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「盗心」 第4章 監視役のマルチ

「先輩、綾香さんは私に任せて、早く神岸さんと一緒に!」
「あ、ああ」
 自分より小さな女の子にこの場を任せるというのは気が引けたが、そんなことを言っている場合じゃない。俺と葵ちゃんの戦力としての差は雲泥だったのだ。
「すまない!」
 俺はこの場を葵ちゃんにまかせ、あかりの後を追った。
 対峙する2人の横を走り抜ける時、綾香が俺に言った。
「あなたが志保って子を助け出したとして、この建物を出るにはまたここを通らないと出口はないわ。お荷物をかかえて、はたして逃げられるかしらねぇ。それまで・・・・」
 綾香は葵ちゃんの方を見やった。
「あの子が無事だといいけど?」
「・・・・くっ」
 俺はそのまま建物の奥へと走った。俺がいたところで、葵ちゃんの邪魔にしかならないと判断した。悔しいが、綾香の実力の一端に触れ、自分の力を悟った。
「はあっ!」
 葵ちゃんが先制攻撃をしかけた。

「あかり!」
 あかりはドアを開けるのに苦戦していた。
「鍵がかかってるよ、浩之ちゃん」
「誘拐犯がドアをロックせずに閉じ込めるはずねぇだろ、どいてろ!」
 俺は近くにあった鉄材を持ち、力任せにドアノブをブッ叩いた。さすがに簡単には壊せねぇ。俺は何度も、何度も叩きつづけた。
 ようやくドアノブを破壊した時には、俺の腕は衝撃による痛みで、動かせないほどだった。あかいの奴が心配していたが、そんな場合じゃない。
 その部屋の、さらに奥の部屋の階段を登ったところに、志保はいた。
「志保!」
「あかり! 来てくれたのねぇ〜!」
 志保は鉄格子の中にいた。この中から助け出すのは、さっきのドアより骨が折れそうだ。
「あかり、あたし、信じてたわ!絶対、助けに来てくれるって!」
「当たり前じゃない。友達でしょ」
「ううう〜」
 2人は鉄格子ごしに手を取り合った。
「おい、志保!このオリの鍵はどこにあるか分かるか」
「ヒロ!あんた、もっと早く助けに来なさいよね!全く!」
「そんだけ元気なら大丈夫だ」
 全く、志保の奴。今の自分の立場を少しはわきまえろ。
 そう思いながら俺は、なぜか少しほっとしていた。
「淋しかったでしょ、志保」
「ううん、マルチが話し相手になってくれていたから」
「マルチが!?」
「ほら、そこよ」
 志保が指を指した方向には、部屋の隅に置かれた椅子に座って静かな寝息を立てているマルチの姿があった。
「監視役、ということか」
 ということは、さっきから大声で話していたのは実はかなりまずいことだったのだ。志保を監視する役目でこのマルチ型メイドロボはここにいたのだから。それにしても、俺たちが侵入したのに寝ているなんて、見張り役がになってねぇじゃねえか。全く、マルチらしいぜ。
 そう思った俺は、この状況であるにもかかわらず、思わず笑ってしまった。
「鍵ならそのマルチが持ってるわよ」
「おい、志保。このマルチは、どんなマルチだ?」
「どんなって、普通のマルチよ」
「て言っても、仮にも見張りだぜ?普通のボケボケマルチで勤まるわきゃねぇだろ。何かあるんじゃねえか、目からビームが出るとか」
「何言ってんの。ごくごく普通の、ボケボケマルチだわよ」
 俺は半信半疑ながら、寝ているマルチにそっと近づいた。手に持っている様子はない。とすれば、ポケットか・・・・。
「浩之ちゃん、だめっ!」
「!」
 緊張していた俺は、あかりの突然の声に心臓が跳ね上がった。
「いきなり大きな声を出すなっ!」
「今、マルチちゃんのお尻を触ろうとした」
「だっ、ポケットを探ろうとしたんだろうが!」
「・・・・ん・・・・」
 しまった! 今の騒ぎで起きちまった!
 俺はとっさに後ろに飛びずさった。マルチの目が開く!
「もう朝ですか・・・・?」
 恐怖と緊張が崩れ落ちそうな間の抜けた声だった。
「あ、浩之さん!」
「よ、よお・・・・」
 俺は刺激を与えてはいけないと、人畜無害を装うことにした。マルチなら何とかごまかせると思ったからだ。だが、俺を確認したマルチは、いきなり俺に向かって飛び掛って来たのだ!
「うわぁぁぁ!」
 腰が引けていた俺はあっけなく押し倒された。俺の胴にマルチの腕が回る。
 もうだめだ。俺がそう思った時、マルチは笑顔でこう言った。
「逢いたかったです、浩之さん!」
「はあぁ?」


「盗心」 第5章 絶体絶命、悪魔招来

 そのマルチは、俺たちの知っている、俺たちの学校でデータ収集のために生活をしていた、試験型のマルチだった。テスト期間が終わって廃棄されたと聞いていたのだが、ある研究員の説得により廃棄は免れ、ここで働いているという。マルチは、来栖川の裏の実態を知っていた。知っていたが、どうしようもなかったという。俺たちは一緒にここから逃げようと言った。
「ですが、ここにも恩義がありますし・・・・」
「そんなの、感じることなんかねぇよ。ここにいたら、マルチのためにならない。俺はマルチを力づくでも連れて行くぜ」
「浩之さん・・・・分かりました」
 そう言うと、マルチは身支度だと言ってごそごそ袋に詰めだした。手提げ袋に大方詰め終えると、麦藁帽子をかぶった。
「これ、浩之さんにプレゼントして頂いた帽子です。覚えてますか?」
 忘れるはずがない。その笑顔も、あの時のままだった。

 葵ちゃんと琴音ちゃんが気になる。俺は皆をせかし、足早に戦いの行われている場に戻った。綾香の話によるとここを再び通らないと外には出られない。いや、それよりも葵ちゃんと琴音ちゃんを放って逃げられない。
「きゃああっ!」
 葵ちゃんの悲鳴!俺が急いで駆けつけた時、葵ちゃんは傷だらけで床に倒れていた。
「なかなかだったけど・・・・私を倒すのはまだまだね」
 そういう綾香もかなりのダメージを受けているようだった。試合ではいつも平然とした顔で勝利してきた綾香だったが、あんな打ち身だらけの顔は初めて見た。
 強くなったんだな、葵ちゃん・・・・。
 だが、葵ちゃんの倒れた今、綾香に対抗できるメンツはいなくなった。
 俺が、やるしかないのか。葵ちゃんとの激戦で、綾香も相当ダメージを受けているはずだし、体力も減っているはずだ。今なら・・・・!
「きゃああああっ!」
 今度は、琴音ちゃんの叫びだった。皆が一斉に振り向くと、芹香先輩の魔法陣から巨大な、見るからに異世界の生物が姿を表した。呼び出したしもべを琴音ちゃんの超能力でことごとく粉砕された先輩が、最後の切り札を召還したようだ。
「姉さん、駄目!それは・・・・!」
 綾香が似つかわしくない声で叫んだ。よほどヤバいものらしい。
「みんな、逃げるんだ!」
 俺は倒れた葵ちゃんを抱え上げ、出口に向かった。葵ちゃんの体は驚くほど軽かった。
 こんな体で・・・・よく頑張ったな、葵ちゃん。
「浩之ちゃ〜ん!」
「ちょっとあんた、待ちなさいよ!」
「ま、待って下さいぃ〜!」
 口々に何か叫びつつ、何とか俺の後に続いてくる。出口の前で琴音ちゃんの手を取った俺は、来栖川姉妹を見た。
 おそらく自分の持つ力以上の召還術を使ったのだろう、倒れている芹香を綾香が抱き上げるところだった。
「姉さん!しっかりして!姉さんでないと、呼び出した悪魔を再び戻すことはできないのよ!お願い、目を覚まして!」
「綾香、逃げろ!」
 俺はとっさに叫んでいた。召還された悪魔は、その巨体の半分以上を魔法陣の上に現していたのだ。だが綾香は、芹香先輩しか見えていないようだった。
「あかり、志保!葵ちゃんを頼む!みんな、各自で逃げろ!」
「浩之ちゃんは!?」
 あかりの呼びかけには答えず、俺は来栖川姉妹のもとへ引き返した。
「綾香!逃げろ!」
「あなた、どうして!」
「いいから!」
 俺は有無を言わさず芹香先輩を背中に乗せた。胸の感触を味わってる暇は、今はなかった。
「どうして助けたりするの!?」
「馬鹿、ダチじゃねぇか、放っておけるかよ!」
「ダチ・・・・?」
 いよいよ悪魔野郎が魔法陣からその全貌を現した。身の丈5〜6mはある。俺は全力で走りながら後から来る綾香に向かって叫んだ。
「おい、本当にあの野郎を追い返すのは先輩にしか無理なのか!?」
「ええ、あんなのと戦って勝てるはずがない。元の世界に送り返すしか手はないわ」
 綾香が戦って勝てないと言っているのだ。追い返すしかないのだろう。
 しかし、肝心の先輩がこの状態では・・・・。
 ほどなく、前をチンタラ走っているあかり達に追いつく。
「こら、ボサっと走ってんじゃねぇ、本気で走れ!」
「そ、そんなこと、言ったっ、て・・・・」
「モ、モーターが・・・・」
「私達はか弱い女の子なんですからね!」
「志保はまだ元気そうだな。おい、お前あいつを食い止めろ!」
 そう言って俺は後ろから迫ってくる化け物を指差した。
「馬鹿言わないでよ!食い止めるのはあんたの役目よ!」
 そうこう言っている内に、俺達は高いフェンスに行く手を遮られてしまった。
「どうすんのよ!浩之、何とかしなさいよ!」
「無茶言うな!お前こそ自慢のマシンガントークであいつを説得しろ!」
「言葉が通じればいいけどね!」
 絶体絶命とはこのことか。あかりやマルチ、琴音ちゃんは恐怖でへたり込んでしまった。葵ちゃんもいるし、こいつらと一緒に逃げるのは不可能だった。
「私が何とかする。あなたはみんなを連れて逃げて」
 俺たちに追いついた綾香が言う。
「何言ってやがる?勝てねぇって言ったのは綾香、お前だぜ!」
「勝てないまでも、脚止めくらいはできるかもよ」
「お前・・・・」
「利き脚の足首がちょっと痛むけど・・・・あの葵って子、なかなかいいキックだったわ」
「無理だ、そんな脚で」
「嬉しかったわ、ダチだって言ってくれて」
 そう言うと、綾香は悪魔に向かってダッシュした。
「綾香ぁぁぁ!」
「喝ぁぁぁぁぁぁぁぁ〜っ!!!!!!」
 ドオオオオオオオン・・・・。
 どこからか聞き覚えのある一喝が聞こえたかと思うと、悪魔野郎は地面を揺らし、その巨体を地面に横たえていた。
「あ・・・・あの一喝は・・・・まさか・・・・」
「芹香お嬢様、綾香お嬢様に手出しすることはこのセバスチャンがゆるしませぬ!」
 俺たちの目の前に、タキシードが仁王立ちになっていた。


「盗心」 第6章 壮絶!セバスチャン散る

「セバスチャン!」
 来栖川の超絶執事、セバスチャンであった。こいつには学生時代、何度も先輩との下校を邪魔されたぜ。
 だが、今・・・・。
「さぁ立たれよ異形の物よ!このセバスチャンが成敗いたす!」
 これほど頼もしい助っ人はいない。
 しかし、いくら体格のいいセバスチャンとはいえ、5〜6mの巨体相手に戦えるとは思えなかった。
 悪魔がその巨大な鉤爪のついた腕を振り上げた!俺はセバスチャンの死を覚悟して、おもわず目を閉じた。
「喝あああああああああっつ!」
 俺がおそるおそる目を開けると、そこには巨大な腕を両手で受け止めている来栖川財閥のスーパー執事の姿があった。
「・・・・嘘だろ」
 昔から常識外れな人とは思っていたが、これほどとは・・・・。
 いけるかもしれない。俺はセバスチャンに足止めをまかせ、芹香先輩の意識を取り戻す努力をした。
「先輩! 先輩! 起きろよ!」
「・・・・」
「先輩!?」
 目が開いた。何が起こっているか分からない表情だ。
「先輩、大変なことになってるんだ、早く・・・・」
「ぎゃああああああああああああああ!!」
「!」
 一瞬、目の前が明るくなった。悪魔が炎を吐いたのだ。セバスチャンは炎で燃えるタキシードを着ていた。もう、助かりそうにない。
「セバスチャン!」
 飛び出そうとする綾香を、セバスチャンは手で制した。そして、振り返って俺を見た。
「若造・・・・芹香お嬢様を頼む」
「な!」
 セバスチャンは炎を身にまとったまま、悪魔に飛びついた。振り払おうとする悪魔だったが、セバスチャンは離れない。次第に、悪魔の体にも炎が燃え移っていった。
「セバスチャン!」
 俺は驚いた。一瞬。誰がその声を発したのか分からなかった。その声の主は、何と芹香先輩だったのだ。
「芹香お嬢様ぁぁぁぁ!この来栖川をお出になられませぇぇ!魔術の研究などという馬鹿げたものにこれ以上芹香お嬢様が人生を費やされること、このセバスチャンは我慢がなりませぬぅぅ!」
「セバスチャン!」
 もう一度、芹香先輩は叫んだ。先輩が叫ぶなんて、今までも、またこの先もないかもしれない。それだけセバスチャンに対する信頼、そして愛情は計りしれなかった。
 悪魔は燃え盛る巨体を揺らし、建物の方へきびすを返した。自分が出てきた魔方陣へ戻るつもりなのだろうか。
「いけない、工場が!」
 綾香が叫んだ。悪魔は一層燃え上がった。そして、何かに引火したのだろう、建物が派手な音を立てて爆発を起こした。一体何の工場だか知らないが、来栖川の裏の顔であることには間違いないだろう。
 この世のものではない咆哮と共に燃え崩れていく悪魔と、その生涯を愛する芹香お嬢様のために費やし、文字通り燃え尽きた執事の最後であった。

「・・・・帰るぞ」
 俺は放心状態のみんなに声をかけた。誰1人として、動こうとするものはいない。
 その時だった。
「貴様らぁぁ!マルチを返せ!」
 俺達の目の前に立ちはだかった白衣の男。その手には拳銃が握られていた。
この世のものではないものを見た後では、拳銃さえおもちゃのように見える。ここにいる全員、感覚がマヒしてしまっていて、恐怖はなかった。
「俺の、俺のマルチをたぶらかしたのはどいつだ!」
「あ、あの、わたし、あうあうあう」
 マルチは気が動転してセリフらしいセリフが出てこない。
 白衣の男の目が、俺を捉えた。
「貴様・・・・か。マルチのメモリーに強烈に残っていた奴だな。お前が藤田浩之・・・・マルチを惑わす存在め」
 銃口が俺に向いた。何が何だか分からなかったが、殺されるという漠然とした考えだけが頭にあった。
「死ね!」
「浩之ちゃん!」
 パン!
 おもちゃのような銃声が響いた。
 俺の体は地面に転がっている。
 何があった?確か、あかりの声が・・・・。
「あかり!?」
 体を起こすと、あかりが俺の前に倒れていた。
 まさか・・・・撃たれた?
 俺の代わりに?
「ぐあ!」
 白衣の男が叫んだかと思うと、そのまま倒れて動かなかった。
「雅史・・・・」
 白衣の男を仕留めたのは、雅史だった。
「なぜ、お前が・・・・」
「あたしが携帯で連絡したのよ。味方は多い方がいいでしょ」
 志保が得意げに言った。こいつは俺と雅史とのいきさつは知らない。戦力になると思ってSOSを出したのだろう。現実に助けられたのだが。
「あかり!」
「ひ、浩之ちゃん・・・・無事だったんだね・・・・」
「馬鹿野郎!普段はトロいくせに、こんな時だけ・・・・どうしてだ!」
「どうして・・・・泣いてるの?浩之ちゃん。変なの・・・・」
「あかり!」
 俺のせいだ、俺の代わりに、あかりは、あかりは!


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