「レディ・イブ」の頃
−バーバラ・スタンウィック伝記より− *2*


「レディ・イヴ」タイトルバック


カーリーヘアのシカゴ人であるプレストン・スタージェスは少年時代のほとんどをパリで過ごしました。そこで彼の母親が香水や化粧品を開発する仕事を始めたからです。「レディ・イブ」でバーバラ・スタンウィックの演じたジーンは大事な息子を連れて6度も結婚を繰り返したスタージェスの母親にかなり似たところがあります。実際この母子は必要なときはいつでもなんとか新しい夫をつかまえてきました。母親の名前はメアリー・デンプシー、彼女は自分のことをイタリアの貴族の末裔だとしてメアリー・デスティ(d'Este)と名乗り、パリのサロンの名前も家系図を辿って調べた後、ベアトリーチェ・デスティ(レオナルド・ダ・ヴィンチのモデル)と名付けていました。ルネッサンス期のデスティ一族がアイルランドへ渡ってそこで子孫を作ったのでデンプシーと訛ったというのが彼女の言い分ですが、実在するイタリアのこの一族はこの言い分を認めなかったので、彼女は自らメアリー・デスティと名乗ることで妥協したのです。息子のスタージェスはキスをしても落ちないリップ・スティックとレストラン用の移動式テーブルを発明し、サンセット大通り沿いに作ったレストラン「プレイヤーズ」は人気のスポットとなりました。彼は最初の妻が出ていった1927年に作家活動に入りましたが、すぐに虫垂炎にかかります。しかし、入院中のベッドの中で彼はブロードウェイで2年間も上演されることになる「紳士酒場」(Strictly Dishonorable)を書き上げ、その報酬として30万ドルを稼ぐのです。その後18歳のエレノア・ハットン(5&10セント・ストアを始めた大実業家の孫娘バーバラ・ハットンのまたいとこ)と再婚し、大金持ちになってハリウッドに仕事を探しにやってきました。しかし妻ハットンは彼を夢見がちな人、道楽人、楽して財産を得ようとする人間とみなして数年後には離婚し、スタージェスは年上の株式仲買人の妻の愛人になりました。その後、脚本家としてのいくつかの仕事をこなし、彼は35万ドルの予算と3週間のスケジュールで撮ることになった「偉大なるマッギンティ」で監督としてデビューし、2作目には「7月のクリスマス」というスラップスティックコメディを撮りあげました。
「レディ・イブ」の撮影は前作「7月のクリスマス」(ディック・パウエルとエレン・ドリュー主演)を完成させた2カ月後の1940年の10月最終週から始まりました。スタージェスはピカピカの白い遠洋定期船を選び、美術監督のハンス・ドライヤーは映画の登場人物がどれだけお金持ちかを示すために、船内に見栄えの良い食堂と個室を作り上げました。ジーンの父親にはチャールズ・コバーンを起用。映画の導入部分、船上の手すりからこれらの登場人物を紹介し、ハリントン大佐の「そんな低俗なのマネはやめることだな」というセリフの後、ジーンはリンゴを下に落とします。そのリンゴは見事に搭乗しようとしているカモ(ヘンリー・ファンダ)の頭に当たり、彼に頭上を見上げさせるのです。
タイトルに示されているとおり、この映画はイブがどのようにしてリンゴ(禁断の知識の果実)をアダムに手渡したかという旧約聖書を奇抜なアイデアで焼き直したものです。ジーンは乗船してきたビール醸造業の資産家であるチャールズ・”ホプシー”・パイクに目を付けます。旧約聖書の隠喩(メタファー)をより完全なものにするため、スタージェスはホプシーを素人のヘビ学者に仕立てました。
その日の夕方、大広間でジーンは手鏡ごしにホプシーを観察します。彼が立ち上がってドアの方へ向かおうとしたとき、彼女はその美しい足を通路に差し出し、ホプシーの足を引っかけて彼を床に転倒させるのです。
ホプシーはつまづいた拍子にジーンの靴のかかとを折ってしまいます。ジーンは新しい靴を見つけるのを手伝わせるという口実で、ホプシーを彼女の船室まで来させるように仕向けます。椅子に座り、足を組んだ彼女は、靴を履きかえさせるためにホプシーを足元にひざまつかせるのです。

ジーンとホプシーがサロンに戻った時、スタージェスらしいシャープで含蓄のある父親ハリントンとジーンの会話が交わされます。
ハリントン:  「やっと来たか。靴だけにしちゃえらく長いな」
ジーン:  「仕方がないじゃない。彼は1年間もアマゾンにこもりきりだったんだから。」
ハリントンがカードに誘うとホプシーはカードを切りながら得意そうに手品を披露しますが、私たちはここでおそらく彼はカモにされるのではないかとわかるわけです。
ホプシーは金持ちでお人好しの引き立て役という典型的なキャラクターですが、スタージェスの作り出したジーンのキャラクターは利口ぶったうぬぼれ屋という単純なものではありません。スタージェスの伝記作家達は彼女のキャラクターは彼が少年時代から見ていた母親の性格と関係があると見ています。母メアリー・デスティと子スタージェスはお金稼ぎのため大西洋横断途中のたびに母子でチームを組んでカードゲームで何度もイカサマをしていたということです。

サザンクイーン号が南洋の海へ向かう前に、ホプシーはジーンにプロポーズし、彼女はそれを受け入れます。しかし、事は悪い方へ向かいます。ハリントン一家が詐欺師であることがニュース写真から明らかになってしまうのです。 「ねえ、君は冒険家なのかい?」ホプシーは後ろからやって来たジーンに皮肉を込めて言います。「そう、女はみんな冒険家よ」とジーン。
ホプシーはこの父娘のサギゲームに最初から気づいていたふりをします。しかしジーンは言います。「女というのはみんな冒険家にならなきゃいけないの。プロポーズしてくれる男性があらわれるのを待ってたら、年老いて死ぬだけ。だから私はわざと靴を履かせたり、頬を押しつけたり、抱きしめられたりしたの。でも私はあなたに恋してしまった。イカサマのカードゲームなんかじゃなく、本気でね。」
ニューヨークの港に着いた時、傷つき面目を失ったジーンはホプシーへの復讐を誓います。
数カ月後、あるレセプションでジーンは英国の貴族のメンバーの一人としてホプシーの家族に紹介され、驚くホプシーを前にまるで初めてあったかのように振る舞います。ホプシーが彼女に近づいて問いただした時も、あなたが会ったのはわけあって幼い頃に別れた妹だと下手な嘘をついてはぐらかすのです。結局ホプシーがその嘘を信じたまま二人は結婚することになるのですが、スタージェスは結婚のセレモニーをモンタージュ手法でらせん状の大きなケーキのショットを挟むだけにして大きく省略し、結婚初夜のシーンに焦点をあてます。新婚旅行途中の寝台列車は大雨の中、何度もトンネルを通り抜けています。その列車の中でジーンはホプシーを飛び上がらせ、幻滅させるような結婚前の情事の数々をでっち上げてしゃべり続けるのです。その後すぐに離婚という話になりますが、ジーンはあくまでもお金で解決するというやり方に反対。彼女は北アフリカへ向かうサザンクイーン号の中で再びホプシーと彼の従者マグジーに会い、お互いの誤解を説明しあいます。

ジーン:  ああ、あなたはまだわかってないのね!
チャールズ(ホプシー):  わかりたくない。何であれ知りたくないんだ。言わなくていい。わかってるのは僕が君を好きということだけ。もう君を決して離さない。でも君に言っておかなくちゃならないことがあるんだ。それを言わないと僕は君の部屋に入る資格さえない・・・。
ジーン:  なぜ?
チャールズ:  僕は結婚してるんだ。
ジーン:  私もよ。私も結婚してるの。
ジーンはドアを開け、二人は部屋へ入り、ドアが閉まる。
しばらくのち、ドアのノブが回り、静かに従者マグジーが出てくる。
ドアをゆっくりと閉めた後、彼はカメラに向かって言います。
マグジー:  「絶対に同じ女だ!」
 
フェイドアウト
ジ・エンド
スタージェスはマグジー役にウィリアム・デマレストを配しました。マグジーのジーンに対する疑念はいつも正しかったにもかかわらず、主人であるホプシーには真剣にとらえてもらえません。絶えず怒りっぽい声で怒鳴っているパイクの父親にはユージン・パレット、ジーンの叔父として振る舞うことになるインチキ伯爵はエリック・ブロア、ハリントン父娘のニュース写真を見せるパーサー役にはビック・パウエルがキャスティングされています。ジーンのモデルはスタージェスの母親であるメアリー・デスティで、この物語のプロットは彼自身の人生の経験を元にして作られています。彼が2番目の妻エレノア・ハットンと離婚する際、ハットン家側の弁護士はスタージェスは金目当てで結婚したと彼を責めました。しかし彼は弁護士達に言います、自分がはただ彼女に来て欲しかっただけなのだと・・・。映画「レディ・イヴ」の中で、ジーンがパイクの父親に電話で言うセリフです。「離婚手当なんていらない。ただ彼が直接来て私に離婚を言い渡して欲しいの」



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