ルビッチ・タッチについて
− Laughter in Paradise − *18*


チャールズ・コバーン、ジーン・ティアニー、ドン・アメチー


優しさとノスタルジックさに包まれた「天国は待ってくれる」は「銀色の月光の下で」という音楽で幕をあけます。ヘンリー・ヴァン・クレイヴは丁度死んだばかりで、彼は多くの人から行くように言われた場所へ赴き、そこで瞳の中に愉快な悪意を秘めた俳優ラード・クレイガーが演じる閻魔大王に会います。ヘンリーは死ぬ前に食事をしたばかりだと言います。「おいしい夕食でした。私は医者が禁じた豪勢な食事しか食べませんでした」
この映画のムードは優雅で穏やかですが悲哀のトーンもあります。「私の会いたい人は何人もいる。特に一人、大切な人が。だが無理だ。」ヘンリーは言います。閣下はヘンリーを地獄へ送るかどうか決めるために調書をとります。まずヘンリーが憎むべき凶悪なる重罪を犯していないかを尋ねました。
「重罪ですか?思い当たりません。でも罪深い人生でした」ヘンリーは自分の人生について語り始めます。それは何事か立派なことを成し遂げた人生ではなく、好色な意志のおもむくままに生きた人生といえました。ヘンリーの女性遍歴はフランス人のメイドによって手ほどきされます。このメイドは自分の仕える先の子供を見て、この子は本能的に豊かな性的魅力を持っていて、自由気ままに生きることを望んでいることを察知し、彼に言いました。「あなたの魂はズボンより偉大よ」
若くてまだ子供だったヘンリーは近所に住んでいた女の子とキスをしたので結婚しなければならないと思い込みむっつりしていました。フランス人メイド(シーニュ・ハッソー)はヘンリーに「キスをしたからといって結婚する必要はないのよ」と諭します。「”キスはボンボン。甘い味わいを楽しもう!”つまりキャンディー。おいしいから食べるのよ。それが食べる理由よ」ヘンリーの社会性と性的嗜好の境界線は彼女の助言で新たに拡張され、この最初のフランス語のレッスンで価値のある知識を授けられたのです。
時は移り、ヘンリーは五番街の店の中でマーサ(ジーン・ティアニー)という素晴らしい女性に出会います。マーサは有名な精肉業者成金の一家であるストレーベル家の娘で、彼女の両親のやや醜悪なストレーベル夫妻は太ったユージーン・ポーレットとマジョリー・メインによって演じられました。マーサにはヘンリーの従兄弟であるアルバート(この人物はアリン・ジョスリンによって演じられ、ルビッチはブロードウェーでの「毒薬と老嬢」での彼の仕事ぶりを気に入っていました)という許嫁がいましたが、ヘンリーとマーサは恋に落ち駆け落ちします。
結婚の10年後、一人の子供をもうけているにもかかわらずマーサはヘンリーがマーサ以外の女性に高価なブレスレットをプレゼントしていることに腹を立てて家を出てカンサスの実家に戻ります。ヘンリーと祖父ヒューゴはマーサの後を追い、彼女を連れ戻すのです。ヘンリーは真摯なロマンティストでしたが、祖父ヒューゴはいつもながらの現実主義者です。「さあ行くぞ。そっと抜け出すんだ」ヒューゴは指をパチッと鳴らします。「さもないと次の列車に乗り遅れるぞ」
50歳になったヘンリーはいまだに若い頃と同じフォーマルな服装に身を包み眼鏡をかけています。しかし時は過ぎ去っています。ヘンリーは自分の息子にふさわしくないショーガールの女の子を不器用に騙そうとします。しかし彼女はロマンスよりもお金を望み、ヘンリーは2万5千ドルをしぶしぶ彼女に手渡します。その後実は息子は彼女の飽きていてすでに興味を持っていないことを知るのです。
きまりが悪くて恥ずかしがっているヘンリーは「もし自分と街角やレストランで出会ったら嫌な男と思うか?」と尋ねます。「実をいうと今のあなたが好きなの」マーサは答えます。「いいこと、15年前あなたが私を連れ戻しにきた時あなたを独占する自信はなかった。女好きのあなたは出掛けてばかり。私のカサノバが外で何をしているかいつも気がかりだったの。でもやがてあなたは女遊びにも飽きてきて変わりはじめた。これで私も安泰ね。その時から私はあなたのものだと実感したの」
結婚25周年記念の時、マーサは自分が医者にかかっていることを告げます。そしてヘンリーとダンスを踊りたいとせがみ、二人は人気のない空っぽのエントランス・ルームで優しいワルツを踊ります。カメラは最後のダンスを踊る二人の姿を愛情溢れるショットで捕らえつつ、近づいたり遠ざかったりするのです。
マーサは死にヘンリーは男やもめになります。夜遅くに帰宅し、周りの人間にお金をねだるような日々が続きますが、まじめな仕事人間である息子ジャックはそんなヘンリーの安否を気遣います。
ヘンリーの陽気な活発さは年と共に失われてゆきます。1942年70歳になったヘンリーは衰弱していました。朝、目を覚ますと看護婦に見たばかりの夢について話します。「開け放たれたドアから一人の男が現れ”永遠の旅に連れて行ってやろう”って言うんだ。でも私は”船旅にはデラックスな船室が必要だがこの船にはバーすらない”と言って奴を放り出した。」
「すると男は巨大な豪華客船に乗って戻ってきた。ウィスキーとソーダの海に浮かぶ船。煙突ではなく、大きな黒い葉巻がそそり立っている。バーの上にある救命艇には絶世のブロンド美人がいた。メリー・ウィドー(陽気な未亡人)の姿で。船の男はアコーディオンを出してメリーウィドーを弾く。彼女は私の腕をとって踊り始める。甘い調べに美女と舞う、この幸せ・・。首までウィスキーにつかり、私の手はしっかりと美女を抱きしめる。二人で踊る至福の時・・それを君がぶち壊したんだ」ヘンリーは不細工な看護婦にむかって言います。
廊下の外に新しい夜勤の看護婦がやってきて鏡の前で身だしなみをととのえます。彼女は感じの良いブロンド美女でヘンリーの寝室に入ってゆきます。メリー・ウィドーワルツの調べが流れ、カメラは扉から離れ、階段を下ってゆき、地獄の入り口にいるヘンリーと閣下を捕らえます。
「こんなに美しい死があるだろうか?」ヘンリーは閣下に尋ねます。ヘンリーは自分が地獄に行くことを覚悟していました。しかし閣下はヘンリーに告げます。「君には悪いが地獄には迎え入れないよ」閣下はヘンリーをエレベーターへと導き、向こうの世界ではヘンリーが関わりを持った女性達、あるいは祖父ヒューゴに逢えるかもしれないと諭します。「そして」閣下は言います。「最悪の場合でも君の妻がいる」「本当に?」「そんな人だ」ルビッチの最後の傑作である「天国は待てくれる」は閣下がヘンリーを天国へ送るシーンで幕を閉じます。

銀婚式で最後のダンスを踊るジーン・ティアニーとドン・アメチー



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