○レンタルビデオ店から少し離れた場所にある、人気のない公園。
 すでに太陽は傾いていて、周囲は薄暗い。四方は樹木で囲まれている。
 遊歩道の一角の、東屋に向かって歩く三人。
 畑中が宇月の背中を押して、東屋の壁際に立たせる。
 宇月は畑中に一瞥しただけで、後は宮本の顔色をしきりに伺っている。
 宮本は怒った顔をして、無言で受け流すだけ。

宇月 「(宮本を見て)……それで、僕に返したいものって、何?」
畑中 「そうだな、先に返してやれよ、宮本。あれ、持って来ているんだろ?」
 
 宮本、頷いてカバンの中から、宇月の財布を取り出す。
 それを宇月に渡そうと手を伸ばしたのを、畑中が横からかっさらう。

畑中 「きったねえ財布。お前これ、何年使ってんの?」
 
 宇月、何も言わない。

畑中 「……まあいいや。返してやるよ」
 
 無造作に財布を投げようとして、足元のぬかるみに落ちてしまう。

畑中 「(笑って)ああ、わりいわりい。落としちまった。……んだよ、わざとじゃねえぞ。ぼーっと
    してないで拾えよ、財布。せっかく宮本が返してやるっつってるんだ」

 宮本は何も言わない。畑中が腕を組んで、宇月が財布を拾うのを待っている。
 宇月はのろのろとした動きで、泥だらけになった財布を拾う。

畑中 「(くつくつ笑って)ああ、そうだ宮本、こいつに言ってやれよ。何で俺たちが、わざわざ
    財布を返してやるのかさ。ちゃんと言っといてやらねえと、こいつきっとわかんねえよ。
    覚えてるだろ? 俺に言った言葉だよ」
宮本 「(溜め息を吐いて)……ああ。金づるは大事にしなくちゃって、あれだろ。……つーか
    オレ、お前にもそれしか言った覚えはないんだけど?」
畑中 「十分だよ、十分。……聞いたか、宇月? ま、損害賠償払うと思えば、安いもんだよな。
    予言なんて言って変な暗示かけて、本当に火事を起こさせて、宮本の親死なせてさ。
    めちゃくちゃなことするよな、お前。その辺のこと、分かってんの?」
宇月 「(蚊の鳴くような声で)……なんかじゃ……ない……」
畑中 「あん? 何だよ、聞こえねえよ。言いたいことがあればはっきり言えよ!」
宇月 「(顔を上げて)あ、あれは、暗示なんかじゃない。暗示で人は、殺せないんだ。死ぬと
    分かっていて、自分で家に火をつける奴なんて、いるもんか!」
畑中 「(くつくつ笑って)……だってよ、宮本。お前、何か言ってやれよ」
 
 畑中が半身分ずれたので、宮本は宇月と向かい合う形になる。
 気まずくて、思わず顔を背ける宇月。目を細める宮本。

宮本 「(溜め息を吐いて)ウザイんだよ、お前の顔は。中途半端に同情して、哀れみ施した
    気分でいられんの、迷惑なんだよ。――消えちまえよ。お前なんか」
 
 宇月は血の気の失せた顔に、目だけを大きく見開いている。
 ほんの束の間、視線を交錯させるが、宮本はすぐに視線をそらせてしまう。

宮本 「……なあ。こんな奴ほっといて、行こうぜ畑中。オレ、マジで腹減ったよ」
 
 踵を返すが、畑中は動かず、薄く笑う。訝しむ宮本。

宮本 「……畑中?」
畑中 「忘れないでくれよな。まだ俺の用事が済んでないんだよ。……なあ、宇月?」
 
 地面を鳴らして、宇月に詰め寄る畑中。逃げ場はない。
 青ざめつつ、覚悟を決めて、にらみ返す宇月。

宇月 「……さっきも言ったけど、お前なんかに貸す金は、どこにもないよ」
畑中 「(鼻白むが、すぐに残忍な笑みを浮かべて)――バカか? お前は」
 
 いきなり畑中は宇月の頭を鷲掴みにして、東屋の柱に打ちつける。
 ゴツッ、と鈍い音がして、宇月が痛みのあまりに膝をつく。
 だが畑中はその胸ぐらを掴み、宇月を柱に押しつけて無理やり立たせる。

畑中 「いつまでも、強情張ってんじゃねえよ。何で俺らがそんな汚い財布、わざわざ返して
    やったと思ってんだよ? ああ!? お前は俺の言う通り、素直に金を出せばいいん
    だよ! 人殺しのくせに、口答えしてんじゃねえよ!」
 
 腹に膝蹴りを一発。手を離して倒れかけたところに、顔めがけて蹴りを入れる。
 宇月が壁を背に、横倒しになったところに、今度は腹や胸に蹴りが入る。
 畑中の後ろから、握り拳を作ってそれを見る宮本の表情は、暗い。
 暴力を浴び、身体を丸めて、苦しそうに咳き込む宇月。こめかみから一条の血。
 堪らず宮本、畑中の肩に手をかけ、宇月に言う。

宮本 「……なあ、宇月、無駄な悪あがきなんかして、手間かけさせんなよ。こっちは素直に
    金さえ払えば、許してやるって言ってんだぜ。何でそんな意地張るんだよ?」
畑中 「ほら、青司くんもああ言ってるぜ? 素直に出すもん出しちまえよ、なあ?」
 
 痛みに呻きながらも、むりやり上半身を起こす宇月。
 胸元を抑えて咳き込み、頭をふらつかせながら、壁に背を預ける。
 焦点の合ってない目を宮本に向けて、かすれた声で言う。

宇月 「……嫌だね。1円だって、お前らなんかに、渡すもんか」
畑中 「ああ? なんだよお前、まだ殴られ足りないっての? 誰にそんな口きいてるのか
    分かってんのかよ? 宮本が出せって言ってんだよ。それを断るつもりかよ?」
宇月 「(薄く笑って)そうだよ。もう、お前らの言うことなんか、きかない。万引きなんかやる
    奴のこと、素直にきいてやるもんか。……ただの泥棒だよ、お前なんか」
 
 宮本が驚いて目を瞠る。畑中、顔中を真っ赤にさせる。

畑中 「――っざけんじゃねえ! 人殺しの分際で、よくも、んなことっ……!」
 
 大きく一歩踏み込んで、宇月の顔を蹴ろうとする畑中。
 すかさず宇月は、畑中に飛びつくようにして、その足にしがみつく。
 驚いた畑中、宇月を振り落とそうとするが、宇月はしがみついて離れない。
 太ももに噛み付く宇月。畑中は悲鳴を上げて、バランスを崩して尻餅をつく。

畑中 「ちょっ、おまっ、痛てててててっ! は、離せよコラ! んなとこ噛み付いてんじゃ
    ねえよ! 犬か、お前はっ! み、宮本、助けて! い、痛えって!」
 
 太ももに噛み付いて離れない宇月に、腕を振り上げる畑中。
 ガンガン殴りつけるがそれでも離れず、振り返れば宮本がくつくつと笑っている。

畑中 「(激怒して)――宮本、お前、何人のこと笑ってんだよ!?」
 
 砂利を掴んで宮本に投げつける畑中。それで我に返る宮本。
 なおも離れない宇月。畑中、怒り紛れに宇月の腕を捻り上げようとする。
 関節技だ。痛みに耐えきれず、宇月は太ももから口を離す。
 その隙を突いて、畑中は宇月を引き起こして後ろから羽交い締めにする。
 柔道の絞め技の一つ。宇月の首に腕を絡ませ、後ろから首を絞める。
 息ができず、宇月は苦しそうに呻いて手足をばたつかせる。青ざめていく宇月。
 異変を悟った宮本、畑中を止めるため、慌てて宇月から引き離そうとする。

宮本 「お、おい畑中っ! 止めろって! それ以上やったらコイツ、死んじまうよ!」
 
 ふいに宇月の手がぱたりと落ちて、微動だにしなくなる。気絶したのだ。
 だが畑中は、それでも宇月を解放しないで、締め続けている。

宮本 「(ぎょっとして)――お前、いい加減にしろよっ!」
 
 まだ手を離さない畑中。宮本は力任せに、畑中の横っ面を殴りつける。
 直撃を受けて横倒しになる畑中。そのはずみで、宇月の束縛が緩む。
 宮本は宇月を畑中から引き離し、頬を叩いて声をかける。

宮本 「おい千也、しっかりしろよ! 目を開けろったら! 千也っ!」
 
 畑中は上身を起こし何か言いかけるが、ぐったりとした宇月を見て、声を失う。
 宇月に呼びかけ続ける宮本。だが宇月は固く目を閉ざしたまま、反応がない。

(回想シーン。宇月の意識の中。)
○帰り道。小学校の制服を着た宇月と宮本が、並んで歩いている。

チビ宮本 「――風呂の栓が壊れていて、だから水が減っていたんだよ。それでいつの間にか
       空焚き状態になっていたんだってさ。危なかったんだぜ、ホント。もうちょっとで
       とんでもないことになるところだったんだ。確認しておいて良かったよ」
宇月N (違う。一度は助かったけど、やっぱりダメだったんだ。……止めろよ、なんで思い出
      さなくちゃいけないんだよ。こんなこと、全部さっさと忘れてしまえ!)
チビ宇月 「そっか。……小火にもならなかったんだ」
チビ宮本 「うん。消防士のオッサンには叱られたけどな。でもまあホント、お前のおかげで
       助かったよ。千也が言ってくれてなかったら、確認なんかしなかったはずだもん」
宇月N (違う、違うんだよ。それじゃない、僕が見たのはそれじゃなかったんだ!)
チビ宇月 「……うん。でもホント、良かったよね。火事にならなくて」
 
 どこか元気のない様子の宇月に、宮本は軽く体当たりを食らわす。
 うわっ、と悲鳴を上げ、よろける宇月。

チビ宇月 「(振り返って)何するんだよ、いきなり!」
チビ宮本 「んな、いつまでも暗い顔してんじゃねえよ! もう大丈夫だって。火事になるの
       防いだんだ。もう何も心配することなんかないってば。な、そうだろ?」
宇月N (ダメだ、まだ終わってないんだ。気を抜いたらいけないんだよ! 親父さんの煙草に
      気をつけろって言ってやるんだ! そうすれば助かったかも知れないのに!)
チビ宇月 「……うん。……そうだね。きっともう、大丈夫だよね(淡く微笑む)」

 宇月の笑顔に安堵して、宮本も大きな笑顔を作る。

チビ宮本 「そーだよ。もうゼッタイ大丈夫だって。そう簡単に火事になってたまるかよ」
宇月N (違う! ゼッタイなんてあり得ないんだ! まだ気をつけていなくちゃいけなかった
      んだ! なのにどうして、大丈夫だなんて言ったりしたんだよ……!)

○回想前と同じ、人気のない公園。
 怒鳴り合う声。畑中と宮本が揉みあっている。畑中が宮本を突き放す。

畑中 「俺のせいじゃないからな! 元はと言えば、お前が始めたことだろうが!」

 畑中が走り去る。立ちすくむ宮本、唇が切れ、頬には殴られた痕がある。
 宇月が咳き込むのが聞こえて、宮本は慌てて駆け寄ってくる。

宮本 「千也! ……大丈夫か? しっかりしろよ!?」

 宇月がゆっくりと目を開く。霞む視野に、今にも泣き出しそうな宮本の顔が映る。
 その顔に、二年前の火事の現場で見た、今より幼い宮本の顔がだぶる。

チビ宮本N (なんでだよ? どうしてだよ!? もう大丈夫って言ったじゃんかよ!)
宇月 「(朦朧として)……ごめん、青司。……僕が言わなきゃ、良かったんだ。どうせ何も
    できないのなら、初めから、教えなかったら良かったんだ。……ごめんよ、青司」
 
 苦しそうに咳き込む宇月。胸を押さえる。額に脂汗。再び気を失う。
 呆然とそれを見下ろしていた宮本、怒りにまかせて拳を地面に叩きつける。

宮本 「……いつもいつも、謝ってんじゃねえよ……! なんでお前は、そうやってオレに謝る
    んだよ? それでオレに、いったいどうしろって言うんだよ……!?」


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