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「盗心」 第1章 志保の失踪

 終業のベルが鳴った。
 また今日も気分の晴れないまま1日が終わる。親友の雅史に嫌悪感を抱いたのは初めてだった。
 あれから1週間が経つが、街でHMX−12型のメイドロボを見かける度にあの時のことが目に浮かぶ。
 あれはマルチじゃない。分かってはいるが、俺はマルチを汚されたという気持ちから、怒りが収まらなかったのだ。しかも、その怒りの向いている先はずっと親友だった佐藤雅史・・・・雅史を憎んでいる俺自身にも腹が立っていた。そして、「俺がもしマルチを手に入れたとしたら、あんな使い方をしないと言い切れるのか」と考えた時、自分にも嫌悪を感じた。
 俺もマルチを、ロボットとしか見ていないんじゃねぇか。
「浩之ちゃん、大変だよ」
 俺はこの1週間、ずっと頭の中で問い掛けていたこと。自分はどうすればいい?マルチに、何をしてやれる?答えは出ないまま頭の中をただ回っているだけだった。
「浩之ちゃんてば」
「あ〜、うっせ〜!会社でその呼び方をするなと言ってるだろ」
「もう、そんなこと言ってる場合じゃないんだってば」
 俺から見れば全く大変そうに見えないのだが、あかりはこれで焦っているのだろう。
「志保が、いなくなったんだよ」
「あぁ?」
 長岡志保。俺たちの、学生時代からの付き合いのある・・・・腐れ縁ってやつか、そんな奴だ。付き合いやすいがうるさくてかなわない時がある。噂好きで秘密は絶対に厳守しないタイプだ。
「どういうことなんだ?」
「今日ね、帰りに会う約束をしてたの。で、待ち合わせの確認をしようと思って携帯に掛けても出ないの。家にも帰ってないって言うし、志保の会社に電話したらもう帰ったって・・・・会社の人に聞いたらね、なんでもセリオちゃんが志保を迎えに来たって・・・・」
「何でセリオ・・・・いや、セリオ型が志保を?誰かの使いか」
「私の知ってる範囲じゃ、セリオちゃんのいる家はないよ」
 セリオの値段は、マルチのそれに比べてかなり高い。それもそのはず、基本的な性能が違うのだ。マルチとて、そうそう一般家庭で買えるものではないが。
「それにしても、何でそれが志保の奴がいなくなったことになるんだ?」
「志保が携帯を手放すなんて、ありえない。何度も電話してるのに」
「電波が届かないんじゃねぇか」
「ううん、ちゃんと呼び出してるもん」
 あかりは言い出したら聞かない。ガキの頃からずっとそうだった。
「わ〜ったよ、で、何をすりゃいいんだ?捜せっていうのか?手がかりはそのセリオしかないぜ?」
「うん・・・・でも・・・・」
 ったく、しょうがねぇな。あかりのこの顔には勝てない。
「なぁ、何か心当たりはないのか?何か言ってなかったか?」
「う〜ん・・・・」
 駄目だ。とりあえず退社して、街に出よう。そう思った時、あかりが呟いた。
「そう言えば、こんなこと言ってた。大ニュース、大ニュースよ、志保ちゃんの大スクープよぉ!」
「その前置きはいいから、その内容を言えよ」
「あ、うん、えっと、確か、来栖川エレクトロニクスの秘密を掴んだ、って」
「来栖川の秘密・・・・だぁ?」

 結局、その夜は俺とあかりで志保の奴を捜したが、手がかりすら見つけることができなかった。あかりの奴が雅史に手伝ってもらおうと言ったが、俺は拒否した。理由はあかりには言わなかった。
 その次の日も、志保の奴は家にも帰っていなかった。
 その日の夜、俺たちは唯一の手がかりであるセリオ型メイドロボが志保を迎えに来たという証言と、「来栖川の秘密を掴んだ」と話していたというあかりの話から来栖川エレクトロニクス社を尋ねてみることにした。
 正面玄関からの訪問は、あっさり拒否された。こんな時間だ、当然と言えば当然だろう。
「ますます怪しいね、浩之ちゃん」
「バーカ。こんな夜に部外者を社内に入れる警備員がいるかよ」
「そうかなぁ・・・・」
「あ・・・・」
 突然の、背後から聞こえたか細い声に俺たちは振り返った。
「やっぱり・・・・センパイだったんですね。お久しぶりです」
 そこには、琴音ちゃんが立っていた。
 姫川琴音(ひめかわ ことね)。日本でも珍しい、超能力を持った女の子だ。学生時代に知り合い、その超能力のの暴走に悩んでいた彼女の力になってあげたことがある。具体的には、力を制御できるようになる手助けをしたというわけだ。
「琴音ちゃん、こんな所で何を?」
「私のおうち、この先なんですよ」
「そっか」
 彼女も仕事の帰りらしい。琴音ちゃんがこの近くに住んでいたとは知らなかった。
「お二人は、ここで何を?」
「ちょっとここに・・・・来栖川に用があってね」
「来栖川・・・・」
 気のせいか?琴音ちゃんの顔が一瞬、強張ったように見えた。
「何の・・・・用ですか」
「実はね・・・・」
 俺は、琴音ちゃんには関係ないから話さないでおこうと思ったのだが、あかりが勝手に喋りだした。それを黙って聞いていた琴音ちゃんだったが、急に真顔になって俺たちに言った。
「行きましょう」
「え、行くって?」
「長岡さんが、危ないと思います」


「盗心」 第2章 待ちうける来栖川姉妹

「志保が危ないって、どういうこと?」
「何か知ってるのか?」
「潜入します。ついてきて下さい」
 琴音ちゃんの、小さいが力強く、何かを決心したような声に俺とあかりは黙って後をついて行くことにした。
 会社の裏手、工場のような建物の一角にあるドアのノブを握って、琴音ちゃんは目を閉じた。数秒後、バチンという音がドアノブから聞こえ、ドアが開いた。
「ここから入ります」
 彼女は超能力でドアの鍵を壊したらしい。ずいぶんと力を使うことに慣れてきているようだった。
 中は、当然のごとく真っ暗だった。
「ここをまっすぐ行った突き当りを左に行った所にある部屋・・・・おそらくそこに長岡さんが・・・・」
「琴音ちゃん、どうしてそんなこと知ってるの?」
 あかりの質問に、琴音ちゃんは答えなかった。
「えっと、電気は・・・・」
 電気のスイッチを手探りで探すあかり。
「駄目です、私たち不法侵入なんですよ。ばれたら大変なことに・・・・」
 突然、明かりがついた。
「あかり、琴音ちゃんの言うことを聞いてなかったのか!?」
「わ、私じゃないよ!」
 明かりの元は、電気ではなかった。火・・・・松明のような、ゆらゆらとした火。その火と火の間に俺たち3人を見つめる目があった。
 魔女だ。黒い帽子に黒いマント、身に付けているのはそれだけだ。胸元にかかえられた書物は、その豊満な胸を隠し切れていない。下半身は火の光が届いていなく暗がりでよく見えないが、やはり何もつけていないようだ。
 床に書かれた謎の魔方陣の向こうに、来栖川芹香先輩が魔女の姿で立っていたのだった。
「来栖川先輩・・・・」
「そんな、どうして!?」
「・・・・あなたたちがここから入ってくると、霊が教えてくれました・・・・だって?」
 俺は久しぶりに芹香先輩の翻訳をした。まだまだ先輩の言いたいことが読める力は健在のようだ。
 続けて、先輩はこう言った。
「ええと、姫川さん、私たちを裏切るのですか・・・・だって!?」
 琴音ちゃんが?どういうことだ!?
 琴音ちゃんを見ると、額に汗が滲んでいる。
「芹香さん、長岡志保さんを返して下さい」
「それはできません・・・・だって?どうしちまったんだ、先輩!」
 あかりは訳が分からないのでどうしていいか分からない様子だ。
 俺だって分からない。一体、どうなってやがるんだ?
「お姉さん、何してるの?さっさと追っ払っちゃったら?その子たちなら低級悪魔で十分でしょ?」
 室内に電気が灯り、先輩の後ろからさらにもう1人現れた。
 芹香先輩の妹、格闘技エクストリームの王者、来栖川綾香だった。
「綾香!」
「あら藤田君、お久しぶりね〜。元気だった?」
「これは一体、どういうことだ!?」
「それはこっちのセリフよ。夜中にこっそり忍び込むなんて、どういうご用件かしら?おまけに、そこにいるのは琴音ちゃんじゃない。あなた、どういうつもりなの?」
「琴音ちゃん、君は・・・・」
 しばしの重い沈黙の後、琴音ちゃんの口がゆっくり動き出した。
「一般には知られていない、来栖川の極秘プロジェクト・・・・超科学的な表面とは対照的な、非科学的な研究・・・・それが魔法と超能力です」
 魔法と超能力。およそ来栖川社のイメージからはほど遠い。
「その魔法プロジェクトの実験材料が芹香さん、超能力プロジェクトの実験材料がこの私なんです」
「!!」
「この近くに住んでるのも、全て来栖川から用意され、与えられたもの。週に何度と呼び出されては実験に使われて・・・・実験だと言われ、あんなことやこんなことを・・・・そんな中、昨日ここに女の子が1人運びこまれるのを見たんです。長岡さんという確証はありませんが、よく喋る人だなと思ったのを覚えています」
「そ・・・・そんなことが・・・・で、でも、どうして黙って言うことを聞いていたんだ?君の超能力を使えば、逃げることもできるはずだ」
「そ、それは・・・・」
 口篭もる琴音ちゃんに、綾香が口をはさんだ。
「琴音ちゃんは私たちには逆らえないはずよね〜?あの薬がないと琴音ちゃんは・・・」
「薬!?」
「・・・・はい」
 琴音ちゃんは観念したように喋り出した。


「盗心」 第3章 復讐のエクストリーム

「私の力の暴走・・・・先輩がご協力して下さって、力をコントロールできたと思っていました。でも、確かに先輩の励ましで制御が上手くなったのは本当です、でもそれだけじゃ・・・・止まらなかったんです。今、こうして普通の生活を送っていられるのは、来栖川の開発した力を抑える薬・・・・それのおかげなんです」
 いつしか琴音ちゃんは涙声になっていた。その衝撃の事実を知った俺も愕然となった。自分は力になれたと思っていたのに、実は何の解決にもなっていなかった。
 ずっと来栖川の実験材料にされていたなんて・・・・。
「これ以上あなたたちが先に進むと言うのなら、敵とみなすわよ。いいのかしら?」
 攻撃的な目で俺たちを見据える来栖川綾香。エクストリームのチャンプという自信があふれている。
 俺は芹香先輩に声をかけた。上手く説得すれば先輩なら、という考えが浮かんだからだ。
「先輩」
 う、目のやり場に困る。明かりがついた今、先輩の肢体が丸見えだった。しかし、そんなことを言っている場合じゃねぇ。
「先輩、あんたも俺たちの邪魔をするのか?友達を救いに来ただけなんだぜ、どう見たってそっちが悪いじゃないか。先輩、あんたまで敵に回るっていうのか?そんなの、悲しいじゃねぇか」
 先輩の頬に、涙が伝った。
「え・・・・ごめんなさい・・・・だって?」
 やるしかないのか。
 どうするか。この際、あかりは戦力外だ。
 俺は先輩の相手はしたくないし、第一魔術相手にどう戦うんだ?ここは非科学には非科学で対抗してもらうとして、俺の相手はやはり・・・・綾香か。
 学生の時、あいつに格闘技を教わったんだったな。まさか本当に戦う時が来るなんて。
「あかり!」
「は、はひっ!?」
「ボーっとしてんじゃねぇ、俺たちがあの姉妹を足止めしている内にお前は志保を救出するんだ!」
「で、でも」
「行くぜ、琴音ちゃん」
「はいっ!」
 先輩が何やら呪文を詠唱すると、魔法陣から得体の知れないモノが飛び出してきた。
「えいっ!」
 琴音ちゃんが一喝すると、その物体は破裂し、消し飛んだ。さすがだ。これは任しておいて大丈夫と踏んだ俺は、あかりの前に立ちはだかろうとする綾香に向かって行った。
「綾香、お前の相手は俺だ!」
 すかさずローキックを放つ。だが、綾香の姿はすでにそこにはなく、俺の左側に回っていた。しまった、と思った瞬間、後頭部に重い衝撃が走った。一瞬、気が遠くなりかける。恐ろしく強烈な一撃だった。
「どうしたのぉ?なまってるんじゃない?藤田くん」
「く・・・・」
「駄目よ、まだ倒れちゃ。ちょっとは楽しませてよね。手加減したんだから」
「て、手加減だと」
 あの強烈な一撃は手加減したものだったというのか。
「高校の時に私が教えてあげたのよね、格闘技。あの時はけっこうスジがいいかなって思ってたけど、あなた、あれからトレーニングしてた?」
「・・・・」
 していない。一介のサラリーマンがトレーニングなんてするものか。
「私はずっとトレーニングを続けているわ。つまり、私はあの時よりさらに強く、あなたはさらに弱くなってるってことね」
 それはそうだ。確かに、俺がこの来栖川綾香に挑もうというのが間違いなのだ。
「さて、遊んでもいられないから終わりにするわね」
 そう言って、綾香は軽くステップを踏んだ。間合いを調節し、確実に俺の延髄を狙っている。俺は先ほどの1撃で頭がくらくらしている。次の留めの一撃は避けられそうにない。
 綾香のしなやかな脚が空気を裂いた。
 駄目だ!
 ドスッ!という音が俺の耳に響いた。だが、衝撃はいつまでたっても感じない。おそるおそる目を開けると、そこには見知った小柄な体があった。
 その細い2本の腕で、綾香のミドルキックをガッシリ受け止めている。
「あなた・・・・どうしてここに!?」
「先輩、大丈夫ですか?」
 葵ちゃんはそう言って懐かしい笑顔を俺に送ってくれた。

「松原・・・・葵ちゃん」
 綾香は受け止められた脚を引いた。
「どうしてあなたがここに?偶然・・・・なわけないわね」
「私は、ずっとこの機会をうかがってたの。お父さんの無念を晴らす時を!」
「お父さんの・・・・無念!?」
 またまた意外な言葉が葵ちゃんの口から発せられた。
「先輩、ごめんなさい。高校のとき、熱心に私の特訓に付き合って頂いて・・・・私、嘘をついていました。私がエクストリームを始めたのは、好きだからじゃない。全ては来栖川に復讐するためだったんです!」
「まだそんなことを言ってるの?あなたのお父さんは事故でなくなったのよ」
「あなたたちが、お父さんを、秘密を知ってしまったお父さんを殺したのよ!」
「本当・・・・なのか、葵ちゃん」
「私、強くなりたかった。強くなって、お父さんの敵を取りたかった!」
「それで、エクストリームのチャンプでいい気になってる私を倒そうと思った。でも、ついに私には勝てなかった。私がエクストリーム界から身を引くまでね」
「今、こうしてまた戦う機会が与えられた。この時をすっと待っていた。ずっと1人で厳しいトレーニングを積んで」
「へぇ・・・・そいつは楽しみね」
 綾香はそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。

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