かがくののおと 9

2つの理論

 大きな分子になると, 厳密な取り扱いは困難になります.(とゆうより,できません) そこで,なんらかの近似(つごうのいい仮定)をとりいれて,取り扱いを容易にします. そのひとつが,混成軌道法でありもう一つが分子軌道法です.
 混成軌道法は,古典的なルイス構造と原子軌道を組み合わせたような理論です. 化学結合は,基本的には,隣接する2つの原子と原子の間のみ考えます.そのため,分子の形を扱いやすくなります. 大まかには,物質の性質をあつかえますが,正しくない結果をあたえることもあります.
 分子軌道法は,原子軌道の線形結合により分子を扱います.分子の構造や化学的性質は,かなり正確にあつかえますが,分子の構造については,把握しにくくになります.
ここでは,混成軌道法と分子軌道法の両方を扱います


  1. 有機化合物の取り扱い

     3つ以上の原子で構成される分子では,結合が2つ以上になり,結合角が生じ,分子に形が現れる.メタン ( CH4 )分子は,炭素の周りに4つの水素が等価に結合していて,それらの結合角( H-C-H )は,約109.5°であることが知られている.これまでに見てきた,s 軌道や p 軌道だけを使って説明するのは困難である.

      
    (a) ボール-スティックモデル (b) ファンデアワールスモデル (c) チャージ表面モデル
         (スペースフィリングモデル)
    図 9.0.1 メタン ( CH4 ) いくつかの表現法

     本来は,メタンであれば,1つの炭素と4つの水素を構成する,原子核5個と電子10個について,波動方程式を解くことで求められるはずである.厳密な解法でないにしても,分子軌道法による計算が望ましい.しかし,より正しく扱うと,分子の理解が難しくなる.

      
    図 9.0.2 分子軌道法によって求めた,メタンの分子軌道. メタン分子の結合に関与している電子の分子軌道.軌道は分子全体に広がっている.
     
     分子軌道法は分子全体にわたる電子の挙動を表現している.したがって,分子の形のみならず,さまざまな化学的,物理的性質を扱うことができる.近年のパソコンの普及により,手軽にあつかえるようになった.すなわち,現代的な取り扱いである

    注意
      一見複雑にみえますが,炭素と4つの水素をまとめて1つの核としてみたら,s軌道1つとp軌道3つと同じです.

  2. 混成軌道(古典的取り扱い)と分子軌道(現代的取り扱い)

     混成軌道法は,原子に対して得られた波動方程式の結果を用い,原子軌道におけるs 軌道や p 軌道の幾何学的合成をルイス理論に組み入れている. そして,分子を扱うとき,分子骨格を形成する結合において,ひとつの化学結合については,2つの原子の軌道(混成軌道)の寄与だけで化学結合(σ結合やπ結合)を作らせる.
     混成軌道法は,ルイス理論と量子力学と幾何学的合成を組み合わせた理論である.

     混成軌道による説明は,不十分である.しかし,分子の構造やおおまかな性質をそこそこ説明できるので,便利である.基本的なパターン( CHNOの組み合わせによる分子なら,sp3, sp2, sp)の組み立てで分子を扱うので,計算機なしで扱える.
    有機化学では,ふつう,おおまかには混成軌道をもとに分子をあつかい,詳細な取り扱いをする場合には,分子軌道法をもちいる. 

     混成軌道は,分子の形を考えるときには便利である. 

  3. 混成軌道法をもとにした,化学結合のルール(前提)

     2つの原子軌道から,結合性軌道と反結合性軌道の2つの軌道ができる.
     σ結合は,化学結合をつくる2つの原子の間にのみ形成され,それらが組み合わさって分子の骨格を作る.
     パウリの原理が成り立つ.すなわち,1つの軌道には,最大2つの電子が入る

  4. sp 混成軌道

    混成軌道は,"足して2で割る" 的な考え方である. s 軌道1つとp 軌道1つから,sp 混成軌道 2 つを作る.忘れてはいけないのは,2つの軌道をもとにしているので,できるの軌道の数も2つであることである.1つの混成軌道は独立した1つの軌道として扱い,電子を配置するときも,1つの混成軌道にパウリの排他原理が適用されることである.

      
     
      図 9.1  s 軌道とp 軌道1つから,2つのsp軌道ができる.2つのsp 軌道は,互いに反対方向に向いている.
      
     
      図 9.2 (a) 2つのsp 軌道は,炭素原子の1つの軸上に,互いに180°反対側に向いている.(b) 混成軌道に関与していない,残りの2つのp 軌道を重ねた様子.4つの軌道は,異なる色で区別してある.

     2つのsp 混成軌道は,1つの原子の軸上の両方に,それぞれ広がっている.炭素原子でsp 混成軌道にした場合,残りの2 つのp 軌道と合わせて,4つの結合が可能である.例として,アセチレン( HCCH )を見てみよう.

      
     
      図 9.3 sp 混成軌道の例 アセチレン ( HCCH )    

     2つの炭素原子のそれぞれに,sp 混成軌道を適用する.炭素原子のsp 混成軌道のうち,向かい合う2つの青の軌道が,σ結合を作り,炭素と炭素の1つ目の結合になる.混成軌道に参加していない,それぞれ2 つの p 軌道は,炭素と炭素の間に,2組のπ結合を形成し,2つ目と3つ目の結合(赤の組橙の組)になる.炭素と炭素の間に3重結合が形成されている.残りの,2つのsp 混成軌道は,それぞれ水素とσ結合を作る().アセチレンは,全体して,sp 混成軌道を軸とした,直線状の分子である.

     
  5. sp2 混成軌道

    こんどは,"3つを足して3で割る" 的な考え方である. s 軌道1つとp 軌道2つから,sp2混成軌道 3 つを作る.この場合でも,忘れてはいけないのは,3つの軌道をもとにしているので,できるの軌道の数も3つであることである.1つの混成軌道にパウリの排他原理が適用されることは,言うまでもない.

      
     
      図 9.4  s 軌道とp 軌道2つから,3つのsp2 軌道ができる.3つのsp 軌道は,同一平面上に広がっている.角度は,基本的には,120°である.
      
     
      図 9.5 3つの sp2 混成軌道と残りのp 軌道1つを重ねた様子.青,緑,紫の各色で示した,3つの sp2 混成軌道は,同一平面上に広がっている.

     3つのsp2 混成軌道は,同一平面上に,それぞれ120°の角度で広がっている.炭素原子でsp2 混成軌道にした場合,残りの1 つのp 軌道と合わせて,4つの結合が可能である.例として,エチレン( CH2CH2 )を見てみよう.

     
      図 9.6 sp2 混成軌道の例 エチレン ( CH2CH2 )

     2つの炭素原子のそれぞれに,sp2 混成軌道を適用する.炭素原子のsp2 混成軌道のうち,向かい合う2つが,σ結合を作り,炭素と炭素の1つ目の結合になる.混成軌道に参加していない,sp2混成軌道の面に垂直な,それぞれ1 つの p 軌道は,炭素と炭素の間に,1組のπ結合を形成し,2つ目の結合になる.炭素と炭素の間に2重結合が形成されている.残りの,それぞれ2つのsp2 混成軌道は,4つの水素とおのおのσ結合を作る.エチレンは,2つの炭素と4つの水素が,全体して,同一平面上に位置する分子である.

     

    ブタジエンの軌道

      

  6. sp3 混成軌道 (エス ピー スリーと読む)

    こんどは,"4つを足して4で割る" 的な考え方である. s 軌道1つとp 軌道3つから,sp3 混成軌道 4 つを作る.この場合でも,忘れてはいけないのは,4つの軌道をもとにしているので,できるの軌道の数も4つであることである.もちろん,1つの混成軌道にパウリの排他原理が適用される.

      
     
      図 9.7 s 軌道とp 軌道3つから,4つのsp3 軌道ができる.4つのsp3 軌道は,空間的に互いに遠ざかる方向に広がっている.角度は,基本的には,約109.5°である.
      
     
      図 9.8 4つのsp3 軌道は,1つの原子の核の周りに,互いに遠ざかる方向に広がっている.

     最初に取り上げた,メタン ( CH4 ) は,sp3 混成軌道の例である.sp3 混成軌道は,それぞれ約109.5°の角度で,空間的に広がっている.炭素原子でsp3 混成軌道にした場合,メタンの例のように,4つの結合が可能である.別の例として,エタン( CH3CH3 )を見てみよう.

      
     
    図 9.9 sp3 混成軌道の例 エタン ( CH 3CH 3 )

     2つの炭素原子のそれぞれに,sp3 混成軌道を適用する.炭素原子のsp3 混成軌道のうち,向かい合う2つが,σ結合を作り,炭素と炭素の1つ目の結合になる.残りの,それぞれ3つのsp3 混成軌道は,6つの水素とおのおのσ結合を作る.エタンは,2つのメチル基( CH3 )が,炭素と炭素のσ結合で結び付いている構造である.σ結合は,軸対称であるので,回転できる.エタンは,2つのメチル基が回転により,位置関係を変えることができる.安定な位置は,水素同士がもっとも離れる,図 9.9 の位置である.


参考書

 最近の有機化学の教科書を見ていても,古典的な解釈(つまり,混成軌道)は少なくなってきました.これはひとえにパソコンの高性能化によると思います.ただ,分子軌道を求めることができるソフトは,学生の皆さんには,まだ少し高価なので,古典的な解釈と現代的な取り扱いの両方を扱います.混成軌道による取り扱いは,(問題はあるけど,)分子の形については,むしろわかりやすく,物質の定性的な性質もけっこう説明できるので,便利です.
 1500円で分子軌道計算のできるソフトが手に入ることがわかりました.講談社のブルーバックスシリーズに,Windowsパソコン用のMOPACがついている本があります.平山令明著,実践量子化学です.あまり大きな分子は扱えませんが,アデニンなどの塩基もすでにデータとして入っています.図書館にあります.
 また,パブリックドメインのMOPACも手に入るようです.google等で検索して,ダウンロードしてしてみてください.


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Last updated, June 13, 2006.