそれも愛の力? うっわ凄え。信じらんねえ」
菜摘 「宮本! ふざけるのもいい加減にしなさいよね!」
宮本 「ふざけてないって。なんでオレに怒るの? お前ら宇月宇月って煩いよ。可愛そうなのは
    むしろオレだろ? 少しはオレのために、泣いてくれてもいいじゃんかよ」
菜摘 「宮本……! あんた、それが本音なの?」
宮本 「本音も何も。オレが許したらそれでどうなんの? 死んだ人間が生き返るわけでもなし、
    オレに謝られても困るんだよ。千也もそうだけど、オレに一体どうしろって言うんだよ。オレは
    神さまじゃねえっての。オレだって、辛いの我慢してるんだぜ」

 汐子がゆるゆると顔を上げる。赤くなった目を見開いて、はっとした表情。
 宮本の考えていることについて、やっと思いやる気になった様子で。
 菜摘が怪訝な、しかし言い返す言葉もなく立ちすくむ。
 沈黙の中、宮本は溜め息を吐く。汐子の腕を放して退く。二人に背を向ける。

宮本 「(薄く笑って)じゃあな。宇月に伝言、よろしく頼むわ」
菜摘 「あ、待って! そっちには畑中が!」

 宮本の足が止まる。とっさに眉根を寄せるが、振り向かない。

菜摘 「……あいつら、誰かを待ち伏せしてるみたいなの。だから」
宮本 「(肩越しに振り返って、冷笑)……だから、何? オレがさっき言ったこと、もう忘れた
    のかよ? なんでオレが、あいつらから逃げ隠れしなくちゃいけないんだよ?」

 くつくつと笑う宮本。汐子も菜摘も、訝しむだけで何も言えない。
 冷ややかな視線に戻って、。再び宮本が歩き出す。二人、呆然とそれを見送る。
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By Tacni Ririko copyright (C) All rights reserved since June 2006.