○帰り道。佐竹汐子と相川菜摘。人気のない住宅街を歩きながら。

汐子 「(溜め息)……まるで浦島太郎の気分だわ。嘘みたい」
菜摘 「しかもあんたのお気に入りは、今じゃすっかり気弱ないじめられっ子になってる
    しね。……あれじゃあ百年の恋も冷めますわな。かわいそうに」

 怒った汐子が腕を振り上げる。それを笑って避けようとした菜摘、ふと足を止める。
 菜摘があらぬ方向を凝視するので、汐子もその視線を追う。

菜摘 「ヤダ、またやってるよ。あいつら」
 
 アパートの駐車場。
 宇月千也が、宮本青司とその取り巻き三人に囲まれている。
 宇月が尻ポケットから取り出したのは財布。
 宮本は財布ごと奪って、何かを言い捨てて立ち去ろうとする。
 いわゆるカツアゲの現場である。
 菜摘が制止するのも聞かず、汐子がそこに飛び出していく。

汐子 「何やってんのよ。カツアゲなんて恥ずかしい真似、止めなさいよね!」
宮本 「(悪びれもせず)誰だよ、お前。何言ってんの?」

 取り巻きらがバカにして笑う。
 汐子の後ろで、おろおろするだけの菜摘。

汐子 「(睨みつけて)あたし、佐竹よ。佐竹汐子。転校して戻って来たの。なんで宮っち、
   サルにこんなことするの? 昔は二人とも、あんなに仲良しだったじゃない!」
 
 驚いて汐子を見つめる宮本。宇月もまた、ぽかんと汐子を見上げている。
 取り巻きらが宮本に、何この女? お前の知り合い? などと口々に尋ねる。

宮本 「知らねえよこんな女、行こうぜ(踵を返す)」

 汐子たちを気にしながらも、宮本を追いかける取り巻きたち。
 不良どもが立ち去って、汐子が宇月に振り返る。宇月の顔には殴られた痕。

汐子 「(感情的に)あんたもあんたよ。なんでやり返さないのよ? 別にあんたが放火
    したわけじゃないんでしょ? なのになんで、やられっぱなしになってるのよ!?」
菜摘 「(囁く)ちょっと汐、あんた地雷踏みすぎだって」
宇月 「(慎重に)……いったいきみ、何なの? ……放火って、何言ってんの?」
菜摘 「あ、あのね宇月、覚えてない? この子、佐竹汐子。小学校の五年の時に転校
    して、またこっちに戻って来た元クラスメートなんだけど。この子ね、なんて言うか、
    今のあんたらの変わりようを見て、その……ちょっとショックを受けたみたいでさ。
    だからさっきのは、口が滑ったってことで聞き流してよ。……ね?」
宇月 「(素っ気なく)ああ、そう。……いいよ、別に。僕は気にしないから」
汐子 「サル! ……あんたね、お金取られて悔しくないの? 昔はあんたって、もっと
    自分の意見バンバン言える奴だったじゃない。それがどうしてこんなことになってる
    のよ!? ……ねえ、いったいどうしちゃったの?」
宇月 「(溜め息を吐いて)佐竹さん。さっき、放火って言ったよね。だったら、宮本の家が
    火事になるの、僕が予知してたって話、もう聞いたんだよね? ……あれね、本当の
    話なんだよ。だから仕方がないんだよ、あいつが僕を殴ったりするのって」
汐子 「……何よ、それ? バカ言わないでよ。何がどうして『だから』なのよ、何なのよその
    接続詞の使い方は! そんな説明、全然分かんないわよ! ……ちょっと、こら! 
    待ちなさいよ、まだ話は終わってないんだから!」
 
 無視して行きかける宇月を引き留めようと、汐子がその腕を掴む。
 宇月は一瞬硬直し、怯えた子どものように汐子を見て、乱暴にその手を払いのける。

宇月 「(怯えて)……僕に触るな!」

 驚いて目を見開く汐子。それを見て青ざめた宇月は、溜め息を吐いて言う。

宇月 「……いいよ。それじゃ一つ、忠告してあげるよ。宮本はともかく、あいつらを敵に
    回すような真似はしない方がいい。でないときみ、後悔することになるよ」
汐子 「あいつらって、宮っちの取り巻き連中のこと?」
宇月 「そう、あのサンバカ。あいつら、善悪の区別もつかない連中だから。……特にきみは
    女の子だし。下手に正義感振り回すの、止めた方がいいよ」
汐子 「(迫力負けして)な、何よ! あたしは別に、正義感なんか!」
宇月 「じゃ、野次馬根性? ……別になんでもいいよ。とにかく、これ以上掻き回されて
    事態を悪くされんの、迷惑なんだよ。だからもう、僕に関わらないで」
汐子 「そんな、あたし、事態を悪くしようだなんて(泣きそうになって)。……まさかそれも、
    あんたの予知だって言うの? あたしが後悔することになるって」
宇月 「(薄く笑って)そうだよ。……信じたくなければ、信じなくてもいいけど。でも忠告は
    したからね。後でまた、僕のせいだなんて言わないでよね」
 
 宇月は踵を返して、危うげな足取りで汐子らから遠ざかっていく。
 駐車場に取り残され、呆然と見送る二人。

汐子「……な、何よあれ。迷惑って、関わるなって、いったい何なのよ!?」

○スーパーのセルフ式食堂の一角。夕方平日で、他の客はごく少ない。
 サンバカ(畑中、久須木、木島)と宮本青司が、テーブルを囲んでいる。
 テーブルの上には、ラーメンの器や食い散らかした後の包装紙。食後である。
 畑中が戦利品(宇月の財布の中の現金)を数えている。合計463円。

久須木 「んだよ、少ねえなあ。期待して損した」
木島 「まあまあ。あいつン家貧乏だから、仕方ないよ」
畑中 「現金は家に置いてないなんて抜かしやがったしな。いくらボコッても俺らの言うこと
    聞きやしねえ。くそっ。……やっぱ宮本、お前が言わないとダメだわアイツ」
宮本 「(興味なさそうに)何? オレに何を言えっての?」
久須木 「(にやにや笑って)嫌だなァ、宮ちゃん。分かってるくせに」
木島 「そそ。いたって単純な話。……あ、つーかホントに分かってないよ、コイツ」
 
 きょとんとする宮本に、畑中が肩に手を回して囁く。

畑中 「無ければ作らせればいいってことだよ。そのやり方を伝授してやれば……さ?」
宮本 「(わずかに顔をしかめて)あいつに金、盗ませるの?」
久須木 「何だよ、そのツラ。何かやる気ねえのな、お前って。まさか俺たちだって、あいつに
     強盗やらせようなんて無茶なこと考えてないよ。なあ?」
木島 「そうだよ。だいたい宇月ちゃんには無理だもん、そんな荒事」
畑中 「でもよ、あんな軟弱者の素人でも、簡単にできる方法があるだろう?」
宮本 「……ああ。あいつに漫画本万引きさせて、どっかの古本屋に持って行くわけね」
 
 肯定する代わりに、三人三様にくつくつニヤニヤ、さざめき笑う。
 だが宮本だけは眉根を寄せて仏頂面のまま、溜め息を吐く。

畑中 「……何だよ宮本、お前金ほしくないの? あいつに恨みがあるんだろ?」
宮本 「恨みっつーか、たんにうっとうしいだけ。あいつと縁が切れたらもういいよ」
木島 「あらら。それってもしかして、さっきの女子と関係あり?」
久須木 「んだよ、宮本。まさか昔の仲良かったころ思い出して、良心痛み出したのかよ」
宮本 「(睨みつけて)んなわけないだろ! つーかお前らさ、もっと頭使えよ。何であいつが
    オレの言うことなら素直に従うか、ちゃんと考えたことあんのかよ?」
畑中 「……どういう意味だよ?」
宮本 「(大仰に溜め息を吐いて)だからさ、あいつに万引きなんかさせたら、あいつわざと
    捕まるかも知れないってことだよ。でもって店の人に言うかもよ? お前らに命令されて
    やりましたって。したらお前らが警察に捕まることになるんだぜ。今までやったことも含
    めて、あいつを脅迫したってことでさ」
久須木 「(失笑しながら)……はあ? 冗談きついぜ。もしんなことしたらどうなるか分から
      ないほど、あいつだってバカじゃねえだろ?」
宮本 「だけど、いくらお前らが殴っても、あいつ言うこと聞かなかったんだろ?」
 
 三人、顔を見合わせて眉根を寄せる。否定できない雰囲気。

畑中 「――それでも宇月は、お前の名前だけは口にしないとでも言うのかよ?」
宮本 「(薄く笑って)……そうだな。たぶんあいつはオレを、警察に売ったりはしないだろうな。
    ……だけど、どんなにオレが命令しても、あいつは絶対、犯罪に荷担するようなことしな
    いぜ。そういうところ、妙にあいつは頑固だからな」
木島 「へええ。宮ちゃんって、妙に宇月のこと分かってんだねえ」
久須木 「(くすくす笑って)さすがは元親友ってか? んじゃこのイジメも、実は親友の愛の鞭?
      あんまり気持ち悪いこと言ってちゃダメよって。あ、もう手遅れか」
 
 バカ笑いする久須木に合わせて、畑中と木島も声を上げて笑う。
 宮本は調子を合わせるようにして笑うが、すぐに真顔になって席を立つ。
 それに気づいて畑中、顔を上げる。訝しむような、鋭い視線。

畑中 「……どこ行くんだよ?」
宮本 「悪い。もう帰るわオレ。そろそろ塾の時間だからさ。ホント悪いね」
久須木 「うわ、優等生的台詞。んだよ、この金で遊んで帰るんじゃなかったのかよ?」
宮本 「(呆れ顔で)どうやって500円未満の金で、男四人で遊ぶんだよ?」
久須木 「(肩をすくめて)それもそうだな。んじゃこの金……」
宮本 「お前らにやるよ、んなシケた金。――それよりその財布、オレにくれよ」
 
 三人、不思議そうに顔を見合わせる。特に畑中、怪訝な顔をする。

畑中 「……別に、いいけどよ。……だけどこんな汚いの、どうするんだよ?」
宮本 「あいつに返してやるんだよ。(笑って)金づるは大事に扱ってやらなくちゃな」
木島 「(戯けて)あ、なるほど。そうやって元親友としての親切心を見せておいて、その実、
    揺れ動く奴の気持ちを弄ぶわけだね。宮ちゃん、策士家だねえ」
久須木 「木島……。お前ときどき、おっかないこと平気で言うよな……」
木島 「でも事実でしょ。わざわざ返してあげるんだから。(宮本に)……ねえ?」
 
 宮本は、まあな、と口元だけで笑う。財布を持って、じゃな、と踵を返す。
 声が聞こえなくなるくらい遠ざかってから。

畑中 「(ぼそりと)……いけ好かねえ奴」
久須木 「(少し驚いて)畑中? どうしたんだよ、いきなり?」
畑中 「あいつ、絶対腹ン中で俺らのこと、バカにしてやがるぜ。……ま、あんな奴、はじめ
    から仲間だなんて思ってないけど。何が塾の時間だよ、優等生ぶりやがって」
 
 ゲーセンにでも行こうぜ、と言って勢いよく席を立つ畑中。
 使った容器などはそのまま。久須木が慌ててテーブルの上の金をかき集める。
 一人行ってしまう畑中を横目に、木島が久須木に囁く。

木島 「なあ、あの財布。宮ちゃんホントは、どうするつもりなのかな?」
久須木 「どうするって……。もちろん宇月に返すんだろ?」
木島 「そうだけど、そうじゃなくてさ。いつ、どうやって返すかってことだよ」
 
 不思議そうに首を傾げる久須木に、木島は困惑して言葉を探す。

木島 「つまりさ、宮ちゃんは宇月を嫌ってはいるけど、心底恨んではいないんじゃないか? 
    それを畑中も分かってて、面白くないって言ってるんじゃないかな」
久須木 「(目を丸くして)どういう意味だよ、それ?」
木島 「(溜め息を吐いて)だからあ。……お前さあ、もうちょっと他人の気持ちに敏感になった
    方がいいぞ。でないと俺が疲れちまう。……ま、いいや。ほら、行こうぜ」


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