闇翼の黒き狼 最終節「黄昏」


ヴィグリードにはアスガート国のホーリーバトラス軍団、そしてヨツンヘルの人工魔獣軍団が集まっていた。

今にも戦いが始まりそうな雰囲気のなか、ヨツンヘム側の兵士はその異様さに身震いをしていた。

「なんか変だ、俺達って人間と戦ってたんだよなあ。」

「そのはずだが…。」

「いつからこの戦いは機械と化け物の戦いになったんだ。」

「言うな。俺だって疑問に思ってたんだ。だが、もう退く事はできないのだ!」

ヨツンヘム側の兵士が合図を送る。

魔獣の一団が蠢くとアスガード軍に向かってエネルギー弾を連射した。

その攻撃が決戦の火蓋を切った。

双方の軍勢は土煙を上げながら敵に向かって突っ込んでいった。

 

 

「始まりましたか。」

ディグリードより少し離れた丘の上にディウォルフはいた。

この戦いの決着を見届けなければならない。

その思いにつき動かされて彼はここまでやってきていた。

戦いは双方とも互角に見える。

物量はアスガードの方が上だが、個体の能力はヨツンヘムの方が上のようだ。

「戦いたい奴らが戦っているのならそれでいい……しかし……彼らは救えなかった…。」

戦いの中、傷つき倒れていく人工魔獣の姿を見てディウォルフはなんとも言えぬ気持ちになっていた。

 

 

「ディウォルフさんは、行ったか……。」

レジスタンスの街、ディウォルフの部屋の前で青年が呟く。

「なんで狼のおじちゃんが戦いを見に行ったの?」

青霧が青年に尋ねる。

「おそらく、自分で確かめたいのでしょう。自分が生み出された戦いの結末を……。」

以前、過労で倒れたディウォルフの介護をしていた女性が悲しそうな顔をしていた。

「どうしたの?」

青霧の問いに彼女は目を伏せて答えた。

「私はあの人が傷ついて欲しくありません。」

「それは俺らも同じさ。」

いつの間にか、レジスタンスのメンバーが集まっていた。

「俺らに人間も、魔族も変わらないって気づかせてくれたからな。あいつは。」

フィアラルが手を組んで言う。

「それに、あの人がいなければ僕らはここにいなかった。もしかしたらこの世にいなかったかも知れない。」

巨人がその外見に似合わない優しい声でフィアラルの言葉を継いだ。

「戦いが終われば我らは一緒に平和な世界を築いていける。」

神族の青年が嬉しそうに言う。

「それは違うぞ、もう我々は築きはじめているんだ。平和な世界をね。」

オレンジ色の髪の青年が片眼をつぶって言った。

嬉しそうに頷く人工魔獣。

この場には人、魔族や巨人、小人。さらに人工魔獣や力をなくした神族らが全てここに集っていた。

そう、ここには一つの新たな世界ができていたのだ。

「これもディウォルフのおかげかな。重い扉を最初に押したあいつの。」

「そうだ、ディウォルフさんが帰ってきたらみんなでお礼を言おうよ。ねっ、お姉ちゃん。」

緑の髪の少女、緑樹が隣にいた女性に言う。

「そうね、戻ってきたらね。それに私達はまだお礼を言っていないしね。」

紫色の長い髪をした女性は優しく答えた。

(ディウォルフさん、どうか無事で……。)

それはこの場にいる人達共通の願いであった。

 

 

戦いが始まって十数分が経過した。

魔獣はホーリーバトラスの胸部を狙って攻撃していた。

胸部には動力ユニットやコックピットが集まっている心臓部だからだ。

今もヴァルキュリーの胸部がクマに似た魔獣の一撃を受けて砕け散った。

だが、ヴァルキュリーは何事もなかったかのように魔獣を槍で貫いた。

「なんなんだ、奴らは不死身かよ!」

その様子を見ていたヨツンヘムの兵士が叫ぶ。

「……なっ…見ろ!コックピットに乗っている奴を!!」

別の兵士に双眼鏡を渡された兵士はさっき胸部を砕かれたヴァルキュリーを見た。

コックピットが見える。そこに座っていたのは頭部が半分吹き飛んだ兵士の姿であった。

「あいつら、死んでいるのに戦っているのか……。」

兵士は背筋が寒くなるのを感じていた。

「ええい!ニーズヘグはまだか!!このゾンビやろうを妬き尽くしてやる!!」

 

ディウォルフも、アスガートの機体がなにか変だと気がついた。

「あれは人間の戦いかたではない。まるで生者を憎む死霊の戦いかたですね。

 このままではヨツンヘルが一方的にやられる。もしあれが我々の街を襲えば。」

彼の脳裏に火に包まれた町を破壊しつづけるホーリーバトラスの姿が浮かんだ。

「何を考えている、ディウォルフ。戦争が終われば戦う必要もなくなるんですよ。

 平和がやってくるんですよ。だから、我慢するんです。ディウォルフ。」

自分に言い聞かせるディウォルフ。だが、彼の心から不安は消えなかった。

 

 

ヴァイスォードもヴィグリードにて戦いの行く末を見守っていた。

彼女は近くにディウォルフがいることを本能的に気がついていた。

だが今はこの戦いの行く末を知りたかった。

自分が生み出された戦いの行く末を。

 

 

「圧倒的ではないか我が軍は。」

オーディンはほくそえんでいた。

「まあ、神の軍勢に魔物や人間が勝てるはずないのだがな!」

徐々に倒れていく魔獣を見て彼は笑った。

「そうだな、次はレジスタンスに戦いを挑むかな。」

その時、一体のホーリーバトラスが向かってきた。

「オーディン!!」

それはボロボロになっていたがたしかにクィーンであった。

「生きていたか、橙破。」

「あの程度でやられるか!」

「ならば我がこの手で殺してやろう。光栄に思うのだな。」

オーディンはグングニルを構える。

「わしは、死なん!」

橙破はクィーンの最期の力を開放し、オーディンに迫る。

「神に逆らうおろかものが!」

グングニルはクィーンのコックピット右脇を貫いた。

「くおおおおおおぉぉぉぉ!」

クィーンはオーディンの脚にしがみつく。だが、そのままクィーンは力つき機能を停止した。

「お前は英雄になれんよ。我に逆らったのだからな。」

オーディンは冷たく言うとクィーンを踏み潰した。

 

 

「橙破さん。」

ヴィグリードから離れた森の中、兵士は橙破の声を聞いたような気がした。

「空耳やな…。」

彼は橙破の無事を祈っていた。ほんの少しの間だったが彼らの間に強い絆ができていたのかも知れない。

「戻ってきたら昔のことを聞きたいんや、だから無事帰ってきいよ。」

 

 

ヴィグリードでの決戦はアスガード側の圧倒的優位に進んでいた。

それは逃げようとしたヨツンヘムの兵士をも攻撃していた。

「神に逆らう魔族どもが!」

オーディンの狂気じみた笑い声が辺りに響いた。

このまま決着かと思われたその時、空が暗くなった。

なにか巨大なものが太陽をさえぎったのだ。

それははじめ雲かと思えた。

だがそれが巨大な魔物だと気がついた時、炎がホーリーバトラスをなぎ払った。

ホーリバトラスが一瞬で蒸発する。その炎は空を覆っている影が放ったものであった。

影が大地に近づく。それは黒、紫、黄、緑の鱗を持つ異形のドラゴンであった。

「やっと来たか、ニーズヘグ。」

逃げ惑っていたヨツンヘムの兵士が嬉しそうに言った。

異形のドラゴンは口より炎を放ってホーリーバトラスを焼きつくしていく。

いや、ホーリーバトラスだけでなく味方のはずの人工魔獣さえも一緒に焼き尽くしていた。

「やめろ、俺らは味方……。」

ヨツンヘムの兵士は叫ぶこともできず焼滅した

 

その恐るべき姿を見たディウォルフは自分の考えが間違っていたことを確信した。

(どちらが残っても、この世界の災いになる……)と。

 

人工魔獣もホーリーバトラスもあらかた倒されていた。

残っているのはラストフェンサー『オーディン』とニーズヘグのみ。

「全て我が予言どおりだ。」

オーディンはニーズヘグにグングニルをむける。

人工魔獣とはいえ、神の武器を防げるわけがない。勝利を確信してオーディンは槍を投げつけた。

赤い光が白い光を防ぎはじいた。

「なにぃ!」

オーディンは驚愕の声を上げた。

自分の予言ではここでニーズヘグが倒され、それが我が世界統一の始まりとしていた。

それなのに、ニーズヘグはグングニルを防いだのだ。

「ありえぬ、グングニルを防ぐことなどできぬはず!」

ニーズヘグが口を開き炎を放つ。

オーディンは力の障壁を張り巡らせ、それを防いだ。

「なぜだ、なぜ……。まあいい、強い相手ならリハビリにちょうど良いからな。」

そして巨大な2体の戦いが始まった。

オーディンがルーンを刻み魔法をつかえば、ニーズヘグは翼を羽ばたかせ嵐を呼び、

オーディンが炎の輪を放てば、ニーズヘグは大地を鋭い槍と変えた。

その戦いの余波はヴィグリードだけでなく周囲の街や村を破壊した。

もしレジスタンスが避難させていなかったらそこにすむ人々の命はなかったであろう。

ディウォルフは戦いの余波を受けながらもじっとその戦いを見ていた。

 

 

ラストフェンサー内部、そこに橙破はいた。

クィーンで特攻をしかけたと見せかけラストフェンサーの脚にある出入り口から内部に乗り移っていたのだ。

「さて、急ぐか。」

彼は上に向かって走り出した。

 

 

二つの巨大な力のぶつかり合いは自然界にも大きな影響を与えていた。

太陽が消え去り空は暗くなり、気温が一気に下がり雪が降り始める。

各地で嵐が起こり、雷が降り注いだ。

 

異変を知った者達は祈った。

みんなが生き残れるように、大切な人を守るように、平和が来るようにと。

 

アスガートには動くものはなかった。

全ての人は戦いで死んだか、ラストフェンサーの動力となったかしていた。

ヨツンヘムも動くものはなかった。ニーズヘグによってヨツンヘムは焦土と化していた。

そう、戦いあっていた国は自ら生んだ力によって滅んだのだ。

だが戦いは続いていた。

 

オーディンとニーズヘグの戦いは互角のまま永遠に続くかと思われた。

激しい戦いだったが互いに距離をとってからは静寂が包んだ。

隙をうかがうように動かない。

先に動いたのはニーズヘグだった。巨大な口をあけ、炎を吹きかけようとする。

その瞬間をオーディンは狙っていた。グングニルが唸りを上げてニーズヘグの口に飛びこむ。

ニーズヘグは絶叫し地面に落ちる。

「ははは、やはり神が勝たねばならんのだ!」

勝利を確信したオーディンがグングニルを退き抜こうとニーズヘグに近づいた時、

自分の内でなにかが破裂した気がした。

気のせいだと思い、ニーズヘグからグングニルを引きぬいた瞬間、ニーズヘグは炎を放った。

「無駄だ!」

オーディンは障壁をはろうとした、しかし障壁はうまれない。

それどころか体から力が抜けていっている。

「まさか、さっき破裂したのは力をためておいたタンクだったのか……。」

ニーズヘグの炎に包まれながらオーディンが呆然としていた。

 

「やったぞ……これでこいつは動けなくなる……。」

爆発と流れ出るエネルギーによる衝撃で血だらけになった橙破が満足そうに呟く。

「これが人間の力だ………オーディン!」

 

オーディンとニーズヘグが最期の力を振り絞った。

もはや目の前の敵を倒すことしか頭になかった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「グオォォォォォォォ!」

グングニルがニーズヘグの心臓を貫き、ニーズヘグの爪がオーディンの頭部を砕いた。

互いの断末魔の叫びが大地を振るわせる。

次の瞬間、ニーズヘグから黒いオーラが、オーディンから白いオーラがあふれた。

黒き魔の力と白き神の力。それは相反する二つの属性。

その二つの相反する力がぶつかりあった瞬間。世界は静寂に包まれた。

全てが灰色になって………薄れていく。

ディウォルフもオーディンも何が起こったのかわからなかった。

レジスタンスの街にいた者らも、森で待っていた兵士も全てが灰色の光に包まれた。

 

若者は笑っていた。

「そう、これだよ。僕が望んでいたのは……。僕の楽しみを壊してくれたオーディン。

 僕の力で色々助けられたのに…僕の息子らを汚し、僕を束縛した…オーディン。

 満足した?自分が一瞬でも最強になれて……。けど、おまえの予言は、はずれちゃったね。」

嘲笑を残しながら、若者の姿は消えていった。

 

この日、ヨツンヘムとアスガートと呼ばれし国はなくなり、他の世界の者からルグドラシル界と呼ばれた世界は消え去った。

 


 

エピローグ「終焉の果ての出会い」

 

ディウォルフはなにもない場所を漂っていた。

何がどうなったのかわからない。

周囲になにかが見える。

ごつごつとした岩、荒れ果てた不毛の大地。空は深い紫の雲に包まれている。

自分がそこに立っていることに気がついた。

「ここは……。」

ディウォルフは周囲を見つつ歩く。

なにか違和感を感じた彼は近くの岩に触れたが前足が通りすぎた。

「そうか、私は死んだのですね。」

ディウォルフは冷静に今の状況を受け入れていた。

 

遠くで子供の声が聞こえた気がした。

ディウォルフはその方に急いだ。

そこには一人の赤ん坊がいた。

「赤子が何故こんなところにいるのでしょう。ですが、このままでは、この子はいつか死んでしまう。」

彼は、小さなその命を救いたいと思った。

「この子に生きる為の知識を、そして力を。」

ディウォルフが近づこうとすると赤ん坊の周囲に闇が渦巻き始めた。

自分と同じ闇の力を彼は感じた。

「私はおまえを傷つけるつもりはない。だから、私を受け入れて欲しい。」

赤ん坊の周囲にある闇がディウォルフを貫く。

だが、ディウォルフは攻撃せず赤ん坊に歩み寄った。

「怖がらなくていいんだよ。」

なおも闇はディウォルフを貫いていく。

「私は、君を守る。」

不意に赤ん坊の周囲に渦巻いていた闇が消えた。

「受け入れてくれた様ですね。」

 

こうして彼はその赤ん坊、黒狼を育てていった。

それはもう目の前で命を救えず後悔したくなかったから。

そして、この子に幸せになって欲しかったから。

「私がいつ消えるかわからないが、その時までは彼のもとにいよう。大切なこの子のもとに。」

 

 

彼との出会いが彼に再会と新たな出会いを与える事になるのだが、それはまた別の話である。

 


第七節>  ・  <タイトルに戻る>  ・  <もう一つのエピローグ