○その日の放課後。夕日が射し込む教室。
 窓辺近くの席について突っ伏しているのは佐竹汐子。
 教室に生徒は他にいない。遠くからジョギングのかけ声などが聞こえる。
 カラカラカラ、と扉が開く。汐子の前の席に座るのは、相川菜摘。

菜摘 「どうしたのよ? 昼休みも、五限目の休み時間も顔見せないから、こっちは心配して
    胃をきりきりさせていたってのにさ。……さてはその様子じゃ、撃沈したな?」
汐子 「(顔を上げずに)……菜摘、あいつ、どんな様子だった?」
菜摘 「宇月のこと? そうね、いつも通りの暗い顔で、そんなに変化はなかったと思うけど。
    ……ねえ、ホントにどうしたのよ汐。あいつにまた何か、キツイこと言われたの? ほれ
    ほれ、あたしに何があったのか話してみ?」
汐子 「(小さな声で)……違う。じゃなくてたぶん、あたしが言い方間違えたのよ」
 
 顔を上げる。泣き腫れたような赤い目。菜摘が顔を曇らせる。
 昼休みの会話を、一通り話して聞かせる汐子。
 汐子が話し終えて、菜摘が耐えきれなくなったように突然吹き出す。

汐子 「……何でいきなり笑うのよ?」
菜摘 「そりゃだって、昨日と言うことがまるで逆なんだもん。昨日はそんなの絶対あり得ない、
    子どもだから簡単に信じたんだって、ずいぶん怒っていたくせに」
汐子 「それはそうなんだけど……。でもね、あり得る・あり得ないの話じゃなくて、現実に
    サルと宮っちは、そういう力の存在を信じているのよ。だからあり得ないって否定する
    より、信じる立場に立った方が早いかなって思ったんだよ」
菜摘 「(笑みを引っこめて)――でないと、話すこともできないっての?」
汐子 「どうしてこんなことになったのか、核心に触れようと思ったらね。でも、見事に失敗し
    ちゃった。(机にまた突っ伏して)……ホント、あたし何でこんなことに、深入りしちゃった
    のかなあ。やっぱりサルの言う通り、野次馬根性だったのかなあ……」
菜摘 「おいおい、どうしたのよ? あたしには、あんたが何を悩んでいるのかサッパリだよ。
    要するにさ、未来を変えてやればいいんでしょ? あたしらにとって都合のいい方向に。
    ……本当にそんなことが起こるかどうかも、よく分からんけど」
汐子 「うん。あたしもサルと直接話すまでは、単純にそう思っていたのよね。でも話している
    うちに、これは少し、別の問題が絡んでるんだって、気がついちゃって」
菜摘 「(怪訝そうに)……別の問題って?」
汐子 「だから、つまりね、もし未来が不変で、初めから何もかも運命で決まっているんだと
    したら、宮本の小母さんが死ぬのは運命だったってことになるでしょう? そしたらサル
    も、別に責任感とか罪悪感とか、感じる必要はないことになるじゃない。だけどもし、
    不変じゃないって、運命なんかないってことが証明されたら、あいつらの間にできた
    溝を、さらに深めることになりそうな気がするのよ」
菜摘 「(首を傾げて)……つまり……どういうことだ?」
汐子 「だーかーら。未来を変えることができるのに、できなかったってことは、チャンスを
    与えられていたのに、そのチャンスを逃しちゃったってことでしょう?」
菜摘 「ほーほー。未来を予知していたのに変えられなかったのは、宇月の責任。だから奴は、
    責任を感じなければならないと。――……考えすぎじゃん、そんなの」
汐子 「そーだよ。考えすぎだよ。だからあたしも、サルにそう言ってやったのよ。子どもだった
    んだから、仕方がなかったんだって。運命論だとかそんなのは関係なくて、ただ起きた
    事実を受け止めるしかないんだよって。そう言ったつもりだったのよ、あたしは! 
    ……だけど全然、うまく伝わらなかったみたいでさ」
 
 汐子、溜め息を吐いてバタリと机に頭をのせる。
 沈黙。菜摘が腕を組んで考える。

菜摘 「……ねえ、これって当て推量なんだけど、自分の力を信じている宇月としてはさ、
    汐の言いたいことなんか、実はとっくの昔に気づいているけど、でも立場上それを
    認めるわけにはいかないだけなんじゃないの? ね、あたしの話聞いてる、汐?」
汐子 「聞いてる。……でも、だったらどうしたらいいのよ?」
菜摘 「どうしたらって。……そりゃあ、宮本にそれを分からせるしか、ないよねえ」
 
 沈黙が降りて進退窮まり。二人そろって、大きく溜め息を吐く。

汐子 「(机を叩く)その具体的なプランが思い浮かばないから、困ってるってのに!」
菜摘 「少なくとも、汐が宇月の予知した通りあのサンバカに捕まって、運命論とやらのため
    に犠牲になったとしても、何の救いにもならないと思うよ。言っておくけど。つーか
    そもそも、宇月の予知能力が本物かどうかも、疑わしいんだけどね」
汐子 「……菜摘って、端からこういう話、信じてないの?」
菜摘 「うーん。そりゃあたしだって可愛い小学生時代には、心霊写真やらコックリさんやらに
    胸をトキメかせたりもしたけどさ。でもそういうの、素面で信じるには世間ズレしすぎて
    んのよね、あたしってば。――だって、予知能力でしょう?」
汐子 「(溜め息を吐いて)……菜摘って、いろいろ苦労してきたんだね」
菜摘 「(苦笑いして)やあね、純真でないだけだって。……でもそうね、あたしみたいなのは
    少数派で、こういうの、実はすっごい信じてる奴って、意外に多いんだろうね。隠れ
    キリシタンみたいなもんでさ。だいたいネタとしては面白いじゃない? 自分に直接
    関わり合いがなければ、まるでマンガかドラマの世界そのものだもん。だって予知
    能力だし。 ……だからあの噂も、あんなに早く広まったんだろうな、きっと」
汐子 「ねえ、その予知の噂、もうみんな知ってるのかな?」
菜摘 「さあ、どうだろ? 五年四組の奴らは知っているだろうけど、それ以外の奴らとなる
    とね。……でもこの件に関して言えば、大声で話しにくい内容ではあるよ。人一人
    確実に死んでるわけだし。しかもそれが、同じ学校の生徒の家族となるとね……」
汐子 「(思い詰めた目をして)――とにかく、少なくともあのサンバカは噂のこと、当然知って
    いるのよね? どうやって調べたのか知らないけど」
菜摘 「(怪訝な顔して)……汐、あんたいったい、何が言いたいのよ?」
汐子 「あいつらって、隣町の小学校出身でしょ? だったら、あの噂話から一番遠い位置に
    いるはずじゃない。なのにあいつら、宮っちと一緒にイジメをやっているのよ」
菜摘 「……まあ、宮本がどういうつもりでいるのかは知らないけど。でも畑中たちにとっては
    イジメの標的なんて、誰でも良かったんじゃないの? 宇月が狙われたのは、たまたま
    宮本との関係があったからで。……どう言えばいいのかな。とにかくあいつら見てると
    そう思うのよね。ただ純粋にイジメを愉しんでいるんだろうなって」
汐子 「……その指摘、喜んでいいのか悲しんでいいのか、分かんないよ……」
菜摘 「(微苦笑して)まあまあ、そう気落ちしないでよ。汐が野次馬根性で、あいつに関わろう
    としたわけじゃないのは、あたしが保証してあげるからさ。お人好しも限度を超えると
    ただのバカだけど、それがあんたの良いところでもあるわけだしね」
汐子 「(拗ねたような口振りで)……それ、あんまり褒めてない」
菜摘 「ちっ、ばれたか。――ま、とりあえずほら、あたし宇月とは同じクラスだし、あいつに何か
    あったら、すぐにあんたに教えてあげるから安心しなよ」

 驚いて顔を上げる汐子に、ただし、と菜摘は指先を突きつける。

菜摘 「これからはあんた一人で、行動しないこと。もしあいつに――あいつだけじゃなく宮本
    にも――用があるときは、あたしに一声かけてからにしてよね」
汐子 「(うろたえて)……え、でも……」
菜摘 「別に、宇月の言うことを本気にしたわけじゃないけどね。でも、あんたには昨日の
    一件があるからさ。あれで宮本らに目を付けられたのは確実だろうし、万が一って
    ことがないとも限らないでしょ。だからできるだけ、予防策は打っておきたいの」
汐子 「……菜摘。……うん、あの、なんて言うか……そう言ってもらえると、めちゃめちゃあり
    がたいです。だってほら、あたしも一応、女の子だし。あの四人相手じゃ、腕力ではどう
    あがいても敵わないだろうから、正直、ちょっと怖かったんだよね」
菜摘 「うんうん、素直でよろしい。……じゃ、とりあえず今日のところは帰ろっか? 予防策に
    ついては、道々話し合うと言うことで……ね?」
 
○学校近くのレンタルビデオ店の二階。
 ゲームソフト屋とCD屋と本屋が並ぶ大型店舗。客の数も死角も多い。
 宮本青司、他いつもの三人が店内で品物を物色中。
 お笑いタレントのDVDを手に、ギャグの真似などしてバカ笑いする四人。
 ふと宮本があさっての方向に顔を向ける。本屋の一角。
 そこに宇月千也の姿を見つけてギクリとし、すぐに顔を背ける。

宮本 「(さりげなく)なあ、腹減らない? 何か食べに行かね?」
久須木 「いいねえ。俺も実はさっきから、腹がぐうぐう鳴ってたんだよな」
木島 「って言うかお前は食いすぎだろ。むしろダイエットした方がいいんじゃないの?」
久須木 「るっせ、余計なお世話っつーの。――な、畑中、どっか食いに行こうぜ」
畑中 「ああ、いいよ。(意味深に)……でも、その前に俺、欲しいものがあるんだよな」
 
 木島と久須木、畑中の意を悟って意味深に笑う。
 久須木がカウンターの店員の様子を窺い、木島がさりげなく周囲に目を配る。
 宮本も同じように他の客に目を向けていると、畑中に囁かれる。

畑中 「なあ宮本。さっきお前もマンガの新刊見てたじゃん。あれもらっちゃえよ。(宮本が
    黙っているので)……んだよお前、まさかやったことないなんて言わないよな?」
宮本 「(低い声で笑いながら)……まさか。んなわけないだろ」
畑中 「じゃあ決まりだな。それじゃ、駅前のいつもンとこに集合ってことで」
 
 木島・久須木・畑中が踵を返して、全員バラバラに散っていく。
 宮本も移動するが視線は店員に。ものを盗るのはそれぞれのタイミングで。
 まず木島が店から出て行き、次に久須木が出る。
 宮本はまだ何も盗っていない。ふと肩越しに振り返ると、畑中と目が合う。
 畑中が、自分が盗って出て行くのを確認するつもりであることを悟って、宮本は舌打ちをする。
 新刊コーナーの前で立ち止まり、目当ての本を一冊掴んで自分の鞄の中に入れる。
 畑中の方を見ずに踵を返す。
 しかし突然腕を掴まれ、ギクリと身体を強ばらせる。
 振り返ると、そこには宇月千也がいる。唖然とする宮本。畑中が動く。

宮本 「(驚きのあまり、思わず)……千也」
宇月 「(震える声で)――青司、今、そのカバンの中に何入れたの?」
宮本 「……な、何のことだよ? ……言いがかりはやめてくれよな」
 
 腕を振り払おうとするが、宇月は力を込めて離さない。

宇月 「(必死で)とぼけないでよ。見たんだよ。……青司、いったい何やってんだよ? さっき
   まであいつらと一緒だったみたいだけど、あいつらに盗むよう言われたの?」
 
 宇月の肩越しに畑中が近づいてくるのを見て、宮本は乱暴に腕を引き離す。
 冷ややかに宇月を見下ろして、肩を掴んで顔を近づけ、低い声で囁く。

宮本 「――オレがどこで何をしようと、オレの勝手だろ? いちいちウザイんだよ、お前は。
    気安くオレに話しかけてくるんじゃねえよ。さっさとどっかに行っちまえよ」
宇月 「(困惑顔で)……青司」

 そこへ、ニヤニヤと笑って近寄ってくる畑中。

畑中 「(上機嫌で)へええ、宇月じゃん。何してんだよこんなところで?」

 一瞬、怯えるような顔をする宇月。
 宮本は苛立ちを露わに、宇月を突き放す。
 本棚に背中をぶつける宇月。畑中が、構わず宇月に笑いかける。

畑中 「ちょうど良かった。俺ら欲しいものがあるンだけど金が足りなくてさ、困ってたんだよ。
    なあ、ちょっとだけ金貸してくンないかな? いいだろ、宇月ちゃん?」
宇月 「(意を決して、畑中をにらみつけて)……誰が、お前なんかに」
畑中 「およ。断っていいの? したらお前の親友、ドロボーさんにしちまうぜ?」
宮本 「(畑中の肩を掴んで)――畑中! お前っ……!」
畑中 「(宮本に冷たく笑いかけて)……何大声出してんだよ? 俺は別に、お前のことなんか
    言ってないぜ。お前は『元』親友だろ? 俺が言ったのは、この前の女子のことだよ。
    ほら、転校生でお前と元同級生の。なんて言ってたっけ、サタケさん?」
 
 怪訝な顔をしつつ、宮本は畑中の肩から手を引く。
 佐竹の名に、宇月は思わず宮本を見るが、彼はその視線から逃れようと顔を背ける。
 その様子に目を瞠る宇月。まさかと疑いながら、宇月は精一杯笑ってみせる。

宇月 「……バカ言うなよ。転校してきたばかりの女子が、どうして親友なんだよ。とにかく
    僕には、お前らに貸す金なんか、一円だってないからね」
 
 二人の間をすり抜けていこうとする宇月を、畑中が押し止める。

畑中 「(ニヤニヤ笑って)おい待てよ。その割りには顔色悪いぜ? まあ、いいからちょっと
    付き合えよ。宮本がさ、お前に返したいものがあるんだってよ。なあ?」
宮本 「……あ、ああ。……だけど、木島らが先に……」
畑中 「(宮本の耳元で、囁くように)いいから来いよ。さっきの本、元に戻してさ」
 
 宇月にもその声が聞こえて、顔を曇らせる。
 宮本は安堵した表情を浮かべて、カバンから本を取り出し、元の場所に戻す。
 それを見てほっと息を吐く宇月。
 すかさず畑中が、来いよ、とジェスチャーする。
 宮本への、宇月の縋りつくような視線。
 宮本は一瞬だけ躊躇したが、すぐに目の動きだけで、行けよ、と指示する。
 宇月は観念して、畑中についていく。


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