はじめに

強迫になってからの状況を、ごく簡単に


2004年10月06日(水)

小学生の頃から、
ごくごく軽い縁起恐怖と確認恐怖の傾向があった。
当時は、心配性なんだと思ってた。 うっとおしかったけど、
今から思うと、どうってことなかったよなぁ。
だって、普通に生活できたんだもの。



今から10年ちょい前、
強迫傾向が、だんだん強まってきたと思ったら、
ある日突然、一気に不安の渦の中に引き込まれ、
日常生活が困難になってしまった。 o(*- -)o
何もかもやりかけのまま、あっという間に、
それまでいた世界から、引き離されてしまった感じ。



本格的な症状が出だした頃、
まず、不潔恐怖が吹き出し、そして、それに確認恐怖、縁起恐怖、
加害恐怖、血に対する恐怖、霊的なものに対する恐怖 etc....が
合体していき、不安と恐怖で身動きがとれず、
行動が制限され、不自由の連続になってしまった。

それは、不安と恐怖に完全に支配された世界で、
私は、それらの操り人形のようだった。
何日も何日も、強迫行為をするためだけに、丸一日。 o;T T)o
そして、私の心の中では、もの凄い大嵐が荒れ狂っていた。

当時、不安感がとんでもなく強かったから、
外に出るたび、必ず耐えきれない不安に引っかかって、
その時に着てた服、持ってた鞄、財布、履いてた靴…、
みんな怖くて仕方なくなり、
どんなに洗ったとしても、消えないほどの恐怖に怯え、
どんどん、泣く泣く物を捨ててく羽目になった。

そして、とうとう捨てる物もなくなって、
長い長い間、外に出れなくなった。 o;T T)o
今も、滅多に外に出れない。 捨てれる物なんてない。



初期の猛烈な不安の嵐が去った後、
気がついたら、私の心の中は、大嵐の後の
失われたり、壊されたりした風景が霞んでいた。
どっちに行けばいいのか、方角もわからなかった。

不潔恐怖の大噴火の後、ほんのほんの少しだけ、
症状が緩んだけど、その分、別の苦しみが加わった。
それまでは、あまりに症状が凄まじくて、
他のことは何も、考えられなかったから。

ほんの少しだけ緩んだ強迫の症状と、
強烈な自己嫌悪、疎外感、喪失感、
無力感、無価値感、取り残され感に苛まれつつ、
そして、誤解と偏見、軽蔑と罵倒を浴びつつ、

闇の中、出口を求め、手探りの試行錯誤を続けるしかなかった。
当時、薬も飲めなかったし。
こんなに長くかかるなんて、思ってもみなかったなぁ。



一方、強迫という病気の性質に加え、
私の症状と家の事情によって、
強迫は悪循環に陥いり、こじれて停滞した。 o(*- -)o



症状のせいで、安心して着れる服が確保できず、
数年間、体をメチャクチャ冷やしてしまった。
真冬にロングTシャツ一枚、ショーツ一枚の年もあった。

でも、強迫を理解できない親は、
「着ないのは、あんたの勝手や」と言って、
まともな暖房なし。 金欠で、もともと暖房しない家なのだ…。

体の中心を、常に冷気が下から、キィーーーーーン と突き抜け、
絶え間なく、寒い寒い寒い…、ひたすら、寒い寒い寒い…、
足元は、石のように冷たい。 これでも人間の足か?

似たような冬が、何年間も続いた。
体もボロボロになって、何年間も回復しなかった。
体を冷やすと、体も壊すし、不安感も一発で増すのよね。
長い間、冷やしすぎて、神経もこわばり、
心も体も不調の悪循環になってしまった。



不調で強迫行為が終わらず、いつも寝るのが遅くなった。
ちょうど その時期、狭い道を隔てて 4軒も新築ラッシュ。
上下水道管、ガス管の道路工事もついてくる。

真下近くからの、工事の轟音と振動で、早くから起こされ、
睡眠が更に不足し、強迫が更にこじれることに…。
その工事は、数年間も続いたんだもの。



本人自身が、馬鹿馬鹿しくて無駄だと、分かりきってるのに、
苦痛を感じながら、嫌々仕方なくやってるのに、なのに止められない、
っていうのは、周囲から、ほとんど理解されない。
でも、それって無理もない。私だって、もし強迫になってなかったら、
この感覚、こんな世界なんて、到底想像できないと思うもの。

だから、強迫を理解できない、しようとしない親から、罵倒されてきた。
罵倒したくなる気持ちは分かるよ…。
理解できないと、強迫は見るに耐えないから。
あまりに馬鹿馬鹿しくて。 無駄使いで。

でも、あそこまで罵倒されると、振り切れるはずの不安が、
ものすごい勢いで膨らみ、強迫が悪化してしまう。
悪化すると、さらに罵倒されるという悪循環に。
これも、強迫がこじれ、回復を妨げてきた大きな要因。



今は、不潔恐怖などは消え、
確認恐怖に 軽い縁起恐怖が混じってる。
不安自体のレベルも低くなった。 でもまだ重症かな。
何かするたびに、神経を集中させて手を洗わないと、不安。
ごくあたり前の生活は遠くて見えず、不自由の連続だし。

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