サリは去って行く彼の足音を背中で聞いていた。 身体は凍り付いたように、身動き一つできないままで、 声も喉を締め上げられたように、小さな悲鳴すら漏れることもない。 パタン、と静かにドアが閉まる音が響いて、サリはきつく目を閉じた。
恋心は炎のように目に見える訳ではないのだから、あの淡い感情が吹き消されたのか、自然に燃え尽きたのか、 それともまだ燻っているのか、自分自身でもよくわからなかった。
それでもふとした瞬間に思い出すのは、決まってジョルジュのことばかり。
「あ、美味い」 何気なく淹れたコーヒーだったが、思いがけず喜んでくれた時の笑顔がよぎる。 あれから実は美味しい淹れ方を研究し続けていることは、絶対に口が裂けても言えないことだ。
この気持ちを一言で表せというのなら、それはやっぱりたった一つの答えにしか辿り着かない。 だが報われなかったとはいえ、あっけなく心変わりをしてしまった自分が許せない気がしていた。 あまりにも早すぎる。 第一彼だってまだ密やかな想いを抱えたままのはずだ。
「あり得ないよ、そんなの…」
都合のいい展開を期待を込めて予想して、慌てて打ち消す。 そんな自分が情けなくてふかふかの羊毛をぎゅっと握りしめると、相棒が悲鳴をあげた。
「ご、ごめんねルル」 慌てて真っ白な背中をさすりながら、サリはまたぼんやりと考える。 このままいい友人、仲間、そんな曖昧で温い関係を続ける事は容易い。 しかし本当に望んでいるのはそうではないと、自分の中の「女」が叫んでいる。 どんどん遠ざかって行く見えなくなった彼の姿が、サリを追い立てる。
ーーーホントウハ、ドウシタイノ?
「行かなきゃ、わたし」 追い立てられるように、サリは立ち上がって勢い良くドアを開けた。 眩い朝陽が迷いを払拭したサリの横顔を照らす。 後は進むのみ。
拙作「冷たい頬」と「忘れ物の届け先」の隙間にあたるお話です。 ジョルジュ視点の話を書いたら、順番で今度はサリも書かなくちゃね。ね? そしたら今度はジョルジュ視点の話も…(以下略)
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