東方司令部の、執務室で。 部屋の主たるロイ=マスタング大佐と、客人であり民間人であるアルフォンス=エルリックは2人仲良く、苦虫を噛み潰した顔を晒していた。 |
「くちづけ」 |
正確にはアルフォンスのほうは「噛み潰したかのような雰囲気を漂わせていた」になる。 しかし鎧の身体であっても妙に感情は判るもので、もし今の彼に表情があったなら、そっくりマスタング大佐と同じものであっただろう。 なぜなら2人の何ともいえない表情の原因は、それぞれ。 これまた2人で、実に仲睦ましく語り合っていたからである。 「エドワード君、痛かったら言ってね?」 「え? うん、大丈夫。そんな恐る恐る触んなくたって、だいじょーぶだって」 「だって、とっても綺麗な髪だもの。切れちゃったら勿体無いでしょう?」 「やだなー中尉。オレ男だよ? んな髪なんか気にしてらんないって!」 「ダメよ、せっかくこんなに綺麗な金髪なのに。男が外見を気にする時代が今に来るわよ?」 「中尉だって綺麗な金髪じゃんか。オレ好きだよ?」 「そう? ありがとう」 「それにさー、男が外見とか気にすんのって、おかしくねー?」 「あら、それは偏見ね」 微笑ましい。 東方司令部内の誰に聞いても、そういう答えが返ってくるだろう光景が、そこには展開されていた。 執務室のソファに腰かけたエドワードと、その後ろに回ったホークアイ中尉。 中尉は珍しく解かれたエドワードの髪を丁寧にくしけずり、エドワードは実にくつろいだ顔つきで、ソファにどっしりもたれかかっている。 事の起こりはつい先ほど。 いつも着込んだ赤のコートをばさりと脱いだ瞬間に、髪を束ねた紐が緩んでしまったのだ。 適当にまとめ直そうとしたエドワードに、中尉が櫛を取り出してきて、今に至る。 はじめは「三つ編みをちょっとやらせてくれない?」であったのに、今や「髪のお手入れ講座」状態。 互いに互いの相手がじゃれ合っていて、どうにも面白くない残る2名が、苦虫を噛み潰すこととなったのであった。 「本当に綺麗な髪ね、全然編んだ跡が残らないし」 「何か束ねにくいんだよなー。全然まとまんないし鬱陶しいだけ」 「わたしから言わせてもらえば、羨ましいわよ? 仕事柄、痛みやすいのは諦めているけれど、君は全然そんなことないし」 「そーかなー? でも中尉って、意外と手入れとか気にしてるんだなー」 「それは誉めてくれてるのかしら?」 「あははは……ごめん忘れて中尉」 後ろに点描や花々が飛び交いそうな雰囲気に、押し出された形の2名は、ぼそぼそ小声で会話を交わす。 「…いいんですか大佐。仕事するよう言わなくて」 「……仕方ないだろう。今はわたしのほうが仕事溜めてるんだから!」 「それで中尉が監視兼、休憩に入ってるわけですか……もぅ、情けないなぁ…」 「何か言ったかね、アルフォンス君?」 「いいえきっと幻聴ですよマスタング大佐」 どこかで、しかし確実に見えない火花が散っていた。 「よし、できた」 「できた? ありがとー中尉」 「どうしたしまして」 「何かさぁ、中尉って、いい匂いすんね? 何かつけてる?」 「いいえ? 別に何も」 「ふーん…?」 ふんふん、と。 奇妙な向こうの空気など気づきもせず。 エドワードは後方のホークアイ中尉に向き直り、膝立ちして彼女の方へ伸び上がった。 「うーん……何かつけてるって思ったんだけどなあ…」 心底不思議そうに首を傾げて、ついでエドワードはにっこり笑う。 いつものにやりとした笑いではなく。 「ま、いいや。中尉、ありがとv」 ちゅ、と。 エドワードからホークアイ中尉の右頬へ、軽いキス。 「あ――――――っっ!!?」 途端に上がった何者かの叫びなど、2人は聞いてはいなかった。 珍しくにっこりと笑って、お返しと中尉も軽くエドワードの方へとかがむ。 「ふふ、ありがとう?」 めったにない部下の親愛の示し方に、思わず固まる上司の姿。 がたっ。 そして微笑ましい雰囲気は、突然もの凄い速度で立ち上がった鎧の人物によって破られた。 ずかずか兄の方へと歩み寄り、有無を言わせぬ調子で彼に告げる。 「兄さん、もうこれ以上は仕事の邪魔だから、帰ろう! さ、早く帰るよ!!」 「え、ちょ、ま、あ、オレのコート……っ!」 エドワードの言葉を聞くなり、アルフォンスは壁のコート掛けにかかった彼のコートを兄に被せ、兄が文句を言う暇も与えずにさっさと彼ごと抱えるように執務室の扉をくぐった。 「それじゃあボクたちはこれで失礼します。まだしばらくここには滞在するので、何かあればいつもの宿に連絡ください。それではまた今度。失礼しましたっ!」 「うわ、あ、中尉っ、ありがとなーっ」 「しつっこいよ兄さんっ」 ばたんっ。 恐ろしく良い勢いで閉められた扉を見つめ、堪えきれないようにホークアイ中尉が笑みを漏らした。 (ふふ、ご機嫌直せるかしらね?) ついで、いまだに固まったままの上司にも視線を戻す。 (…意外と、突発事項に弱いのかしら) 妙に目の前の人物が可愛く見えて、そんな自分に驚いてしまう。 あっちはあっちで大変そうだけれど、こっちはこっちで面倒ね。 そう考えつつも、リザはわざとらしく上司へと言い募った。 「大佐、ペンが止まっていますよ?」 |