ルビッチ・タッチについて
− Laughter in Paradise − *15*
ベル・エアー通りにあるルビッチ家の裏庭
ヴィヴィアンとの離婚の後、ヴィヴィアンが好きでなかった社交の場にもルビッチはまた顔を出すようになりました。ウィリアム・ワイラーが戦争に行ってベルエアー通りにあるワイラーの家がもの寂しくなったのでルビッチはワイラーの妻、タリ夫人を自分の友人達と一緒にハリウッド通りにあるニュース映画劇場へ誘うようになりました。そこでは戦況に関する最新の情報を得ることができたのです。
またルビッチは隣近所のために空襲監視委員にも志願しました。ある夜、ルビッチは警戒灯火管制中に巡回している時、ウォルター・レイヒの家に明かりがついていることに気付き、大声で叫びます。「ウォルター!ウォルター!二階の電気がつけっぱなしだぞっ!」レイヒは叫びながら答えます。「あっちへ行けよ!エルンスト!」ウォルターの隣に住んでいたローレンス・オリヴィエも窓から身を乗り出して大声で怒鳴りつけます。「うるさいドイツ野郎はまだそこにいるのかーっ!!」
ルビッチは自分の生まれた国と今住んでいる国との戦争について思い悩むことはありませんでした。「戦争について不平・不満を言う人はいませんでした」タリ・ワイラー夫人は述懐します。「自分がユダヤ人かヨーロッパ人だからといって板挟みになったりもしません。みんなお互いに自分達がこの戦争をどう感じているかをわかっていたのです。」ルビッチはそれまで団体やグループに加入するのを嫌っていましたが、ロシア戦争基金とハリウッド反ナチ連盟の両方にスポンサーとして名前が使われることを許可しました。当時のハリウッド反ナチ連盟には他に、ドナルド・オグデンスチュワート、チャーリー・チャップリン、リリアン・ヘルマン、ジョン・ヒューストン、トーマス・マンらが加盟していました。
タリ夫人はルビッチと過ごす時間が長くなるにつれてルビッチが聞き上手だということがわかりました。「チャップリンとは違って、ルビッチは私は言わんとしていることにいつも気付いてくれました。有名人の奥方達のほとんどは礼儀正しくはあったけど私が人妻ということに無頓着に扱われていました。でもルビッチは彼女たちとは違ってきらめくような才気でもって私達は人間としてうまく折り合っているということを言っていました」
「ルビッチと一緒にいる時、彼はいつもそこで何が起こっているかということを把握していて、あの紐とこの紐を引っ張ればどうなるのか背後でてぐすねをひいて見ているようなところがありました。彼は誰と誰が寝たかというようなゴシップが大好きでした。もし誰かと誰かがそうならないなら自分からそうなるようにハッパをかけていました。夫のウィリーが戦争に出た後、ルビッチはとてもいい友人となり、家にも訪問したことがあります。ルビッチ家のコックだったイルナはイチゴをつぶして作ったゼリーみたいなデザートを作ってくれましたが、それは今まで私が味わったことのないほどのおいしいデザートでした。」
誰もが戦争中に力を合わせて一緒に働いていたわけではありません。パラマウント時代からルビッチの友人だった脚本家のリーマン・マンキーウィッツは作家リンドバーグの影響を受け、反セム系ユダヤ人の強い立場を取る孤立主義者になりました。彼はアメリカを勝ち目のない戦争に導こうとしているとしてコミュニストを非難していて、「ドイツのすべての医者、弁護士、技術者達はみなユダヤ人だった、ユダヤ人はドイツではあまりにも強い支配力を持っていたんだ」とエレナー・ボードマンに言っていました。ある日、ルビッチの家で催されたパーティでマンキーウィッツはユダヤ人の痛烈なこき下ろしをしてルビッチを怒らせ、ルビッチはマンキーウィッツにここから立ち去るように命じました。
夜になるとルビッチはしばしば「ブルー・ダヌーブ」(青いドナウ)というハンガリー料理のレストランにしばしば足を運びました。そこは映画業界からリタイアしたミアとジョーのメイ夫妻によって経営されていて、ドイツとハンガリーからの移民達が待ち合わせ場所として集う場所でもありました。そしてもちろんルビッチはそこでも友人達に対して心遣いの行き届いた態度を示していました。1942年、ビリー・ワイルダーが「少女と少佐」という最初の監督作に取りかかろうとしていた時、若いビリーは良き指導者であり恩人でもあったルビッチの元にやってきて、はじめての監督というプレッシャーで恐怖心がつのって神経性の下痢に悩まされていると告白しました。ルビッチはビリーの肩に腕を回しながら言います。「私は50本もの映画を監督してきたが、いまだに撮影の初日には大きいのをパンツにもらしてしまうんだよ」
「少佐と少女」のクランクインの日、ルビッチはハリウッドのドイツ人監督デュポン・デーテル・コスターとハンガリー人監督マイケル・カーチスを引き連れてセットに現れ、ビリーの新しい門出を祝福しました。
ヴィヴィアンと離婚したルビッチは再び独身生活者に戻ります。「ルビッチはいつも女の尻を追い回しているような男でした」ゴッドフレッド・ラインハルトは述懐します。「彼はセクシーな女性が好みでしたが、セックスする女性には無頓着で相手の女性は若くもなく魅力的でない女性ばかりでした。彼が本当に興味を持っていたのは映画だけで、馬の背にまたがっている時にでもメッセージを受け取ればすぐにセックスしに出掛けるようなところがありましたが、それはあくまで二次的なお遊びすぎず、彼の人生において映画以外の興味の対象物は本当になにもなかったのです」
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