○学校。次の日のランチ時間。
 お弁当を抱えた佐竹汐子が、相川菜摘の教室に現れる。
 教室を見渡す汐子。同級生と食事中の菜摘、汐子に気がついて手を挙げる。
 汐子、ずかずかと菜摘に寄ってきて、ランチ中の菜摘を教室の外に連れ出す。

菜摘 「え、何、どしたの汐? 一緒にお昼、食べに来たんじゃないの?」
汐子 「そうじゃなくて。宇月くんとご飯、一緒したいなって思って探してるんだけど、見つから
    なくて。ねえ菜摘、あいつ、いつもどこでご飯食べてるか知ってる?」
菜摘 「知らないけど……。あんたいったい、何考えてんの?」
汐子 「(きょとんとして)何って何が?」

 盛大に顔をしかめる菜摘。慌てて、汐子を階段の方へと引っ張っていく。

菜摘 「汐、いいからもうバカな真似止めなよ。昨日宇月にも言われたじゃん。そりゃ、宇月も
    かわいそうな奴だけどさ。でももう二年も経つんだよ。あいつはね、もう昔のあいつじゃ
    ないんだよ。もう諦めなって。男なんて他にもいっぱいいるんだからさ」
汐子 「(ふくれっ面で)やだな、菜摘。あたし、別に宇月が好きだったわけじゃないよ。昔も、
    もちろん今もだけど。あたしはただあの二人が、子犬みたいにじゃれ合ってるのを見る
    のが好きだったのよ。いい加減、変な勘違いは止めてよね」
菜摘 「(溜め息)……分かった。あたしの勘違いだったのは、よーく分かった。でもあいつらの
    ことはもう放っておきなって。何で汐がそんなにムキになるのか分からないけど、あんな
    バカども、あんたが相手をすることないんだから」
汐子 「(困ったように)……菜摘ってさ、小学生の時、あたしが男子と喧嘩し初めたら、問答
    無用で必ず加勢してくれたよね。あれ、何であたしに味方してくれたの?」
菜摘 「……え? そりゃあ汐とは友達だったし、男子はむかつくしで……」
汐子 「(にっこりと微笑んで)菜摘って、ホントいい奴だよね。でもさ、普通そういうのって美徳
    で、思いやりって言うと思うんだよね。……菜摘はそう思わない?」
 
 馬鹿を見たような顔をする菜摘。汐子は気にせず、にっこりと笑って言う。

汐子 「昨日、サルね、宮本はともかくって言ったの。宮本はともかく、他の連中には関わる
    なって。ちょっと意味深だなって思って。それであたし、あいつが言ったことをいろいろ
    考えてみたのよ。――で、話した方がいいかなって思って」
菜摘 「……話すって何をよ? あたしには、あんたの考えがよく分からんよ」
 
 前髪を掻き上げ悩み、もおお、このお人好しがあっ、と叫んでから、菜摘は告げる。

菜摘 「お昼だったら! 屋上も美術室も図書室も、先輩に占拠されるから……たぶん、自転
    車置き場の横の、非常階段あたりだと思うよ。(身を翻す汐子に慌てて)でも、一緒に
    ご飯食べようなんて絶対無理よ、せめて話だけにしときなよ!」
 
 角を曲がる手前で、汐子が振り向いて手を振る。菜摘も振り返して、また溜め息。

○非常階段の4階踊り場付近。宇月千也が一人でサンドイッチを頬張っている。
 そこにタンタンタンと軽やかに階段を駆け上ってくる足音。
 宇月が慌てて立ち退こうとするより早く、佐竹汐子が声を上げる。

汐子 「(嬉しそうに)あっ、やっと見つけた! こんなところにいたんだ、サル」
 
 中腰のまま宇月、呆れ顔になって。

宇月 「……何しに来たの? 僕、昨日きみに言ったよね?」
汐子 「うん、聞いたよ。そのことで会いに来たのよ。にしてもサルって、いつも一人で食べて
    んの?別にクラスのみんなからも、いじめられてるわけじゃないんでしょ? 友達少な
    そうとは菜摘から聞いたけど。……一緒に食べる人、いないの?」
宇月 「……普通、そういうこと、本人に聞く?」
汐子 「(肩をすくめて)だって、聞かなきゃ分かんないじゃん。あ、あたしお弁当持ってきたの。
    あたしも一緒に、ここで食べていい?」

 宇月が返事を返す前に、汐子は階段に腰かけて、お弁当の包みを開け始める。

宇月 「ちょっと。何考えてんだよ、佐竹さん。僕に関わるなってあれほど」
汐子 「(嬉しそうに)あ、あたしの名前。ちゃんと覚えててくれたんだ。やったあ!」
宇月 「……話が違うでしょ。そうじゃなくて」
汐子 「じゃ本題ね。――昨日あんたがした予知、つーか予言のことなんだけど。あいつらを
    敵に回すと後悔することになるって言ったよね? それって本当に予知なの?」
宇月 「(虚をつかれて)……え?」
 
 お弁当を開く汐子。律儀に、いただきます、と手を合わせてから、お握りをぱくり。
 おいしい〜と感激しつつ、口一杯に頬ばったまま、もごもごと宇月に言う。

汐子 「例えば具体的に、こんな酷い目に遭うよっていう何かをさ、あんた見たの?」
 
 はっと目を見開く宇月。真意を測りかねて、即答できない。
 ミートボールを箸に突き刺し、それを振り回しながら汐子が言う。

汐子 「言えないってことは、やっぱりあれって、ただの脅し文句だったんだ?」
宇月 「ち、違うよ、脅しなんかじゃない。本当に見えたんだよ、そういう映像が!」
汐子 「映像? じゃホントに、未来の風景が見えちゃったりするの? 写真みたいに?」
 
 とっさに口を噤む宇月。汐子は首を傾げて、宇月が話し出すのをじっと待つ。

汐子 「……ねえ、黙ってないで答えなさいよ。どうなのよ?」
宇月 「映像というか、その……その時々によって、見え方が違うんだよ。なんて言うか、昨日
    のは関連した静止画像が、細切れに見えたんだ。(首を傾げて)そうだな、ちょうどパラ
    パラ漫画の中から、二、三枚適当に絵を引き抜いたような感じかな……」
汐子 「へえ。……で、具体的に何を見たの?」
 
 生真面目な様子の汐子をまじまじと見つめ、宇月は軽く困惑する。

宇月 「(薄く笑って)ねえ、まさか僕の話、信じてるの? ただの噂話だよ、あれは」
汐子 「でも昨日あんた、本当のことだって言ったじゃない。しかもあたし自身に関わりのある
    ことなんでしょ。だったら教えてよ。あたしには聞く権利、あると思うわ」
宇月 「(瞠目し、息を呑んで)……もし話したら、もう僕に関わるの、止めてくれる?」
汐子 「(大真面目に)それは、話を聞いてから考える」
 
 顔をしかめる宇月。汐子は生真面目な顔をして、宇月を見つめている。
 周囲に誰もいないのを確認してから、宇月は踊り場に立ち、ゆっくりと話し出す。

宇月 「場所は、倉庫の中だと思う。段ボール箱とかがらくたが並んでて、暗くて、天井近くに
    窓があって、カビ臭い匂いがして……プレハブ小屋みたいな感じかな。学校の建物
    ではないと思う。――その倉庫の隅に、佐竹さんがすわってるんだ」
汐子 「(瞠目して)……あたしが、倉庫の中に?」
宇月 「うん。しかも縄で縛られてる。ガムテープで、口を塞がれてもいたな」
汐子 「……あんたって、さらりと凄いこと言ってくれるわね」
宇月 「(くすりと笑って)凄いかな? でもこれが近い将来、現実になるんだよ」
汐子 「近い将来、ね……(眉根を寄せる)。で、それからどうなるの?」
宇月 「(首を傾げて)……どういう経緯を辿るのかはよく分からないけど、とにかくその小屋
    の中に、僕と宮本と、あのサンバカが集合するみたいだね」
汐子 「それ……あいつらがあたしを餌に、あんたを呼びつけるってこと?」
宇月 「さあ、それはどうかな。僕にも分からないよ。どうしてそんな手間のかかることをして、
    僕を呼び出したりするのか。あるいはあいつらの真の狙いは、佐竹さん自身かも知れ
    ないよ? ……でも、残念ながら僕に分かるのはここまでなんだ。場所も時間も日時
    も不明。だから詳細は、その時が来てからのお楽しみってわけだ。……でも、なんと
    なく想像つくよね。その後の展開も、それぞれの役割も」
汐子 「……何であんた、そんなふうに笑っていられるのよ?」
宇月 「(一瞬驚き、苦笑して)そりゃ……笑うしかないからだよ。僕の見る場面だけは、絶対
    に避けられないんだ。だったら逃げるよりも、受け入れた方が早いじゃない」
 
 沈黙が降りる。運動場に学生の姿がちらほら見え始める。昼休みの息抜きタイム。

汐子 「そんなのって……。なんか絶望的だわ。せっかく予知能力があるのに、不幸な未来の
   ためにできることと言ったら、覚悟を決めることだけだなんて」
 
 肩をすくめて運動所に目を向ける宇月。汐子に背を向けて何も答えない。
 汐子は小首を傾げて、昨夜から考えていたことを言ってみる。

汐子 「……でもサルって小学生の時は、そんなふうに考えてなかったんでしょう?」
 
 肩を強ばらせるが、何も言わない宇月。汐子は淡々と言葉を続ける。

汐子 「ホントは宮本ン家の火事も、未然に防げると思っていたんでしょ? だからあいつに
    しゃべったんでしょ? でないと残酷だもんね。……ねえ、もしかして今までにも未来
    を変えたことがあるんじゃないの? そういう実績があったから」
宇月 「――でも、青司の小母さんは死んだんだ! ……そうだよ。未来なんて簡単に変え
    られると思ってた。でも無理だった。無理だったんだよ!」
汐子 「……そりゃ、絶望したくなる気持ちは分かるけど! でも別にあんたが、宮っちの
    お母さんを殺したわけじゃないでしょう? どうせ因果関係もないくせに。その火事が
    起きた時、あんたどこにいたのよ? だいたい他人ン家が火事になるのを、どうやっ
    て防げって言うのよ? しかも二年前って言ったら、あんたまだ十一歳だったじゃない。
    そんな子どもが、責任感じてどうするのよ!?」
宇月 「……だったら、何で予知能力なんかあるんだよ? これから何が起こるか分かって
    いて、だけど何をしても無駄なら、どうしてオレ、こんな力を持ってるんだよ? 
    ……防げたはずなんだ。……絶対あれは、防げたはずなんだ! ……僕さえ、僕が
    あのとき、もう大丈夫なんてさえ、言わなければ……!」
 
 頬を上気させて、駄々をこねる子どのように言い切って、宇月は顔を両手で覆う。
 その感情的な様子に、言葉を失う汐子。運動場から、平和な歓声が上がる。
 沈黙の後、くすくすと汐子が笑い出す。顔を上げる宇月。青ざめている。

汐子 「……ふーん、なるほど。そういうことか。納得、納得」
宇月 「(怯えるようにして)な、なんだよ……」
汐子 「やっぱり予知なんて言っても、絶対じゃないんだね? 未来って変えようと思えば
    変えられるんだね? そういうことよね、今のあんたの言い分って」
 
 何を言っているのか分からない、と言いたげな顔をする宇月。
 汐子はにんまり笑って、さらに追い打ちをかけるように言い募る。

汐子 「真実絶対本当に、未来を変えられるか否かはともかく、何をしても無駄だとは思って
    ないんでしょ、実は。だからこそ責任感じて、宮っちに好き勝手されるのを我慢しなきゃ
    いけないと思ってる。――そうなんでしょ、サル?」
宇月 「(青ざめ顔を歪ませて)……だから、それが何?」
汐子 「だからさ、あんただってホントはもう、分かってるんでしょ? あれは本当にどうしよう
    もなかったんだって。そういうこともあるんだって。だのに宮っちが分かろうとしない
    のね? だからあんたも、どうしていいか分からなくて、袋小路にすっぽりはまりこん
    じゃったのよね。 ……バカみたい。そんなの、過去に囚われているだけじゃない」
宇月 「(カッときて)知ったようなこと言うなよ! 自分の母親がホントに死んだんだ。しかも
    予言された通りにだよ。そんなの、受け入れろって言う方が無理だよ……!」
汐子 「でもね。……そういう同情って、よくないと思うわ」
 
 顔を上げる宇月。身体の横で、握り拳が震えている。

宇月 「(苦しげに)……だからって、僕にどうしろって言うんだよ? あのとき僕がどうだった
   なんて、青司には関係ないんだ。あいつは母親を救えなくて、悲しんでいるだけなんだよ。
   あいつはまだ、気持ちの整理がついていないだけなんだよ!」
汐子 「それで、時が過ぎればあいつの心の傷も癒えて、仲直りできると思ってるの?」
宇月 「(視線を合わせず)……そんなの、分からないけど、でも……」
 
 言葉を続けることができない宇月。
 汐子はお弁当の中身を口の中に詰め込んで、手際よく身の回りを片付ける。
 そして立ち上がって。

汐子 「ねえ、サル。アンタさ、物わかりがいいのも大概にしなよ。何が、親を救えなくて
    悲しんでるよ。あのバカが、あんたにしているのはただの脅迫じゃない! 
    ……もう二年。あれから、もう二年も経ってるんでしょ? 甘やかすにも限度ってもの
    があるでしょうが。 ……大体あんた、今までにいくら、あのバカに貢いできたのよ?」
 
 宇月は身を硬くして答えない。悔しくて、泣きそうになる汐子。

汐子 「……バッカみたい。いじめられ根性、炸裂させてんじゃないわよ」
 
 宇月の脇を通り抜けて、階段を駆け降りて、しかしまた駆け戻ってくる。
 きっと鋭く睨みつけて、宇月にずいと詰め寄って言う。

汐子 「あんたがどういうつもりか知らないけど。あたしは絶対、諦めないからね。絶対に
    これ以上、事態を悪くなんてしてやらないんだから! あのサンバカに捕まっても、
    何とか無事に切り抜けてやるんだからね! 見てなさいよ、この軟弱者!」
 
 言い捨てて宇月を壁の方へ突き放し、身を翻して階段を駆け降りる汐子。
 それを見送ってから、宇月は踊り場にへたり込んで、呟く。

宇月「……僕だって、諦めてないよ。諦められないから、話したんじゃないか……」

 後悔するように頭を抱え込み、バカだなあ、と自嘲気味に繰り返す。



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