曙光を浴びた町を見下ろしつつ、少しずつ新しい朝の色に変わりつつある空を真っ白な雲が横切っていた。 その真綿のようなふかふかの雲の上にどっしりと腰を落としているのが、仕事を終えたばかりの黒衣の死神である。
「今日もお勤めごくろうさんっ…と」
首を左右に傾ければ、コキンと音が鳴った。
夜勤空けの身体はうんざりする程疲れが沈殿していた。 生命の神は魂が抜け出る時を昼夜問わずに定め給うたものだから、狩る側もまた昼夜問わない時間に仕事に駆り出される訳だ。 これが死神として生まれた瞬間から定められた、彼の仕事だった。
眠いし疲れているのだから、後は家に帰ってゆっくり眠ってもよかった。 しかしそういう選択肢は彼にはないようで、 雲は我が家に背を向けてゆるやかに方向転換をした。 これまでも出勤前のサンドを冷やかしに城へ行ったことはしばしばあったが、最近ではすっかり雲の方が行き先を覚えてしまっているようだ。 そんな気がして、彼はぽりぽりと頬を掻いた。
魔界城を中心としたその放射線状に幾つかの森がある。 その奥深く、生い茂る緑に優しく抱かれるように彼女の住む家があった。 同じく夜も昼もなく働く彼らではあるが、上手い具合に休みがかち合えばこうした寄り道をするようになった。 それはいつからだっただろうか。
ドアを開ければ彼女は少しはにかんだように微笑んで彼を出迎え、彼専用のカップにコーヒーを注いでくれる。 それもまたいつからだったろうか。
雲から降り立つと、彼は目の前のドアをノックした。 しかし返答は無い。 ドアが開く気配もない。 そっとドアを押せば静かに彼を招き入れるように、ドアは開いた。
「サリ…?」
少しばかりの躊躇いが彼の足を止めたものの、すぐに綿雲の塊のような巨大な羊の姿が目に入って、ひとまずほっとした彼は再び歩き出す。
彼女は眠っていた。 相棒の羊の背中に埋もれるようにして、寝息をたてていた。 しかし眉間に皺を寄せた彼女の苦し気な表情に、彼は思わず手を伸ばした。 まるで…そう、まるで悪夢にうなされているかのようで…。 だったら早く引っ張りあげてやりたい。
「…んな訳ないか」
掌に彼女の吐息が触れる距離まで手を伸ばした所で、彼は壁にぶち当たったかのように、空中で手を止めた。
ーーー夢魔は、夢を見ない
どう足掻いても自分自身の魂を狩れないように、彼女自身もまた自分で夢を見る事ができない。 それもまた生命の神が定めた決まり事である。
ならば何故彼女はこんなに苦悶の表情を浮かべるのだ? 眠りは仕事の疲れを癒してくれる、安らかなものであるはずだ。
「…まだ、忘れられないか…?」
あともう少しでその柔らかな頬に触れそうな距離まで手を伸ばしておきながら、彼は氷のように固まってしまい、また黒衣の中へ引っ込めてしまった。 自らの言葉が鏡に反射して、己の心に眩しく突き刺さってくる。
彼女の視線の先にいる人と、その眼差しに込められた想いに気づいてしまった時、自分達は似た者同士なのだと思った。 直接問いかけたことはなかったが、彼にはわかるような気がした。 溢れ出しそうな想いを箱に詰めて鍵をかけ、海の底深くへ沈めてしまった。 なのに鍵は捨てられずにまだ隠し持っているような、そんな気がしたのだ。
自分はどうだろうか。まだ鍵を捨てられずにいるのだろうか。 更に明るさを増した東の空を見上げ、彼は目を眇めた。 太陽が自分の沈めた気持ちまで照らし出してしまいそうで、頭を覆っていた闇色の布を目深に引き寄せて雲の上に乗り込む。
「いつまでも茶飲み友達ってわけにもいかないよなぁ…」 ため息混じりに呟き、かつて淡い想いを抱いた人からの「感謝のしるし」を受けた場所が疼くような気がして、彼は頬を押さえた。
進みたい気持ちと裏腹に、雲は真逆の方向へ流れて行く。
彼女はゆっくりと寝返りを打って目を開けた。 去って行った彼は今頃、遥か頭上の空を翔ているだろう。
「…意気地なし」
触れられることのなかった頬が、冷たい。
ジョルジュ熱に火を灯してくださったしずくさんにはジョルサリでご恩返しをと思い、 しずくさんのサイト(JUST ANOTHER LIFEさま)がめでたく10万HITを越えられたことをこれ幸いに、 お贈りさせていただきました。 わたしが書くとど〜〜おしてももどかしい関係になってしまうのですが、ご勘弁の程を。 タイトルはご想像の通りスピッ○の曲より。内容は全然違いますけどね。
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