Преступление и Наказание

 『あれはどこで?』ラスコーリニコフは先へ歩きながら考えた。『どこで読んだんだったけ? なんでも死刑を宣告された男が、死の一時間前に言ったとか、考えたとかいうんだった。もしどこか高い岸壁の上で、それも、やっと二本の足で立てるくらいの狭い場所で、絶壁と、太陽と、永遠の闇と、永遠の孤独と、永遠の嵐に囲まれて生なければならないとしても、そして、その一アルシン四方の場所に一生涯、千年も万年も、永久に立ちつづけなければならないとしても、それでも、いま死んでしまうよりは、そうやって生きたほうがいい、というんだった。なんとか生きていたい、生きて、生きていたい! どんな生き方でもいいから、生きていたい!……なんという真実だろう! ああ、なんという真実の声だろう! 人間は卑劣な存在だ! だが、だからといって、人間を卑劣と呼ぶやつも、やはり卑劣なんだ』一分ほどしてから、彼はこうつけ加えた。
『罪と罰』第二部の六
 「で、それがどうしたんです、その記事を読んだのが?」彼はふいに疑惑にとりつかれ、焦燥にかられて叫んだ。「それがぼくにはどうだというんです? それが何だというんです?」
 「それがね、ほら、ほかでもない例の婆さんなんですよ」ラスコーリニコフは、ザメートフの叫び声にも身じろぎひとつせず、あいかわらずささやくような声でつづけた。「例の、警察署でその話が出て、ぼくが気を失った、おぼえてるでしょう、その婆さんなんですよ。どうです、これでわかったでしょう?」
 「いったいなんのことです? 何が……「わかったでしょう」です?」ザメートフはなかば不安にかられてたずねた。
 と、ラスコーリニコフのびくともしない真剣な顔が、一瞬のうちにがらりと変わって、ふたたびさっきと同じヒステリックな高笑いがはじまった。もう自制がまるで利かなくなっているらしかった。だが、その瞬間、彼はだしぬけに、まざまざと実感できるほどあざやかに、先日、斧を手にしてドアのかげに立っていたあの一瞬を思いだしたのだった。
『罪と罰』第二部の六
「水晶宮」という感じではなかった
水晶宮の建物。左下から右方に伸びているのがサドーヴァヤ通り。
 ラスコーリニコフとザメートフが出会い、ラスコーリニコフが新聞に載った殺人事件について際どいほのめかしを行なう場面は、読者に倒錯したような緊張感をもたらす。

 この通りを南に(写真では左奥にずっと伸びる通りを行くとフォンタンカ運河に出、橋(イズマイロフスキー橋)を渡って200mも歩けばドストエフスキーが生涯を伴にしたアンナ夫人と結婚式を挙げた教会がある。ちなみにイズマイロフスキー橋とフォンタンカ運河沿い周辺は、小説『分身(二重人格)』でゴリャートキン氏と新ゴリャートキン氏が出会う¥齒鰍ナもある。自分の書いた小説の主人公たちが活躍した縁の地で、ドストエフスキーは結婚したということができる。

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犬を連れた奥さんもいた
ユスーポフ公園
ぼくは、できるだけ人通りの多い、にぎやかな通り、メシチャンスカヤ街、サドーヴァヤ通り、ユスーポフ公園わきなどをえらんで歩いた。これらの通りは、いつもぼくが好んで散歩する場所だった。
『地下室の手記』IIの8

ユスーポフ公園のそばを通りながら、彼は、あちこちの広場に高い噴水を取りつけたら、どこも空気がすっかりきれいになるだろうなどと、一生懸命考えさえした。 〜中略〜 そのとき、ふいに彼は、なぜ人間はどこの大都市でも、たんに必要だからというだけでなく何か妙に好んで、公園も噴水もなく、不潔と悪臭とさまざまな醜悪さにあふれた部分に住みたがるのかという疑問に心をひかれた。

『罪と罰』第一部の六

 ユスーポフ公園は、センナヤ広場から水晶宮に向かう途中の左手ある。
 「あなたは流しの歌が好きですか?」ラスコーリニコフは、彼と並んでオルガン弾きのそばに立っていた、もうかなりの年の閑人らしい男に向かって、突然話しかけた。相手は呆気にとられて目をむいた。「ぼくは好きですよ」とラスコーリニコフはつづけたが、その様子は、流し芸人の話をしているようにはとても見えなかった。「ぼくは好きですね。寒くって、暗い、じめじめした秋の晩、いや、ぜひともじめじめしていなくっちゃいけない、通行人がみな青白い、病人じみた顔をしているとき、手まわしオルガンにあわせて歌をうたうのを聞くのが。いや、もっといいのは、ぼた雪が、風もない日、まっすぐに、ほんとうにまっすぐに降ってくるときだ。どうです? 雪をとおしてガス燈がちらちらしている……」
『罪と罰』第二部の六
ちょうどK横町に折れる角のところに、夫婦ものの商人がテーブルをふたつ並べて、糸や、紐や、更紗のプラトックなど、こまごました品物をあきなっていた。
……(略)……
「そう、今度のことは、アリョーナ・イワーノヴナにはだまっておおきなさいよ」亭主が言葉をひきとった。「こりゃ、わっしがすすめるんだが、家にはことわらずにおいでなさいな。なにしろわりのいい仕事でね。なに、姉さんだって、あとになりゃわかってくれまさあ」
「じゃ、行こうかしら?」
「六時すぎですぜ、あしたの。あっちからも人が見えるから。じゃ、あんたの気持で決めてくださいよ」
「サモワールぐらい出しましょうよ」女房が言いたした。
「じゃ、行くわ」リザヴェータは、まだ何か考えながら答えて、のろくさとその場をはなれた。
 ラスコーリニコフは、もうそのときには店を通りすぎていて、あとの話は聞けなかった。
『罪と罰』第一部の五
運命的な場所
彼がセンナヤ広場を通りかかったのは、午後九時ごろだった。
 ラスコーリニコフが金貸し老婆の妹リザヴェータの翌日の不在を知る場所が、センナヤ広場のK横町(コンヌイ横町)の角である。なにか物事が起こる際、あたかもそれを遂行するのに弾みをつけるような出来事ってあるものである。ラスコーリニコフを凶行に走らせたものは、彼の思念だけでなく説明のつかない偶然≠フ悪戯まで関わっているように思えてしまう。
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警察署
「いやあ、この文士先生、じゃない、元のついた学生さんですがね、借金は払わん、空手形は出す、部屋はあけないで、のべつ苦情が来ておるんですよ。ところが先生、この私が人前でたばこを吸ったといって、たいそうにご立腹なんですな! 自分こそ、け・けしからん真似をしているくせに、どうです、まあ、ちょっと見てごらんなさい、たいしたご盛装じゃないですか!」
〜略〜
「いや、それは誤解でしたなあ。この男は、私がうけあうが、実に高潔そ・の・も・の・の男でしてね、ただ、たいへんな火薬なんですよ! かっとなって、のぼせあがって、燃えあがる──それっきり! つまり、何もあとに残らない! 後に残るのは、黄金のごとき心だけというわけでね。連隊でも、「火薬中尉」のあだ名をもらっていたほどですよ……」
『罪と罰』第二部の一
 『罪と罰』のなかで登場する警察署とされる建物。物語の前半には喜劇じみたやりとりが、物語の後半では一気にクライマックスがおとずれるのが警察署である。物語のなかの警察署は、

 階段は狭く、けわしく、汚水だらけだった。一階から四階までの全部の家の台所がこの階段に面していて、ほとんど一日じゅうあけ放しにしてある。そのせいで恐ろしくむんむんした。帳簿を脇にかかえた守衛や、小使や、さまざまな風体の男女の来訪者が、階段をたえず上下していた。警察所の入口のドアもやはりあけ放しになっていた。

『罪と罰』第二部の一

といった感じで、非常に居心地が悪そうだ。
出勤する人々も
 朝の八時を回った頃だったろうか。朝、仕事に向かう人々が多く、センナヤ広場に向かって歩いていく姿が見られた。
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オブウホフスキー大通り(現モスクワ大通り)
 このショットは、『罪と罰』第六部の三・四でドゥーニャをめぐって、ラスコーリニコフがスヴィドリガイロフに詰めより、スヴィドリガイロフはそれを巧みにかわす場面で登場する料亭がある場所を撮った。昨今のペテルブルグが以下のスヴィドリガイロフのセリフにあるような町なのかどうかは、冒頭の『白夜』のセリフともども慎重を期さねばならない。だが、とても印象に残るセリフなので引用したい。

このペテルブルグには、歩きながらひとりごとを言っている連中が実に多いですな、請けあいますよ。半狂人の町なんですな。もしわが国に科学が発達しておれば、医学者でも、法学者でも、哲学者でも、それぞれの専門に応じて、このうえなく貴重なペテルブルグの研究をおこなえるでしょうがね。このペテルブルグほど、人間の精神に陰鬱な、どぎつい、奇怪な影響をおよぼす町はめったにない。気候の影響だけでもたいしたことだ! もっとも、ここは全ロシアの政治の中心だから、そういった特質が何かにつけ反映しなきゃならん道理ですかな。

『罪と罰』第六部の三ほか

 ドストエフスキーがペテルブルグに寄せる、永遠のテーマである。

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 余談ではあるが、ドストエフスキーが死刑執行の刑劇を演じさせられたセミョノフスキー連隊の連兵場が、もし現在のセミョーノフスカヤ広場にあたるのなら、それはセンナヤ広場から比較的近くにある。前ページの『未成年』のアルカージイのセンナヤ広場での様子や、下の『白痴』の描写からして、位置方角ともセミョノフスキー連隊の連兵場と符合する点が多いように推断を下してみたくなるのだ。
 セミョーノフスカヤ広場へは、センナヤ広場からサドーヴァヤ通りを北東に少し歩き、右折してゴローホヴァヤ通り(この通りは『貧しき人びと』にも登場する)に出たら、通りをフォンタンカ運河に向かって歩いて運河の橋を渡れば、そこがセミョーノフスカヤ広場である。またモスクワ大通りを南下し、フォンタンカ運河を渡ったら左折して運河沿いに歩いていってもセミョーノフスカヤ広場に行ける。(『謎解き「罪と罰」』p61の地図では、図にあるフォンタンカ河が右端で切れているところにある広場にあたる)

「……ついに生きていられるのはあと五分間ばかりで、それ以上ではないということになりました。その男の言うところによりますと、この五分間は本人にとって果てしもなく長い時間で、莫大な財産のような気がしたそうです。この五分間にいまさら最後の瞬間のことなど思いめぐらす必要のないほど充実した生活が送れるような気がしたので、いろんな処置を講じたというのです。つまり、時間を割りふりして、友だちとの別れに二分間ばかりあて、いま二分間を最後にもう一度自分自身のことを考えるためにあて、残りの時間はこの世の名ごりにあたりの風景をながめるためにあてたのです。その男はこの三つ処置を講じて、このように時間を割りふったことをよく覚えていました。この死を目前に控えた男は、当時二十七歳で、健康な頑丈な体格の持主でしたが、友だちに別れを告げながら、そのなかの一人にかなりのんきな質問をして、その答えに非常な興味さえ持ったということです。さて、友だちとの別れがすむと、今度は自分自身のことを考えるために割りあてた二分がやってきました。本人はどんなことを考えたらいいか、あらかじめ承知していました。いま自分はこのように存在し生きているのに、三分後にはもう何かあるものになる、つまり、誰かにか、何かにか、なるのだ、これはそもそもなぜだろう、この問題をできるだけ早く、できるだけはっきりと自分に説明したかったのです。誰かになるとすれば、誰になるのか、そしてそれはどこなのであろう? これだけのことをすっかり、この二分間に解決しようと考えたのです! そこからほど遠からぬところに教会があって、その金色の屋根の頂が明るい日光にきらきらと輝いていたそうです。男はおそろしいほど執拗にこの屋根と、屋根に反射して輝く日光をながめながら、その光線から眼を離すことができなかったと言っていました。この光線こそ自分の新しい自然であり、あと三分たったら、なんらかの方法でこの光線と融合してしまうのだ、という気がしたそうです……いまにも訪れるであろうこの新しい未知の世界と、それに対する嫌悪の情は、まったく空恐ろしいものでした。しかし、男に言わせると、その瞬間最も苦しかったのは、絶え間なく頭に浮かんでくるつぎのような想念だったそうです。《もし死なないとしたらどうだろう! もし命を取りとめたらどうだろう! それはなんという無限だろう! しかも、その無限の時間がすっかり自分のものになるんだ! そうなったら、おれは一分一分をまる百年のように大事にして、その一分一分をいちいち計算して、もう何ひとつ失わないようにする。いや、どんな物だってむだに費やしやしないだろうに!》男の言うには、この想念がしまいには激しい憤懣の情に変って、もう一刻も早く銃殺してもらいたい気持になったそうですからねえ」

『白痴』第一編の5(木村浩訳)

 セミョーノフスカヤ広場から、この描写にある「そこからほど遠からぬところに教会があって、その金色の屋根の頂が明るい日光にきらきらと輝いていた」黄金のドーム(きっとイサク大聖堂)もどうにか見えたことだろう。また実際のところ、セミョーノフスカヤ広場からイサク大聖堂までは直線距離で約2.5kmなので距離的に見えておかしくない。

 なお、『罪と罰』の舞台の一つに、シュミット橋のことも挙げておかねばなるまい。


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