No45


<オリンピック・イヤーに?>
〜国境超える国歌 大作曲家が
           ピアノ向けに編曲〜

世界各地の国歌を、大作曲家たちがピアノ向けにアレンジした曲を集めた「国歌ファンタジー」(キングインターナショナル)が面白い。
こんな作曲家の作品が国歌に、との驚きにもまして、著名な作曲家たちが他国の国歌でこんなに自在に遊んでいた、という事実に目を開かされる。様々な国境の変化を体験してきた国の人々ならではの感覚か。
ラフマニノフがアメリカ国歌を、ベートーベンがイギリス国歌を臨場感たっぷりにアレンジしている様は、どことなくエール交換のような趣を醸す。教則本で知られるバイエルは、ベルギーやブラジルの国歌をアレンジ。とりたてて個性的というわけではないが、優れた職人技の持ち主だったことがうかがえる。

 トルコ国歌を編曲した77年生まれのイディル・オズカンが、独立戦争の英雄をたたえる国歌に悔恨の情を思わせる寂しげな和声を付しているのも印象的だ。音楽に国境はない、というのは必ずしも真実ではないかもしれないが、少なくとも彼らの想像力のはばたきに、国という壁はない。




中国国歌と「君が代」の編曲は、「ウルトラセブン」の冬木透に委嘱。
フランス風の精妙な和声を付された「君が代」は驚くほど軽やかだ。
ドイツ人がつけたとされる現状の単調な和声について「そんなものは替えてしまえばよい」と自ら解説に書く。歴史に応じて国も音楽も生まれ変わり、新たな交流の礎とならんことを。
10歳で終戦を迎え、14歳まで旧満州に暮らした冬木ならではのそんな願いがかいま見える。

 全21曲を演奏したエリカ・ヘルツォークは父がドイツ人で母が日本人。
国境を超えた想像力の応酬に、演奏家自身も参加した格好だ。締めくくりは、カラヤンがベートーベンの「第九」をアレンジした「ヨーロッパ賛歌」

個性的な国歌を存分に味わったあとで聴くと、「人類みな兄弟」という熱いメッセージが妙に空虚に聞こえてしまうのが不思議。

 <2008 8/13   朝日新聞記事より>

♪連日、北京オリンピックと高校野球でスポーツしか報道されていない記事の中、見つけたCDの紹介記事・・・。

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