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「盗心」 第7章 真実の愛・虚構の愛

「どうして・・・・俺の為に!」
「・・・・どうしてって・・・・好き・・・・だからだよ。そんなの・・・・決まってるじゃない」
「違うんだ!お前が、俺を好きだって言ってくれるのは、違うんだ!」
「なに・・・・言ってるの?」
 あかりはすっくりと立ち上がった。
「お前、じっとしてないと・・・・!」
「だって、ひざをすりむいただけだよ?」
「だから、ひざが・・・・!・・・・ひざ?」
「慣れないことをしちゃ、駄目だね。えへへ」
「弾は、当たってないよ」
 雅史がいつものスマイルで俺にそう言った。
 あかりは、キョトンとした表情で俺を見ている。
 改めて回りを見ると、みんながニヤけた表情で俺を見ていた。
 俺は恥ずかしさから顔を背けた。ますます笑いが増えた。
「笑うな!ったくよ・・・・」
「浩之ちゃん、さっきのあれ、どういうこと?」
 あかりが俺の顔を覗き込む。何のことだ?
「ほら、さっきの、私の・・・・浩之ちゃんを好きだっていう気持ちが、違うって」
「あんなの、照れ隠しに決まってんじゃない。そいつ、顔に似合わずシャイなのよ」
 志保がおどけて茶化す。だが、俺の真剣な顔を見て黙ってしまう。
「浩之・・・・ちゃん?」
「違うんだよ、あかり。おまえが、俺を、その・・・・っていう気持ちは、嘘なんだ」
「どうして?どうしてそんなこと言うの?嘘じゃないよ、本当だよ」
「あんた、あかりが可愛そうじゃない!いい加減に・・・・」
「黙っててくれ!」
「な、何よ」
 俺の一喝で志保の奴はやっと黙った。他のみんなも一言も発しない。
 俺は一呼吸置いて、話し出した。
「俺は、小さい頃、あかりが好きだった」
「・・・・浩之ちゃん」
「ある日、俺は黒いマントをつけたあやしい女の子に出会った。そう、そこにいる芹香先輩だ」
「え、浩之ちゃん、芹香さんにぶつかった時が初めてじゃなかったの?」
「あの時は分からなかった。先輩のクラブを覗きに行った時に思い出したんだ。あの魔女の格好を見て。先輩は、俺がガキの時に出会ったあの魔法使いだったんだ」
「・・・・」
 芹香先輩は黙って俺を見つめていた。
「その魔法使いに、俺はある薬を貰った。『惚れ薬』だと言った。俺は当時好きだったあかりに、それを飲ませたんだ」
「えっ?」
「それじゃ、あかりがあんたを慕ってたのは、その薬のせいだというわけ!?」
 志保がたまりかねて口を開いた。他のみんなも何かいいたげだったが、何と言っていいか分からないといった表情だった。
「違うよ、浩之ちゃん。そんなの、嘘だよ」
「・・・・あかり」
「本物だよ、私の、浩之ちゃんに対する思いは、嘘なんかじゃないよ!」
 あかりの頬を涙が伝った。
「そんな、そんな薬がなくたって、私は好きだったもん、浩之ちゃんがもっと小さい時から好きだったもん!」
「・・・・あかり」
「私、自信ある。そんな薬に負けない強さが、私の思いにはある!」
 あかりはつかつかと芹香先輩の方に歩み寄った。そして、手を差し出した。
「芹香さん、その薬、今もありますか?惚れ薬」
「何する気!?」
 志保が駆け寄って、あかりの肩を掴む。
「持っているなら、下さい」
 あかりがさらに詰め寄る。芹香先輩は俺に助けを求めるように視線を送ってきた。俺はゆっくり頷いた。それを見て、先輩はマントの裏から小ビンを取り出し、あかりに渡した。
「これが・・・・」
「あかり、どうするつもり?」
 あかりは辺りを見回していたが、雅史の所で視線が止まる。
「芹香さん、この薬は飲ませた人を、飲まされた人が好きになる・・・・で合ってますか?」
 先輩はコクリと頷く。
「雅史ちゃん、私に飲ませて」
「ええええっ!」
 志保があわてて制する。俺は、あかりがそうするものだと予感していたのでさほど驚かなかった。
「やめなよあかり、そんなこと!もし本当に・・・・」
「志保。大丈夫だよ、私、薬なんかに負けないから」
「神岸さん・・・・」
 雅史は、しめたと思っただろう。知っていたのだ、あいつがあかりを好きだったことは・・・・。
「困るよ、神岸さん。そんなの」
 そう言って、雅史の顔は嬉しさを隠し切れていない。
「雅史ちゃん、お願い」


「盗心」 第8章(最終章) 真実は遠い過去の中に

「・・・・分かった]
 雅史はしぶしぶやるんだ、という格好を俺達に見せながら、目を閉じて半開きになったあかりの口に白い液体を流し込んだ。
 コクン、コクンと何度かあかりの喉が鳴った。
 そして・・・・。
 みんなが見守る中、沈黙をやぶったのはやはり志保だった。
「あ・・・・あかり?大丈夫?」
「・・・・うん」
「その・・・・聞いてもいいかしら?えっと、あかりは、雅史のことを、どう思ってるのかな?」
「えっ」
 あかりの頬が赤らむ。
「やだ、そんなこと、みんなのいる前で・・・・やだなぁ、志保ッたら」
「えっと、てことは、あかり、あんた、雅史のことが・・・・好き?」
 あかりはゆっくり頷いた。
「神岸さん!」
「・・・・雅史ちゃん」
 こうなることは、分かっていたのだ。
 なのに、俺は何を期待していたんだ?
 あかりの、「薬なんかに負けない」という言葉に期待していたのだ。
 俺は馬鹿だ。俺は、自分で、自分であかりを失ったのだ。
 長い間、ずっとあかりが優しくしてくれるたび、おせっかいをやいてくれるたび、心苦しかった。あかりが俺を慕ってくれるのは、俺が薬を飲ませたからだ。後ろめたかった。その苦しみから、解き放たれたかった。だが、解き放たれた今、俺の心は前より苦しかったのだ。
 あかりを失った。そのことは、俺の今までに感じた苦しみよりも、世の中のどんな苦しみよりも大きく、辛かった。
「あかり!」
 俺は叫んでいた。
「俺、お前が好きだ!」
 広大な来栖川社の敷地内にその声は響いた。だが、そんな声もあかりの心に響くことはない。
「私もだよ、浩之ちゃん!」
「!?」
「あかり!?」
「神岸さん!?」
 俺は耳を疑った。今、あかりの奴、何て言ったんだ?
「あかり、その、薬は・・・・効かなかったの?」
 志保がおそるおそる問い掛ける。雅史は、雅史らしくない「信じられない」という顔であかりを見つめていた。
「ううん、薬は効いた。でも、すぐ切れたの」
「はあっ?」
 芹香先輩が何かいいたげだったので、俺は心を読み取った。
「なになに、その薬の効力は1分で切れます・・・・だってぇ?」
「なあんだ!」
 志保はあかりの肩をポンと叩いた。
「これで、あんたの浩之への思いは本物だって立証されたわけだ!」
「うん!」
「ほら、さっさとくっついちゃいなさいよ!じれったいったらありゃしないんだから!」
「わっ」
 志保に背中を押されたあかりが俺にぶつかってくる。俺は無造作にその体を受け止めた。
「さあ、帰るわよ!」

 あかりと腕を組んで歩く浩之。ひやかしながら後を付いて行く志保。
 それを見ながら笑顔で歩いていく琴音、マルチ、2人に支えられて歩く葵。
 そして、ずっと遅れて歩く雅史。
(このままでは終わらない。琴音ちゃん、葵ちゃん、そしてマルチ。彼女たちは笑っているけど、その目には嫉妬がある。今の僕と同じさ。このまま2人を幸せにはさせない。必ず・・・・)

 そして、彼らを見守る芹香の姿。彼女は、秋の夜風を肢体に受け、身を震わせながらマントで体を覆い、つぶやいた。
(確かにこの惚れ薬「盗心(Tou・Heart)」の効力は1分。愛は、作るものじゃない。作ってはいけないもの。それが分かったのは、小さい頃に浩之さんと出会ってからまだずっと先のこと。それが分かって、私は惚れ薬を今のものに改良しました。あくまで遊びですむ範囲に。でも、幼い頃に私が浩之さんに渡したあの薬は・・・・どうやって作ったのか、本当に効き目があったのか、あったとしてその効力は数分なのか、それとも・・・・永遠なのか。遠い昔となった今では知る由もありません)
 その声は、浩之がいないこの場所では、誰も聞くことができなかった。
「風邪をひくわ、姉さん」
 すぐ近くにいる、綾香にさえも。

「盗心」 了


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