狐と獺(うそ)    島原半島民話集 関敬吾著より
 むかしむかし、高石のあたりに獺(うそ)がいたげな。
 普賢岳のあたりに狐がいたげな。

 ある時、獺が普賢岳の狐のところに行って「鳥汁を一杯食わせてくれんかの。 そのかわり明日の晩に、俺が魚を腹が破れるほどご馳走すれから」と言ったげな。
 狐は、すぐ鳥を取ってきて、鳥汁を作って獺どんにご馳走したげな。

 翌日(あくるひ)になって、狐は高石の獺どんの所へ下って行って、「獺どん獺どん魚をご馳走になりに来た」と言ったけれども、獺は空ばかり見て、なんと言っても返事をしなかったげな。
 そうだから狐は、しかたなく遠い普賢岳に戻ったげな。

こつめかわうそ 1998/5/23 長崎バイオパークで撮影
コツメカワウソ

 その翌日になって、獺はまた狐のところに行って、「昨日は、天見役が来ていて、ものを言われんじゃった。明日の夜また来たらどうか、今度は魚をご馳走するから」と言って、また鳥汁を作らせて腹一杯食って戻ったげな。

 その翌日、狐が山からおりていくと、こんどは獺は地面を見て、いろいろ言葉をかけても返事もしなかったそうな。
 狐は「また獺のこん畜生が人をだました。今日は魚汁を食べさせん。」と言って、怒って戻ったげな。

 その翌日、獺は狐のところへ行って、「一度も魚汁を食べさせないで気の毒なことだが、昨日の晩に地見役が来て、言葉を言われなっかた。
 明日の晩に、どんなことがあってもご馳走するから」と言って、また鳥汁をご馳走になって戻ったげな。

こつめかわうそ 1998/5/23 長崎バイオパークで撮影
コツメカワウソ

 三日目の夜、狐が行ったら、今度(こんだ)はよおやく返事をしたので、狐も喜んだげな。
 獺は、「お前の尻尾(しっぽ)を石の割れ目に浸けておかんか、そうすれば魚が食いつくから」と言って、狐の尻尾を海の中へ入れさせたげな。
 そうして獺は海の中へもぐっていって、尻尾を引っ張って、ついに狐を海の中へ引っ張りこんだげな。

 そうだから獺は、狐よりりこう者だげな。    (小浜町、田中長三氏。)

<島原半島民話集 関敬吾著 建設社 昭和10年5月発行より>
(※現代文に修正しました。原文は下記の通りです。)

原文

 昔ぢゃつたげなもん、恰度、高石のごたる處れ獺(うそ)どんがをらいたげな。 普賢岳んごたる處れ狐どんがをらいたげな。

 ある時、獺どんが普賢岳ん狐どんの處れ行て「鳥汁ば一杯食はせちくれんかの。 そん代り明日の晩な、俺が魚ば腹ん破るゝごてご馳走(つつ)するんけん」てち言はいたげな。
 狐は、すうぐ鳥ば取つて来て、鳥汁ばつくつて獺どんに御馳走さいたげな。

 翌日(あくるひ)んなつて、狐は高石の獺どんの處れ下つて行て「獺どん獺どん魚ば御馳走んなるげ来た」てち言ふげないど、獺は天ばつかる見て、何てち言てん返事もせんげな。
 そるけん狐は、遂々はるけち普賢岳さんきや戻つたげな。

 そん翌日んなつて、獺はまた狐ん處れ行て、「昨日(よんべ)はお前、天見役の来ちよつて、ものば言はれんぢやつたもね、明日の晩また来んの、こんだ魚ば御馳走するけん」てち言ふち、また鳥汁ばつくらせち腹一杯食て戻つたげな。

 そん翌日、狐が下つて行たら、こんだ獺は地ば見て、何てち言葉かけてん返事もせんげなもん。 狐は「またこん畜生が人ば騙めた、今日も魚汁ら食はせん」てち言ふち、怒ち戻つたげな。

そん翌日、獺は狐ん處れ行て、「一度も魚汁ば食せでな気毒なこつないど、昨日ん晩な地見役の来てものば言はせんともね、明日の晩などげんこつのあつてん御馳走するけん」てち言ふち、また鳥汁ば御馳走なつて戻つたげな。

 三晩目、狐が行たら、今度(だ)はよゝして返事ばしたけん、狐も嬉しがつたげな。 獺は、「お前の尻尾ば石のわんでつけちよかんの、そうすれば魚つくけん」てち言ふち、狐ん尻尾ば海の中け入れさせちうえたげな。
 さうして獺は海の中け潜(す)んで行て、尻尾ば引張つて、遂々狐ば海の中け引張りくうじしもたげな。

 そるけん獺は、狐よるか利巧者(ぢくもん)げな。  (小濱町、田中長三氏。)



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