食中毒を防ぎ食品を保存する乳酸菌
ナチュラルチーズをつくろう
INDEX
I.乳酸菌について
  1.乳酸菌とは  2.利用食品  3.伝統的食品  4.腐敗を防ぐ  5.ナイシン  6.抗菌作用
II.ナチュラルチーズをつくろう
  1.準備  2.操作  3.結果  4.用語解説   チーズ  低温殺菌牛乳  乳酸菌  レンネット
                         ナチュラルチーズ  プロセスチーズ  乳糖
III.カゼイン分子と凝乳
  1.ミセルの構造  2.凝乳のメカニズム
IV.授業実践報告
V.発展実験
VI.文献
 
■ねらい
@ 乳酸発酵を利用している食品について、乳酸菌のどういう働きを利用しているのか、また、乳酸発酵によってなぜ食品の保存ができるのかを理解する。
 
A 低温殺菌牛乳からナチュラルチーズをつくる過程を知る。また、その過程で試食してみることでチーズつくりの原理(レンネットを混ぜると、なぜ牛乳は固まるのか)を理解する。
 
▲ チーズは、牛乳の固形成分を濃縮した保存食品であり、良質のタンパク質や身体への吸収率の大きいカルシウムなどを多く含む健康食品であり、細菌による発酵や酵素作用を利用してつくられる約8千年の歴史のある伝統的な加工食品でもある。この加工方法は、人類の科学技術の成果の一つと言える。
 
▲ チーズは、風土の産物とも言われる。その姿、味、香りなど世界各地に色々な種類があり、各民族の歴史・文化や生活様式、またその地域の風土とたいへん関係が深い。それぞれの作り方からその民族の歴史や文化や思想(生き方や考え方)を学ぶこともできる。
 
 
乳酸菌について
 
乳酸菌とは何か
乳酸菌とは、炭水化物(ブドウ糖,乳糖,ショ糖などの糖類)を食べてエネルギーを得て、乳酸をたくさんつくり出す嫌気性(酸素がないところで増える)細菌類の総称。
たくさんの種類があり,その中で、ブドウ糖をほぼ100%乳酸にするものをホモ発酵型乳酸菌という。ブドウ糖から乳酸とエタノールと二酸化炭素をつくるものは、ヘテロ発酵型乳酸菌と呼ばれる。ビフィズス菌は、1 molのブドウ糖から1 molの乳酸と1.5 molの酢酸を生成する。
口の中、胃や腸の消化管、各種乳製品、肉製品、また以下に説明する各種の加工食品とあらゆる環境に生育している。
 
乳酸菌発酵食品は豊富で共生が多い
数多くの発酵食品があるが、乳酸菌ほど多くの食品と関係を持っている微生物はない。
 ▲乳酸発酵を主として、原材料より貯蔵性も味覚も向上させた食品
茶葉無塩漬、無塩漬物・・・乳酸菌の防腐力を利用。
たくあん ・・・・・・・・塩と乳酸菌との相乗効果で長期保存できる。
ヨーグルト、チーズ、発酵バター・・乳を加熱殺菌し乳酸発酵を利用。
 ▲他の微生物との共存共生で作られる食品
酒類・パン・・・アルコール発酵をする酵母だけでは、かび臭くなったりする。
        乳酸菌が共生しているおかげでおいしくなっている。
※ 日本酒造りにおいて乳酸菌は、仕込まれた醪(もろみ)に由来し、
  醪の中で酵母が働きだす前に生育して乳酸をつくり、pHを低く
して酵母の育成を助ける。この過程で蓄積された乳酸は日本酒の
味や香りに大きく貢献している。
みそ・・・・・・仕込み熟成中に酵母と乳酸菌が共生するとみそらしい香味が
        生まれ塩馴れもよくなり、着色も弱まる。
 
  表1 伝統的乳酸発酵食品
分 類 乳 酸 発 酵 食 品 の 例
植   物   系


葉菜食品

 
野菜(高菜,野沢菜,広島菜,キムチ,
ザワークラウト,ピクルスなど)の漬物
茶葉無塩漬(碁石茶,阿波晩茶など)
無塩漬物(グンドルック,泡菜パオツッアイなど)
サイレージ(発酵させた保存飼料)
根菜食品 たくあん,すぐき漬,ぬかみそ漬
穀類・豆類食品 パン(特にサワーブレッド),発酵豆乳
調味食品 みそ,醤油,酢など
酒 類 日本酒,ワイン,ウイスキー,サトウキビ酒,ヤシ酒
ココナツ食品 ナタデココ
動   物   系
乳製品
 
チーズ,ヨーグルト,ケフィール(クミス)
酸菌飲料,発酵バター
肉製品 発酵ソーセージ、魚ぬか漬、なれずし(ふなずし,さばなれずし)
 
乳酸菌が腐敗を防ぐしくみ
(1) 乳酸菌がつくる乳酸によってpHが低下する(酸性になる)。食中毒菌・腐敗菌など有害微生物のほとんどは、酸性の条件では増殖できない。胃液が、塩酸で酸性なのも食べた物をまずはじめに消毒しておくためでもある。また、乳酸自身も他の脂肪酸同様に抗菌力を持つ。
 
(2) 乳酸などカルボン酸が抗菌作用を示すのは、pHを低下させ微生物の成育を抑制するだけででなく、非解離型のカルボン酸塩が電気的プロトン勾配をこわすからだといわれる。
 
(3) 他に乳酸菌がつくる少量の揮発性脂肪酸(ギ酸,酢酸など)、過酸化水素ジアセチル(2,3-butanedione)、β-ハイドロキシプロピオンアルデヒドなども有害微生物を抑制する抗菌作用を持つ。
  ジアセチルは、発酵バター,サワークリーム,チーズなどの主要な芳香成分でもある。
 
(4) 乳酸菌は、各種のバクテリオシン(Bacteriocin)をつくる。バクテリオシンは、比較的高分子のペプチド(アミノ酸がいくつか結合した物質)で抗菌作用がある。
  バクテリオシンの一つナイシン(Nisin)は、34個のアミノ酸でできている。現在、食品保存剤として世界各国で広く使用されている。現在のところ実用化されている唯一のバクテリオシンである。細菌の細胞分裂の際に細胞膜を破壊することによって抗菌作用を示す。
 
 
  [抗菌作用の一例]
 
 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の
牛乳中での生育に対する乳酸菌の一つラクチ
ス菌の抑制効果を右図に示す。
 
 人為的に入れた黄色ブドウ球菌は、乳酸菌
が共存していてもはじめは少し増殖するが、
牛乳が乳酸によって酸凝固し始める頃から指
数関数的に死滅し,減少ている。
 
 乳酸菌スターターを1%量混ぜて、30℃で
16時間培養した牛乳中では黄色ブドウ球菌は
完全に消滅したと報告されている。
 
 
 
 
 
 
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ナチュラルチーズをつくろう
準備と留意点
器具なべ(家庭用で1リットル以上入るもの)
   ボール(プラスチックまたはステンレス製で1リットル以上のもの)
   ナイフ(ケーキ用へらなどがよい)
   ザル(ステンレス製、2つあるとよいが、1つでもできる)、コンロ温度計
材料低温殺菌牛乳 1リットル(できればホモジナイズしていないノンホモ(無均質)のものがよい、超高温殺菌UHTの牛乳ではできない)
    乳酸菌(チーズ用バルクスターターまたは市販のプレーンヨーグルト)
    レンネット(凝乳酵素)
 
   ※ レンネットは、国内では製造しておらず教材業者などでは扱っていない。チーズを作っている牧場などは、輸入しているのでそれを分けていただくとよい。
[購入先例]
@ (財)蔵王酪農センター チーズ事業部
〒989-0916宮城県刈田郡蔵王町遠刈田温泉字七日原251-4
Tel(0224)34-3311 Fax(0224)34-3313
・ゴーダチーズ用またはカッテージチーズ用セット(バルクスターター(乳酸菌)50 ml,レンネット0.5 g)で1,500円。(この量で、牛乳5リットルからチーズつくりができる。)
・チーズをつくる日を決め、その日を明記し、つくる1週間前までに注文する。クール宅急便で送ってもらえる。送料約1,000円。
A (株)野沢組 乳製品課
〒100-0005 東京都千代田区丸の内3-4-1 新国際ビル内 Tel(03)5216-3464
 
 
以下の操作は、1時間程度なので食中毒などの心配はまずないが、器具は家庭で調理に使うときのように、きれいに洗い清潔なものを使用すること。使用する道具をすべて煮沸消毒しておくともっとよい。
乳酸菌は、冷蔵庫に保管し購入後2〜3日以内に使ってしまう。長く置くと発酵しすぎてしまう。
 
操作と留意点
@低温殺菌牛乳1リットルをなべに入れ、温度計をさし込みコンロに置き、ゆっくりかき混ぜながら弱火で41〜42℃に加熱する。
A温めた牛乳をボールに移し、乳酸菌 50 mlを加え、ゆっくりと2〜 3回混ぜて、20分間静かに置いておく。
※ 時間を短縮したいときは、混ぜてすぐにBへ移ってもよい。
Bレンネット 0.2 gを2 %食塩水20 mlに溶かした水溶液を加えて、ゆっくりと2〜3回混ぜる。
C10〜15分間静かに置いておく。(数分で「卵とうふ」のように固まってくる。この固まった牛乳をカード(凝乳)と呼ぶ。)
Dナイフで1cm角くらいになるように縦・横・上下に切る。
Eザルに入れ、もう一つのざるをかぶせ何回かひっくり返し、
  チーズになる固形成分とホエー(乳清とも言われる無色透明
  な水溶液)に分ける。
・A〜Eのそれぞれの過程で少しずつ試食してみるとよい。
・バスクスターターの代わりに操作Aで、市販のプレーンヨー
  グルト約50mlを加えてもよい。冷たいヨーグルトを入れたた
  め液温が下がったときは、再度40℃近くまで加熱する必要が
  ある。
 
実験結果とまとめ
@低温殺菌牛乳は、一般に市販されている超高温殺菌牛乳と味や香りが少し異なる。製造後2〜3日経過後が飲み頃で甘みとこくがある。これが牛乳本来の風味である。
A乳酸菌で発酵させると少しすっぱい味がする。これは乳酸菌が作った乳酸の酸味である。もっと長い時間(4〜5時間)発酵させればプレーンヨーグルトができあがる。
Bレンネットを入れて10分くらいで牛乳が固まり始める。20分後には完全に固まる。この凝固した牛乳をカード curd(凝乳)という。見事に固まるので感動的でもある。
Cカードは、水分をたっぷり含んだ白いゲルであるので「絹ごし豆腐」のようにも見える。
Dカードをナイフで切るとゲル内部の水分の排出が促進される。しみだしてくる水分をホエー whey(乳清)という。カードは収縮し、豆粒大の弾性のある粒になる。
Eざるに入れるとホエーが分離・排除される。こうしてできた白い固形分がフレッシュタイプのナチュラルチーズである。
・このチーズは、ほとんど味がない。少量の食塩を混ぜるとチーズの風味がしてくる。・少量のしょう油をつけて食べると“冷や奴”のようでおいしい。
・ホエーは、味わうと甘酸っぱく、もとの牛乳の味と香りがする。ホエーは、水溶性のタンパク質やビタミン類、ミネラルなどを含み栄養豊かである。このまま冷やして飲むとおいしい。カレー料理やシチューなど水の代わりに利用するとよい。
 
解説
チーズという呼称が日本で一般に広まったのは、1945年以降(戦後)になってからである。第二次世界大戦中は、敵国である英語やフランス語は厳禁で「乾酪」と呼ばれた。英語圏と日本では、チーズcheese。フランスでは、フロマージュfromages。イタリアでは、フォルマジョformaggio。ドイツでは、ケーゼ。北欧では、オスト。インドでは、パニールと呼ばれている。
 
低温殺菌牛乳とは、62〜65℃で30分の低温長時間殺菌をした牛乳のこと。牛乳中のタンパク質の80%を占めるカゼインは、リンタンパク質といってリン酸が結合した複合タンパク質である。
 牛乳中に多量にあるカルシウムイオンは、このリン酸やタンパク質中のカルボキシル基などに結合をしていたり、結合をせず水溶液に溶けていたり(これを遊離していると言う)している。
 75℃以上の高温殺菌をすると、タンパク質中のアミノ酸の一つであるセリンのアルコール性ヒドロキシル基にエステル結合していたリン酸が加水分解をし、カゼインから取れてしまうと思われる。
 牛乳が固まるときに、遊離のカルシウムイオンが必要であるが、リン酸とカルシウムイオンの結合は大変強いため、遊離のカルシウムイオンが不足し高温殺菌では、レンネットを加えたときの凝乳が不十分になるのであろう。
 そのためチーズを作るには低温殺菌牛乳を使う必要がある。
 
[牛乳の殺菌方法]
 牛乳の殺菌は、有害微生物を死滅させ、食中毒・感染症などを防ぐとともに、リパーゼ(脂肪分解酵素)などの酵素を変性・失活させ保存性を高めるために行われる。
低温長時間殺菌 Low Temperature Long Time(LTLT)62〜65℃ 30分
この殺菌法は、1865年フランスのパスツールによってワインの変敗を防ぐ方法として発見された。そのため、パスツリゼーションpasteurisationとか「パス殺菌」とも言われる。日本ではまだ少ないが、最近、市場に出回るようになってきた。
高温短時間殺菌 High Temperature Short Time(HTST)72℃ 15〜40秒
欧米では、この方法が中心。アメリカのノースによりLTLTと同じ殺菌効果のあることが発見され採用されてきた。
高温長時間殺菌 High Temperature Long Time(HTLT)75℃以上 15分以上
超高温瞬間殺菌 Ultra High Temperature(UHT)120〜150℃ 1〜3秒
日本ではこの方法が主流。この殺菌の前に85℃で5分間予備加熱をしておく。工場での大量生産に向いている。
 
乳酸菌は、主に乳糖を取り込み乳酸に変えることでエネルギーなどを得て増える細菌。この働きを乳酸発酵といい、乳酸菌飲料やヨーグルトを作るのに使われる。腸の働きを助けたり、人間の健康に役立つ良い細菌の一種。
 
チーズづくりにおける乳酸菌のはたらき
(1)乳糖を分解し乳酸が生成し酸味が出る。
(2)タンパク質の一部を分解し各種ペプチドやアミノ酸を生ずる。
(3)脂肪の一部を分解しグリセリンと各種脂肪酸を生ずる。
(4)ごく微量のアルコール・アルデヒドや各種エステル類なども生成する。
(5)上記の生成物やそれらがさらに変化して、チーズに独特の風味や芳香を与える。
(6)酸度が上昇し牛乳の凝固を促進させる。(レンネットは、酸性のときよく働く)
(7)雑菌の繁殖を抑える。(酸性になるとほとんどの細菌は死滅する。また、乳酸菌が各種の抗菌物質bacteriocinを作り出す。)
 
※ これらの作用は、乳酸菌が持っているプロテアーゼ、ペプチダーゼ、リパーゼ、ガラクトシダーゼ、その他多数の酵素の働きで起こる。これらの酵素の含量や活性は乳酸菌の種類によって異なる。そこで、食品に利用するときには、主として乳酸の生産に重点を置いて使う菌と風味の生成を主にになう菌など数種類を混ぜて使う。チーズ用は、通常2〜3種を混合してバルクスターターとして使用している。
 
レンネットとは、子牛の第4胃から分泌される凝乳(牛乳を固める)酵素でレンニンとも言われる。主成分のキモシンというタンパク質分解酵素が、牛乳中のタンパク質(カゼイン)を一部分解し、水に溶けにくいものにする。これにカルシウムイオンが働き、牛乳が固まりカードになる。
・牛乳に加えるレンネットの量を少し増やせば、凝乳を早めることができるが、苦みが少し出る。
・抽出法は、まだ乳を飲んでいる生後数週間の子牛の第4胃を取り出し、食塩をまぶして自然乾燥させ細かく切断する。これを食塩水に浸けて溶かしだし、この抽出液を精製する。濃縮した液体のものと乾燥した粉末のものがある。
・デンマークのクリスチャン・ハンゼン社の製品が力化が安定していて有名である。
 
ナチュラルチーズとは、生乳を殺菌した後、乳酸菌と凝乳酵素を加えてできた凝固物(カード)から乳清を除去し、そのまま固形状にしたもの、あるいは、長時間熟成させて風味を高めたもの。乳酸菌や酵素が生きており、ヨーグルト同様に胃腸の働きを助け健康によい。乳製品の中ではもっとも種類の多い食品で、主要なもので400種、世界中で700種あると言われる。
 
 ・フレッシュチーズとは,ナチュラルチーズのうち熟成させないタイプ。
 
 ・プロセスチーズとは、一種類または数種類のナチュラルチーズを混合して砕いた後、加熱により融解し乳化剤を加えかき混ぜ、冷却し固めたもの。ナチュラルチーズと違い乳酸菌や酵素は生きていないので、長期間の保存ができる。
・古くなり、硬くなったり変色したプロセスチーズは、汁気の多いカレーやシチュー、味噌汁、グラタンなどの料理に使うとよい。
プロセスチーズの歴史は浅く、20世紀の初めにアメリカのクラフト(J.K.Kraft)によって製造が始まった。第二次大戦直後から、アメリカの製品がさかんに日本に紹介され、また学校給食にプロセスチーズが採用されたりして広まったため、日本では一般にチーズと言えばプロセスチーズを思い浮かべる人が現在でも多い。
 
乳糖 lactoseとは、牛乳中に含まれる糖分。ヒトは小腸で酵素ラクターゼlactaseによって分解し吸収する。この酵素の働きが弱い人は「乳糖不耐症」といって牛乳を飲むとげりやはきけをもよおす。しかし、乳酸発酵で作った食品は乳糖が少なくなっておりそのようなことが起こらない。低温殺菌牛乳も胃の中でチーズのように固まり除々に消化していくので、乳糖不耐症の人が飲んでもげりやはらいたなどを起こしにくい。
 
 カゼイン分子と凝乳
 
[カゼインミセルの構造]
 牛乳中には、タンパク質が約3.2%含まれているが、その80%がリンタンパク質のカゼインである。
 カゼインは、αS1 ,αS2 ,β,κの4種類のカゼイン分子に分けられる。
 これらのカゼインタンパク質は、カルシウムイオンとリン酸やクエン酸が結合した複合タンパク質になっている。これを、calcium caseinate-phosphate complex という。
 カゼインミセルは、直径約130 nmの球形をしており、直径0.1〜1 nmの原子や普通の分子に比べてたいへん巨大な粒子(これをコロイド粒子と言う)で、その表面で光を乱反射するため牛乳は、白く濁って見える。牛乳1ml中に1014〜1016個存在している。
 
αS 群カゼインとβカゼインは、カルシウムイオンがあると結合し沈殿しやすい性質をしている。しかし、κカゼインはカルシウムイオンがあっても沈殿せず、水に溶ける。このκカゼインがカゼインミセルの外側を取り囲んでいて、カゼインミセルがカルシウムイオンの影響で結合・沈殿するのを防いでいる。
 
[凝乳のメカニズム]
 
(1)乳酸発酵により乳酸が生成し、pHが5〜6に減少し、タンパク質の分解で遊離のカルシウムイオンが増加する。
(2)ここにレンネットを加えると、タンパク質分解酵素キモシンが、カゼインミセルの表面のκカゼイン分子の105番目のアミノ酸であるフェニルアラニンと106番目のメチオニンの間のペプチド結合を加水分解し、分子鎖を切断する。
 
(3)それまでカゼインミセルを沈殿しないように保護していたκカゼインの親水性ポリペプチド鎖(グリコマクロペプチドと言われる)が分解により、ミセルから離れていく。あとに残ったκカゼインの分子鎖は、パラκカゼインと言われる。
(4)この状態のカゼインミセルにカルシウムイオンが結合し、ミセル同士が次々に結合し、凝集していく。
(5)このときホエーを内部に取り囲みながら凝集するので、ゲル化したように見える。
(6)カードをナイフでカッティングすると、この内部のホエーが、結合したミセルの網目構造からにじみ出し、カードは収縮する。
(7)さらにかくはんしたり加温したりすると、カード内部からホエーがどんどん排出され、カード粒子はさらに収縮し硬いものになっていく。
 
・チーズをつくるこの凝乳のメカニズムは、私たちが牛乳を飲んだとき胃の中で起こっている変化を再現したものともいえる。
牛乳を飲むと胃の中で胃液の塩酸とタンパク質分解酵素で固まり徐々に分解されながら腸へと運ばれ、さらに消化され、吸収される。
つまり、胃の中でチーズができ、それが消化しているとも言える。              
低温殺菌牛乳は、凝乳しやすく、この自然の摂理にかなっているが、高温殺菌牛乳は、凝乳が不完全で十分消化せず腸へ運ばれてしまうことになる。そういう意味で、低温殺菌牛乳の方が胃腸や健康のためによりよいと言える。
 
   
 
・ふつうのチーズは、牛乳の約1割の量できる。つまり、約9割の水分がこのようにして分離し、牛乳中の固形分(栄養分)が濃縮される。
練乳(コンデンスミルク)や粉乳(粉ミルク)は、莫大な熱エネルギーを使って水分を蒸発させつくられているが、チーズは酵素の作用をうまく利用して、省エネルギーで水分を除き濃縮し、保存性を高めているといえる。
 
総合理科の授業で実施してみて
'96年度の高校3年の文系の選択者が受講している「総合理科」の授業の中で、チーズづくりを取り上げた。
2時間をかけ、第1時限目に上記の内容をプリントにし解説した。第2時限目に実験をした。そのとき弓削牧場のカマンベールチーズとフレッシュチーズ(フロマージュフレ)も同時に試食してみた。
[生徒の感想]
・見ていてすごく不思議だった。なんか家でもつくれそうだなあと思った。
・こんなに結構簡単にできるとは思ってなかった。こんどまた家で作ってみようかな。今まで分からなかった、ヨーグルトの上の水のなぞがとけてよかった。
・牛乳があんなに簡単にチーズになるなんて知らなかったです。塩をかけない方が私はおいしいと思った。口の中でとろりととろける感じで初めての感じでした。パンやクラッカーにつけて食べたら、さらにおいしそうだなあと思う。今度ヒマなとき家でも作ってみようかな。
・できたチーズは、まろやかな味だった。塩を入れる前の方がおいしい。
・何ともいえない変な感じがした。もともとチーズは、そんなに好きではないので加工していないのは気持ちが悪かった。でも、チーズは割と簡単に作れるのだなと初めて知った。
・牛乳からチーズになるまで、縮小されて1/10の大きさになったけど、少しのチ−ズで10倍の牛乳のカルシウムがとれることに驚いた。塩で味付けすることも知らなかった。今日はチーズの知識がたくさんついてよかった。
・実験はとても楽しかった。レンネットを入れたら、ちょっとずつ固まっていくのがとても不思議だった。家でヨーグルトを作ってみようと思う。またしたい。
・ぼくは牛乳が好きなので、おいしかった。うまさ第1位 カマンベールチーズ,2位 作ったの,3位 ホエー, 4位 フロマージュフレ
・チーズが乳製品だといわれても、いまいちぴんとこなかったけど、チーズ作りを見て、チーズも乳製品だと納得できました。
 
発展実験
  レンネットを使わないナチュラルチーズの作り方
1.使う道具をすべて煮沸消毒しておく。
2.低温殺菌牛乳500mlを鍋に入れ、40℃まで加温する。
3.プレーンヨーグルト100mlを加え均一に混ぜる。
4.40〜32℃で12時間保温し、発酵させると固まる。魔法瓶を利用するとよい。
・ここまでのやり方は、ヨーグルトを家庭で作るのと同じで、発酵時間が長いだけである。
5.ザルにサラシ木綿布を敷き、カードを入れる。タコ糸(20〜30cm)でしばる。
6.冷蔵庫の中に半日から1日吊るしておくとできあがり。下に皿を置きホエーを受ける。
 
乳酸菌もレンネットも使わないインドのチーズ「パニール」の作り方
1.使う道具をすべて煮沸消毒しておく。
2.低温殺菌牛乳400mlを鍋に入れ、30℃くらいまで加温後、食酢を大匙4杯(60ml)混ぜながら加えると固まる。
3.サラシ木綿布を敷き、カードを入れる。タコ糸(20〜30cm)でしばる。
4.冷蔵庫の中に半日から1日吊るしておく。
 
参考文献
(1)クレインプロデュース編集・製作「チーズ工房 HOME MAKING CHEESE」平凡社(1989)1,550円
(2)(株)恒信社編集「バター・チーズ」国際出版研究所(1994)送料240円
(3)日本化学会編 中野政弘・津坂伸幸著「新版 食品の化学」大日本図書(1975)2,300円
(4)雪印乳業健康生活研究所編・小崎道雄編著「乳酸発酵の文化譜」中央法規(1996)3,465円
(5)乳酸菌研究集談会編「乳酸菌の科学と技術」学会出版センター(1996)10,000円
(6)雄鳥社編集部「はじめてのチーズづくり」雄鳥社(1989)1,200円
 
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