かがくののおと 26


 水溶液中のイオン

  1. イオンは,原子もしくは,分子において,電気的中性が失われている状態である.電子が不足している場合には,陽イオンであり,電子が過剰な場合は,陰イオンである.イオンは,真空中,空気中でも存在できるが,ここでは,水溶液中のイオンを扱う.

    真空中では,  Na+, Na2+, Na3+, ,,,Na11+  可能

    水溶液中では, Na2+ は,水から電子を奪い,Na+になる.

    水溶液中では,真空中に比べて,イオンは非常に安定に存在できる.それは,水が特異的な性質をもっているからである.

      水は分極しているので,イオンの周りに集まる.水和.

      水は,誘電率が極めて高いため,正負の電荷が離れやすい.

     

  2. イオンの伝導率

     溶液中のイオンの動きやすさを示す指標として,伝導度がある.(実は,溶液に限った指標ではない.)物理のテキストでは,電導度と書くが,化学では,伝導度と書く.英語では,いずれも,Conductivityである.

     物理で言う,電導度(コンダクタンス)は,電気の通りやすさで,抵抗の逆数である.記号は,G,単位は,S(ジーメンス)である.

     溶液における,イオンの電気の通りやすさを示す指標として,伝導率が使われる.伝導率の記号は,κを使い,単位は,Scm-1である.

     濃度,1mol/Lにおける,イオンの伝導率として,モル伝導率が使われる.モル伝導率は,任意の濃度における伝導率を,イオン1 mol/L個分として換算した値である.モル伝導率の記号は,Λを使い,単位は,104Sm2mol-1である.(104Sm2mol-1 = Scm2mol-1 = Scm-1(mol/L)-1 )

     さらに,1つのイオンが他のイオンの影響を受けないときの伝導率を表現するため,極限モル伝導率がある.極限モル伝導率は,極めて希薄な溶液(無限希釈)での,イオンの伝導率(電気の流れやすさ)を,イオン1 mol/L個分として換算した値である.極限モル伝導率の記号はΛを使い,単位は,104Sm2mol-1である.極限モル伝導率は,イオン1個での電導度を比較するのに適しており,値が大きいほど,電気が流れやすい.

     表 26.1  水溶液中のイオンの極限モル伝導率 10-4S m2 mol-1 (25℃)

     陽イオン  陰イオン 
     H+ 349.82 OH- 198.6
     Li+ 38.69 F- 54.4
     Na+ 50.11 Cl- 76.35
     K+ 73.5 Br- 78.1
        
        
        

     化学便覧,4th.ed.,丸善,1993

     伝導率を比較してみる.一価の陽イオンである,リチウム,ナトリウム,カリウムについて,伝導率を比較すると,

         Li+ < Na+ < K+ 

     となっている.原子の大きいカリウムが電気を流しやすいことになる.原子の大きさから比較すると,小さいリチウムが,移動するとき,他の分子との衝突が少なく,もっとも伝導率が高いことが予想されるが,実際は,反対の傾向である.これは,イオンの周りに,水分子が集まっている,水和の影響である.大きいイオンほど,原子核の正電荷の影響が少なくなるので,水和している水分子の数が少ない.つまり,水和した状態でみると,イオンの大きさは,

         リチウム+水和水    >  ナトリウム+水和水  >  カリウム+水和水 

    の順になり,水和したリチウムが一番大きい.

  3.  半電子伝導

     水素イオンと水酸イオンは,特異的な伝導を示すため,伝導度が高い.

     

  4.  水の電導度と解離平衡

     水は,電気を通す,と,普通は思われている.これは,水に含まれる不純物の効果である.それでは,不純物を除去して,水の純度を上げていると,どこまで,伝導度が下がるであろうか.絶縁体になるのであろうか.残念ながら,水は,次の解離平衡状態にある.

         H2O   ->     H+   +   OH     式 26.1

     極わずかであるが,水素イオンと水酸イオンが生じているため,絶縁体にはならない.

     

     表 26.2  純粋な水の伝導率と解離平衡定数

     温度   ℃  0 20 25 30 50
     伝導率 x10-6Sm-1  1.58 5.00注) 6.40 8.00 18.9
     Kw   x10-14  0.113 0.681 1.008 1.468  

     化学便覧,4th.ed.,丸善,1993,.半谷高久,小倉紀雄,水質調査法,第3版,丸善,1995.

     注) 20℃のとき,1cm角で,20MΩになる.純粋製造装置における純度の確認は,普通は伝導度を測定する.得られた純粋も,空気中に放置すると,二酸化炭素がとけ込み,すぐに伝導度が上昇する.容器からの溶けだしもあるので,超純粋が必要な場合には,使用する直前に作る.

     水の解離平衡定数 Kwは,

         Kw =   [ H3O+] [OH]       式 26.2

     25℃の時は,Kw はほぼ,1.00x10-14となるので,中性のpHは7.0であるが,40℃の時は,Kw=2.917x10-14なので,中性のpHは6.77になる.

  5.  

  6.  酸と塩基

     酸と塩基の定義 1  ブレンステッド ローリーの定義  

     酸   H+ 供与体

     塩基  H+ 受容体

     

     酸と塩基の定義 2  ルイスの定義         より一般的な定義

     酸   電子対 受容体

     塩基  電子対 供与体

     

  7.  酸塩基解離定数

     酸解離定数は,酸が溶液中で,解離している割合を示す,平衡定数である.

     代表的な弱酸である,酢酸を例にとって考える.(酢酸は,水に溶かしても,一部が解離するだけである.) 酢酸を水に溶かすと,次のような平衡状態になる.

         CH3COOH + H2O  <-->  CH3COO + H3O+        式 26.3

     平衡定数の定義(ノート24) に従って,左辺を分母,右辺を分子に置き,水素イオンの濃度を[H3O+] (正しくは,活量) とすると,

               式 26.4

     ここで,1Lの溶液で,水のモル数は,55mol程度であるが,解離する酢酸の量は水のモル数よりかなり小さいので,水の濃度が一定と見なすことができる.水の濃度を,平衡定数に含めて,新たに,酸解離定数,Ka,を定める.(添え字の a は,acid のこと)

         一般的には, 

     溶解した酢酸の量をA (解離している酢酸と解離していない酢酸の合計) とする.水もそれ自身解離平衡にあるが,これを無視できるとすると,

         [CH3COO] ほぼ= [H3O+]

     [H3O+]の濃度を x とおくと,

       

     ここで,さらに近似を導入する.酢酸の解離している割合が十分小さいとき (A >> x) ,分母を単にA とできる.

       

     酢酸のKaは,1.74 x 10 −5であるので,酢酸溶液,1 mol/Lでは,解離している酢酸の量は,4.2 x 10 −3 mol/L 程度である.

  8.  水素イオン指数 pH

     水素イオン濃度[H3O+]とすると,pHは,

          pH = −log [H3O+]   (この場合のlogは常用対数,log10 である.)

          pH = −log( KaA)1/2 =  −log( Ka)1/2−log( A)1/2      

     酸解離定数 Ka も同じように,指数であらわすことができる.(---> pKaの表)

          pKa = −log Ka   (logは常用対数,pKaのpは,powerの意味)

          pH =(1/2)pKa−(1/2)log( A)      

     

     塩基解離定数 Kb も同じように,指数であらわすことができる.

          pKb = −log Kb 

     水酸イオン濃度を[OH]とすると,pOHは,

          pOH =(1/2)pKb−(1/2)log( B)      

         pKw = pH + pOH =  14 

     アルカリ溶液のpHは,

        pH = 14 − pOH  

     

         Kw =   [ H3O+] [OH] = 1.0 x 10−14

         pKw = pKa + pKb =  14 

     

     水素イオン濃度は,pHメータを使えば,極めて簡単に,かつ,正確に測定できます.実は,これは,電極電位に対する,濃度のエントロピー効果を測定しているのです.驚いたことに,あるいは,当然ながら,そのエントロピー効果は,ほかのイオンでも同じなので,イオンに対する選択性のある電極を使うと,pHメータで,イオンの濃度も測定できるのです.つまり,電荷数が同じであれば,濃度変化に対する電位の変化率が,同じなのです.エントロピーが確率的な因子であることをよく示しています.

           

          図 標準的なpHメータ.中身は,超高入力インピーダンスの電圧計.

     

  9. 緩衝溶液

     0.1 M の酢酸溶液のpH は, 解離していない酢酸が溶液に存在するため, 1.0 にはならないで 2.87 である.酢酸溶液に水酸化ナトリウム を加えていく場合を考える.解離している酢酸から生じた水素イオン( H+ )は,水酸化ナトリウムによって中和される.すでに酢酸の解離によって生じていた H+ は消費されても,すぐさま解離して,新たに H+ が生成する.このため,pH から単純に計算される H+ の量に相当する塩基を加えても,溶液は依然として酸性を示すことになる.このように,溶液の水素イオンの濃度の変化が少なくなるように調整した溶液を緩衝溶液という.

     弱酸と弱酸の塩の組み合わせで得られる緩衝溶液のpHについて考える.Kaの定義から,

     

     したがって,pH はつぎの式で表される.

     

     酢酸と酢酸ナトリウムの緩衝溶液の場合には,酢酸ナトリウムは完全に解離し,酢酸は,酢酸ナトリウムが解離するため,そのまま存在していると近似できる.酢酸と酢酸ナトリウムの緩衝溶液の pH は4.7となる.一般に弱酸と強塩基の緩衝溶液の pH は,Cacid を弱酸の加えた濃度, Csolt を弱酸と強塩基からなる塩の濃度とすると, 近似的に次式で示される.

     

     酸と塩の濃度が等しい場合には,緩衝溶液の pH は酸解離指数 pKa に等しくなることは緩衝溶液を応用した実験をする場合便利である.緩衝溶液は,pHの変化を少なくして実験をしたい時に頻繁に利用される.pH メーターの校正に利用する標準溶液も緩衝溶液である.身近な例では,胃腸薬のなかにも緩衝溶液の成分が含まれれている.


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Last updated, Nov.6 , 2002.